第57話 回廊の奥の双頭竜
ボス戦です!
広間の奥の通路を抜けると、またしても一本道。時計回りに滑らかなカーブを描いているものの、分岐点は今のところ見当たらない。“孤独の回廊”——単独でのみ侵入可能な難攻不落のダンジョン。事前にコング、スミスの両名に伺ったところ冒険者組合ですら詳細は不明と語る。
「道は他にない以上、このまま進むしかないか……。それでも念のためマッピングは続けてくれ」
『了~解』
道中、遭遇したレッド・ドラゴン、ワイバーン等の魔物を難なく斬り捨て一行は先へ先へと進む。円を描くような回廊を通り抜け、もうすぐ一周してしまうのではないかとよぎる中最初の広間と同等の広さの空洞へと辿り着いた。
「行き止まり? まさか戻った、ってことはないよな?」
『似ているけど違うみたい。マップでも元の場所に近いけど、少し内側に進んだ位置かな?』
ならばこの場所を調べるしかない。結論がでたところでキョウマは天井を見上げ呟く。
「どうも見られているような気がする。すごく嫌な気配だ」
『ちょ、ちょっとやめてって兄さん!』
「……」
『だから、やめてってば~』
真剣な眼差しでキョウマは一点を見つめている。幽霊やお化けの類をやや苦手とするリナは不安に駆られ、キョウマに否定の言葉を求めるが返事はない。
「ごめん、リナ。どうしても気になってしまって……。そうだ、ハク! お前なら何かわかるんじゃないか?」
「キュッ!」
ふと、キョウマは背中の相棒に目を向け、声をかける。これまでじっと大人しくキョウマにしがみついていた子竜はピクリと反応し一鳴きした。小さな羽を広げて地面に降りると、トコトコと前に向かって歩き出す。
「ハク?」 『ハクちゃん?』
二人の声が重なり合う。ハク一人を先行させまいとキョウマは後を追った。
「キュゥゥーーーッ………」
広間の中央付近まで歩み寄ると突然、ハクは身を低くし虚空を見上げる。常日頃から愛くるしいつぶらな瞳を鋭く吊り上げ(それでも可愛い:リナ談)、らしからぬ低い声で唸り始めた。
『ハクちゃん、一体どうしたの?』
普段は見せることのないハクの変貌ぶりにリナは心配の色を帯びた視線を指輪越しから向ける。
「ハク、お前が……そして僕が感じていたものの正体はコイツか!?」
「キュゥゥーーーーッ!」
蒼く輝く刀身を片手に、キョウマは相棒が睨み続ける一点を一瞥する。
『兄さん、ハクちゃん! ねぇ、何かいるの?』
一人状況が掴めないリナの言葉には不安の色が見え隠れしている。無言のまま頷き返して肯定するキョウマの周囲に漂う研ぎ澄まされた空気に、リナはそれ以上何も言うことができない。できることは見守ること。そして、キョウマを信じることだけだった。
「ハク、こっちに!」
「キュッ!」
キョウマの背に飛び移り、ハクはペタリとしがみつく。「危なくなったら僕の魂に戻るんだぞ」と声をかけると「キュィッ!」と鳴いて返事をする。両者共に準備は万端。虚空を一睨みして挨拶代わりにと言わんばかりの殺気をキョウマは叩き付けた。
「お出ましだ!」
よく目を凝らすと、キョウマとハクの見つめる先の空間が僅かばかり震えている。中心にはピンポン玉サイズの黒い闇が佇んでいた。耳を澄ませば、聞こえてくる低く何かが蠢く音。徐々に大きくなると同時に闇もまた膨らみだした。
——ギシャァアアアアアアッ!
