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第5話 キョウマの力~翼の勇者

バトル回です。

 転移魔法の光が止む。

 目の前には草原、背後には広大な森が広がる。久しぶりの日の光を浴び、キョウマとリナの二人は転移が完了したことを知る。


「ここが本当に異世界なの?」


 この世界(オキエス)には二人が元いた世界と同様に太陽があった。周囲の植物も大差はない。リナは空を見上げ周りを伺う。目の当たりにした光景に思わず疑問を口にした。

 戸惑うリナに対し、キョウマは目を閉じたまま微動だにしない。気を張り巡らせて辺りの気配を探る。


「紛れもなく異世界だ。間違い……ない!」


 収納空間より木刀を左手に抜き、握りしめる。同時に刀身は蒼く輝いた。視線も合わせぬまま、キョウマはクルリと反転し背後に横薙ぎの一閃を放つ。錆び付いた剣を振り上げた骸骨が胸のあたりから横一文字に両断された。兄の異変に気付きリナも慌てて振り返ると、蒼の残光が木の葉のように揺らめき、骨だけの体が跡形もなく砂となって崩れ去っていた。


「兄さん!」

「まだいる!」


 妹の悲鳴に「気を抜くな」とばかりに答えて庇うようにキョウマは前に立つ。先ほどと同様の骸骨兵が二体がかりで正面の左右から迫っていた。右からくる敵の脇腹に狙いを定め、左のもう一体に目掛けて蹴り飛ばす。肉の感触のない無機質な音が響くと木に叩き付けられるまでに吹き飛んだ。止めを刺すべく一歩踏み出したところでキョウマは不穏な音を耳にする。


 ジャキ――


(「ジャキ」?)


「フレイム・ショット!これで!」


 謎はすぐに解けた。リナの練り上げられた魔力を察知すると、炸裂音とともに炎の弾丸は紅の一本線を描いて骸骨の頭部に吸い込まれた。寸分違わず眉間に風穴を空け、白骨の兵士は灰へと変わりゆく。残る一体もキョウマの蒼の一振りによって難なく切り伏せられた。


「リナ……、それって……」

これ(・・)のこと?」


 キョウマの半分呆れの混じった疑問の声と視線にリナは右手のそれ(・・)を上下し何でもないように答えを口にする。


「これ、“てっぽう”だよ。女神様にもらったの!」


~~~~~~~~~~


 リナ・アキヅキ

 右手 てっぽう

 左手 なし

 頭  なし

 体  メイドの嗜み(リナ専用メイド服、頭・体、一体型装備)

 装飾 ナビゲーション・リング、えっちぃ下着


