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第50話 決着

サブタイトル通り決着です。ここまで随分とかかってしまいました。

 一つの巨大なクレーターと化した元荒野(・・・)に降り立ち、辺りを見渡す。魔物の姿は影も形も何処にもない。僕は収納空間より木刀を取り出し肩の上でトントン、と数回遊ばせた。


「兄さん、どうして武器(木刀)を取り出すの? それにまだ闘衣姿(変身)のまま……」


 と、上目遣いに僕を覗き込む長い黒髪の美少女メイドさん。戦闘の終結を察知して【指輪待機】を解除したリナが僕の腕をチョン、とつつく。


「リナ……」

「うん……」


 (ヘルム)の奥で微笑みかける僕にリナは長い髪を揺らして笑みを返す。頬の辺りがほんのりと赤らんでいるのは見間違いではない、と信じたい。


「【指輪待機】!」

「ちょっと、なんでぇーーーっ!」


 ドップラー効果を生みながら、抗議を上げる声を残してリナの姿は光となって指輪へと吸い込まれていく。いつもの通り僕の首へチェーンを結んでかけられたところで「悪い……」、とだけ詫びの言葉を告げる。


「とぅあっ!」


 ハクの頭上から飛び降りた僕は、すっかりと黙り込んでしまった相棒の頬へ右手を添え「ありがとう、ハク。お疲れ様」、と声をかけて一撫でした。


「キュウ」


 一鳴きして応えるハクの鳴き声には疲れの色が伺える。少々、無理をさせ過ぎのかもしれない。そのことには少し反省だ。頬を撫でる僕の手をハクは目を細めて嬉しそうに受け入れている。程なくして、ハクの大きな体は光で覆われた後に収縮し、元の小さな体へと戻っていった。


「キュッ!」


 それまで撫でていた僕の右手に頬ずりを始めるハク。頭を一撫ですると満足そうに声を上げ、ペタリと地に座り込む。やがて、スヤスヤと寝息を漏らし始めた。てっきり僕の()に戻るのかな、と思っていたけど違うようだ。仕方がないので眠りにつく相棒を、そっと抱きかかえ収納空間に入ってもらう。少しの間だけ辛抱してもらうことにしよう。『兄さんだけズルイ。わたしもハクちゃんとスキンシップしたかった!』と不満をもらすリナに苦笑を浮かべつつ僕は後ろを振り返る。


「さてと……」

『兄さん?』


 僕が表情を引き締めたのにリナも気付いたようだ。和やかな雰囲気は吹き飛び、不安げな眼差しを指輪越しから僕へ向けている。


「そろそろ隠れていないで出てきたらどうだ?」


 肩に担いだ木刀を振り下ろし視線の先へと切っ先を向ける。依然、目の前には何もない。だったら、とばかりに僕は右の拳を前に突き出し、手の平を開く。


転移門(ゲート)、解放……」


 クレーターの底に現れた朱色の鳥居。見た目、大層シュールだろうが生憎、僕には風情を気にする程の余裕はない。左手に握られた木刀の刀身が蒼の光に包まれる。


「出てこいよ!」


 開いていた右手を握りしめ、力を込める。朱色の門が二、三、明滅すると転移門(ゲート)の入り口から黒い塊(・・・)が吐き出された。それ(・・)が何であるのか——視覚化されずとも、正体を確信していた僕は迷うことなく斬りつける。


「っ!!」


 漏れた声の主の正体は僕。正直、この一撃で決まってくれたなら万々歳―が、その願いは叶うことなく終わる。蒼の斬撃は黒い塊の表面で、固い何かに遮られるように受け止められていた。刀身から零れた闘気が蒼の木の葉となって宙を舞う。


「ぐぬぅっ! どうして……わかった!?」


 舞い散る木の葉の向こう側で黒い塊が人の形へと姿を変える。蒼の刃を左腕一本——否、正確には二人がかりで受け止めていた。右腕に抱えられているイフリルが必死に手を伸ばし、ドルネドの腕一帯に障壁を展開している。


