第55話 大事の前の小事
短く完結させるつもりが少々、長くなっています。
用意しているネタを出し切って完結させたい故となります。
お楽しみいただければ幸いです。
闇……。何もかもが漆黒に塗りつぶされた空間。何ら抵抗力のない人間が一歩踏み込めば即、漂う瘴気に体と心を蝕まれ朽ち果てるであろう。半端に力がある者であれば魅了され、闇に身を堕としてしまうかもしれない。闇と混沌が渦巻く城内——そのある広間の奥に座する人影が一つ。邪な神か何かを模った玉座に座し、瞳は閉じられたまま何かを呟いた。
「……は戻らぬか……」
ゆっくりと立ち上がり、眼を見開く。紅の双眸が妖しく輝くと同時に青白い炎が幾つも灯り辺りを照らした。黒一色の広間の中央を走る血の色のような真紅の絨毯——その上に佇む姿は数多の屍を踏み台にしているかの如く。黒に包まれた外套越しから分かる鍛え抜かれた肉体。身長はニメートルを超え、頭の左右には黄金の角が闇を切り裂くようにそびえている。紛れもない魔族の一人だ。
「イフリル……、ドルネド……」
誰に聞かせるわけでもなく零れた四魔将達の名。彼らを呼び捨てにする魔族はごく限られている。同格の位置にある者かまたは頂点に君臨する存在……。
「イフリルはともかく、ドルネド……奴を失ったとなると実に惜しいことだ……」
赤髪の女魔族——突然、現れ四魔将に登り詰めた女。力は確かにある。知恵も回る。が、想像を絶する何かを内に隠している。それが何かはわからない。ただ言えることは機が熟せば、いつでも手の平を返す。現状は利害が一致している上、企てを実行するだけの力はない。それ故、従っているだろうことは薄々感じてはいた。当然のことながら、そんな彼女を彼は——魔王は信じてはいなかった。
「始末する手間が省けたとはいえ、支払った代償は大きいか……」
四魔将二名に加えて三千にも及ぶ魔物達、安い損害とは言えない。それに気になることは別にある。
「確かに感じた……あれは竜、真の竜の気配……」
人間達は一括りに“竜”と称するが、“真の竜”を知る者から言わせれば、それはあまりにも大きな誤り。愚かとも言える。真なる竜の力は神の領域。その力に憧憬の念を頂き、竜の域になるまでの進化を目指した生物種は多い。配下の魔物にもいるが、魔王から見れば所詮は紛い物。
「もしも本物ならば、間違いなく魔神竜の奴とぶつかるだろう……かつてのように……」
明確な敵対行動をとってはいないものの互いにとっては目の上のたんこぶ。
「いや、あの時は翼の勇者も、か……。なら、同じとはいかんか……」
目を閉じ、考え込む仕草を取る。やがて口端を吊り上げ「まあ、いい」と呟いた。
「今度も潰し合ってもらうとしよう……」
外套の下にある胸元——丁度、心臓の上あたりに手を当てると、魔王の表情は忌々し気なものへと変わる。
「我の力が完全であれば今頃は!!!」
脳裏に浮かぶ人影に「あの魔女め!」と悪態をつく。それは過去、魔神竜と翼の勇者が潰し合った際、侵攻を諦めるにいたったとある出来事。
「何度も思い通りにさせてなるものか……」
闇の中静かに笑う魔王の声がしばらくの間、木霊した。
◆
太陽が昇り始めた早朝の時間帯、ひんやりとした空気が辺りに立ち込める。依頼受注を目的に屈強な冒険者達が冒険者組合へと足を運ぶ中、流れに逆らう人影が二つ。冒険者達にとって今この時間帯は有益な依頼を我先に、と早い者勝ちの要領で奪い合う大事な時。何せそれで、一日の飯と酒が変わるのだ。足早に去っていく二人組の行動は否が応でも冒険者達の訝し気な眼差しを集めてしまう。
「まだ、子供じゃねぇか……」
と、誰かが言った。
「力不足でやれそうな依頼がなかったか!?」
「フン! あんな子供に冒険者が務まるものか! 大方、冒険者組合に泣きついたクチだろうよ」
「ハハハ! そりゃそうだ! もっとも俺達に払う報酬が用意できなくて門前払いされた、ってとこだろ?」
「ちげぇねぇ。俺達はそんな安くねぇぞ、ってな!」
「「フハハハハッ!!」」
侮蔑の視線を送る者も少なくない。
「あいつら……まさか……」
「俺も思った。この前鋼鉄の勇者と戦ってた奴に似てねぇか?」
「似てる……よな?」
「ああ……」
