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第63話 束の間のひと時~予感

 長い黒髪が風に揺れる。一切の動揺を感じさせぬリナの強い眼差し——銃口を向ける先には狼型の魔物が三体いる。

 魔物達が動いた。低い唸り声を上げ、一回り大きいリーダーと思しき個体を先頭に他の二体が追随する陣形で、こちらへ向かって来る。


「兄さんは手を出さないでね」


 リナは標的から視線を外さずに僕へと語りかけてくる。


「ああ、わかってる」


 木刀を肩に置き一歩、後ろへと僕は下がる。“てっぽう”を構え、凛とした佇まいに思わず見惚れてしまう。


(いけない、いけない……)


 (かぶり)を振って正面以外に意識を集中。一応、伏兵または思わぬ事態にも対処できるようにしておく。視線を戻すと丁度、リナが引き金を引くところだった。一発たりとも無駄玉を使うことなく合計三発の弾丸は魔物達の眉間に吸い込まれていく。ご丁寧に、火、水、雷、と三発それぞれ、属性の異なる弾丸で仕留められていた。一体は焼け焦げ、もう一体は凍結と同時に砕け散る。戦闘を突っ切ってきたリーダは感電し、地に横たわっていた。


「終わったよ~」


 リナがこちらへ振り向き、手を掲げてブンブン振っている。


「お疲れ」


 僕はリナへと歩み寄り、ハイタッチ。これでいつもの日課、後半部分が終了となる。


「今日はこれくらいにしよう。少し休憩してから帰ろうか?」

「賛成。それじゃあ、いつもの場所だね」


 僕らが籠っているダンジョン——孤独の回廊。午前からお昼少し過ぎまでを攻略に充て、夕方までの残った時間は外の魔物を相手にレベルアップしたリナのステータスを検証する。これが、ここ数日の僕らの日課。とは言ってもこの頃リナのレベルは上がっていないので、これまでの探索で爆発的に上がった能力を少しずつ体に馴染ませる時間となっている。レベルの上限が解放されたとはいえ、孤独の回廊の魔物相手に見ているだけではもう、レベルは上がらないのだろう。レベルの上昇だけを考えるなら、攻略をリナに任せる手もあるけど却下。危ないというのもあるが、それではもう一つの目的が果たせない。


「ハクちゃん、良く寝てるね」

「ああ、ほんとグッスリと寝てるよ」


 背中からスヤスヤと気持ち良さそうに眠るハクの寝息が聞こえてくる。リナがそっと子竜の頭を優しく撫でてみる。「きゅぅ」と可愛らしく呻く声に、僕達二人は癒された。戦闘が終わったので、僕の()から出て来てもらったところ、顕現すると同時に眠りについてしまった相棒子竜。孤独の回廊を探索中は常に何か(・・)を探して辺りに気を張り巡らせている。その疲れからか、ダンジョンを出るといつもこうだった。


「リナが“どかん、どかん”、暴れてもホント、起きないんだよな~」

「それって、どういう意味~!」


 僕の軽口にリナは頬を膨らませ、抗議の視線を送ってくる。もっともリナ自身、心当たりがあるので僕の苦笑を前に、それ以上は何も言わず「う~っ」と黙り込んでしまった。


 リナの手にした“てっぽう”に目線を落とす。見た目、玩具にしか見えないのに戦闘となった途端、随分と物騒な形へと変貌するようになってしまった。元々、女神から渡されたというだけでも十分、いわくつきの一品。それが更にリナ自身の手で趣味と実益に基づいた魔改造が施された結果、世間一般に知れ渡る人型機動兵器も真っ青の恐るべき武器へと生まれ変わってしまった。リナの注ぐ魔力次第で姿形は自由自在。威力は少し前、僕自身もお仕置きを兼ねて体験済み。思い出しただけで鳥肌が……。