「殺気を感じた……。お前達が転移の術を使えることは既に割れている。だったら!」


 右足を思いっきり脇腹へと叩き付け二人まとめて蹴り飛ばす。ドルネド、イフリル、二人の魔族はクレーターの断崖へと、その身をめり込ませた。苦悶の表情を浮かべ、それでも忌々し気に睨む視線を僕へと向けている。ピリピリとした殺気が僕の全身に付きまとう。実に鬱陶しい。纏わりつく不快な気を吹き飛ばすように蒼の刀身を水平に一閃し、改めて切っ先を奴らへと向ける。


「転移空間に隠れて、狙ってくることも想像がつく!!」


 やることが単純なんだよ、とも付け加えておく。当然、と言えばそうなのだが魔族二人はより一層、鋭く僕を睨みつけ歯をギリギリとさせた。


(その表情()はもう、見飽きた)


 その後に続くだろう遠吠え(恨み言)に耳を貸す気は更々ない。木刀を前に突き出したまま、両足に力を込め一気に加速し突進を仕掛ける。狙いは二体まとめての串刺し。未だ断崖に縫い付けられたままの魔族達と目が合った。その内の一体、赤髪の魔族——イフリルの口端が僅かばかり吊り上がる。その人を見下す笑みと妖しい眼光、それ(・・)も見飽きたところだ。


「何処を狙っているんだい? 随分と余裕がないじゃないかねぇ……」

「うむ、そのようだな」


 二つの声が左右(・・)から同時に耳へと届く。蒼き刃は空しく岩肌のみを一突きにしていた。目の前に魔族達の姿は見当たらない——正確には魔力で作られた像だけが存在し、霞のように宙を漂っていた。溜め息交じりの息を吐き出し、僕は木刀を素早く手放し両手を左右に広げる。伸ばした腕の先、右手には鎌の柄を左手には拳が吸い込まれていた。


「やっぱり、気付いていたのかねぇ? でも、捕まえたよ!」

「散々、コケにしてくれた礼、晴らさせてもらう」


 イフリルの大鎌、そしてドルネドの渾身の拳、左右同時から繰り出された攻撃を受け止めた腕にギリギリと負荷が押しかかる。


「ホント、頑張るじゃないか? けど、そろそろ限界なんだろ?」

(まあ、正解……)

「竜召喚に大技の連発……、それで無事で済む訳がなかろう?」

「……」

『兄さん!!』


 右と左からの問いに僕は何も答えない。沈黙を肯定と受け取った魔族達の口端が更に吊り上がる。それを見たリナの僕を呼ぶ叫びが心中に木霊した。


「ぐっ!」


 遂に僕は態勢を崩し、危うく片膝をつきかけ苦悶の声を漏らす。ここぞとばかりにドルネド、イフリル両者共に攻撃に込める力を強めた。


「終わりだ、銀の戦士」

「もう、わかっただろう? さっさと諦めて、あの女を出しな! お前が隠していることは、わかっているんだ。さっき、一緒にいるところを見たからねぇ。大人しく差し出せば、命だけは助けてやってもいいんだよ?」

 

 目を見開き拳に猛々しい魔力を纏わせるドルネド。一方のイフリルは舌なめずりをし、妖艶な笑みを浮かべている——つもりなのだろう。僕にとっては気色が悪いとしか言いようがない。こんな状況ながらも溜息をついてしまう。それを見たイフリルは不快を覚えたのか、笑みを崩して眉を吊り上げている。今度は僕が(ヘルム)の奥で口の端を吊り上げた。


「終わるのはお前たちの方だ!」

「なっ!」

「にぃっ!」


 僕の両腕が銀色の輝きに包まれる。ドルネドの拳を、イフリルの大鎌を掴んでは放さない。


「ドラグ・レェーザァーッ! ビィーーームッ!!」


 白銀の光が竜の(あぎと)となりて、咆哮する。両手同時に発せられる聖なる輝き。邪なその身を喰らい滅ぼさんと、瞬く間に荒れ狂う竜の如く魔族達へと襲い掛かる。


「ぬぐわぁあああああっ!」

「ぎ、ぎゃぁあああああっ!」


 苦痛と恐怖にイフリル、ドルネド、両者の絶叫が辺りに響く。眩い閃光が止むころ、辛うじて立っているのは得物(大鎌)を失い全身の至る所に火傷を負ったイフリル。膝をつき蹲るドルネドの右肩から先は消失を遂げていた。紫色の血液にまみれた傷口は既に火傷によって塞がっている。歯を食いしばり痛みに堪えるドルネドは周囲を見回し元凶()の姿を探る。イフリルもまたドルネドに倣って探すが僕を捉えることは敵わない。


(ここ)だ!)


