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第49話 だって、おなか、すいた

ようやく投稿できました。今回もまた好きなように書かせていただいております。

 灼熱の火炎息(ファイアブレス)によって蹂躙された魔物達。その攻撃を受けた者のほとんど(・・・・)が灰塵と化し、辺りには焼け焦げた匂いが立ち込める。これが半分、キョウマの思いつきによる技だと知れば魔物達にとっては相当の悪夢であろう。半ば冗談じみた咄嗟の衝動で生命を刈り取られるのだ。到底、たまったものではない。後ろを振り返り、惨状を目の当たりにしたドルネドは言葉を失い茫然とすることしかできなかった。


 一方のキョウマ達はというと……。


「ハク、狙いが少し外れなかったか?」


 キョウマの算段ではドルネドごと火炎息(ファイアブレス)で魔物達を焼き尽くすはずであった。にも関わらず未だ健在。疑問を浮かべるキョウマの声は優しく、その視線には心配の念が込められている。


「キュウ……」


 角を握りしめ、キョウマはハクと心を通わせる。少しずつ伝わる相棒の思考を丁寧に咀嚼していく。


(ん? 何々……『焼いても、おいしくなさそう……』)


 ……

 …………


「へ!?」


 通訳に誤りがあったのではないか、とキョウマは一瞬、自らを疑う。が、その考えはすぐに拭い払われる。


——じゅるり!——


 溢れる涎を飲み込み、舌を震わせる音が足元から響くのをキョウマは聞き逃さなかった。


(まさか……)


 ハクの見つめる先にキョウマは視線を移す。やがて視界に入るは消し炭にならなかった一部の例外。そこには程よい加減に焼けたオークの丸焼きが横たわっている。香ばしい匂いが鼻孔を刺激しハクの口からは涎が滴り落ちる。


(……、『おにく(オーク)、おいしそう!!』)


『い、いやぁーっ!』

「っ!!」


 訳し終えると同時にリナの悲鳴がキョウマの胸中で木霊する。耳をつんざくようなその声にキョウマは無駄と知りながらも両耳を手で塞ぐ。リナを宥めようにも一種の錯乱状態に陥り到底、止められそうもない。口から吐き出されていく言葉はさながらマシンガンの銃弾、と言っても過言ではなかった。


『それだけは絶対にダメだよ、ハクちゃん! “オーク”ってね、お風呂に入らないの! 汚いの!! ばっちいの!! あんなの(・・・・)食べたらお腹(ポンポ)、壊しちゃうんだから!! 絶ッ対! ダメ!!』

(リナ、いくらなんでも“ばっちい”上に“あんなの”、って……)


 この世の全てのオークを敵に回すリナの発言。その言葉の一つひとつに込められる力は大きい。あまりの迫力と剣幕に百戦錬磨のキョウマですら頬を引きつらせ、何も言うことが出来なかった。


「キュイッ、キュウ……」

(『だって、おなか、すいた』、っと……)


  ベロリと舌なめずりをする白銀竜の突き刺す眼差し。それは生き残りのオークたちへも注がれ彼らの本能を刺激する。視線の主は自分達より食物連鎖の上位に君臨している、と迫る危険に対して警鐘を鳴らすのに時間はそうかからなかった。


「「「「ブヒ、ブヒィッ!」」」」


 それまで手にしていた武器を放り出し、背を向け逃げまどうオーク達。最早、イフリルの“ご褒美”どころではなかった。


「キュウッー!」

(えっと……、『ごはん、まて~』って、どこへ行く気だハク!?)


 目の前のドルネドを無視して、その巨躯からは想像つかないスピードで脇をすり抜けていく白銀竜。「キュッ、キュッ、キュー!」(訳:まてまて、まて~)、とその見た目に反した可愛らしい声を上げながら駆けていく姿は、追いかけっこをする人の子のそれと比べても何ら遜色はない。瞳を輝かせ尻尾をブンブンと左右に振り、ペチリとドルネドを(はた)くも全く気付く素振りは見せない。最早、ご馳走(オーク)以外の魔物は全て眼中になく、オーク以外のある魔物は足で蹴飛ばされ、また別種の者は尾で薙ぎ払わられる……。魔物達にとっては地獄絵図以外の何ものでもなかった。


