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第47話 逃亡の果てに~光翼の星晶竜

戦いはまだ、続きます。

お楽しみいただければ幸いです。

 徐々に近づく駆動音を耳にし、ドルネドは後方を振り返る。距離はまだ、そう詰められてはいない。とはいえその差は少しずつ縮まりつつあった。


「ちぃっ! あいつらでは足止めにもならんか」


 ドルネドは思わず舌打ちと共に本音を漏らした。撤退は不本意ではあるが、先ほど垣間見た兵器に加え、他にもどんな隠し玉をもっているか読めない。深手を負ったイフリルを抱えた上、自身もそれなりに消耗している。迎え撃つにしても態勢を立て直したい。ドルネドには撤退以外の選択肢は最早、皆無であった。


「ド……、ドルネドかい?」

「む? 気が付いたのか、イフリル」


 頷き返すイフリルを横目に確認するとドルネドは正面だけをただ見据える。


「奴が……、追って来てるんだねぇ?」

「そうだ。今、事を構えるのは不利と判断した。ここは退く」

「ダメだ、ドルネド! 奴は……、あいつはここで仕留めなければ……。ごほっ」


 血反吐を吐き出すイフリルにドルネドは目を合わせず「今は何も喋るな」とだけ口にする。現状は追手を振り切るのが先決だ。ドルネドに会話を続ける意思はない。当然、イフリルにもそれは理解できる——が、その判断を受け入れる気は全くない。(かぶり)を振って必死にドルネドにすがりつくと己の言葉に耳を傾けるよう促した。


「いいから聞くんだよ、ドルネド! 今、奴を見過ごせばあの女……、セレスティナより遥かに厄介な奴が現れる! 」

「何だと!? セレスティナ……翼の勇者と謳われた我らの宿敵。奴より厄介とはどういうことだ?」


 ここにきてようやくドルネドの関心が逃げの一手からイフリルに注がれる。驚きに目を見開き次の言葉を待った。


「そのままの意味さねぇ。ドルネドは見ていないかもしれないけどねぇ、私は確かに見たのさ、あの女を!!」


 忌々し気にイフリルの眼光が鋭くなる。キョウマによって一度は折れた精神(こころ)が溢れる負の感情によって徐々に蘇る。それに呼応するかのように【HP自動回復】による自己治癒力も加速しているようだ。言葉も流暢になってきている。溢れ出る並々ならぬ殺気。屈強の戦士たるドルネドも流石に肝が冷えた。紡ぎ出す言葉にも若干の震えが見て取れる。


