第58話 ぜったいにゆるさない! ~明かされる猫缶の秘密
なんとか仕上がりましたので更新いたします。
お楽しみいただければ幸いです。
首なしドラゴンの腹に突如浮かんだ醜悪な顔。リナが口にした通り、実にキモイ。再生を繰り返すは、薄気味悪い息を吐くはで油断できない要素が実に満載。けれど考えるのは性に合わない。
「面倒だ、斬る!」
「キュッ!」
兜の奥で決意に瞳を輝かせる僕。ハクも僕の考えに同調した。ただ、目の前の敵を斬る。全ての思考をその一点に注ぎ込み、地を蹴る僕にリナが割り込む。
『“斬る”、じゃな~い! 待って、兄さん。どう考えてもあの、ドラゴン? 毒か何かの塊じゃない!』
「だろうな」
続けて吐き出される息攻撃を跳躍して躱す。
『だったら!』
「関係ない、何を企もうがそれよりも速く斬ればいい……、それだけだ!!」
着地と同時に双頭竜だったものに切っ先を向ける。『どこまで脳筋なの……』とリナは呆れた声を漏らすが関係ない。今の僕は鞘から放たれた一振りの刃。そう簡単には止まらない。
「ギシャァア!」
(芸のない!)
凝りもせずに二発、三発と放たれる息攻撃。既にその攻撃は見切っている。右に左にと難なく回避し懐へと飛び込む。
(っ!)
側面をすり抜けた際、腹に浮かぶ醜悪な瞳がわずかに吊り上がったのを僕は見逃さなかった。
(仕掛けてくる……けど関係ない! 全てまとめて吹き飛ばす!)
「しっかり、つかまっていろよ、ハク!」
「キュィッ!」
——蒼葉光刃心月流、旋風蒼葉斬
敵の左を取った瞬間、右足を軸足にして回転——遠心力を乗せた蒼の斬撃を頑強な肌に滑らせる。
(思っていたよりも固い)
最初に浮かんだイメージを払拭するように剣を振るう。舞い散る闘気の葉は全て弾かれ傷を負わせることは敵わない。ならば、この一刀をもってその身を断つ!
左手から伝わる僅かな抵抗。構うことなく押し切り、刃は竜の鱗を斬り刻んだ。
「キシャァアアアッ!」
奇声と同時に旋回する視界に飛び込む紫色の血飛沫。リナの言った通り、見た目だけで“毒”だと分かる。
(これが奴の策……)
回廊の冷たい外気に舞う紫色の体液。空気に触れると同時に霧散し、毒の霧へと変わる。まともに吸い込めば何らかの異常をきたすことだろう。
(小賢しい)
この程度の罠で僕を仕留められると考えたのならば、余りにも舐めている。バックステップをとって、地面に右手を向ける。すかさず、“ドラグ・ビーム・レーザー”を発射し爆風で邪魔な霧を吹き飛ばした。吹き荒れる風の中、敵の忌々し気な眼差しが僕を射貫く。
「そろそろネタも尽きたところか?」
右手を前に突き出し、手の平に魔力を集中させる。燦然と輝く右腕が辺りを照らした。
「グフゥ……ヤルナ、ニンゲン……」
(喋った!?)