「お、お前達! 地上からはダメだ!! 空から攻めな!! 頭の上のアイツを狙んだよ!!」


 暴走するハクを辛うじて躱したイフリルが指示を飛ばす。額の汗を拭い舌打ちすると、ハクの頭上のキョウマへと手にした得物を向けた。


「飛行部隊か!?」


 終始、暴走する相棒(ハク)に気を取られていたキョウマが敵の接近に気付き気配のする方角を一瞥する。目を凝らした先、迫り来る軍勢の正体はガルーダ部隊だ。大きな翼を広げ、鋭利な嘴、爪を向けて猛スピードで急降下を始めている。


「僕に狙いを定めたか……。ハク、オークは後回しだ! まずはガルーダ部隊(あいつら)を片付けるんだ!!」

「キュウ……」


 ハクはキョウマの声に覇気のない返事を返すと気だるそうに、ガルーダ達へと振り向いた。


「……キュウッ!!」


 渋々、キョウマに従っていたハクが突然、元気を取り戻す。やる気に満ちた瞳は燃える炎の如き闘志が溢れている。


『ど、どうしたのハクちゃん? 急に元気になったみたいだけど……』


 リナの問いにキョウマは一つ溜息を吐き出し、言葉を詰まらせながら答えを明かしていく。バツが悪そうに頭を掻き、その目はどこか泳いでいる。


「……えっとな……『やきとり、はっけ~ん!』、だそうだ……」

『嘘……だよね?』

「ごめん、……マジだ」


 …………


 キョウマとリナの間にしばしの沈黙が訪れる。そんな二人の思惑を余所に平常運転のハクは空腹を満たすための暴走を続ける。


「キュッキュキュッ、キュウ~♪」 「……『じゅーじゅー、焼いちゃおう』」


 大きく口を開ける白銀竜。炎の魔力が瞬く間に唸りを上げて収束していく。


「キュウッー!」 「……『いっくよー』」


——火炎息(ファイアブレス)——


 吐き出された炎が「ゴォーッ!」と効果音をつけガルーダ部隊を火の海に包み込む。断末魔を上げる間もなく絶命し丸焼きとなったその身は重力に引かれ自然落下を始める。


「キュイ、キューッ!」 「……『いっただきまーす』、って一気に飲み込むつもりか、ハク!?」

『ちょっと兄さん、さっきから棒読みの通訳ばかりしていないで早く止めてってば!』


 大空向けてアーンと大きく口を開き元ガルーダ(やきとり)へ向けてロックオン。振り落とされないよう角を握りしめる平常心のキョウマに対してリナは悲鳴じみた声を上げる。


「まあ、火を通しているから平気だろ?」

『そういう問題じゃないの! 兄さんは黙っ……じゃなかった。早く、ハクちゃんを止めて!!』

「いや、でも……もう遅いんじゃないか?」

『あ、ああ……』


 キョウマが口にした通り時すでに遅し、哀れ現焼き鳥達は腹ペコ白銀竜の口の中へと次々に吸い込まれていく。狼狽えるリナの声がキョウマの胸中に漏れていく中、ハクは口をバックリと閉じ味わうように咀嚼する。


『や、やぁ~』

「……ごめん、リナ。僕が悪かった」


 足元から伝わるバリボリと骨ごと噛み砕きゴクリと飲み込む音と感触を前にして、ようやくキョウマはリナの恐れていたことを理解した。


(……こういうことか。昔、誰かが『可愛がっている飼い猫が、目の前でスズメやネズミを捕まえて食べ始めたのを見た時、あまりいい気分はしなかった』、って言っていたけど、今ならその気持ちが少し分かる気がする)


 と、想いにふけるキョウマの目はどこか遠い。今でこそ一時的に見た目は立派なドラゴンの姿をとっているとはいえ、元は丸っこい小動物な外見。そのハクが魔物を丸かじりにする姿を思い浮かべキョウマは少しばかり(・・・・・)後悔の念を覚えた。


「ハク、もうこれ以上、魔物を食べちゃダメだ!」

『そうだよ! もう食べちゃダメ!』

「キュー、キュキュッ?」


 キョウマとリナ足踏み揃った声。次の狙い(オーク達)に標的を定めていたハクは抗議の声を上げる。


「『え~なんで?』、って……」


 キョウマは(ヘルム)の上から頬を掻き、どう言ったものか、と一瞬だけ虚空を見つめる。視線の先には丁度、バリアによって弾かれる敵の魔法が目に映った。あまり時間はかけられないな、と言葉を紡ぎ始める。


