第42話 変貌~白銀のキョウマ
おバカな話に見えて、少々残酷かもしれません。
気を悪くしたなら申し訳ないです。
緊迫した状況下にも関わらず、この兄妹はどこまでも平常運転だ。「混浴きたぁあああっ!おっしゃぁあああああっ!」と拳を高々と突き上げるキョウマ。「あう~っ」と狼狽えるリナはどうしてこのようになったのか、と混乱する思考を無理にでも正常に働かせようと目を回しながらも思考の海へと飛び込んだ。
「そうだ、もしかしたら!」
手の平をポンッ、と一度だけ叩くと、リナはナビゲーション・リングを起動させてキョウマのステータスを隅々とチェックする。リナの目から見て、明らかに今の状態は異常。と、なれば何かしらの症状がステータスに現れているかもしれない。そう判断した故の行動だ。
(あ~、これだね。きっと……)
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≪称号≫
・むっつり・ドラグ・チャージャー
発動時、パーティーメンバーの中で最も好感度を高く持つ女性に対する敵視及び攻撃を引き受ける。時々、対象の女性に対して見とれる。
常日頃から、蓄積された煩悩が頂点に達した時、力に変換して解放される。超竜再生取得により発現。
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「“蓄積された煩悩……”、ねぇ……」
白銀のオーラを全身から立ち昇らせているキョウマを見つめるリナの視線は半眼である。ジトー、としながら思い浮かぶはキョウマのラッキースケベなひと時。リナのスキルポイント操作によってLUCが急上昇してからは特に顕著であった。
不意に風が吹いたかと思えばめくり上げられてしまうリナのスカート。当然、キョウマの視線は釘付け。
戦闘中、魔物の攻撃からかばってくれた時、勢い余って胸元に触れるキョウマの手。微かに何度も手を動かしていたのは気のせいではないはず。
早朝、隠れて風呂を楽しんだ後に脱衣所でバッタリ……。数秒、無言で立ち尽くした後、鼻血を吹く始末。
思い出せばキリがなくなる数々の場面にリナは軽い頭痛を覚える。自らの不注意も手伝っていることはこの際、隅に置いておく。
「あれでもまだ、足りなかったんだ……」
リナの呆れは止まらない。“むっつり”ではなく、ただの“スケベ”で良いのではないか、そういう野次も受けたばかりだし、と思案したところで頭を振る。
「あれでもまだ押さえているから、“むっつり”なのね」
——はぁ~——
小さくリナは溜息を一つついた。
「リナが心配する必要は何もないよ」
「えっ!?」
リナが一瞬だけ下を向いている間にキョウマはリナの前まで歩を進めていた。頭上から聞こえる声に驚きリナが顔を上げると、キョウマはにっこりと微笑み頭の上に手を乗せる。悩みの種を目の前にして、リナは苦笑を浮かべた。
「兄さん……その、大丈夫なの?」
「心配ない。だから、ここで少しの間だけ待っていて」
そっとキョウマはリナの前髪を一撫でして、クルリと背を向ける。いつもと少し雰囲気の異なる振る舞いにリナは鳥肌を立てた。
「すぐに片付けるからね。そして、その後は拠点に帰って……」
「帰っ……て?」
リナの背筋に悪寒が走る。嫌な予感が的中すると知りながらも聞かずにはいられない。
「約束通り、僕達の時間を過ごそう」
「あぅっ……」
間の抜けたリナの声を背にして、静かに閉じられるキョウマの瞳。息を一つ吐き出し、ゆっくりと開かれる瞼に呼応するかの如く溢れ出していた白銀の力が収束を始める。
「はぁああああああああっ!!」
【……にアクセス……ロード……】
【ロード……ロード……ロード……ロード……ロード……ロード……ロード……】
キョウマの掛け声と共に、体の中心へと集められた銀色の光が一気に弾け飛んだ。キョウマの脳裏にこれまで幾度となく響いた声が木霊する。辺りを包む眩い光は瞬時に収まり何事も無かったかのようにキョウマは立ち尽くす。
「兄さん……、なの?」
「行ってくる」
背を向けたままキョウマはリナの言葉に頷き返し、駆け出した。たなびく長い銀色の髪、普段は身に付けることのない純白の外套。いつもよりもどこか大人びて見える雰囲気にリナは頬を火照らせた。少しばかり不覚に思ってしまう。
「これも【超竜再生】のせいなの?」
気を取り直すべく両の頬を軽くパチン、と叩きキョウマの向かった舞台場へと眼差しを向ける。外見までもが変貌したキョウマ。発動しない【指輪待機】。何もかもが不可解な状況。起動させたナビゲーション・リングより映し出されたステータスは【測定不能】の文字が羅列されている。辛うじて読み取れることのできた一文にリナは視線を移した。