 瞼を閉じ、あの日のことを思い浮かべる。リナが武器改造に目覚めるキッカケとなった数日前の出来事だ。

 あの日、リナのお願い(脅し)に負けた僕は拠点の格納庫への扉を解放した。


「わぁ~」


 入るや否や、リナは感嘆とした声を漏らす。瞳を輝かせ正に“うっとり”、という言葉が相応しい。涎を垂れ流すのではないか、と本気で心配してしまった程だ。


「ねぇ、ねぇっ! これホントに全部、分か(・・)……じゃなかった、整備! 整備していいの!?」

「リナ、お前今、分解(・・)、って言いかけ……」

「いいんだよね? いいんでしょ! いいよね? ねぇ、ねぇっ、ねぇっ!」

「だめだこりゃ、まるで聞いちゃいない……」


 水を得た魚以上に活き活きとした表情を見せるリナは興奮した口調で僕に詰め寄ってくる。ダメだ、こうなったリナを止める(すべ)は僕にはない。だから、この場所だけは知られたくなかった。これ、本音。

 入り口に入ってすぐの場所から周囲を見渡す。ドリル、溶接、その他諸々、多種多様な作業用多目的機械(アーム)とその操作パネル。宙に浮かぶ立体画像には、格納庫に保管されているメカ類の画像及び、何かの数値が映し出されている。奥の方には、かつて元いた世界で繰り広げた戦いの中、大破してしまったマシンの数々。少し視点を右に傾けると用途不明の部品やらジャンクパーツ類が山のように保管されている。


(う~ん、元の世界では戦い(復讐)しか頭になかったから気にしなかったけど、この拠点に未知のマシンの数々……一体、誰が作ったんだろう?)


 拠点の設備の管理権限は全て僕ある。が、だからと言って、その全てを理解しているわけではない。いつ、どこで、誰が、どのようにしてこれだけの設備を作り上げたのか。どうして僕の手に委ねられるようになったのか、謎は上げるとキリがない。


(やめよう、考えてもわからないし、今は目の前の暴走メイドを見張らないと……)


 思考の海から帰還した僕の瞳に映るのは、マイスパナとマイドライバーを両手に携えクルクル器用に回す分解メイドさん。鼻歌まで鳴らして完全に自分の世界に入り浸っている。


「リナ、その……お手柔らかにな」

「うん! 任せて! 全力(・・)を出すから♪」

(嫌な予感しかしない~)

「ほら、兄さんは邪魔、ジャマ。出ていく、出ていく♪」


 全開で頬を引きつらせる僕の背をリナは満面の笑みを浮かべて押してくる。


「ほ、本当に大丈夫なんだよな?」

「大丈夫、ダイジョブ、任せて、任せて♪」


 そうして格納庫から追い出されて数時間後……。


「って、なんじゃこりゃぁぁああああああああああああああっ!!!」

「えへへへ、失敗、失敗♪」


 悪夢だった。そう、悪夢だ。なぜなら目の前には僕の超マシン、マッハ・ドラグーンだったもの(・・・・・)がネジの一本に至るまで綺麗に分解され尽くされ並べられていたからだ。リナは舌を可愛くチョロりと出して、頬を掻いている。僕はツッコミを入れることをなど忘れてしばらくの間、愕然とするだけだった。


「あのね、兄さん」

「あ、あぁ……」


 僕の肩に優しく手を乗せるリナ。


「科学の発展に犠牲はつきものなの、てへっ♪」

(『てへっ』、じゃねぇぇええええええええっ!!)

「リナ……、これから一週間、日替わりコスプレの刑に処する。衣装は僕が全責任をもって用意しよう」

「なっ!」

「それが嫌なら、きちんと直すこと!」

「う~っ、わかりましたぁ~」


 と、まあこんな一騒動があった。その後、なんとかマッハ・ドラグーンは無事に修復が完了。驚くことに性能三割増し、というオマケ付き。従って、結果を示したリナに、お咎めなし。日替わりコスプレの刑、実行できなくて少し残念……、というのは置いておき、格納庫の設備、ジャンクパーツを用いてリナの“てっぽう”強化計画が実行されたのだっだ。


「兄さん、着いたよ!」

「お、おう」

「な~に、考え事?」

「まあな」


 回想に浸っていると、いつの間にか目的の場所に到着。リナは上目遣いに僕を覗き込んでいる。


「どうせ、エッチなことでしょ」

「失礼な」


 と、返したものの、“日替わりコスプレの刑”を想像していた時点で、あながち間違いでもない。その先に続く言葉を言いあぐねる僕にリナは「兄さんの考えていることなんて、お見通しです」、と得意げに人差し指を目の前で振る。