~~~~~~~~~~

・てっぽう

 女神特製リナ専用武器。魔法を弾丸にして発射可能、名前に似合わず高威力を誇る。

 装備者のレベル、魔力に応じ攻撃力がアップ。

 材質不明。分解不可。


~~~~~~~~~~


 見た目はプラスチック弾を発射するような玩具——丸みを帯びた天使の羽にハートの装飾が施されている。真っ白な砲身の“てっぽう”を片手にリナは微笑んだ。その姿に「そういえば、女神と仲良くなっていたな」と一瞬、苦笑するも木刀を払い正眼に構え直した。キョウマの様子にリナは首を傾け思考すると遅れて異変に気が付いた。


「兄さん、何か変!」

「ああ、まだ何かいる。恐らくさっきの奴らの親玉がな」


 オキエスで魔物を倒した場合、“経験値”を獲得する。ナビゲーション・リングがあれば、体感化も可能となる。女神からその説明を受けていたリナは経験値の獲得がないことから違和感に気付いた。キョウマが気付いた理由は別にある。何のことはない――単純にどこかからか見られている視線と殺気を感じたからだ。二人は互いに異なる観点から事態が現在進行形であることを導き出した。


「ほう?ワタシの存在に気付いたか、人間」


 意味不明な言語を口にした瞬間、ナビゲーション・リングが輝いた。言語を翻訳する機能か何かだということには、言葉を理解できたことで気付く。空に黒い影が生じると赤黒い姿の声の主がゆっくりと現れた。肉食獣を彷彿させる獰猛な視線を二人に向けている。ニメートルを超える長身に反り返るようにカーブを描いた角、口は大きく裂けて鋭い牙がギラリと輝く。髑髏を模した装飾の施された重厚な槍を片手で易々と振るうことから強靭な力の持ち主であることが伺えた。


(兄さん、冒険者組合のデータにはないみたい。でも、恐らく“魔族”だって……)


 リングの機能を用い解析した結果を小声で話すリナにキョウマは頷き返した。「冒険者組合でも知らない、が似た者との遭遇データはあったのだろう」と推測する。発せられる威圧感から強さの度合いを肌で感じ取り、その手に緊張が走る。


今度(・・)二人(・・)か……、来たばかり(・・・・・)のようだが早速消えてもらうとしよう」


 気になる言葉をいくつか耳にするも今の二人に考える余裕はない。魔族はパチンッ!と指を鳴らすと地面からボコボコと白骨の腕が伸び、先ほどの骸骨兵がワラワラと現れる。その数、ざっと五十以上。一度は退けたとはいえ、数が圧倒的に異なる。物量差を前にし絶望が二人を襲う。


「フム、少々多すぎたか?まあ、これなら逃げられはしないだろう。女の方は殺さない程度に痛めつけておけ!絶望に染まったところをワタシ自らが喰らってくれよう……」


 舌なめずりとともに向けられた視線にリナは身を竦ませ言葉が出なくなる。体中が危険を察知し震えが止まらない。


「大丈夫だよ。リナ」

「兄……さん?」


 左手で木刀を構えたまま右手でリナの手をキョウマはそっと握った。その手から伝わる温もりにリナを落ち着きを取り戻していく。右手に優しさ、左手に激しい闘争心を抱きキョウマの闘気と魔力が重なり渦を巻いて高まっていく。


 魔族はキョウマに対して愚かな発言をした。リナに害意を向け【逆鱗】に触れた。スキルが発動しキョウマのステータスにプラスの補正かかったこともあるが、この際あまり意味をなさない。“復讐”以外の――大切な人と過ごす未来(あした)を守るための戦いに駆り立てた方が大きい。リナを背にし一歩、二歩と前に進み、やがて歩みを止める。


 風がそっと吹いた。

 キョウマの魔力が収束を始め魔法の言葉として紡がれる。


 「アクセル(加速)ウイング()!展開!!」


 それはキョウマにとって唯一無二、たった一つだけの魔法……。


……


 旅客機が襲われた時(あの時)、僕は何も出来なかった。

 力がなかった。

 何よりも速く動けていたら……

 空を飛べていたら……


 僕は守ることができた?

 失わなかった?


 わからない。

 “たら、れば”で嘆いても結果は変わらない。

 

 悔しい。

 何も出来なかったことが、何もできないちっぽけな自分が悔しい。

 無力な自分が、何もできない自分が悔しい!!

 誰よりも何よりも速く大切な人――リナの元へ駆けつける力が!翼が!!それがあれば僕は!!!


 元は対象のスピードを増加させるだけの加速系の風属性初級魔法——激しい後悔と飽くなき願いが重なり別次元に押し上げる。単なる基本魔法はオリジナル魔法に変貌を遂げた。その特性故、風属性の魔法習得キャパシティ全てを占め、他の魔法を習得できなくなった。大切な人、魔法の習得、大きな代償と引き換えに僕が願った僕だけの魔法をその時、手にした。


~~~~~~~~~~

・アクセル・ウイング

 発動中、AGI大幅増。

 時間経過とともにAGI補正値は増加する。動きを止めると、時間経過により加算した補正値は初期化される。

 AGIの合計値の半分の値をSTRにプラス補正する。任意で周囲に風属性範囲攻撃可。

 飛行可能になる。術者の魔力により滞空時間、高度が増減。

 翼に込められた想い(魔力)が強いほど効果増大。


~~~~~~~~~~



「綺麗……」


 リナの口からそっと言葉が漏れた。

 魔族は目を見開き驚愕すると考えるように何やら呟き始めた。

 僕は今、魔法の翼を背に宿している。形状は竜の翼を模し、見た目は淡い碧の透き通る水晶を連想させる。光の粒子を翼から舞い散らせて僕は数センチほど宙に浮いている。


「リナ、ここは僕に任せてほしい」

「兄さん、頑張って……、負けたら絶対、ダメなんだから」


 コクリと頷きリナはスキル【指輪待機】を発動させる。指輪はチェーンを通され僕の首に下げられる。リナの激励に【応援】のスキルが発動されたのだろう。奥底から力が湧くのを僕は感じとった。



