第59話 竜魂の剣
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闇を貫く白銀の閃光。過ぎ去りし跡に瞬く光の粒子は幻想的とも言えた。流れるように暗闇を横切り、時には鮮やかな弧を描く。幾重にも重なり合う輝きは舞い散る光の花びらと木の葉を思わせる。
竜の魂をその身に宿した戦士——キョウマは一方的に暗黒の双頭竜を蹂躙していた。
「うぉおおおおおおおおおおっ!」
息攻撃を光の太刀にて両断。漂う瘴気もまた聖なる剣と化した木刀の輝きに難なく浄化されていく。
「グゥゥウッ、ヌグゥッ……」
こんなハズではなかった、そう言いたげに双頭竜の腹に浮かぶ顔の表情は歪む。絶対的な自信があった。竜をその身に宿しているとは言え所詮は人間。主たる魔神より賜りし力を解放した己と比べれば取るに足らない相手。“人”という名の脆弱な種族に力の差を見せつけ絶対的な絶望を与える……。それなのに追い詰められているのは自身の方。余裕ぶっていた瞳からその色は既に消え失せ、この日何度目かの驚愕に染まる。
「グガァァァアアアアアアッ!」
背筋に感じる冷たい悪寒。敗北の予感と恐怖を振り払うかのように体の奥から魔力をかき集め、気合とともに全てを吐き出す。これまで見せたどんな息攻撃よりも遥かに大きく禍々しい。二回りも三回りも……否、比較にならない程の巨大な邪気を前にしてキョウマは臆することなく真っ向から立ち向かった。
両の手を木刀の柄にかけ、小さく息を一つ吐き出す。迷いなき瞳で前を見上げると主の意志に刃は呼応する。
(身体の……、心の……。いや、そのもっと奥……。そう、魂の奥底から力が湧き上がる……)
光の刀身が激しく明滅する。まるで「我ヲ振ルエ!」と言わんばかりに剣全体に通う力が膨れ上がる。
キョウマの手にする剣は最早木刀に非ず。溢れ出る竜の力を浴び、邪を滅する光の聖剣へと姿を変えていた。蒼い水晶を宿した竜を模する柄。白雪のような白銀の刀身を振るう度、描かれる弧の跡を光の粒子が宙に舞う。握りしめては生きているかのように脈動し、輝きを解き放つ。聖なる剣を手にキョウマはその名を告げる。
「ドラグ・ソウル・キャリバー、僕とハクの剣……」
相棒子竜とキョウマの想い……、そして魂を重ねし一振り——竜魂の剣。
「っぁらぁああああああああっ!!」
正眼の構えから振り下ろされる渾身の一太刀は息攻撃を正面で受け止め易々と両断。続けて横に払い十字の軌跡を宙に描き瘴気の残滓を霧散させる。
「ガガ……ンナァ……ハズ」
魔神の威光を振りかざす双頭竜から戦意が色あせ始める。脳内は“如何にこの場をやり過ごすか”で支配されつつある。
——逃さない
小竜は確かに言った。『ぜったいにゆるさない』、と……。キョウマにその理由はわからない。どんな事情があるのか知る由もない。
——だけど……
(ハクが泣いている、泣いて! いるんだ!!)
相棒から伝わる怒りの感情。その陰に隠れて聞こえる悲しみの声をキョウマは見逃さなかった。
(僕が剣を振るう理由はそれだけで十分だ!!)