耳をつんざくような叫びが広間に充満する。同時にキョウマは木刀を固く握り直した。背中からは装甲越しに相棒の鼓動が伝わってくる。雄叫びの発生元——黒い闇は直径十メートルを軽く超えるまでに膨張していた。闇色の稲妻が轟き一つの形を成していく。
「ドラゴン?」
「キュゥーーッ!」
キョウマの口から思わず零れる。“ドラゴン”と……。闇から現れたドラゴン。禍々しい漆黒の体に髑髏を思わせる白の線。背の翼を広げると瘴気が辺りに立ち込める。一つの体に二つの首——双頭竜。
『兄さん、解析結果、出すよ!』
「助かる」
キョウマは跳躍して後ろへ下がる。元いた場所には竜の咢が牙を振り下ろしていた。避けていなければ今頃は牙の餌食。空振りに終わった双頭竜は縦長の瞳孔を細め、忌々し気にキョウマを睨んだ。
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ツインヘッド・カースドラゴン
LV 57
HP 3674
MP 1350
STR 763
VIT 754
AGI 543
DEX 518
INT 614
MND 489
LUC 106
≪属性適正≫ (S~H、適正なしは「—」)
光 -
月 -
火 A
水 A
風 -
雷 -
土 -
闇 A
≪スキル≫
・HP自動回復 LV6
・MP自動回復 LV2
・魔神の威光
・魔神竜の眷属
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「気になるところがいくつかあるな!」
翼を広げ、浮上。加速し突進してくる双頭竜。爪、牙、それぞれを紙一重で躱し。跳躍してキョウマは背後を取る。邪な左右の首が「どこに行った!?」と、そう言わんばかりに咆哮を上げ、長い首を後ろへぐるりと回す。一度、見失ったはずの獲物を視界に入れると、にたりと笑った。
(息攻撃か!?)
咢の付近に魔力が集まり始めている。キョウマは木刀に闘気を送り刀身の蒼き輝きを増大させる。リナからもたらされた解析結果によると、属性は火、水、闇の三種類。本体が闇だとするならば、二本の首は火と水に分かれているはず。双頭竜の周囲を漂う魔力の質に目を凝らす。火かそれとも水か……、どちらなのかを見極めるためだ。
(火炎息!)
判断の根拠は充満する魔力から発せられる熱気。導き出した解に誤りはない。キョウマの読み通り灼熱の炎が解き放たれる。
「そいつを待ってた!」
眼前にまで迫る暗黒の火炎息。口端を吊り上げたキョウマはその中心に蒼の刃を滑らせる。
「キシャッ?」
「もう手遅れなんだよ!」
横薙ぎに一気に振り払い炎を両断。あまりの非常識さに流石の双頭竜にも驚きの色が伺える。
「“手遅れ”……そう、言った!」
払った左の剣をそのままに右手を前へとキョウマは掲げる。向かう先にあるのは大きく口を開いたまま竜の咢。キョウマにとって実に間抜けに映った。
「ドラグ・レェーザービィィイイイイムッ!」
がら空きの口に突き刺さる白銀の光線。容易く頭部を消し去り首だけが残る。
「キシャ、キシャー……」
——笑っている。
頭部の消失——確実に深手を負わせたはず、にも関わらずまるで大したことでもないと言わんばかり。その答えはすぐに明かされた。
『再生して、る……』
リナが漏らした通り、首元からメキメキと音を立て盛り上がる骨と肉。瞬く間に傷一つない元の首が不敵に笑う。
「そういうことか……」
双頭竜に返すようにキョウマもまた口の端を吊り上げ笑みを浮かべる。
キョウマの漏らした言葉には二つの意味があった
一つ、頭部を失っても余裕でいられたのはすぐに再生可能だったから、ということ。
一つ、この手の類の場合、二本の首を同時に仕留めなければならないのが通例、ということ。
「単純明快、分かりやすくてかえって好都合!」
第三として、“体を消滅させれば問題ない”を胸中で加え、キョウマは木刀を水平に構える。
