第43話 覇王月影衝
また、更新に時間がかかってしまいました。
もっと文章力があれば、と日々思います。
主人公がちょっと変貌しています。
リナの見つめる視線の先、肩に二度、三度と軽くトントン乗せるキョウマが映る。キョウマの一挙一動に目が離せない。気にかかるのは魔族を赤子の手をひねるかの如く簡単にあしらったキョウマの技。
——蒼葉光刃心月流、“覇”の型——
「“覇”の型、って何?そんなの知らない」
異世界に来て日は浅くとも、キョウマの戦闘をそれなりに見てきた自負がリナにはある。まだまだ見せていない技があるだろうことは予想がつく。が、せいぜいこれまで見てきた技の延長線、派生といったところだろうとタカをくくっていた。
「違う……、今まで兄さんが見せた技とは何もかもが違う」
同じ乱撃系の“蒼刃乱舞”——リナの見てきた限り、キョウマの剣技でトップレベルの手数と威力を誇る技。それと比較しても桁違いに遥か上。似ているようで全く異なる技の性質。速さ、技量、そういった類のものとは別の何かが確かにあった。
「っ!!」
キョウマをどこか遠くに感じたリナの心に不安という名の針が突き刺さった。言葉にならぬ感情に駆り立てられ微かに震える両の手。静かに胸元へと押しあて軽く握りしめる。目元は徐々に湿り気を帯び始め、閉じられた手の平には汗が滲み出た。「兄さん……」と思わず呟く声は弱々しい。
『シンパイ、シナイデ……』
今にも瞳から涙が零れだそうとしたところで、その声がリナの心に響く。俯きかけた顔を上げ、辺りを見回すが声の主と思しき者の姿はどこにもない。
「今の、一体?」
何者かの言葉に敵意は感じられない。寧ろ懐かしささえ感じたリナは次に続く言葉を待った。
『心配しないで……。覇の型はキョウマが今まで封印していた技だよ』
「封印……、いえ、それよりあなたは?」
頭を振って自らの言葉を遮り、鮮明に響くようになった声にリナは名を尋ねるが、声の主は答えない。無言の奥でクスリと微笑んでいるようにリナは思えた。
『強力すぎてキョウマの体、い~っぱいムリしちゃうのもあるけど……』
——こんな力、今更手にしたって意味がないじゃないか!!——
「兄さん、なの?」
ふと、リナの脳裏に悲痛な叫びを上げるキョウマの姿が映る。うな垂れ、地に手をつき何度も拳を叩きつける。
——いつも僕はこうだ!何もかもが遅い!!——
地肌を砕く拳から赤い血が飛び散り辺りを濡らす。滴る雫の一滴、一滴がキョウマの流す涙のようにも見える。
——失ってからじゃ駄目なんだ!!——
大きく拳を打ちつけ、キョウマは蹲る。それまでの取り乱しようが嘘のように静まり返り、その背は微かに震えている。
——理奈は……もう、いない——
漏れる声に力はない。貯め込んでいた負の感情を吐き出すように声を絞り出す。
——守りたいときに守れない力なんて……意味が……ないんだ……——
「っ!」
キョウマの一字一句にリナは言葉を詰まらせる。リナにはこの光景の意味が、何者かが伝えようとしていた意思を理解した。それは異世界に来る前、以前の世界でのキョウマ。力を手にした時、既にリナを……大切なもの全てを失っていた。無力感と後悔に苛まれ復讐のためだけに生きていた過去の姿。
『わかったんだね。キョウマ、あの技を使うと思い出しちゃうから、悔しくなっちゃうから……、だから封印したんだよ』
「うん……」
『キョウマ、リナを置いて遠くに行ったりしないよ』
「うん……、うん」
『だからリナ、泣かないで……』
リナの周囲に、そっとそよ風が吹く。何者かの声はそれきり聞こえない。それでもリナにはもう十分だった。顔を上げるリナの目元に涙はない。迷いのない眼差しでキョウマに視線を向ける。
「ハク……ちゃん、なんだよね?」
その言葉を皮切りに、リナの中で幼き日の記憶が次々と蘇る。溢れ出そうとする涙をこらえ目元を拭う。『泣かないで……』と告げていた以上、涙を見せるわけにはいかない。
「ありがとう、ハクちゃん」
柔らかな笑みをリナは浮かべ、どこかで聞いているだろう友人にお礼の言葉を述べる。再び吹くそよ風が頬を撫でるのに気が付くと、リナは虚空を見つめて笑みを浮かべた。
◆
「そ……、そんな……。こんなバカなことが……」
「よし、意識はまだあるね。よかった、よかった」
虫の息も同然に吐露するイフリルにキョウマは素直な感想を述べる。その表情に浮かぶ笑みに潜む偽りない感情を傍らで感じ取ったテツヒコの背筋には寒気が走る。
「苦しいのかな?なら、楽にしてあげるよ」
「くっ!」
刀身を掲げるキョウマがイフリルの視界に映った。首を跳ね飛ばされる未来を脳裏に描き、恐怖で瞳は閉じられる。
(……っ!?)