「ど、どういうことだ? お前の言うあの女——翼の勇者は魔神竜と相討ちになって果てたはずだ。奴が生きていて、奴以上に厄介な者が現れる!? 意味がわからんぞ!」


 要領の得ない言い回しにドルネドの口調は荒くなる。一方のイフリルもまた、理解の及ばぬ様子に溜息を吐き出した。


「いいかい、ドルネド。私は見たのさ、あの女が奴と一緒にいるのを……」


 舌打ち交じりにイフリルは言葉を吐き出す。


「いや、正確にはセレスティナと同じ存在(・・)さね」

「存在?」

「そうさね。姿形だけじゃない。その魂の質、魔力……いいや違う」


 イフリルは一度、大きく(かぶり)を振る。ドルネドに理解させるのに必要な“あの女”を形容する言葉が見つからない。


「もっと大きな……こう“運命”とでも言うのかねぇ」

「つまり、我らの知るセレスティナとは別人にして同じ人間が現れた、ということか? そんなことがあり得るのか!?」


「それが、あるのさ……」


 その言葉は重々しく、表情は苦虫を噛み潰したかのようでもある。


「今日、見たあの女は私が元いた世界(・・・・・)の奴とも違う。当然、セレスティナでもない。と、なるとまた別の世界から来たとしか……」

「イフリル、お前は一体?」


 ひとり呟くイフリルに困惑の視線をドルネドは向ける。それに気付いたイフリルは「こっちの話さね」とその場を濁した。


「話がそれたね。ここからが肝心さ。セレスティナもそうだったが、あの女は取り巻きの強さに応じて覚醒した時の強さが増す……。そんな厄介な性質があるのさ」

「なっ!」


 ドルネドの表情が途端に強張る。浮かび上がるは最悪の可能性。


「気付いたようだね。あの銀色、前座の分際であれだけの力なんだ。あの力を直に触れたあの女がどんな化け物に覚醒するか想像できるかい?」


 言葉なく生唾を飲み、ただ首を静かに垂れるだけのドルネド。無言に震える姿を見つめイフリルは互いに危機感を共有できたことを知る。


「イフリル!」

「何だい、ドルネド?」


 不屈の闘志で己の震えを律したドルネドの瞳に恐れの色はない。寧ろ力強い決意と覚悟が見て取れるほどだ。


「お前の言う通りだ、このままにはできない。銀の戦士(あいつ)はここで仕留める!」



 超マシンの発するエンジンの駆動音が鳴り響く。

 逃げる魔族達を追い距離は随分と縮まった。そろそろ目の前をウロチョロと飛ぶハエを撃ち落とすのに丁度良い頃合いだろう。ミサイルにしようか、それともビームの方が良いだろうか?


(うん、両方にしよう!)


 僕がそう決めたところで奴らは方向を変える。それまで真っ直ぐ飛ぶだけだったはずが右に六十度向きを変えたのだった。


「向きを変える理由が、マシンで走りにくい場所を選ぶためなら問題ないんだけどな」


 僕のマッハ・ドラグーン(超マシン)がこの位のことでスピードが落ちるわけがない。その程度の策なら何も警戒することなどないのだが……。『どういうこと?』と尋ねてくるリナに僕は「ただのカンなのだけど」と前に置き考えを述べる。


「奴らの背を見ていると覚悟みたいなものが感じられる。どうしてもただ、逃げているだけとは思えないんだ」

『それなら深追いは禁物だよ。一度、退いた方が良くない?』


 僕への気遣いからなるリナの提案。少しばかりの罪悪感を隠しつつ静かに首を横に振る。


「いや、あいつらは絶対にしてはいけないことをしようとした。許すわけにはいかない!」


 そう、可愛い……否、超絶可愛いリナの命を奪おうとした。仮に僕が世界の支配者だったなら万回、処刑しても足りない程の罪として法に定めていても可笑しくはない。加えて僕の直感が確かに告げている。


「ここで退けば、この先後悔することになるような気がする。見逃してはいけないんだ!」

『兄さん……、わかった。もう何も言わないよ』

「ありがとう」


 フットペダルを踏みマシンを更に加速させる。例えどんな罠があろうとも全部まとめて叩き潰す! それだけだ!!


「何を企んでいるかは知らないが、ここで片を付ける!」

「奇遇だな、それはこちらも同じだ」


 ミサイルのボタンに手をかけたところで奴らは僕の方へと振り向いた。相変わらず辺りに遮蔽物はなく一面、荒野が広がるのみ。てっきり、伏兵あるいは罠を忍ばせた場所へ誘導するつもりだろう、と踏んでいたが見当違いなのだろうか。


「光栄に思え。本来ならエスリアース諸共、勇者達を始末するために集めた我らの軍勢……。有り難く受け取るがいい!」


 否、予感は的中のようだ。見渡す限りの荒野一面、あちらこちらに転移魔法陣が浮かび上がっている。ぐるりと見回すと次から次へとゴブリン、オークを始めとした魔物達が現れ始める。中には狼型の魔物(わんこ)虎型の魔物(にゃんこ)、他にも僕の知らない魔物も多くいた。


「どうやら囲まれたみたいだな」


 首から下げた指輪が懐の中で明滅している。視線を送ると指輪越しに『兄さんのばかぁっ! 囲まれたじゃない、どうする気なの!?』と聞こえてきた。答えはもちろん決まっている!