手札の尽きた双頭竜を一瞥し、キョウマは地を蹴り駆け出す。針の糸を縫う様にジグザグを描いて銀閃は駆け抜けた。苦し紛れに放たれる瘴気の弾丸を右に左に難なく躱し、瞬く間に距離は詰められていく。
「とぅあっ!」
跳躍したキョウマの足跡に着弾する最後の抵抗。空振りに終わった息攻撃を一瞥し、視線を双頭竜に戻す。
「ナッ、ガッ!?」
腹に浮かぶ醜い口から酸が滴り落ちる。目の前の現実が受け入れられない。恐怖に染まり行く眼がキョウマの視界に映る。
情けをかけるつもりなどない。一片の迷いもなく手にした剣を伸ばすキョウマの姿は正に物語っていた。
「うぉおおおおおおおおおっ!!」
「ギギャァアアアアアアアッ!!」
主の想いに応えるかの如く輝きを増す白銀の刃。気合の乗った叫びと共に竜魂の剣は腹に浮かぶ邪竜の眉間に吸い込まれる。竜魂の剣から迸る光は身体の内から邪竜の身を焦がした。
「ギシャッ、ギシャァアアアアアアアッ」
断末魔の叫びを上げる中、微かに蘇る一つの感情。
——タカガ、ニンゲンゴトキニ
自身は魔神竜の加護を受けた特別な存在。その筈が、見下していた下等な種族に手も足も出ず刃を突き立てられる始末。
認めるわけにはいかない。染みついた自尊心が体の奥で唸りを上げ、尽きかけていた双頭竜に反撃の力を与える。
「シャァァアアアアアアッ!」
「っ!?」
左右の双頭の首がキョウマを襲う。両の肩に食らいつき銀色の装甲に牙を立てる。ギギギ、と金属の軋む音が木霊する。不快な音色にキョウマは眉を細めるも、剣を手放し右と左の首をそれぞれの手で鷲掴む。
「往生際の!」
一気に握りしめ、手から伝わる骨と肉が潰れる感触。苦悶の表情を浮かべる双頭竜をキョウマは睨みつけ……。
「悪い!!」
剣を引き抜き、胴体に浮かぶ顔面を蹴り飛ばす。キョウマの膂力は凄まじく、体格差を無視して巨体を壁面に打ち付けた。全身を強く強打し、苦し身悶える姿がキョウマの視界に映る。あれだけの攻撃を受けながら、再生を始め傷が徐々に癒えつつある。完全に押しているとはいえ、このままでは埒が明かない。勝負所を見定めたキョウマの闘気が渦を巻き立ち昇る。
「どこまでも再生するというならば!」
再生を上回る力によって滅するのみ。
息を一つ吐き出し、竜魂の剣を正眼に構える。それまでの“動”とは対極的な“静”。
『光の……翼? 翼の光が剣に流れている……、の?』
突如、キョウマの背に現れた翼を前にして、リナの呟きが漏れる。アクセル・ウイングとも似ているようで少し違う。竜の翼を模している点、透き通った色の水晶を思わせる形はほぼ同じ——が、淡い碧ではなく、白銀に染め何より一回り以上大きい。そして、これまで何度かキョウマが見せてきた現象が起こっていた。翼から溢れ出す光の粒子の一粒、一粒が刀身に吸い込まれ一つに溶け込む幻想的な光景。リナが息を飲み見守る中、キョウマは剣を振りかざす。
——覇王竜光剣
背に輝く翼もまた呼応するかの如く光を放つ。“覇王”を冠する名前にリナは覚えがあった。
“覇王月影衝”——キョウマが禁じ手としている技。絶大な威力を誇り且つ、身体に多くの負担を強いる一撃必殺の大技。これから放たれる技もまた、同等の類とリナは悟る。
『兄さん……、信じてるよ……』
指輪の中でリナは祈るように両手を前に結び、キョウマの無事をひたすら願う。最愛の人の祈りを背に受け、キョウマの瞳に強い意志の光が満ちていた。
「終わりだぁぁあああああっ!」
全身全霊の力を込めて振り払われる竜魂の剣。刀身から溢れ出す波動はキョウマの背に輝く翼から力を受け取り竜の姿を形作る。雄々しく羽ばたき嘶くと咢を開き、満身創痍の双頭竜を一噛みにした。
眉一つ動かす隙すら与えない。
悲鳴一つ上げることすら許さない。
抵抗すること自体が無駄と知れ。
