第54話 目が覚めて……
ハクとの再会を果たした次の日の朝。目を覚ましたばかりの僕は“説明求ム”な状況に陥っていた。
「なに……なんで???」
振り向けばリナが僕の手を握ったまま、うつ伏せになって眠りについている。お腹の辺りに感じる重みに気付き視線を向けると、丸くなって眠る子竜の姿が映った。
(あの後は確か……、食べてすぐに寝たんだったよな……)
牛になる、と言うツッコミは勘弁願いたい。度重なる連戦で想像以上に消耗していたのだろう。リナとハクの仲直り?が済んだ後、食事を済ませたら強烈な眠気が僕を襲った。安心し緊張の糸が切れた結果、ベッドへ直行。そして目が覚めて現在に至る、と……。
(う~ん。まるっきり訳がわからん)
ならば聞いた方が早いか、と傍で眠るリナの頬を人差し指で、ツンツン突く。起きる気配はない。「う、う~ん……」と漏れる声に誘われるがまま目を向ける。柔らかなリナの唇から視線を外せない。手もまだ握られたまま。
「リナ~、起きろ~」
「……兄さん……だめぇ……」
(“だめ”って何がだ!! じゃなくて、これは非常にマズイ……)
アレコレといけない妄想が僕の頭をよぎる。脳内で繰り広げられる“理性VS本能”のせめぎ合いは辛うじて“理性”に軍配が上がるが、いつ逆転してもおかしくはない。戦局が傾きかける前に理性がその力を振り絞る。
「リナ、早く起きないと例の黒い虫が来るぞ。ほら、すぐそこ!」
「ふへ……例の黒い虫?」
「そうだ、だから早く起きるんだ!」
……
…………
…………
「いっ!」
「リナ、おは……」
「い、いやぁぁあああああああああああっ!」
「~っ!」 「キュゥッ!!!」
静寂から突然の悲鳴——寝ぼけ眼から絶叫へと繋がるコンボは完璧だった。僕の朝の挨拶は遮られ、就寝中のハクも目を覚ます。耳を塞ごうにもリナにしがみ付かれて思う様に手が動かせない。まあ、押し付けられる柔らかい感触とか、いい匂いとか……、お釣りはいくらあっても足りないほど頂戴しているので文句はない。
「落ち着くんだ。虫なんてどこにもいない! だから大丈夫だ」
名残惜しい感触に後ろ髪引かれる思いを抱きつつ、どうにかしてリナを引きはがす。リナの両肩に手を置き揺さぶっては、何度も「大丈夫だ、大丈夫だから」と言い聞かせる。
「あ……うん、大丈夫……?」
僕は黙ったまま頷いて見せる。リナの瞳に僕の眼差しが映る。
「あれ? にい……さん?」
「そうだよ、兄さんだ」
「兄さん!」
しばらくキョトンとしたまま僕を見つめていたリナ。落ち着きを取り戻した途端、僕の名を呼び抱き着いてきた。マズイ、理性が負けそう……。
「落ち着けって、一体どうしたんだ急に?」
「どうしたもこうしたもないよ。兄さんあれから丸二日も眠ったままだったんだから!」
「っ!?」
信じられない、と言わんばかりに茫然とする僕の肩に今度はリナが手を置いた。上目遣いに僕を覗き込む瞳は湿り気を帯びたまま震えている。
「このまま起きなかったらどうしよう、って……。ホントに心配したんだから……」
「ゴメン、済まない。いや……」
違う。今、言うべきことは別にある。
「ありがとう、リナ。もちろん、ハクもな!」
「うん!」 「キュィ!」
ボクはリナとハクの頭に手を乗せ、笑みを返した。二人(一人と一匹)とも目を細めて頬を綻ばせた。めでたし、めでたし。
「それで?」
「えっと、リナ……さん?」
「どういうことか説明して貰えるのかな?」
“めでたし、めでたし”、にはまだ早かった!