「いいか、ハク。今から、お(なか)一杯になったらリナの作ってくれる美味しいご飯が食べられなくなるだろ?」

「キュゥ……」


 キョウマの声に静かに耳を傾ける様子のハクを前にしてリナは『えっ、そっち!?』と出かかったツッコミを飲み込んだ。


『そっ、そうだよ。すっご~く、美味しいご飯、作ってあげるんだから! 今は我慢して、ね?』


 指輪の中で力こぶを作って見せるリナを思い浮かべ、キョウマの頬が僅かに緩む。


「だから、ハク……」

「キュ?」


 目を閉じ、緩んだ頬をキョウマは引き締める。


「さっさと片付けて早く帰ろう。そして、みんなで一緒にリナの美味しいご飯を食べよう!」

「キューッ!!」


 仕切り直しと言わんばかりにキョウマは白銀竜の角を強く握りしめた。(あるじ)の想いに応えるように広げた光の翼は燦然(さんぜん)と輝き上空へと飛翔を遂げる。風切る音色を耳に地上を見渡すことのできる位置まで上昇すると、キョウマとハクは魔物達の軍勢を一瞥した。


「ハク、合体攻撃だ!!」

「キュッ!」


 握りしめた右の拳をキョウマは空へと突き上げる。ハクもまたその動きに合わせて竜の手を振り上げた。


二重(ダブル)竜爪圧壊ドラグ・クロウ・プレッシャー!!」 「キュッ、キュキュッ、キューーーーッ!」


 キョウマ単独で放つそれとは規模が違う。一人と一匹が天に掲げた腕の先……、解き放たれた闘気は空を穿ち、辺り一帯全ての雲を吹き飛ばす。巨大な気の塊は膨張を遂げ、周辺に降り注ぐ太陽の光を覆い隠すまでに至る。が、地上が闇に包まれることはなかった。天空に出現した巨大な竜の爪の放つ輝きが代わりの役目を果たしていたからだ。


「終わりだ……」 「キュウ……」


 それは一瞬の出来事であった。キョウマとハク、互いの手が地上めがけて振り下ろされる。その動きに合わせて光り輝く巨大な竜爪もまた天から地へと激突(・・)していた。


 イフリル、ドルネド他、魔物達のほとんどがキョウマ達の生み出した太陽の如き闘気の塊を目の当たりにした時、それがゆっくりと落下して自分たちの頭上に降り注ぐのだろう、と誰もが予測した。どこに逃げようと結果は同じ。どんなに速く駆け抜けたとしても降下範囲からは逃れられない。徐々に迫り来る恐怖に身を焦がし無駄と知りながらも逃げまどう己の姿が目に浮かんでいた。


——甘かった——


 恐怖に身を震わせ、叫ぶ時間など皆無であった。

 逃げるどころか、その判断をする時間もなかった

 訪れたのは結果だけ……。


 瞬時に竜の爪は大地に突き刺さり、同時に全てが押し潰された。輝く光を前にして邪なる魔物達はその身を全て消滅させていく。戦場となっていた荒野一帯の地表は全てが消し飛び、一つのクレーターだけが広がっていた。元の地形の面影はどこにも見当たらない。三千の軍勢を誇っていた魔物達の姿も……どこにもなかった。


 やがて、静寂だけが辺りを覆う。

 生命の営みなど何処にもない大地に、星の輝きを纏いし白銀竜は静かに降り立ち、その翼を休めた。


「“四魔将”、だったか? お前達には少しだけ感謝をしている」


 そう漏らしたのはキョウマだ。相棒の頭上で辺りを一瞥した後、天を仰ぐ。


「人はおろか、動物も草木もほとんど見当たらない。こんな場所を戦いの場に選んでくれたことだけにはな……」

『兄さん……』

「おかげで、僕達は気兼ねなく思い切りやれた。まあ、感謝と言っても少しだけ(・・・・)、だがな」


 それは誰に向けたわけではないただの独り言。キョウマがそっと漏らした時、風がそっと吹き頬を撫でると、どこか遠くへと運んでいった。

お読みいただきありがとうございます。

実は今回のネタも随分前から温めていた内容だったりします。本当は「おまけ」にしようかとも考えていましたが、思い切って本編にしてみました。


次話もまたお読みいただければ幸いです。

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