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キョウマ・アキヅキ
種族 転生人
職業 竜魂剣士
状態 竜魂解放
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「【竜魂解放】、兄さんの力?」
リナの不安はどこまでも尽きなかった。
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「ぬぉぉおおおおおおおおおっ!」
「粘るねぇ、こっちは後がつかえてんだ。いい加減、くたばりな!」
舞台中央にはイフリルの闇の炎による猛攻を【完全自動防御壁】のスキルでひたすら耐え忍ぶテツヒコの姿があった。気力、体力、ともに限界は当の昔に迎えている。ステータス上の数値でも、数字に表記されない面でも如実に現れていた。それでもテツヒコは抵抗を止めることはない。
逃げまどう観客の一部の視線があるから?
それも一理ある。が、大きな理由はそれではない。
何より彼が“勇者”だからだ。
性格にやや難があれど、テツヒコには情に熱い一面がある。本人に自覚はないが、それが彼を勇者たらしめていた。たまたま、良スキルを得たからエスリアース最強の勇者となったわけではない。そうなるだけの資質を持っていたのだ。その真価が今まさに発揮されている。
「ふっ、ふははははっ」
「何がそんなに可笑しいんだい。ついに頭もイカれたのかい、えぇ?」
突然、不敵に笑いだすテツヒコに一瞬だけイフリルは訝し気な視線を向ける。どこをどう見ても逆転の手立てがあるようには見えない。すぐにその笑みがただの強がり、“やせがまん”であることを見抜いた。イフリルの判断に誤りはない。事実、テツヒコの笑みは【ザ・グレイト・やせがまん】の恩恵によるものであった。
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・ザ・グレイト・やせがまん LV4
状態異常に対して抵抗を試みる
戦闘中にHPが0になる攻撃を受けた時、HPを1残して耐える
各々の成功率はスキルLV×5%
状態異常、HP及びMP減少の程が著しい際、不敵に笑うことができる
※本人談「グレイトゥッ!且つパーフェクトゥッ!な俺様にそんな攻撃は効かねぇよ!」
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「そのやせ我慢がいつまで持つかねぇ?」
「ふっはははははっ!姐さん……いや、お前は何もわかってはいない」
「ふん、何を根拠に……」
「カンだ!」
「はぁっ!何を言っているんだいコイツは!」
“カン”と言いのけるテツヒコに嘲笑う視線を向けつつ攻撃の手は休まるところを知らない。そればかりか一層、激しさを増しテツヒコはついに膝をつく。
「ふっはははははっ。俺の勇者としての……、男としてのカンが確かに告げている。お前の負けだ!」
「だったら、その“カン”とやらが当てにならないことを証明……」
——キィイイイインッ!——
テツヒコへ放たれようとする止めの一撃。それを阻止するかのようにイフリルの言葉を遮る風切り音が響いた。テツヒコの口端が僅かばかりに吊り上がる。
「おせぇよ」
「何を……、ゴフッ!」
イフリルの顔面に衝撃が走る。自らの身に何が起こったのかはわからない。状況を理解できぬまま舞台場に叩き付けられ一回、二回とその身をバウンドさせる。ゴロゴロと転がり回るのが止まる頃、ようやく何者かによる攻撃を受けたことを理解した。うつ伏せの態勢から顔を上げると元凶となる者の姿が視界に映し出される。
「お前、アキヅキ……なのか?」
テツヒコの前に立つのは銀色の長い髪をなびかせた少しばかり年上に見える青年。頷き返す仕草だけで肯定の意を示すを目の当たりにしたテツヒコは己の判断に誤りがなかったことを確信した。
「魔族とはいえ女の姿なのに……顔を蹴るなんてよぉ。アキヅキ、お前は鬼か?」
「ん?何を言っている?イフリルはリナの命を奪おうとした。顔を蹴られた位でその罪は消えない。もし、リナの(白い)肌に傷がついていたら……、(綺麗な)髪の毛一本でも切っていたなら……」
「……ら?」
見てはいけないもの。怖いものであったとしても時に人は見たくなる。テツヒコの脳裏で繰り広げられたシーソーゲームに勝利した好奇心が質問の言の葉へと変わる。背筋に冷たい汗を走らせつつも恐る恐る喉から声を絞り出した。
「ただ、命を刈り取るだけでは足りない。虫の息になるまで斬り刻んだら回復魔法をかけて、再び斬る。何度も何度も繰り返すだけ……精神が朽ち果ててもね」
(怖ぇぇぇえよ!)