リナの微笑みが笑っているけど笑ってはいない笑みへと変わり、やがてはジト目となってぶつけられる。逃げ出したい気分だが、未だベッドの上。逃げ場はどこにもない。
「あ、いや……。ごめん、僕もよくわからな……、いえ、わかりません」
「へぇ~、そうなんだ~」
なぜに棒読み!
「わたしもハクちゃんも、と~っても心配したのにそ~やって誤魔化すんだ?」
「あ~、え~と、そうだな。多分だけど、連戦の疲れと色々、無茶やったせい……だと思う。僕もこうなるとは思っていなかったんだ。自覚症状もなかったし……。だから、この通り!」
僕は両の手を合わせ、ひたすら頭を下げる。リナは溜息を一つすると、呆れた目をして僕を見る。
「わかった……許しましょう。兄さんだしね……」
「リナ、ありがとう……」
「でもね!」
リナの人差し指が僕の唇に押し当てられる。その瞳は真剣ながら、どこか寂し気な色も含まれているように映った。
「一人で何でも背負い込まないで! 無理しちゃダメなんだからね」
「わかった。いつもありがとう、リナ」
「わかれば、よろしい」
と、最後は笑みを浮かべてくれた。
本当に感謝している。だから、僕は戦える。
——ありがとう、リナ——
熱くなる目頭を誤魔化すように僕は天井を見上げた。
「クゥ、キュッ」
(『ぼくも忘れるな』、ってか……相棒!)
お腹の辺りまでよじ登ってきた子竜の両脇に手を添え抱き上げる。つぶらな瞳を覗き込むと「キュィ」と小首を傾げた。
「お前も改めてありがとな、ハク」
「キュッ!」
膝の上に下ろすと再び僕のお腹の辺りを登ってくるハク。胸の辺りを小さな手で撫でてくるのが、くすぐったい。
「ハクちゃんも兄さんが眠っている間、ずっと傍にいてくれたんだよ。そうやって、胸の辺りをずっと、さすってくれていたの」
「ずっと、か?」
「うん、ずっと……って、どうしたの?」
「あ~、それな……」
収納空間に腕を突っ込み始めた僕。リナの頭上には「?」が浮かんでいる。
「あった、あった。これこれ。ハクお前、これが欲しかったんだろう?」
「キュゥーーーーーッ!」
僕の手にした目的のブツ、その名も……
【THE・ねこ缶伝説 ~夢見る“カツオ”編】
「猫缶……」
「そうだ、猫缶だ」
僕が取り出した瞬間、すぐさま手からひったくるハク。相変わらず猫缶のこととなると野獣の如き勢いを見せる。缶と格闘する子竜に視線を送るリナの目はどこか遠い。
「兄さんのこと、心配していたわけじゃなかったんだ……」
「ん? まあ、僕とハクは繋がっているからな。少しは心配してくれていたとは思うけど、大事ないことはわかってた、ってところじゃないか?」
「うん、そだね……」
と、遠い目をしたままのリナを横に相棒へと視線を向ける。僕から缶を奪ったものの、ハクは缶のフタを開けることが出来ずに四苦八苦している。「キュゥッ、キュィッ!」と爪で引っ掻いている。
「「あっ!!」」
小さな手を滑り、缶は宙を舞う。やがて、頭上を見据えるハクのおでこにコツンと落ちた。
「きゅぅ……」
キャッチ失敗。涙目を浮かべて、痛めた額に手を伸ばす。
「きゅぃ?」
さて、猫缶はどこへ行ったのか?