——言葉を話した
今日の僕にとって、どんな攻撃にも勝る一番の驚きだったかもしれない。醜悪な口が大きく開き、牙から酸が滴り落ちた。音を立て、容易く溶けていく冷たい岩盤。こんなのが外をうろつきでもしたら、大変なことになる。このまま放置、というわけにはいかない。
「……」
醜く口端を大きく吊り上げる首なし竜を一瞥する。
(どう見ても友好関係は築けそうにないな……)
人の言葉を話したことは確かに衝撃だった。少しばかり戸惑ったこともまあ、事実。けど、喋ろうが喋るまいが、僕にとって敵であることは変わらない。
「斬る! それだけだ」
「キュッ!」
背中で賛同するハクの声に合わせて、僕は木刀を構え直す。首から下げた指輪が微かに明滅しているけど、ひとまずは置いておくことにした。なぜなら、指輪越しに突き刺さる視線からリナがジト目を浮かべていると想像ついたからだ。僕とハクの脳筋思考に思うところがあってのことだろう。地を蹴り駆け出したところで漏れるリナの呆れ交じりの溜息を後ろに、僕は一気に間合いを詰めていく。
「グフゥ……」
蒼の刀身を振りかざす。僕の攻撃を前にして、微動だにしない敵。瘴気を含んだ息を静かに吐き出し、腹に浮かんだ妖しい瞳が赤く輝いた。
「見え見えだ!」
目の前の巨体を無視し、咄嗟に背後へと回し蹴りを放つ。分厚いタイヤを蹴ったような衝撃を覚えるも構わず振り抜いた。「ゲブゥッ!」と耳障りな声が耳に届く。
「お前が転移か何かの類を使えることはわかっているんだ。驚くこともないだ、ろ!」
振り向きざまに蒼の一太刀を浴びせ後ろへバックステップ。元いた場所には首なしドラゴンの身体から放出された毒素が漂っていた。
「単調な……」
顔……、というより腹?を顰めた敵に冷たく言い放つと僕に恐れを成したのか一歩、後ろへと下がった。『単調……って、突っ込むだけしかしない兄さんには言われたくない台詞だよね』とリナの呟く声には聞こえなかったフリをして沈黙を決め込んだ。もっとも、ハクが「キュゥウッ」と代わりに答えたので意味はなかったのかもしれない。
気を取り直して右手を前に突き出し魔力を集中させる。勿論、木っ端微塵に吹き飛ばすためだ。
「グフフ……ソウ、アワテルナ……ニンゲン……」
どこまでも低く、不快な声が届く。返答は決まっている。
「断る、消えろ!」
「マテ、ヤメロ! ハナシヲキケ!」
「うるさい、黙れ。消えろ、と言っている……」
「ウグヌゥ……」
僕の右腕の輝きが一層増す。面倒だし聞く気は更々ない。焦りの色を帯び始めた首なしドラゴンを一瞥し、殺気丸出しすっかりやる気満々の僕をリナが呼び止める。
『ちょっと待って、兄さん!』
「リナ? 邪魔をしないでくれないか」
「だから待ってってばぁ~」
「うぐっ……。仕方ない、わかった」
指輪越しに感じる上目遣いの視線。瞳を揺らし僕を見つめる姿が目に浮かぶ。リナのお願いに弱い僕。やれやれ、とばかりに頭を振って右手を下ろした。
「グフフ、ソウダ。ソレデイイノダ、ニンゲン……」
偉そうな態度に少しイラッ、ときた僕は引っ込めた腕を再度かざしそうになる。リナから『兄さん!』と止められていなければ間違いなく撃つところだった。リナに言わせれば『せっかく向こうが色々勝手に喋ってくれるんだから、まずは聞こうよ。情報は大事なんだよ。 やるのはそれからでもいいでしょ?』、だ。きっと指輪の中では大きく胸を反らし人差し指をたて、ドヤ顔を決めていることだろう。
「仕方ない……」
溜息を一つ吐き出し、顎をしゃくり上げて先の言葉を促すことにした。
「グフゥ。オマエ、ニンゲンノクセニツヨイ。ソノリユウ、ヤットワカッタ」
「……」
「オマエ、リュウヲソノカラダニ、ヤドシテイルナ?」
腹に浮かぶ化物の目が細まる。沈黙を続ける僕の態度を肯定と受け取り、喜々とした笑みを浮かべ始めた。
「ヤハリナ、ワルイコトハイワン。イマスグ、リュウヲサシダセ!」
「知らん、わからん、興味ない。例え、お前の言う通りだとしても条件を飲む気はない」
交渉決裂―というより、最初から僕にその手の類を聞く気はない。時間の無駄、とばかりに木刀の柄を握りしめ、二、三振るう。
「グフフ、スナオニサシダセバイイモノヲ……オロカナ! オマエハワレラノチカラヲシラナイ! ワレニサカラウトハマジンリュウサマニサカラウモオナジ……カンガエナオスノダナ」
案の定、奴は魔神竜と繋がりがあるようだ。まあ、リナの解析結果に【魔神竜の眷属】なんてスキルがあったから間違いはない訳だが、実際に本人の口から聞けたことで完全な黒、と断定できた。この双頭竜?の知らないうちに眷属にされていた、という場合も考えたけど懸念だったようだ。これで確定、こいつは倒すべき敵だ。
「断る、魔神竜だろうが何だろうが僕の邪魔をするなら……」
「キュッ!」
斬る。そう言いかけたところで背中の相棒が声を上げる。装甲越しから伝わる微かな感触。ハクの身体は確かに震えていた。その様子に気付いたリナは『ハクちゃん、ごめんね。兄さん……もういいよ。やっちゃって……』と指輪の中で頭を振る。
「キューッ、キュキュキュッ!」
「ハク!」 『ハクちゃん!?』
僕の背から飛び降り、トコトコと前へ進むハク。怒りの感情を瞳に宿して不気味に笑う首なしドラゴンに向かって吠える。
——おまえたちは、ぜったいにゆるさない!