~~~~~~~~~~

キョウマ・アキヅキ

LV     1

HP   286/286

MP    82/122


STR  489(156+50+20+263)

VIT  207(137+50+20)

AGI  526(156+50+300+20)

DEX  157(137+20)

INT   59(39+20)

MND   76(56+20)

LUC    1


~~~~~~~~~~


 転生前よりレベルもステータスも下がっているはずなのに、かつてない程の力が全身から漲っていた。


「これなら!」


 翼から粒子が瞬間的に強く溢れだし、僕の姿は掻き消える。消えた、というのは訂正がいる。誰の目にも映らぬほど程の速さで動いただけのこと。そう、後ろでふんぞり返る魔族ですら僕を見失っていた。


 閃光が骸骨兵の隙間を縫うように瞬いた。思考を持たぬ骸骨兵は何も出来ず動きを止め一拍の時が過ぎる。遅れて蒼き斬撃を物語る残光が上下左右、関係なしに咲き乱れた。


「今、何が起こった!?」


 魔族のが驚愕の声を漏らした後、駆け抜けた光の終点に僕の姿をようやく見つける。

 特別に何かしたわけではない。骸骨の集団に逃げ場を与える隙間を与えない程の斬撃を無数に浴びせただけのことだ。


蒼葉光刃心月流そうはこうじんしんげつりゅう蒼刃乱舞(そうじんらんぶ)


 木刀を払って呟くと五十過ぎもいた骸骨兵は全て霧散した。


「まっ、まさかお前は“翼の勇者”なのか!?」

「僕は勇者じゃない!」


 驚きの目をしたまま“翼の勇者”と僕を評する魔族の言葉をバッサリと切り捨て否定する。もっとも相手は聞いてはいないらしい。完全に僕を“勇者”扱いしていた。


「フフ、ハハハハッ!ワタシは運がいい!こんな辺境の地に派遣の命を受けた時は貧乏クジを引いたものだと嘆いたものだ。それが小事の後の帰り道、召喚反応を感じて来てみれば“翼の勇者”とは……、お前の首を持ち帰れば褒美は思いのまま……、姿を消した女の方も実に興味深い。実に愉快だ。フハハハハッ!」


「彼女は渡さない。それに僕は……、勇者じゃない!!」

「ぐぅぅ」


 一人高笑いする魔族に感じた不快感を払うかの如く、瞬時に懐へ飛び込むと正面から切り上げの一閃を見舞った。赤黒とした鋼の体に蒼の一太刀が刻まれる。ダメージを与えた感触はあるが致命傷には至らない。闘気で強化しているとはいえ元はただの木刀、強化されたSTRを完全に活かす攻撃力はなかった。傷跡からは煙が立ち上り既に再生を始めている。


「どうやら、速いだけのようだな。益々運がいい。四魔将イフリル様の右腕たるこのワタシ、タスンがその首をもらう」

「そう簡単にやらせるか!」


 突き出す槍を右に回避し、すれ違いざまにその背に一撃を加える。


「ちぃっ!」


 邪魔な蝙蝠の羽根を切り落とすことができず舌打ちを漏らす。

 やはり傷は浅い。ダメージも顧みず僕の体を掴もうと伸ばされる凶悪な手。僕は逆に蹴りつけ飛びのき距離を取った。


『兄さん、解析できたよ』


 懐の中で指輪が明滅しリナの言葉が念話となって届いた。解析結果のイメージが流れてくる。