キョロキョと辺りを見回すと、缶は床をコロコロと転がっていた。念願の猫缶を前にして子竜は「まてまて~」と追いかけ始める。
(癒されるなぁ~……)
と、感想を抱く僕。ふと横目でリナに視線を送ると、どこかうっとりとしている。どうやら同じ気持ちのようだ。
「あのさ、兄さん?」
「何だ、リナ」
「ハクちゃん、って竜……ドラゴンなんだよね?」
脳裏に「がお~」と可愛く鳴く相棒の姿を浮かべた。
なんか和む。
緩む頬を手で押さえ口を開く。
「間違いない……と思う。ただ、竜種の魔物とも一般的に言う竜と同じに考えない方がいいんじゃないかな……」
ちょっと自信がない。リナも「そうだね」と相槌をついて同意の意を示す。
「兄さんが寝ている間なんだけど、美味しそうにミルクを飲んでた」
「昔から好きだったよな、懐かしいな」
「あとね、お肉を切らしちゃったらキャベツを丸かじりしてた。お野菜、苦手なのに……」
「う~ん、それはちょっとびっくりだな」
「それに抱いたら、温かいし……。兄さんのいった通り、わたし達の知っている“竜”とは違うのかもね」
竜の姿形はしている?けど、生物としては当てはまらない。そう言っているのだろうけど……。
「して、その心は?」
「うっ……。えっと、兄さん。猫缶のフタ、開けてあげないの?」
僕の問いに質問で返すリナ。一方でどうしてもフタを開けることが出来ず、ペタンと座り込み「きゅぅ……」と鳴くハクの姿が僕達の視界に映る。
「なら、リナが開けてあげればいいじゃないか」
「う~っ……」
「ハクはハクだ。ちょっと変わった竜かもしれないが、それで十分だろう? 今になって色々、言い出したのは……」
半眼を浮かべてリナを見つめる。目を泳がせて慌てふためく姿は見ていて飽きない。と、いうより可愛い。
「ごめんなさい……」
「まあ、僕もなんだけどね」
猫缶と戯れる子竜を見て、癒されたかった。それが答え。ハクには少し悪いことをしたのかもしれない。
「きゅぅ、キュッ、キュィ!」
その小さな両手の上にぎこちなく缶を乗せると、トテトテと僕の前まで歩み寄るハク。相棒の上目遣いに震えるつぶらな瞳が意味するものは実に明確。猫缶を差し出し「あけて、あけて~」と僕に向けて訴えている。
「わぁ~、可愛い~」
(本音がダダ漏れだぞ、リナ)
恍惚とした表情を浮かべるリナを心中でツッコミを入れる程度でとどめる僕。リナを放置したまま、ハクの頭の上に手を置く。
「わかった。開けてあげるから……、今度からは僕が開けるまで行儀よくして待つんだぞ?」
「キュィッ!」
返事はいいな。猫缶のためなら何でもする意欲を垣間見た気がする。
「それじゃ、朝ご飯にしましょう! 急いで作るね」
「そうだな、みんなで一緒に朝ごはんだ」
「キュゥッ!」
それから毎度のことながら、リナの作ってくれた朝ごはんに舌鼓を打ちつつ今後の予定について話し合うことにした。
「さて、食事も済んだことだし少し休んだら魔物退治にでも行くとするか」
「え~っ!」
「キュゥ、キュゥー!」
目覚めて早々、戦闘を所望する僕の提案にリナとハクは声を揃えて抗議を上げる。「脳筋過ぎるにも程がある」と加えられる始末だ。理由はあるのに全くもって失礼だ。それにしても僕が寝ている間に一層、親睦を深めた様子。息ピッタリだな!
「だったら何がしたいんだ?」
腕を組み片目を閉じて、考えを話すように促す。リナはコホン、と咳ばらいをして口を開いた。
「折角兄さんも目覚めたことだし、例の格納庫を開けてもらおうかな、なんて……」
「ふむ、それで?」
「えっと、ね? ぶんか……じゃなかった。整備! 兄さんのバイクのね、整備をしてあげる!」
(“分解”、って言いかけたよな、今!)