「リナには敵わないな、全く」

「でしょ~」


 苦笑を浮かべた僕に、リナは胸を反らせて笑みを浮かべる。若干、ドヤ顔に見えなくもない。「それで、どんな妄想していたの?」、と小脇に肘鉄を入れてくるリナの表情は笑ったままだけど、どこか笑ってはいない。僕にはただ、無理に笑みを浮かべて誤魔化す他、残された手段はなかった。


「さてと、兄さんをからかうのも、これくらいにして休憩しましょう」


 何事もなかったかのようにリナはレジャーシートを取り出し、草の上に敷く。僕を無視して腰をかけ、軽食や水筒を次々に並べていった。


「わたし、この場所、好きだな~」


 リナの視線の先に広がる湖。淀みなき水面は鏡のように周囲の木々を映し出し、西に傾く陽の光を浴びて一層、幻想的な光景を映し出す。朝は朝で、晴れた霧の隙間に射し込む陽光がキラキラと輝き、夜は果てしない星空を一望できる。僕達にとって、すっかりお気に入りの場所となっていた。


(今、さらりと流された)

「な~に、いつまでも立ったままで……。兄さんも座ったら?」


 僕のジト目の視線に気付いたリナが、クスリと僕に向かって笑みを返す。


「そうだな」


 気にしていても始まらない。それにこの雰囲気は悪くはない、むしろ好きな方。だからまあ、いいや。背中で眠るハクを抱き直してリナの隣に腰かける。


「何か食べる?」


 リナがバスケットのフタを開けると、ふんわりとした焼きたてのパンの香りが漂ってくる。元々、空いていた小腹が匂いに触発されて食欲が湧き出てくる。


「じゃぁ、それを……」


 そっと、リナの手に向けて腕を伸ばしたところで、僕の膝でスヤスヤ眠る子竜の鼻と耳がピクッとした。


「きゅう……、キュイッ!」

「ハク、お前。食べ物につられて起きたのか!?」

「キュー、キュッ!」


 寝起きとは思えない程、活発に動き回って、じゃれつくハク。そっと、頭の上に手を乗せ一撫でする。


「ちゃんと、ハクちゃんの分もあるよ~」

「キュー、キュイッ!」


 リナの取り出したハム目掛けて一目散に飛びつく相棒子竜。美味しそうに食べるハクを眺めて僕とリナはクスリと微笑むのであった。


(それにしても……)


 笑みを浮かべるリナの長い黒髪が、そよ風に揺れる。この世界(オキエス)に来てから僕は言いようのない不安に駆られることがある。いくら鈍感な僕でも違和感を覚えるリナの異常なまでに早い成長速度(レベルアップ)。女神から受け取った様々な不思議道具には冗談じみたものから反則級の効果を持つものが揃っている。


(そして先日、リナの背に宿したあの翼(・・・)


 リナが“竜魂天使ドラグ・ソウルエンジェルの職に目覚めたあの日、確かにリナの背には翼が生あった。“天使”と名のつく職に就いたのだから、翼があっても不思議ではない。でも、僕はどうしても腑に落ちないでいた。理由は一つ、この世界(オキエス)には翼を冠する特殊な存在——“翼の勇者”の名が伝えられている。フレアさんから聞かされたかつての翼の勇者の話が思い浮かぶ。そう言えば、リナとそっくりとも話していた。


「どうしたの兄さん、また何か考え事?」

「あ、ああ……いや、ちょっと、な……」


 上目遣いに覗き込むリナの瞳には心配の色が見て取れる。僕が何を考えているのか、先程とは違って真剣な内容であることを悟ったのだろう。


(いけないな、リナを不安にさせてしまった)


 額に手を当てる僕の瞳を逃すまいと、リナは縋るように見つめてくる。


「そりゃあ、僕だって悩むこともある。こんな知らない世界に来たんだからさ。でも……、何も心配いらないよ」


 リナの頭の上に手の平を乗せ、そっと撫でる。


(そう、何も心配することはない。例え、どんなことがあろうとうも僕が必ず守ってみせる!)

「兄さん……」


 リナはただ、真っ直ぐに僕を見つめる。この時、僕はまだ知らなかった。思うところがあるのは僕だけじゃなかった。リナもまた、抱えているものがあることを、この時の僕は気付くことすらできなかった……。

お読みいただきありがとうございます。

もう少しの間、日常にスポットをあてた回が続きます。バトルは遠ざかりますが、次話もお読みいただければ嬉しい限りです。


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