~~~~~~~~~~

タスン

LV     30

HP   1290/1346

MP    472/480


STR  392

VIT  376

AGI  328

DEX  213

INT  354

MND  185

LUC    6


≪スキル≫

・HP自動回復 LV3

・MP自動回復 LV2

・槍      LV7

・魔力感知   LV6


≪属性適正≫

光 —

月 —

火 B

水 —

風 —

雷 —

土 —

闇 B


~~~~~~~~~~


 ステータスはアクセル・ウイングのおかげで互角以上に渡り合えている。問題なのは敵のHPが多い上【HP自動回復】のスキルが厄介だ。アクセル・ウイングには制限時間がある。僕のMPが尽きると勝負にならない。属性の種類が増えていることも気になるが考えている余裕はない。MNDがやや低く魔法が効きやすいようだが、生憎僕には強力な攻撃魔法はない。一撃必殺がない以上、ここは手数で攻めるのが最善か……。相変わらず僕は脳筋のようだ。


『兄さん……、兄さんの魔法を信じて!』

「わかったよ。ありがとう、リナ」



 リナは気付いた。元いた世界で認知されていた属性は【火、水、風、雷、土】の五つに対してオキエスは——というより指輪の機能を十分に発揮して解析した場合、更に分類できることに……。新たに確認できるようになった属性は【光、月、闇】の三種類。当初、【光、闇】については言葉通りの意味として受け止められた。一方、【月】については全く想像がつかなかった。最も、今は違う。リナは見たのだった。キョウマのステータスに出現した属性適正のある一部分に……。


~~~~~~~~~~

≪属性適正≫

月 S

~~~~~~~~~~


(兄さんの翼は風属性の力だけじゃない。きっと月属性の力が関係している)


 具体的な効果は分からないが、何かしら未知の効果をもたらすことをリナは直感した。


(兄さん、わたしも信じてるよ) 




「うぉぉぉぉぉぉっ!」

「ぐぅっ!バカな!」


 アクセル・ウイングを全開にして正面から突進を仕掛ける。槍を盾にして受け止められるが構わず力の限り振り払う。タスンは槍を落としそうになるところを、かろうじてその手に留めた。同時に胸元ががら空きになる。その隙を逃すような甘いことはしない。木刀に注ぐ闘気を高め、刀身の輝きは勢いを増す。


 ――蒼葉光刃心月流そうはこうじんしんげつりゅう蒼刃烈牙斬(そうじんれつがざん)——


 初撃を見舞った箇所に重ねるように、上空に向かって切り上げ切り下しの一撃で角をへし折り槍を持つ右腕を傷つけた。鋼の如き腕はとても固く切り落とすまでには至らず、せいぜいしびれる程度に過ぎない。それで十分だ。


「オノレェェェェ!ダーク・インフェ……」

「遅い!」


 呻き声を上げ角を折られたことで動揺するタスン。その焦りから魔法を発動させようと試みた。

 愚策だ。スピード差が著しい相手に対して、溜めを要する魔法の使用は最悪手だ。魔力の収束を気にも留めず今の僕が放てる最も手数の多く攻撃力の高い技を浴びせた。


 ——蒼葉光刃心月流そうはこうじんしんげつりゅう蒼刃乱舞(そうじんらんぶ)——


 五十を超える骸骨兵を一瞬の元に葬った時と同じ技——異なる点は個々に分散された一撃一つ一つが、タスン一体に集中していることだ。抵抗する間など一切与えずに情け容赦なく切り刻む。腕、足、胴、腹、背、次々に閃光が走り赤黒い鋼の体を蒼の斬撃一色で染め上げた。

 技の締めで上空から叩き落しタスンの体は地に縫い付けられる。仰向けになったまま四肢を広げ動く気配はない。その瞳に力はなく白目をむいていた。


 一方、僕自身も消耗は大きい。弱体化したその身で、魔法により身体能力を釣り上げ、渾身の技を連続で放った。体中が悲鳴を上げている。アクセル・ウイングの効果が切れゆっくりと地に降り立ち、膝をついた。肩で大きく息をしながら、未だ動かぬ敵を視線に捉えた。


『兄さん……』

「分かって……る。まだ……、終わっていない!」


~~~~~~~~~~


タスン

LV     30

HP     45/1346

MP    128/480


~~~~~~~~~~


 脳裏に流れ込む解析結果は未だ健在であることを物語っていた。



お読みいただきありがとうございます。


主人公、キョウマの木刀。実は“〇〇温泉”と彫られていたりします。当初は実在する観光地名を入れようとしましたが、商標など引っかかっては困りますので、作中では省きました。

次回もお読みいただければ幸いです。



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