「どうするも何もない。全員、倒す。それだけだ」

『マジ……?』

「マジだ」


 確信をもって答える僕の言葉にリナは呆れて口を閉ざしてしまった。一方で恐れを感じさせない僕の態度にドルネドは口元を緩めて「ほう?」と感嘆の声を上げる。先程まで、逃げの一手に徹していた者とは思えない変わりようだ。数で優位に立てたことがそんなに満足なのだろうか。その調子のよさに不快を通りこして愉快に思えた僕は同様に笑みを返して魔族達を一瞥した。


「どれだけ戦力をならべようと僕のすることは変わらない。当然、お前たちの敗北、という結果もな」

「ふっ、ふはははははははっ!これは大きく出たな、折角だから教えてやろう。三千、そう三千だ。お前一人を相手にするには十分すぎる戦力だろう?」

「……」


 無言でいる僕にドルネドは口端を吊り上げる。多少、回復したらしいイフリルも隣で嘲笑を浮かべている。そんな態度に僕は一つ溜息をつくと、魔族達は笑みを止め鋭い眼光を向けてくる。


「甘いな」

「「何?」」

「甘い、と言っている。数で優位に立ちたいなら、その十倍いや百倍の数で来い」

『ちょっ、ちょっと兄さん! ブラフにしても言い過ぎ!!』


 抗議を上げるリナにだけ聞こえるように「心配しないで」と僕が呟くと『信じるからね!』と溜め息交じりに返ってきた。まあ、リナが不安になるのも無理はない。少なくとも昨日までの僕ならこの場は撤退する道を選んだだろう。


——が、今は少し違う。


 胸の奥から湧き上がる確かな鼓動。まるで僕に語りかけているようにも思えてくる。その言葉の一つひとつに耳を傾けていると、どこか懐かしい気分になってくる。


——僕はもう、知っている……


——覚えている。その声の主が誰なのかを……


「そうだ、そうだよな。お前も一緒に戦いたいよな……」

『兄さん?』

「さっきから何をブツブツ言っている。こいつ、気でも狂ったのかねぇ?」

「油断するな、イフリル! どうも様子がおかしい」


 地へと手をかざし僕は魔力を集中させる。同時に僕の腕は熱くなる。子供の頃にはあっていつの間にか消えてしまっていた思い出の証。闘衣の下で今、再び蘇っているに違いない。


「そうだよな! ハク!!」

『兄さん!』


 腕に集中させていた魔力が一気に弾け地へと注がれる。白銀に光り輝くそれは僕の足元に円を描く。やがて中心に浮かび上がるは竜の片翼を背にした一振りの(つるぎ)——かつて僕の腕に宿った紋章と同じ形の魔法陣となった。後は僕が呼びかけるだけだ。


「我が魂と一つとなりし勇敢なる子竜……、白銀の意志の元、今ここにその姿を示せ!」


 魔法陣はより一層強い光に満ち溢れ、その輝きを解き放つ。


「クゥー! キュイッ!!」


 中から現れたのは、見覚えのある丸っこいシルエット。その背の小さな羽をパタパタさせて僕に飛びつくと「キュッ、キュゥッ!」と頬ずりをしてくる。


『わぁ~、ハクちゃんだ~』


 指輪越しにリナのとろけるような甘い声が聞こえてくる。続けて『後でわたしにも抱っこさせて』と緊張感は欠片もなかった。対して魔族達は侮蔑を込めた視線を僕達に向け盛大に笑いだす。


「ふっ、アハハハハッ! 何だいその、丸っこい珍獣は!?」

「ふはははははははっ、何をするかと思いきや……、そんな足手まといを呼び出すとはな」

「キューッ、キュキュキュッ!!」


 腹を抱えて笑い出す魔族達にハクが抗議の声を上げる。僕の腕の中で羽をパタパタさせて威嚇する姿はハクには悪いけど愛くるしい。当然、可愛らしい甲高い鳴き声には迫力など微塵も感じられず相手は吹き出す一方。指輪の奥に控えているリナは目をキラキラさせているに違いない。