ハクの気持ちが僕の中に流れてくる。拳が震え木刀を握りしめる力が強くなる。ただ、これで確信した。ハクがここに来たい、といった理由。前に来た時、何かに突き動かされるようにこの場所へ訪れた理由。ハクと契約した証である右腕の紋章が浮かび、疼く。目の前の敵とは雌雄を決しなければならない。
「グフ……、グハハハハ! サガシタゾ! ソイツダ! コレデマジンリュウサマハ……カミニ! ソシテ、スベテノチョウテンニ……」
「御託はいい! もう、黙れ」
「グヌゥ……」
冷たい回廊の空気に邪な獣を一蹴する僕の言葉が響く。自分の世界に酔いしれた時間を台無しにされ不機嫌そうに目を細めているのが、よくわかる。
「オロカ、ジツニオロカ! ワレラノチカラヲシレ!」
苛立ちと怒りをぶちまけて、全身を紅にそめる首なしのドラゴン。体中から瘴気を発し、その身を包むと高々と笑う。
「グハハハハ、モウオソイ! ワレニ……マジンリュウサマニサカラウオロカモノ! キエヨ!」
闇の気を体中に張り巡らせ、その巨体が宙に浮く。顔を見上げ、その行方を視線で追うと
高速に再生されていく首が映った。
『兄さん、気を付けて……』
心配するリナの言葉とともに解析結果が映し出される。
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ツインヘッド・カースドラゴン
状態異常 魔神の祝福
LV 57
HP 3674/3674
MP 523/1350
STR 2289(763×3【魔神竜の眷属】の効果により上昇幅強化)
VIT 2262(754×3【魔神竜の眷属】の効果により上昇幅強化))
AGI 1629(543×3【魔神竜の眷属】の効果により上昇幅強化))
DEX 518(【魔神竜の眷属】の効果によりステータスダウン無効)
INT 614(【魔神竜の眷属】の効果によりステータスダウン無効)
MND 489
LUC 106
≪属性適正≫ (S~H、適正なしは「—」)
光 -
月 -
火 A
水 A
風 -
雷 -
土 -
闇 A
≪スキル≫
・HP自動回復 LV6
・MP自動回復 LV2
・魔神の威光
・魔神竜の眷属
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『完全に体力を回復しているよ! それに見てよ、状態異常のところ! ここまで戦った魔物、全部が呪われていたけど……』
「ああ、わかってる。原因はコイツだ」
圧倒的に膨れ上がった敵のステータス。原因はこれまでの道中、遭遇した魔物と同じく状態異常によるもの——が、決定的に異なるのはDEXとINTにマイナス補正を受けず強化されたステータスについても二倍ではなく三倍ときている。加えるなら我を忘れた様子もないことだ。
『どうするの?』
と、リナが重さを秘め、心配を帯びた声で尋ねてくる。「ここで退くわけにはいかない」と答えると『そう言うと思った』と返してくる。その声音には呆れと少しばかりの明るさが込められていた。
「キュッ、キュィッ!」
「わかってるよ、ハク。一緒に戦おう……」
目の前で上目遣いに僕を見上げるハク。そっと抱きかかえ肩に乗せる。先程から疼いてやまない右腕が熱い。闘志の炎が燃え盛っているようだ。
「行くぞ、ハク!」
「キュィッ!」
僕とハクの心が重なる。穏やかで静かな水面に浮かぶ二つの波紋。ゆっくりと混じり合い、やがて一つになる感覚。右腕を前に突き出し拳を握りしめる。
「竜魂!」 「キュッ!」
小さなハクの身体が白銀に輝き光の粒子へ姿を変える。吸い込まれるように僕の右腕に溶け込むと体中に溢れんばかりの力が駆け巡った。
