第52話 再会の子竜 中編~ドラゴンと遊ぼう!
小動物は書いているだけでも癒されると最近、気付きました。
後ろに結わえた長い黒髪。左右に揺らしてリズミカルに食材を捌いていく美少女メイドさん。台所のほうへ耳を澄ますと時折、包丁の音に混じって聞こえる鼻歌が、なんだかとても心地よい。どうやら、リナは絶好調のようだ。
「キュウ、キュウッ!」
「ん? ハク、お前もリナの料理が楽しみか!」
と、頭を撫でるとハクは嬉しそうに声を上げ、羽をパタパタさせている。ジュー、ジュー、とフライパンで肉を炒める音と漂う香りに、食欲もまた刺激される。僕達のやり取りが聞こえたのか台所から、「期待しててね!」とリナの自信満々な台詞が飛んできた。
(うん、この様子だとリナとハクの気まずい雰囲気は無事、晴れそうだ)
一人、頷き納得していると、再びハクは僕の体を登り始めた。
「キュッ、キュッキュッ、キュッキュッキュ、キュッキュッキュー♪」
同じことが既に何度となく行われている。床に胡坐をかいて座る僕を山か何かに見立てて登っては下りをひたすら繰り返すのだ。開始地点は当然、床から始まる。最初、短い手を伸ばして僕の膝を掴みよじ登る。その後、腰の辺りまで伝い歩くと、お腹から背中へとクルリと回ってよじ登る。肩の辺りまでに辿り着くと今度は首筋に手をかけ、僕の頭の上を目指す。どうやら、到着したようだ。「キュッ!」、と声を上げて、軽く尻尾でペチペチする。
(ん? 今度はこうするのか……)
僕の頭の上で叩くのは一つの合図。僕はハクの意思表示に従って軽く背を倒す。
「キュウーッ……キュッ!」
(転がってる、転がってる)
そう、僕の背を坂にしてでんぐり返りで転がりながら、下りていくのだ。それも、ただ下るのではない。僕の腰付近——床に着地するか否やの地点で、僕の背を蹴り跳躍! 空中で翼を広げて一回転し無事着地——「キュッ!」、とバンザイを上げて終わるのだ。
僕とハクの遊ぶ姿を遠巻きにして、「そうしていると兄さん、ハクちゃんのお父さんみたい……」、と漏らすリナ。そっと、身を乗り出してにっこり微笑むと再び調理に戻っていった。
(それならリナは、おかあ……)
と、浮かびかけたところで、その意味に気付く。僕が“お父さん”でリナは……、ということは当然、二人の関係は……という訳で……。
頬をパチン、と叩き頭を振って、顔中の熱を追い払うことにした。いけない、いけない。そうだ! ハクは今、どうしている?
(ん? また、登り始めたな)
僕が悶々としている間、床をコロコロ、転がって遊んでいたハク。僕の意識が戻ってきたことを知ったのか、登山遊びを再開した。稀にだけど、僕の身体から滑り落ちそうになった時に普段は引っ込めている爪を立てることがある。特別、痛い訳でもないが少々、くすぐったい。微笑ましい気分になっている内に目的地へと到着する。
(今度は、ペチペチしないな……、なら背を起こしたままだ)
「キュウーッ!」
勇ましい声を上げ、ハクは転がらずに僕の頭の上から跳躍した。やはり空中で羽を広げると、僕の周りをフヨフヨ、と飛んで回る。床に着く寸前、クルリと空中回転すると、例の如くバンザイして着地した。
「キュッ、キュッ、キューッ!」
無事成功を喜んでいる、と思う。多分、そうなのだろうけど……。ハクの瞳を覗き込むと「キュイ?」と鳴いて小首を傾げている。念のために一応、尋ねてみることにした。
「なあ、ハク。楽しいのか、これ?」
「キュキュキュウーッ、キュイッ♪」
両手を広げ、羽をパタパタさせてピョンピョン、と飛び跳ねる我が相棒。うん、めっさ喜んでいらっしゃる。
「そ、そうか……、楽しいなら、いいんだ」