キョウマの剣から解き放たれた光の竜。恐れるべきは顕現した竜よりも発せられる神々しいまでの輝きにあった。煌く牙が突き立てられた瞬間、白銀の光の波動が邪竜の全身を飲み込み瞬時に滅した。
既に双頭竜は影も形も残らない。役目を終え、薄暗いダンジョンの天井めがける昇竜を見上げると、手元でガラスの割れるような音が耳に届いた。ある種の予感をしていたキョウマは左手に握られた剣へと視線を向ける。そこには竜魂の剣の面影は既になく、形は元の木刀へと戻っていた。「ありがとう……」とだけ、キョウマは共に戦ってくれた剣に礼を述べる。すると竜魂の剣の依り代となっていた木刀は光に包まれたまま音を立てて壊れていった。線香花火の如く消えていく欠片を見つめたまま、何も言わぬ姿のキョウマにリナは心配の眼差しを向け言葉を紡ぐ。
『兄さん……』
「……」
『どうかしたの!? どこか痛いの? ねぇっ! 兄さん、ってば!!』
「……。あっ、すまない。ちょっと、ぼーっとしてたみたいだ。ごめん、心配かけた」
リナの呼びかけにキョウマは応じ、額に手を当て、頭を振る。
『本当に大丈夫なの?』
「大丈夫だ、と言いたいところだけど流石に疲れた。無事、敵も倒せたみたいだし今日はここまでにしよう」
『うん、そうだね……』
どうやらキョウマの言葉に偽りはないらしい。無理をしている様子もないようだ。仮に嘘をつくなら「疲れた」とは口にしない。「大丈夫だ」の一点張りだ。それをよく知るリナは肩で大きく息をするキョウマを気づかいつつ安堵の溜息を漏らす。
「帰ろうか、リナ」
『……うん!』
息を整えたキョウマはゆっくりと腕を正面へと伸ばす。戦いの疲れが残っているとはいえ、転移門を呼び出す程度の余力は残っている。見慣れた鳥居を呼び出し歩み寄ろうとするキョウマを「キュィッ!」と鳴く声が引き留める。キョウマの全身を一瞬だけ淡い光が覆い隠し、晴れると同時に足元に子竜が佇んでいた。
「どうした、ハク?」
「キュゥ、キュゥッ!」
小さな手で奥を指し、トコトコと歩いていくハク。後をついて歩いていると地面に何かが落ちていた。手に取りキョウマは手元で遊ばせる。
「これは……鏡?」
気味の悪い闇色の縁に曇った鏡面。覗き込んでもキョウマの顔は映らない。語尾に疑問符を浮かべるのも当然だった。
『まって、兄さん! よくわからないものを迂闊に触っちゃダメだって!』
「わっ、悪かったよ。それなら分析、頼めるか?」
『了~解』
~~~~~~~~~~
【魔神の鏡】
主より授かりし眷属としての証。
満月の光を浴びし時、主の元へと転移することが可能。
使用してもなくならない。
~~~~~~~~~~
「これは……」
『まさか「今夜が満月だったら、早速使って敵陣に乗り込んだのに」、なんて言わないよね?』
キョウマの言葉を遮りジト目を浮かべて、じーっとリナは見つめる。指輪越しに突き刺さる視線にキョウマは耐えられず抗議の声を上げる。
「リナは僕をどんな目で見ているんだ? いくら僕でもこの状況でそんなことは言わないって!」
『“この状況”、ねぇ……。疲れていなかったら使う気だったでしょ?』
「うぐっ!」
『ホント、今日が満月じゃなくて良かった~』
「ぐぅ……」
『あれ? 辛うじて“ぐぅ”の音は出るんだ♪』
「勘弁してくれ……」
困り果てた様子にリナは笑みを零す。こういう空気は悪くない。苦笑を浮かべつつもキョウマは今というひと時を嚙みしめる。
「キュ、キュッ、キュィッ!」
「おっと、すまん。忘れていたわけではないんだ。それよりもでかしたぞ、ハク!」
しゃがみ込み、足元に擦り寄るハクの頭の上にキョウマは手の平を乗せる。そっと、一撫でしたところで反応に違和感を覚えた。目を細めて喜ぶはず、その想像に反して首を振り「キュッ、キュッ」と鳴いて何かを訴えかけているように見えたからだ。