「うぉおおおおおおおおおおおっ!!」
星竜闘衣が強烈な光を解き放つ。纏った装甲に宿す右肩の水、左肩の火、頭部の風、右足首の雷、左足首の土、それぞれの宝珠が順番に円を描くように明滅を始めた。やがて、一周すると胸部にはめ込まれた無色透明のそれが、銀色に輝き始める。
「これが星の……いや、星竜の力?」
左手に握られた木刀を一瞥する。刀身の輝きが蒼から白銀へと変わり一回りも二回りも大きくなっている。
「グフゥ……。ミタゾ、リュウノチカラ……。ヨコセ! イマスグヨコセ!」
「何度も言わせるな! お前の要求は全て却下だ!」
光の剣を握りしめ切っ先を双頭竜へと向ける。僕の態度に腹を立てた双頭竜——とりわけ腹に浮かぶ顔の眼が吊り上がる。
全身に降り注ぐ邪な気を纏った強烈な殺気。
「うぉおおおおおおおおおおおっ!!!」
気合を込めて吹き飛ばし白銀の力を全開にして僕は力強く踏み出した。
~おまけ~
二つの大きな力がぶつかり合おうとする中、リナはそっと強化されたキョウマのステータスに目を落としていた。
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キョウマ・アキヅキ
種族 転生人
職業 竜魂剣士
状態 竜魂全開
LV 87(27+60)
HP 4022
MP 1716
STR 3686(2186+500×3)
VIT 3428(1928+500×3)
AGI 3688(2188+500×3)
DEX 3437(1931+500×3)
INT 2073(573+500×3)
MND 2305(805+500×3)
LUC 315
スキルポイント残 310
≪属性適正≫ (S~H、適正なしは「—」)
光 -
月 S
火 H
水 H
風 E
雷 F
土 H
闇 -
星 S【星竜闘衣】時、限定
全ての属性を一つに統合、統合した属性を星属性として行使可能)
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(これ、兄さんの圧勝な気が……)
それにしても、とリナは心中加え、キョウマが使って見せた【竜魂】の詳細に目を移す。
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・竜魂
竜魂剣士の本領発揮。契約竜の心と魂、それぞれと一つに重ね一時的にステータスを強化する。強化値は上級魔力供給術によって作り出したモノ(猫缶)を渡した個数×500(上限10個分まで)。渡した数については深夜0時をもって初期化される。
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(そういえば今日、ハクちゃんに渡した猫缶の数って三個だったよね……)
朝に一つ、町で一つ、探索中に一つと指折りで数える。
(それにしても猫缶で強くなる兄さんって一体………)
本来は固唾を飲んで見守らなければならない中、リナは呆れ半分のジト目を浮かべる。同時に敵となった双頭竜を少しだけ哀れに感じていた。
(猫缶一つで強くなる兄さん……、そしてその兄さんに負けそうな如何にも幹部っぽい魔物……)
——こんなのでいいのかな?
戦闘の最中、リナの呟きは誰の耳にも届くことはなかった。
~おしまい~
お読みいただきありがとうございます。
今回で決着のつもりが次回へ持ち越しとなってしまいました。自身の至らなさ故、情けない限りです。
次話こそ決着です。お読みいただければ嬉しい限りです。