まだ、意識がある。命の終わりを覚悟したイフリルは違和感を覚えた。痛みどころか、むしろ全身を苛む苦痛が徐々に和らいでいく。
「アキヅキ、お前。回復魔法、使えたのか!?」
「そうみたい。上手くいって少し安心だね」
耳に届いたキョウマとテツヒコの会話。
(止めを刺すところで回復魔法!?一体、こいつは何を考えているんだい!?)
「って、そうじゃなくて正気か、アキヅキ!?お前、何やってるんだ!」
イフリル同様の疑問を覚えたテツヒコは当然の質問をキョウマに投げかける。きょとん、とするキョウマの表情は「何かおかしいことしているかな?」と物語っていた。敵、しかも相手は四魔将、強敵である魔族の幹部を追いつめながら回復魔法をかけるなど前代未聞。間違ったことなど言ってはいないはずなのにキョウマを見ていると、そうは思えなくなってきている自分に気付く。テツヒコは混乱の色をその目に浮かべた。
「あれ?さっき、言わなかったっけ?」
傍で唸るテツヒコを見かねたキョウマは口にする。その声色には負の感情は一切なく純粋無垢そのもの。それがかえってテツヒコに恐怖を覚えさせたのは言うまでもない。
「まてよ?確か……」
解への道を歩み始めたテツヒコとは対照的にイフリルは誤りへと向かっていく。キョウマの行動の理由を戦闘力が高まった分、頭がおかしくなったのだ、と結論づけた。
(ふん、単細胞で助かったねぇ)
口端が吊り上がるのを堪え、イフリルは機を伺う。未だ回復魔法を続けるキョウマはどう見ても隙だらけ。突如、舞い降りた逆転の機会に心音が高鳴る一方だ。
「アキヅキ、お前!」
「あっ、思い出した?」
(ここだねぇっ!)
答えに辿り着いたテツヒコの声に一瞬だけキョウマはイフリルから視線を逸らす。勝機を見出したイフリルは再生させた翼をピンッ、と伸ばして飛び立った。右手の鋭い爪をキョウマの首筋めがけて振りかざす。
「とんだマヌケだよ、お前は!!」
勝利を確信したイフリルの口元からは笑みが零れた。視界に映るキョウマは己に気付き振り向き始めている。が、遅い。そう判断したイフリルの口端は更に吊り上がった。
「そっちがね」
「え?」
首筋に突き刺さるはずの爪が空を切る。同時に頭上に刺す影に視線を向けるが既に遅い。
「ぐはぁあっ!!」
額に走る痛みと衝撃に再びイフリルは地べたを舐めることになる。キョウマの踵が見事に落とされたのだ。
「おっ、お前……あれ、マジでやる気だったのか……?」
「ん?」
「いや、わからないならいい」
恐怖で顔を引きつらせるテツヒコにキョウマは「あっ、そう」とだけ答えた。イフリルに切っ先を向けるキョウマを目の当たりにして、テツヒコは導き出した解に誤りがなかったことを知る。
『ただ、命を刈り取るだけでは足りない。虫の息になるまで斬り刻んだら回復魔法をかけて、再び斬る。何度も何度も繰り返すだけ……精神が朽ち果ててもね』
(そうだ、確かにアキヅキはそう言った。間違いねぇ、あの時に感じた寒気も……。全部、全部、本物だ!!)