 声に出して自分の位置をわざわざ教えてやる程、僕はお人好しではない。“ドラグ・レーザー・ビーム”だけで倒せる、とも最初から思ってはいない。怯んだ隙に上空へと跳躍した僕は次なる必殺の準備に移っていた。


(ドラグ・ブレイドッ・キック、これで決める!!)


 全身に白銀の力を纏い自らを剣に見立てる——斬撃の如き蹴りを放つタスンを葬った技。標的を一瞥すると、上空の僕に向かって睨みつけるドルネドが映った。流石は武闘派、と言ったところか? 渦巻く闘気の気配を察知し、僕の存在に気付いたのだろう。


——だが、遅い!


 ドルネドの瞳に僕が映し出された時、既に技は放たれた(あと)……。耳をつんざく風切り音を奏でながら、驚きの余りガラ空きとなったドルネドの胸元へと白銀の刃が突き立てられる。瞬間、閃光が弾け飛び、大地を震わす轟音にドルネドの断末魔の叫びはかき消された。


「バ、バ……カな。……ありえ……ない……」

その台詞(ありえない)……、この世界(オキエス)で何度目だろうな……。もう、消えろ」


 ドルネドの体から生気が失われていく。全身が灰色に変わると塵とともに風に紛れて散っていった。


「次はお前だ」

「ひぃっ!」


 僕の殺気混じりの視線を一身に浴びたイフリルから小さな悲鳴が漏れる。もう、悟っただろう。確かに僕は限界を迎えつつある。が、それでも手負いの四魔将を屠るくらいは十分可能だ、ということを……。


「ま、まて! 待つんだよ! そうだ、私と……て、手を組まないかい?」


 流し目を浮かべては一々、胸元を強調する。全くもって鬱陶しい。イフリル()を見る僕の眼はゴミを見るそれと同じものになっていることだろう。その証拠に僕の表情を目の当たりにして頬を引きつらせている。


「あんた、あの女が欲しいんだろ? なら、私と組んだ方がいい!」


 御託はまだ終わらない。“あの女”がリナのことを指しているのは確かだ。大切な人を“あの女”呼ばわれ……、イフリル(こいつ)は僕を怒らせる天才だ。目を細めた僕に気付くと再び「ひぃっ!」、とイフリルは漏らす。


「それは絶対にない。彼女の命を狙うお前は必ず潰す」

「か、勘違いしないで欲しいね。別に命が欲しい訳じゃないんだよ。こ、殺す気もない」


 よくもまあ、そんなウソを言える……。が、聞きたいこともある。ここは乗るべきか……。


「ほう? なら、何故狙う」


 僕の興味を惹いた、とでも思ったのだろう。媚びを売る目で僕を見据え必死に言葉を取り繕う。


「あ、あの女は生かして飼いならすのが一番なのさ。嘆き、悲しみ……、あらゆる苦痛でその魂を満たした時、最高の糧となる。望む力が手に入る! 想像してごらん、お前も楽しみたいだろう? この世に二つとない気分を味合わせてやるよ!!」


 指輪の中でリナが自らを抱きしめ震えているのが伝わってくる。僕の最愛の人が今もこうして恐怖に怯えている中、イフリルは恍惚とした笑みを浮かべ饒舌に語り続けている。


「私にはわかる。お前には素質がある。私と同じさね。あの女は自分のモノとして支配したい欲求が、お前にはある」


——モウ、イイ。ダマレ―


「私とお前が組めば、魔王だって恐れるに足らず。この世の支配だって夢じゃない」


——ダマレ、トイッテイル——


「さあ、一緒に覇道を歩もうじゃないか、ねぇ?」


——ソレイジョウシャベルナ——


 血が滲み出る程、拳を固く握りしめ、湧き上がる負の感情をどうにか抑え込む。まだ、肝心なことを聞いていない。


「一つ聞きたい。お前は彼女(リナ)を殺そうとしたことが……刺したことがあるのか? オキエス(ここ)とは違うどこかで……」

「何を言うかと思えば……」

「どうなんだ!?」


 強い口調で一人盛り上がるイフリルの言葉を僕は遮った。水を差されたことに不快を覚えたイフリルからは笑みが消え、眉を吊り上げる。その妖しい瞳に僕を映すと赤髪を揺らして再び笑みを浮かべた。