「どうした? ハクが教えたかったのは【魔神の鏡】じゃないのか?」
「キュー、キュキュキュッ!」
『どうやら違うみたいだね』
「う~ん、そうみたい」
小さな手でキョウマの腕を掴むと、何もない奥に向かって、反対の手を伸ばしブンブンと振る。
「こっち、ってことか……」
「キュッ!」
キョウマを見上げて一鳴きすると、トテトテと歩き出すハク。やがて壁際に立つと小さな羽をパタパタさせて、ピョンピョン跳ねる。指輪の中で蕩けた表情を浮かべるリナに苦笑しつつキョウマはしゃがみ込んで子竜の瞳を覗き込む。
「上に何かあるんだな? 僕に任せろって!」
ハクの両脇に手を添えキョウマは抱き上げる。指輪からリナの羨まし気な視線が突き刺さるがキョウマはスルーを決め込んだ。
「この辺か?」
「キュッ!」
腕を精一杯伸ばしてハクを持ち上げる。すると、尻尾をペチペチして、少し下げて欲しいと意思表示。「わかったよ」とキョウマは自分の胸の辺りにまでハクを降ろした。「キュィ!」と鳴いたところを見ると丁度良い高さのようだ。
「キュー、キュッ!」
小さな手をハクはピンと伸ばし、ペタリと壁に触れる。瞬間、壁にキョウマの腕に刻まれた契約の証と同じ紋様が浮かぶ。
『兄さん、もしかして揺れてない?』
「安心しろ、リナ。もしかしなくても揺れている」
どこを安心しろと。突っ込む間もなくダンジョン全体が大きく揺れ、あちこちに拳大の魔法陣が無数に浮かぶ。その一つに目を向けると微かに明滅している。しかも徐々に瞬くスピードが上がっている。
「何が起こ……、くっ!」
突如、視界全体が眩い光に覆われ目を開けていることができなくなった。時間にして数秒程度。瞼に感じる感触の加減から、もう目を開けても問題ないようだ。恐る恐る閉じた瞼を見開くと……。
「何だ!? 一体ここは……」
『全然違う場所みたい……』
薄暗く岩や土で覆われた壁でできたダンジョン。自分達はそこにいたはず。なのに、今は昼間と同じくらい視界が明るい。
辺りを見回す。綺麗に研磨された何かの鉱石で壁面は覆われている。キョウマはそっと手を伸ばし触れてみることにした。冷たい感触と同時に魔力の流れが伝わってくる。明らかに人工的、それもかなり高度な作りのようだ。
『見て、兄さん!』
リナに促されるままキョウマは視線を向ける。ここまでの道中は一本道。今いる場所は行き止まりのはずだった。ところが、無数の分かれ道が今は存在している。
『これが“孤独の回廊”の本当の姿なの?』
「そうかもしれない。けど、これじゃ“回廊”というより“迷路”だ」
現れた道の一つの奥をキョウマは覗き込む。自然と壁に手を当て、身を乗りだしたところで不自然な音が耳に届いた。
——ガコッ!
「へっ?」
『ウソ!? トラッ……』
驚く間もなく足元に何かの魔法陣が浮かぶ。明らかに何かの罠。脱出しなくては、と急ぐも抗う時間などない。即座に青く瞬く怪しげな光に全身を覆われキョウマの姿はダンジョから消えることとなった。
「もしかして、ここって……」
『外だね。ダンジョンの入り口』
「キュー」
気付くと目の前には見覚えのある風景。見事なまでに開始地点へと戻されたキョウマ。
「くっ、こんなにアッサリ、してやられるなんて……」
拳を突き出し、キョウマはダンジョンの入り口を睨む。ハクもまた倣う様に小さな手を振りかざした。
「絶対に攻略してやるからな!!!」
「キュキュ、キューッ!!」
【孤独の回廊】、改め【孤独の迷路】と化したダンジョンへの再挑戦を誓う一人と一匹 の姿がそこにあるのであった。
お読みいただきありがとうございました。
ようやくプロローグの場面に追いついてきました。
プロローグ中、ハクは姿を一切見せませんでしたが、それはキョウマの中に入っていたためだったりします。
次回もお読みいただけると幸いです。