恐る恐るテツヒコはキョウマを横目に伺う。木刀を振りかざすと虚空より四本の光の剣が出現していた。無造作にキョウマが木刀を振り下ろすとイフリルの翼や手足を貫き地に縫い付ける。
(アキヅキ、今度は何を……)
テツヒコの動揺は正しい。あまりにも無慈悲な振る舞いに逃げ遅れた観客の中にはキョウマを“魔王”と呼ぶ者さえいる。唯一の救いは今のキョウマは銀色の長い髪に白外套。先程までテツヒコと試合をしていた者と同一人物だと気付く者がいないことだ。
「加減はするよ。まだ聞きたいことがあるからね。でも耐えられないなら、それはそれでいいや。まあ、せいぜい自分のやろうとしたことの愚かさを学ぶといいよ、骨の髄までね。あとは……」
キョウマはテツヒコの傍へと歩み寄ると後ろから襟首をつかみ、持ち上げる。「おい、ちょっと待て!」と抵抗するのを無視して観客席へと狙いを定めた。
「う~ん、ちょっと邪魔」
「おい、何をする気だ。放せ!やめろって!うわぁぁああああああ!」
ジタバタ暴れるテツヒコに脇目もくれず投げ捨てる。テツヒコの絶叫がドップラー効果を伴って木霊した。イフリル以外、誰もいなくなった舞台へキョウマは視線を戻すと、両手をパンパン叩きスッキリとした表情を浮かべた。
「それじゃ、始めようか」
屈託ない笑みをキョウマは浮かべると木刀を高く掲げる。一度、目を閉じ再び開くとその身は宙へと浮き始めた。
「いくよ!蒼葉光刃心月流、“覇”の型」
——覇王月影衝!!——
掲げた木刀を時計回りに宙へと円を描く。刀身から放たれる光の軌跡が月をなぞった。剣閃からなる光の環、次第に膨れ上がり場内を照らす。
地上に突如として出現した直径十メートルを軽く超す魔法の月。神々しいまでの光を放つそれは神秘的でありながらも見る者によっては恐怖を与える。これから何が起こるのか、圧倒的存在感を誇るその力を以てして、何をする気なのか。イフリルの心は絶望で支配されていく。
「押し潰せ……跡形もなく、何もかも……」
振り上げた刀身をキョウマは振り下ろす。それを合図に落下を始める真昼の月。少しずつ、少しずつ重力に引かれ、沈みゆく毎に影が広がっていく。次第に月全体を覆い闇色の塊へと変貌を遂げた。
「あっ、あぁあああっ……」
蠢く巨大な影。低い音が耳に届くと同時に引き寄せられる感触を頬に感じたイフリルは横にふと、目を向ける。恐る恐る注いだ視線の先に、宙を舞い影の中へと消えていく舞台の破片が映った。
覇王月影衝
キョウマの放ったその技は、闘気の塊を巨大な漆黒の月に見立てて対象にぶつける技にあらず。対象はおろか周囲のものまで飲み込み、跡形もなく消滅させる。いわばブラックホールのようなものを生み出す技であった。
技の本質を垣間見たイフリルの全身から血の気が抜ける。その場から離れたくても、光の剣による拘束を解くことができない。必死になってもがき続けるも全てが徒労に終わる。
「いっ、いやだぁあっ!!やめろぉっ!助け……ひっ!」
「言いたいことはそれだけ?」
それまで屈託のない笑み、無垢な表情を浮かべていたキョウマの顔つきが一変する。視線だけで魔族の幹部たるイフリルを震え上がらせるほどの冷酷無比な眼差し。
「どうしてそんなに怯えるのかな?そうやって命乞いをする人達を何人も手にかけてきた……、そうじゃないの?」
「ぐっ……」
言葉を詰まらせるイフリル。それだけで肯定だということをキョウマは知る。もっとも部下にあたるタスンもそうだったのだ。今更、聞くまでもないことは初めから分かっていた。情けをかけるなど最初から考えてはいない。
「そろそろ終わりにしよう……」
地に落ち行く漆黒の月。キョウマの言葉を合図に落下の速度を増していく。近づくにつれ吸引力も増していくが、幸か不幸かキョウマの光の剣に縫い付けられたことにより、未だ吸い込まれずにいた。迫る漆黒の巨大な球体を前にして、イフリルは冷静ではいられなくなっていた。
「ひぃっ!いやっ、うぅうわあああああああああああああっっ!!!」
恐怖が絶頂を迎えたイフリルのかつてない悲鳴が辺りに響いた。恐怖に震える魔族を一瞥し、キョウマは頬を微かに緩ませた。
——パキィイイインッ!——
「あっ、やっぱり木刀、折れちゃった」
あっけらかんと漏らしたキョウマ。その声には緊張感のかけらもない。柄だけになった木刀に視線を送り、手の平の中でクルクルと遊ばせる。闘気で強化しているとはいえ、元は単なる土産用の木刀に過ぎない。技に耐えられなくなった刀身は光を伴って霧散した。剣の消失を合図に漆黒の月もまた、収縮を始め何事も無かったかのように消えていく。後に残されたのは白目を剥き口から泡を吹き出すイフリルの哀れな姿。当然、意識はない。
「覇王月影衝、まともにぶつけるなんて本気で思ったのかな?そんなことしたら、この辺り一帯が消し飛んじゃうのに……。リナとデートする場所を潰すような真似、するわけないじゃないか、全く……」
その呟きを聞き取れた者は誰一人としてはいない。もっとも、様子を見ていたリナは背筋に寒気を覚え身震いした。
「う~ん、効き目が強すぎたかな?」
全身を痙攣させて「あわわ」と震える声を漏らすイフリルを視界に入れ、キョウマは溜息をつく。それは「まだ、壊れるのには早いよ。まだまだ、これからなのに……」を意味していた。
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