「キュッ、キュー」
どうやら愚問だったようだ。変なキョウマ、と“キョウマ登り”に精を出す。この後も飽きる素振りを一切、見せることはなかった。
「ご飯、できたよ~」
「おっ! 出来たのか? もう、そんな時間か……」
「うん! もう、バッチリなんだから!」
「キューッ、キュィッ!」
時間が経つのも早いものだ。ハクとじゃれ合っている内にリナのご飯支度は完了していた。すっかり待ちわびていた相棒竜。僕の頭の上から飛び降り、リナの足元に向かってトコトコと歩み寄っていく。再会してから距離を置かれていたリナは嬉しさの余りか一瞬、ドヤ顔を決めていた。すぐに表情は戻ったが当然、僕は見逃さない。
(う~ん、何か変なフラグが立っていなければいいけど……)
一抹の不安を覚えた僕は宙を見つめ、気のせい、気のせい、と頭を振る。
(しまった! この一連の僕のやり取りこそがフラグなのかもしれない)
気付いた時には既に遅かった。僕の不安が見事に的中することになる。断っておくが僕のせい……ではないはずだ。
「ハクちゃんの分はこっち!」
ボウル大のお皿を取り出し、リナはハクの前にコトリ、と置く。その中身を覗き込むと……。
「これは!?」 「キューッ!?」
緑、赤、黄……、色とりどりの新鮮な野菜を切り揃え、綺麗に盛り付けされている。素材本来の味と食感を追及し且つ、互いが互いの味を相乗効果で高め合う。これは最早——食材そのものに対する敬意の表れ、と言っても過言はないだろう。その料理の名は……。
「サラダ……、だな」
「クゥ……」
「うん、そうだよ! 美味しそうでしょ!」
適当にもっともらしい解説を脳内に響かせるも、提供される料理に変化はない。まあ、リナ特製のドレッシングを使ったサラダは確かに美味しいけど……。呆れた目で茫然とする僕に対して、リナは得意気に「ふふ~ん」、と鼻を鳴らして胸を張る。いつもなら、たゆん、と揺れる双丘に目が奪われるところだが、この時ばかりはそうはいかなかった。
ハクを横目で見ると、羽はしゅん、と垂れている。リナお手製のサラダを一瞥するとクルリと背を向け、小石を蹴る仕草をしてみせる。ガッカリしているのは明白だ。
「好き嫌いはダメだよ! さっき、あんなにたくさんお肉を食べたでしょ! お野菜も取らないと“めっ”だよ!」
(我が妹よ……。それはいくら何でも、あんまりではなかろうか)
「な、何? どうしたの可哀想な人を見る目でわたしを見て……。何がいけないの……? わたし、何か間違ったこと言った?」
リナの言っていることに間違いはない……と思う。が、それはあくまで人の子の場合。ハクはこう見えて竜の子供。それも、僕の魂と一つになっているのだから事情は更に複雑だ。リナにも一度、説明したはずなのに……。
(リナ……。お前、なんで……)
匂いから察するに肉料理もリナは作っていたはずだ。それなのにハクには野菜だけで自分達だけが、食べるとなると正直に言って、“鬼”以外にリナを形容する言葉は見つからない。
「な、なによ、さっきから黙っちゃって……」
「いや、ちょっとな……」
後でコッソリ、僕の分をハクに分けてあげるとするか。一人、心に僕は誓う。
「と、とにかく! い~い、ちゃんと残さず食べるんだよ!」
「くぅ、きゅぅ……」
消え入りそうな声を漏らすハクを背にリナは台所の奥へと消えていく。僕は無言のまま見送って、ぺたんと座り込むハクに視線を向ける。
「くぅ……」
と、小さな羽をたたみ、背を丸めて俯いている。落ち込むその背にどう話しかけて良いものか……。言葉がどうしても見つからない。自分が情けなく思えて仕方がない。立ち尽くしたまま言いあぐねていると、ムクリと起き上がるハクが目に映った。