両目を閉じて静かに息を吐き出す。リナの提案は確かに魅力的だ。多少の私欲は感じられるが、マシンの整備は可能ならお願いしたい。両の目を見開き、答えを提示する。
「却下だ!」
「ど、どうして~!」
堂々と否定する僕にリナは食い下がる。僕としてもリナの要求なら、何だって優先したい。が、今は可及的速やかに解決しなければならない問題が別にある。
「リナ、拠点の維持に必要な戦利品、どれくらい残っている?」
「あうっ!」
「やっぱりな、格納庫の解放にはかなり消耗する。なら、尚更開けられない。それにさっき、“お肉を切らしちゃった”、とも言ってたよな?」
「う~っ……」
幾重にも束ねた僕のジト目の視線がリナに突き刺さる。本人としてはグサグサ、とさぞ大層な効果音がついていることだろう。拠点の施設の稼働には僕の魔力または魔物達から得た素材を消費する。この様子だと僕が寝ている間、物資ともに結構な量を浪費したのだろう。
お風呂を満喫するリナの姿が脳裏に浮かぶ。僕が寝ていることをいいことにさぞ、満喫していたに違いない。濡れた黒髪、上気した湯気、そして……。鼻血がでかけたのは秘密だ。頭を振って姿勢を正す。リナとハクの頭上に浮かぶ「?」はスルー。僕としても魔力不足でまた寝込むのはゴメン被る。
「大体、年頃の娘が丸二日も閉じこもっていたというのに……。何をすべきか、と問われて機械いじりをしたい、なんてな……。せめて外で買い物くらいは言ったらどうだ?」
「だってぇ~……」
両の人差し指を手前でチョンチョンつつくリナ。尚もジト目で見つめていたところで、僕の足元にすり寄ってくる子竜に気付いた
「キュゥ、キュッ!」
(……『おにくが食べたい』、か……。ハクの希望はそれか! まあ、さっきの“お肉”に反応したのもあるんだろうけど……ハクは平常運転だな!)
「だったら、食材になりそうな魔物にするか……。それなら、いいだろ?」
「キュゥ、キュゥッ!」
羽をパタパタさせてピョンピョン跳ねる子竜。僕の提案に大賛成のようだ。
「あ~っ! ハクちゃんが裏切った!!」
リナの話だとハクの言葉を正確に理解できたのは、闘技場での一件の時だけらしい。が、考えていることの大体は何となく分かるのだそうだ。まあ、確かに分かりやすいけどね。
「決まりだな。拠点維持のための素材集め、それから物資の補充。これでいいな?」
「キュゥッ!」
「は~い……」
元気よく返事をするハクとは対照的に、リナは渋々了承の意を示した。
(あとはどこで稼ぐか……。う~ん、集落周辺がベストかな? でもあの辺りは虫系の魔物もいるからな。リナがまた発狂しかねない。どうしたものか……)
僕の考えを察したリナは溜息を一つ吐いて、「どこにするの?」と指輪を起動させる。表示された地図の一点——以前、虫の魔物の大群に襲われた森の辺りを一瞥して、「ここだは、ゼッタイにイヤ!」とリナの目が訴えている。結論を導き出せないままでいたところに、道を指し示してくれたのは意外な人物?だった。
「キュゥキュゥ、キュゥー」
「ハク?」 「ハクちゃん?」
真っ白な体を乗り出し、ある一点に小さな手を向ける。
「ここって、“孤独の回廊”……?」
「あそこか……いつかは、リベンジしたいと思っていたけど、ハク。お前はここに行きたいのか?」
「キュッ、キュィッ!」
相棒の瞳が小さく揺れる。覗き込む僕を映し込むも、何か違うものを見ているように思えた。最初に訪れた時、体の奥から湧き上がる衝動に駆られるまま導かれた——そして返り討ちにあった因縁の場所。
「兄さん……」
一度だけそう呼ぶとリナは僕の袖をちょん、と摘む。上目遣いのまま、ただ僕をじっ、と見つめている。全ては僕次第というわけだ。
「行こう、孤独の回廊へ……。そこに何かあるんだな、ハク?」
「キュィッ!」
目的地は決まった。“孤独の回廊”——そこで何かが動き出す。そんな予感を僕は……いや、僕達はしていた。
お読みいただきありがとうございます。
ようやくプロローグに追いつきます。
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