——蒼葉光刃心月流、葉走——
全身を駆け巡る闘気を木刀へと走らせ光の剣は燦然と輝く。刀身を傾け、ダンジョンの冷たい地面に触れる切っ先。構うことなく振り上げられる刃の先には火花が迸る。渾身の蒼き弾丸は双頭の竜めがけて放たれた。地を抉る轟音、舞い上がる蒼の木の葉。迫り来る脅威に邪な魔竜は目を細めた。
「シャァァアアアアアアッ!」
対の咢——両の頭から同時に吐き出される息攻撃。炎と氷、互いを相殺することなく混ざり合い、赤と青の光線が螺旋を描く。
「ギィィ……」
笑った。
確かに笑った。
勝利を確信した双頭の竜の笑みをキョウマは垣間見た。
「……」
双頭竜の読みは当たる。“葉走”は炎の氷の同時攻撃の前に屈し、蒼の木の葉は無残に散る。今度は逆にキョウマが迫られる番となった。
「片方だけでダメなら、同時攻撃しかないよな……」
技を潰されながらもキョウマに焦りの色はない。寧ろ漏れる言葉からは、読み通りと言いたげに聞こえる。
「キュッ!」
背にした相棒子竜からかかる気合の一声。キョウマは木刀を手放し、両手を前に広げた。
「ツインッ!」
突き出した手の平に収束を始める白銀の魔力。眼前に迫る息攻撃を一瞥し、キョウマは己が力を解放する。
「ドラグ・レェーザービィィイイイイムッ!」
片方だけでダメなら両方で、奇しくも双頭竜とキョウマの策は同じであった。ならば勝負を決するのは……。
「どっちが強いか、ハッキリさせようじゃないか!!」
「シャァァアアアッ!」
互いの双眸が見開かれ、両者の視線が宙にて交錯する。
どちらも負ける気はない。純粋に力と力をぶつけ合い、強い方が勝つ。わざわざ“葉走”を餌にせずとも良かったのかもしれない。自嘲を含めた笑みを一瞬だけ浮かべてキョウマは胸中でひとりごちた。
銀の閃光と邪な赤と青の螺旋のぶつかり合い。拮抗していたせめぎ合いは、あっけなく終わりを迎える。
「っらぁぁああっ!」
気合の一声を合図に左右の手を押し広げ、息攻撃を一気に引き裂いた。両の手から発せられる光線が見事に双頭を撃ち抜き爆散。竜だったものは首を失いただ立ち尽くすのみ。
『終わった……の?』
「キュッ!」
爆煙から覗く敵の姿にリナは呟き、ハクは一鳴きした。緊張の色が薄れつつある少女の声に対し、子竜からは警戒心が未だ濃くある。
——まだ、終わりではない。
相棒の声に気付かされたキョウマは双頭竜だったものへと視線を送る。
「くっ!」
考えるよりも体が動く方が先だった。咄嗟に体を翻し地面に向けて倒れ掛かる。急な動きに受け身を取る余裕などなく背中を強く打ちつけてしまう。衝撃に肺から空気が零れ出る中、キョウマは先程まで自分が立っていた場所を一瞥した。
(ハクのおかげで助かった。でなければ今頃は……)
そこは丁度キョウマの頭があった位置。双頭竜の胴体からダンジョンの外壁に向けて、毒々しい瘴気に塗れた息攻撃が貫いている。派手に見えるが、今のキョウマにとって脅威を感じる程の威力はない。正面から受けても難なく弾き返したであろう。問題は纏わりつく瘴気だ。たとえ防げても、まともに触れてはいけない——直感が確かに告げていた。
「“双頭”、とはよく言ったものだ……」
地に手をつき立ち上がり、首を失った邪竜を見据えたキョウマの口から思わず零れ出る。
『うわっ……キモ!』
「同感……」
いつもはリナに苦言を呈するキョウマもこの日は違った。胴体部分に現れた紅く輝く大きな眼。腹の中央を横切るように開かれた口。牙から滴る酸液。
「頭は二つでも顔は三つ……、か」
悪態をつく言葉とは裏腹に、キョウマの表情に笑みはない。仕切り直しとばかりに新たな木刀を収納空間より取り出し、左手に握りしめる。決着に向かっての第二幕が開けられようとしていた。
お読みいただきありがとうございました。
次話で決着の予定です。次回もお楽しみいただければ幸いです。