「きゅう……。キューーーーーーーーーッ!」
(あっ、逃げた……)
逃げるその背に向けて手を伸ばした時、目尻に涙を浮かべていることに気付いた。かけてやる言葉を見つけられていない僕は、どうしても捕まえることが出来なかった。短い足を巧みに動かし、シャカシャカと部屋を後にするハク。走り去ったあとを立ち尽くしたままに見つめていると、背後からリナに声をかけられる。
「ちゃんと食べてる? いい子のハクちゃんには、わたしからとっておきの……、って、あれ? 兄さん、ハクちゃんはどこにいったの?」
「あっち……」
ハクの消えた扉の先に人差し指を向ける。リナも視線を送って、僕が指し示すほうへと目を向けた。状況が見えていないリナは頭上に「?」を浮かべている。
「『りなのあほー、おにばばー』」
「なんですってぇっ!!」
僕の棒読みにリナがキレる。
「僕じゃない、ハクが言っていたんだ」
「どうして……」
「あれだけ肉を焼く匂いをさせていたからな。それなのに貰えたのはサラダだけ……、それも説教のオマケ付き……。リナが意地悪しているように思えたんだろう」
「そんな! わたし、そんなつもりは……」
「分かってる。と、言っても僕も今、気付いたところだけど……」
リナが持ってきた、もう一つのボウル大の皿。その中身に視線を移し、言葉を選ぶ。
「ハク、泣いてた」
「わたし、わたし……」
「今日、ハクは凄い頑張った。お腹を空かせる理由も……話したよな?」
「……うん」
「まあ、驚かせようとした、ってこともあるだろうけど、どうして最初にそれを出さなかったんだ? ハクは僕達とは違うんだ。栄養のバランス、とかってのも正直、意味はないと思う。だってハクは……」
「ダメェッ!」
「っ!」
僕の言葉はリナの拒絶によって遮られる。僕を見上げるその瞳には涙が浮かんでいた。
「だめぇ……、その先は言わないでぇ……」
最後は言葉が掠れて、聞き取ることができなかった。僕は震えるリナの肩に手を置き、その手にしていた皿を近くのテーブルへと移す。
「ちゃんと聞くから……落ち着いて話してごらん」
ハクも気になるけど、先にリナと話しておいた方が良い。その直感に従いリナをソファーに座らせ、隣に僕も腰かける。
「ハクちゃんがお腹を空かせる理由、って力を消耗するからだったよね? それに“まだ子供”、なんだよね?」
「ああ……」
真っ直ぐな瞳とともに投げかけられる問いに、頷き返す。リナは「そう……だよね……」、と呟き俯く。
「ねぇ、兄さん。そうしたらハクちゃんはいつ大人になるの?」
「っ!!」
「兄さんは“まだ子供”、って言ってたよね? “まだ”、ってことはいつかは大人になるんだよね? そうだよね!」
「それは……」
——わからない——
沈黙をもってしか答えることが出来ない僕。リナは僕の肩を掴み「そうだ、って言ってよ……」と瞳に涙を浮かべる。
「リナ、そこまで考えて……」
「だってぇ……わたし、信じたかった。信じて……いたかった! ハクちゃんは生きているんだって……だから!」
最後は僕の胸元に顔を埋め、わんわんと泣き出してしまった。子供のように泣きじゃくるリナの頭に手を添え、長い髪に沿うように僕は努めて優しく撫でていく。鈍い僕でもやっと、リナの考えが分かった。単に“お母さん”をしていた訳ではない。生あるものとして真剣に向き合おうとしていた。それが今回、行き違いをしただけのこと。
——このままじゃ、いけない……
僕は一人、決意を固めるのであった。
お読みいただきありがとうございます。
続きは間を空けずに投稿予定です。
次話もお楽しみいただければ幸いです。