テツヒコに戦慄が走る。それはある種の楔となって心の奥に打ち込まれた。
——アキヅキを敵に回してはいけない——
——アキヅキ妹には手を出してはいけない——
この男の最優先事項はその妹のリナ。もし、彼女の生命が害することになろうことなら、その元凶を完全消滅させるまで止まることはないだろう。全てを排除した後、妹のいない世界に価値など見いだせず、己を含め何もかもをも破滅させてしまいかねない。
キョウマの心にある歪な真っ直ぐさと危うさ。その一端に触れたテツヒコはキョウマに対する評価を改めた。
「さてと……」
木刀を取り出し、いつものように刀身へと闘気を流し込む。が、その刃はいつもの蒼ではなく今のキョウマの髪の色と同じ白銀へと染まる。
「全てはかけがえのないひと時のため……」
遠くから見守るリナに悪寒が走る。「絶対、えっちなこと考えてる~」と誰に聞かれるまでもなく呟きを漏らすもキョウマの耳には届かない。
「蒼葉光刃心月流、“覇”の型」
——覇王流影閃——
腰を落としてから地を蹴り、一気に駆け出すキョウマ。アクセル・ウイングなしで、それを凌ぐスピードを発揮し流星の如き銀の閃光が描かれる。光の軌跡にはキョウマの残像が幾重にも連なり、やがて一点へと収束していく。
「逃さない」
「おま……がふっ!」
自らの力で起き上がることを許さず、キョウマはイフリルを蹴り上げる。舌を噛むのを辛うじて回避するも衝撃に血を吐き出し、意志に関係なくその身を宙に委ねた。
(バカな!攻撃力を持つ残像だと!?)
キョウマの実体の後を追って背後の残像が次々とキョウマの体に、攻撃に合わせて重なっていく。キョウマが横薙ぎに払えば、実体に追いついた残像もまた払う。蹴り上げれば、同じく寸分違わず蹴り上げる。斬って、払って地へと蹴りつける。と、言ってもイフリルの体が地面に衝突することを許さず、再び蹴り上げる。生かさず殺さずの無限コンボを前にして、痛みに耐えかねたイフリルの叫びが場内に響き渡った。
蹂躙劇のように繰り出される技を前にし、流石のテツヒコも視線を逸らしてしまう。それは逃げるのをやめた観客達にとっても同様だった。
どれだけの時間、それが続いたかは誰にもわからない。一瞬のようにも遥かに長い時間に及んだかのようにも誰もが感じていた。ふと、無限に続くかと思われた攻撃にも終わりが訪れる。ボロ雑巾のようになったイフリルをキョウマが舞台に叩き付けたのだ。石板を砕き、仰向けに大の字になって縫い付けられたイフリルをキョウマは一瞥する。
「加減した。峰打ちみたいなものかな。このまま終わらせはしないよ。お前が何をしようとしたのか……。その体と心、魂の奥底に刻むまで絶対に終わらないよ」
ギリギリのところで意識を保つ……否、保つように加減されたイフリルの耳に無情なるキョウマの宣告が届いた。
お読みいただきありがとうございます。
自分に文章力がもっとあれば、と常日頃から思います。
チョイ役となるはずだったテツヒコが恰好よくなってきました。自分でも少し驚きです。
それでは次話もお楽しみいただければ幸いです。




