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第41話 魂の叫び~「おっしゃぁあああああああああああっ!!」

 前回の投稿から随分と時間が空いてしまいました。面目次第もありません。その分、今回はいつもより文字数が倍近くとなっています。(いつも短いですけど)

 それではお楽しみください。

 振り上げられた大鎌。死へと誘う刃が少女めがけて迫りくる。標的はリナ。キョウマとテツヒコの決着直後の隙を狙った襲撃。命の刈り取りを確信した赤髪の女——イフリルは口端を吊り上げた。


(お前の命、もらったよ。フフフ)


「スミスさん!」


 正気の色を完全に取り戻したリナの叫びが響く。その声からはそれまでの騒ぎ(腹黒モード)がまるで嘘のよう。最初、スミスには何が起こったのかが分からなかった。体に衝撃を受けて宙に投げ出された瞬間、己に向かって腕を突きのばしたリナが視界に映る。その刹那の間、スミスは自分が救われたことを理解した。


己が立っていた場所に払われる凶刃。

身を挺して救ってくれた一人の少女の優しい微笑み。

 

 自らの身に起きた出来事を悟るには十分であった。


「!!!」


 声にならぬ声をスミスは上げる。繰り広げられるだろう惨状に耐えられず瞼が閉じられるのは必然と言えよう。瞑られた眼の奥に浮かぶは少女(リナ)の命が潰える未来(ヴィジョン)


 だが……


 スミスには心当たりがあった。そんな不幸を余裕で跳ね飛ばす存在——危機的状況から自分達家族を救い出してくれた一人の少年……。


——ガキン!!——


 閉ざされた視界の向こうで金属のぶつかりあう音がスミスの耳に届く。同時に肌に感じる風の胎動。それだけでスミスは己の願望が叶えられたことを確信した。少しずつ開かれる瞼の向こう側から差し込む光。スミスにとって絶望が振り払われる輝きに思えてならなかった。



「ちぃっ、あの女!どこに隠した!」

「教えてやる義理は……ない!」


 赤髪の女の大鎌を木刀一本で耐え凌ぐ。僕達二人の素性とスキルを知らない者にとって目の前で起きた出来事は解明不能な手品に見えたことだろう。

口にしてしまえばタネは簡単。【指輪待機】を発動させてリナの姿を隠すと同時に、保険として瞬時に僕が駆けつけただけのこと。元々、アクセル(加速)ウイング()のスピードで目的を果たすつもりが、僕のスキル【ヒーロー見参!】の発動により、転移して割り込むことができたのは嬉しい誤算だった。

 光となって掻き消えていくリナを目の当たりにし、虚しく空を切ることになったはずの凶刃が不意に現れた僕によって阻まれる。周囲の目にはそう映ったはず。目の前のコイツにも含めて、だ。


 木刀の柄に両の手を添え、全力を出しての鍔迫り合い。華奢な外見を裏切る相手の腕力に僕は少しずつ押されていた。鋼鉄の勇者(テツヒコ)との戦いより間を置かずの連戦ということもあるが単純にステータスで負けているのだろう。ギリギリと押し込まれる中、無理に膠着状態を維持する腕に震えが生じる。武器越しに伝わる力の差。このまま(・・・・)では分が悪すぎる。


「ふん、すぐに話したくなるさねぇっ!」

「誰が!!」


 腕にのしかかる力に抗うべく、すかさず僕は背に魔法の翼——アクセル・ウイングを展開させる。光の粒子を舞い散らせ、羽ばたく大いなる翼。突如、現れた魔法の翼に赤髪()の目が見開かれた。獲得した突進力に物言わせ、巻き返すと同時に気になっていた疑問をぶつける。


「何故、妹を先に狙った!?狙うなら僕の方だろ!」

「当然、お前も潰すつもりだったさ。だがねぇ……あの女がいるなら話は別さ。あいつがこの世にいる限り、待っているのは破滅のみ……、どの世界でもねぇっ!!」

「どういう意味だ!?」

「知らない、っていうのはある意味幸せだねぇ」

 

 赤髪が僕の背の翼を一瞥する。


「ふん、その翼……、フフ、成程ねぇ。さしずめお前はイミテーション(まがいもの)、ってところかねぇ」

「さっきから何を言っている!?」

「アーハッハッハ!ホント、な~んにも知らないんだ!所詮、お前は最後まで舞台に上がることは許されぬ身……。いいさねぇっ!ここで消えな!!」

「あまり、僕を……、舐めるなっ!!」


 僕の意志に呼応して背中の翼から光の粒子が溢れだす。みなぎる力に任せて一気に大鎌ごと赤髪を押し返した。急激に上昇した僕の膂力に対応しきれず後ろへ跳ぶ格好となる。忌々し気に睨む視線に目もくれず僕は踏み込み渾身の一太刀を振るう。


「そうやってムキになるところを見ると少しは心当たりがある、ってところかねぇ」


 蒼の刀身は難なく大鎌に阻まれて再度の鍔迫り合いとなる。


——イミテーション(まがいもの)——


 僕の背の翼を指して言っていることから察するに、赤髪が言いたいことは僕が“翼の勇者”ではない、ということだろう。全く迷惑な話だ。僕は自分が勇者だなんて一言も言っていないのに勝手に話を進めた挙句の偽物扱い……。正直、溜息しか出ない。それとも他に何か別の意味があるのか?