正解に辿り着く者もいた。そんな様々な意図を含んだ視線の雨の中、キョウマとリナは顔を伏せ無表情のまま入り口を後にした。無用な争いは避けたいがため多少の誹謗中傷には目を瞑る。いちいち相手にしていても疲れるだけ。時間は有限、労力だって惜しい。
「ふぅ、もう顔を出しても平気だよ」
喧騒は既に後方。辺りに人の気配はない。リナの左手に提げられたバスケットの中、フタをするようにかけられた白地の布切れがモゾモゾと動く。
「きゅ……」
バスケットの縁に両手をかけ布地のしたから顔半分を覗かせる子竜。
「しぃー……」
「きゅ……」
人差し指を唇の上で立てて「静かにね!」のジェスチャーをするリナ。鳴いて返事をするハクに笑みを浮かべる。
「そのバスケット、例の“まじかる・ばすけっと”じゃないよな?」
「違います~。何度も言わせないで、疑り深いんだから!」
“まじかる・ばすけっと”——女神から受け取った素材等を食材に変える不思議な道具。大切な相棒を食材に変えられてはたまらない。疑り深いキョウマの問いにリナは半眼を向けて抗議をした。
「まあ、そうやってじっとしていると誰がみても、ぬいぐるみだよな」
「えへへぇ~、ホントだよねぇ~」
一度、咳払いをしてキョウマは話題を変える。リナの機嫌を損ねれば災いにしかならないからだ。キョウマの策に見事乗せられたリナは瞳をうっとりとさせて、ハクの頭をなでなでする。とろけきった笑みにキョウマは苦笑を浮かべた。
「兄さんにしては、ナイスアイディアだよ」
「“しては”は余計だ」
腕を組み片目を閉じキョウマは一人、愚痴る。リナの耳に届くことはなかった。
話は少しばかり遡る。次の目的地を“孤独の回廊”に定めたキョウマ達。常日頃から早起きを心掛けていたキョウマの目覚めは丸二日も眠りについていたとはいえ、常人から見ればかなり早い時間。まだ、朝日が昇る前であった。故に今後の方針について話し合った時間を差し引いても、世間一般では店一つ開いてはいない時間帯。
「それなら先にエスリアースの冒険者組合に行かない?」
と、提案したのはリナ。イフリルの件の際中、スミスに黙って姿をくらましたことを案じてのことだ。幸いなことにエスリアースの冒険者組合で行うコングからの依頼に関する手続き諸々は終えている。ならば、受付時間の開始を待たずして出勤前のスミスを捉まえて一言だけでも伝えておくべき、というのがリナの考え。結局、一言だけでは済まされず応接室に招かれ、銀色の戦士&青年についても根掘り葉掘り聞かれる始末であった。
その間、“おそとにいたい”と主張する相棒子竜のハクはどうするか、という問題に突き当たる。
「う~ん、声を出さずにじっとしていれば“ぬいぐるみ”で通せないか? カゴか何かの中に入っていれば、ぬいぐるみのふりをするのに疲れても奥に潜って隠れれば問題ないだろ? ただ、男の僕がぬいぐるみ入りのカゴを持っていたら違和感ありすぎて目立つのが難点か……」
提案と同時にキョウマはリナへと視線を向けようとする。が、それよりも早く「わたしが持つ! それなら平気でしょ!!」と身を乗り出してリナはキョウマの声を遮った。
「まあ、疲れたら僕が持つのを代わればいいことだし、その手でいくか……」
「大丈夫! 平気! わたしがずっと持ってる!!」
「お、おう……」
「まかせて!!」
と、いったやり取りを経て今に至っている。
「さて、要件も済んだことだし早速行くか?」
長居をしていれば、先程の冒険者達から受けたように色々と揶揄されてしまう。特に気になるわけでもないが、気分が良いものでもない。早々に退散したいキョウマは周囲を見回し、改めて誰もいないことを確かめる。手を掲げて転移門を出そうとしたところで、リナが呼び止めた。
「待って、兄さん。コングさんのところにも寄ってから行こう?」
「……面倒だから後にしたらダメかな?」
「だ~め。元々、コングさんからの依頼だったんだから、顔は出しておかないと、ね?」
「了~解、リナの言う通りにする」
「わかればよろしい」
その後、コングのいる元へ転移したキョウマ達。ぬいぐるみに扮したカゴをぶら下げるリナを見るや否や「……二人揃ってデートか? か~っ! 急に暑くなってきて困るぜ全く……」と散々弄られたのは言うまでもなかった。
お読みいただきありがとうございます。
次回はバトルです!
そして、もう少しでプロローグに追いつきます。
次話もまたお読みいただければ幸いです。