「こいつ、一丁前に怒っているのかねぇ?」

「ふっ、どうやらそのようだな。だが!!」


 表情を引き締めたドルネドが拳を握り締め、怒りの感情を秘めた眼差しで僕達を射貫く。


「そんな雑魚一匹、呼び出すのに魔力を浪費するとは随分と舐められたものだ。戦いを汚した罪だ! あの世で後悔するがいい!!」


 怒気を孕んだ言葉が闘気を伴って暴風のように吹きつける。殺気の込められた威圧にハクは一瞬、身震いし僕を静かに見つめている。ハクの頭に僕は手を置き目の前の魔族達を無視して口を開く。


「後悔するのはお前たちの方だ」

「何だと!?」

「わからないのか?」


 僕の視線は足元へと注がれている。奴らも気付いただろう。召喚の陣はまだ消えてはいない。


「まだ、召喚の儀は……、終わっていない?」


——ご名答!! だが遅い!


 口端を吊り上げて、僕は続きの言葉を紡ぎ出していく。


「数多の星々の光を宿せしその魂……、聖なる輝きを今ここに解き放て! 出でよ! シャイニング・ウイング・スタークリスタルドラゴン!!


 召喚の陣をなしていた白銀の光は球体となってハクへと注がれる。やがて、その小さな体を包み込むと次第に膨れ上がり、そのスピードは次第に勢いを増した。


「な、何だコレは……有り得ん」

「そんなバカなことがあってたまるかねぇ……」


 今、魔族二人は天を仰いで絶望の色を含めた声を漏らしている。直径三十メートル程に肥大化した光は巨大な竜へと形を変えた。僕の“アクセル・ウイング”とよく似た光の翼、頭頂部には二本の角と蒼く輝く丸い宝珠。鱗も生々しいものではなくクリスタルで覆われている。とても元があの丸っこくて愛くるしい姿のハクとは思えないだろう。神々しいまでの輝きを纏った白銀竜がそこにはいた。うん、それにしても僕のイメージ通りにハクをパワーアップさせることができた。凄くカッコイイぞ、ハク!!


「キュゥー、キュィッ!!」

「声はそのままか」 『声はそのままなんだね』


 ハクの鳴き声に僕とリナは揃って同じ感想を漏らす。もっともリナの場合は『ハクちゃんが兄さん色(厨ニ)に染められた……』なんて失礼なことを付け加えている。一度、じっくり話した方が良いのかもしれない。


「とぅあっ!」


 気を取り直した僕は掛け声とともに跳躍しハクの頭に着地する。役目を終え虚空に消えていくマッハ・ドラグーンを横目に、僕は両手で二本の角を操縦桿のように掴む。


「行くぞ、ハク!!」

「キュゥーーーッ!!」


 僕の呼びかけにハクは声高々に応じる。声と姿が噛みあっていないことについては置いておくことにした。地上を見渡すと恐れをなした魔物達が茫然と立ち尽くしている。イフリルとドルネドについても例外ではなかった。それでも流石は指揮官というべきかドルネドは(かぶり)を振ると遥か頭上を睨み叫ぶ!


「ぐぬぅっ、貴様ァッ! 卑怯だぞ!! 降りて正々堂々、戦え!!」

(何だ? 何を言うのかと思えばそんなことか)


 僕の中でドルネドに対する評価が急降下したのは言うまでもない。


「バカかお前は? こっちは二人と一匹……」

『あっ、兄さん、わたしも(かぞ)えてくれた』


 途中、リナが口を挟むが『当たり前だ』と心中で返す。


「対して、そちらは三千……、その数はこちらの千倍だ! それで“卑怯”だと? そんな言葉! お前たちに言われる筋合いは……、ない!!!」


 三対三千の戦いはこうして幕を開けることとなった。


お読みいただきありがとうございました。

次話は三千の魔物と戦います。人によっては好き好きがあるかと存じますが、お楽しみいただければ嬉しい限りです。

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