「いや、何……、へぇ、やっぱりお前も(・・・)別の世界から来たクチだねぇ? 残念だけどソイツはきっと、私だけど(・・・・)私じゃないねぇ。それにしても……」


 クスクス、と一人、イフリルは笑い始める。僕は拳を前に突き出し、風圧に殺気を込め顔面に叩きこむことで気色の悪い笑みを止めることにした。自分がどういう立場か、を思い出したイフリルの瞳に焦燥の色が漂う。両手を僕の前に出し「まってくれ」、と身振り手振りで訴えかける。僕は無言のままに睨み返すことにした。さっさと先を話せ!


「これは運命……、因果なのさ。私とあの女との。あらゆる世界で搾取し、搾取される関係。もちろん、搾り取るのは、わ・た・し。だから、私と一緒に来るのが正解さねぇ。いい夢、見させてあげるよ。

「そうか……」


 イフリルはニタリとこの日一番に口端を吊り上げる。リナからは『兄さん……』とだけ声が届く。どうやら、不安にさせてしまったらしい。なら、取り除かなければな!


「……と言うのなら……」

「?」


 僕の言葉に耳を疑ったイフリルは怪訝な表情を浮かべる。


「聞こえなかったのか? なら、もう一度言う。 お前(イフリル)の方が上位だ、と言うのなら何故、オキエス(ここ)にお前はいる?

「っ!?」

「図星だな。お前が元いた世界の彼女にしてやられて、逃げてきたのだろう?」

「ぐっ!? だ……だが、私はあの女を利用する術を! 骨までしゃぶり尽くす方法を知っている! お前にも損はないはずだ!! 来い! 私と!!」


 必死に訴えかけるイフリルを一瞥して僕は溜息を一つ吐き出す。結末が見えてきたイフリルは一歩、後ろへ下がるが僕の殺気にそれ以上、身動きを取ることができない。


「もう……いい」

「ひっ、ひぃっ!」


 断崖に刺さった木刀を引き抜き腰へとあてがう。


「消えろ」


——蒼葉光刃心月流そうはこうじんしんげつりゅう(せん)——


 別に何か特別なことをしたわけではない。ただ、横薙ぎに一閃しただけにすぎない。が、誰よりも何よりも速く、強い——渾身の一太刀。

 蒼の閃光が一つの線を描いて駆け抜ける。イフリルの脇をすり抜けた僕は、その背後で木刀を一度だけ振り払う。それが合図のように赤髪の魔族の体は崩れ地に伏すこととなった。

 星竜闘衣(変身)が解け、僕の素顔が晒される。


「お……思い出したよ。お前……あの……」


 イフリルの言葉が最後まで紡がれることはなかった。ドルネドと同じく灰となって消えていく。


「兄さん……」


 指輪から出てきたリナが僕の袖をちょん、と摘む。振り返ると上目遣いに僕の瞳を覗き込む。僕はリナの頭に手を乗せ一撫でし笑みを返す。


「帰ろう、リナ」

「うん」

「キュウッ!」

「「っ!!」」


 突如、どこからか聞こえるハクの声に僕達は揃って驚きの声を上げる。どんな方法を使ったのかは知らないが、どうやら自力で収納空間から出てきたらしい。『ぼくをわすれないで』、とつぶらな瞳で訴えかける相棒に僕とリナは二人で手を差し伸べることにした。


「「おかえり」」

「キュッ、キュウッ!」


 トコトコとハクは歩み寄り、僕達の手を交互に見つめて「キュッ」と可愛らしく声を上げる。『ただいま』の一言に僕とリナは改めて「おかえり」と笑みを浮かべるのであった。

お読みいただきありがとうございます。


次話以降は少し閑話的な話になる予定です。戦闘後、疲弊状態でありながらもドルネド、イフリルを圧倒できた理由にも触れたいところです。


次回もまたお読みいただければ幸いです。

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