 いや、今はよそう。生憎、勇者(そんなもの)なんかに興味はない。それよりも僕は……。


「お前は一つ、勘違いをしている。偽物扱いされたくらい、どうということはない」

「ふん、何を……」

「お前は僕の一番大切な人を傷つけようとした。かけがえのないものを奪おうとするお前の振る舞い。僕は!それが何より許せない!!」

『兄さん……』


 それまで口を閉ざしていたリナの意識が首から下げた指輪を通して僕に流れ込む。僕は心中で『大丈夫だから待っていて』と告げると指輪は淡く明滅して応えた。


「うぉおおおおおおおっ!」


 背の翼から淡い碧の粒子が溢れる。蒼き輝きを増した刀身を力の限り振り払い大鎌ごと吹き飛ばす。


「ちいっ!」


 態勢を崩した赤髪の舌打ちが耳に届く。まだ全力を出してはいない(・・・・・・・・・・)とはいえ、見下していた相手に後れを取ったことによるものだろう。まあ、せいぜい上から目線で見ているといい。その隙を逃す僕じゃない!!


——蒼葉光刃心月流そうはこうじんしんげつりゅう蒼刃乱舞(そうじんらんぶ)——


「なっ、そんなもの!!」


 蒼の斬撃が降り注ぐ中、大鎌ごと腕を前に突き出して対物理の魔力障壁を展開する赤髪。


(だから、どうした?そんな壁ごと斬り刻むのみ!!)


 僕は躊躇うことなく技を撃ち放つ。蒼き閃光が幾重にも重なり、赤髪の姿を埋め尽くした。障壁で防ごうが、回避を試みようが、構うことなく剣を振るう。


(何をしようが、ただひたすら斬る……、それだけだ!)


 無数に放った斬撃の内、いくつかは阻まれた。それでも、刀身から伝わるはダメージを与えた確かな手応え。最後に一閃、水平に剣を払う。技を撃ち終え、視界の隅に膝をつき息を切らす赤髪が映った。


「ほんと、頑丈(タフ)だな」

「……ふん、この程度……。それより、その蒼の剣……。そんな上等な武器、一体どこで手に入れたんだい、えぇっ?」

「教えてやるとでも?」

「話したくなるようになるさねぇ」


 木刀を払い、切っ先を赤髪に向ける。木刀の柄に刻まれた文字を僕は一瞥する。


——効能たっぷり、〇△温泉——


(タネも仕掛けもない。温泉宿の土産コーナーで売っているただの木刀なんだけどな……)


「聞いても意味がない、と思うけどな」

「それはこっちが決めることさねぇ」


 どちらも動かずの睨み合いへともつれ込む。不意に訪れた静寂に周囲の時間はようやく僕達に追いついた。観客席からは何事か、と戸惑いの声が漏れ始めている。


(あね)さん!どうしてだ。どうして、こんなこと……」


 繰り広げられた光景が信じられない。否、信じたくない、とでも言いたげなテツヒコの叫びが響く。赤髪は口の端を吊り上げ、あっさりとその願望を打ち砕いた。


「こいつらの次はお前の番さねぇ。逃さないよ、鋼鉄の勇者(アイアンブレイバー)

「そんな……嘘だと言って……」

「どこまでもおめでたいねぇ。お前の多彩な魔法とスキルは厄介だからねぇ。消耗してくれて好都合さ。黙ってその首、刈られるのを大人しく待ってな!」


 言葉を遮られ、突き放されたテツヒコは精神的な衝撃から膝をつく。その様に赤髪は上機嫌を浮かべた。


「何がそんなに可笑しい?」

「あん?」


 一方の僕は心底、不愉快になっていた。別にテツヒコの肩を持つつもりはないが、赤髪の態度が気に入らない。それからリナ、『兄さん、素直じゃない』とか茶々を入れない!


「気に入らない。人の心を弄び、笑いの種とするお前のやり方……。僕は許さない!」

「フッ、ハハハハハ!青いねぇ……。なら、こういうのはどうかねぇ?」


 腕を横に伸ばす赤髪。開かれた手の平に魔力が収束する。


「まさか……、やめろ!!」

「もう、遅い」

 こういう嫌な予感に限って的中するものだ。舌打ちと同時に全力で地を駆けるも詠唱中断には間に合わない。赤髪は狙いを観客席に定めて、舌なめずりをすると何のためらいもなしに闇の炎を解き放った。


「アーハッハッハ!ダーク・インフェルノ!」

 

 片手の手の平から直径五メートルはくだらない闇色の球体が現れる。漆黒の炎を揺らめかせ全てを飲み込み、焼き尽くす禍々しいまでの理不尽な力の象徴。異世界(オキエス)に来て最初に戦った魔族、タスンも使おうとしていた魔法。あの時は阻止することに成功したが発動されていれば、こういうことになっていたのか。


(くっ、間に合わない!)

『兄さん!!』

 

 詠唱を阻止することが出来なかった僕は、方向を観客席に切り替えて駆け出すが、アクセル・ウイングの機動性をもってしても間に合わない。リナの悲痛な叫びが僕の心に木霊する。

 間に合えとばかりに伸ばす腕の遠く先、迫りくる炎を前にして悲鳴を上げ逃げまどう人々が僕の目に映る。もう、駄目だと脳裏をよぎった瞬間、絶望を吹き飛ばしたのは、あの男(・・・)だった。


完全自動防御壁パーフェクト・オート・プロテクション!!」

「「!!!」」


 赤髪と僕の目が見開く。突如として観客席前に現れる魔法障壁。神々しいまでに輝く光の壁が闇の炎を難なく防ぐと、人々からは安堵の溜息と歓声が上がる。


「俺様を忘れてもらっては困るぜ、アキヅキ!」


 親指を立てサムズアップするテツヒコ。白い歯を輝かせドヤ顔を決めている。その様子からは赤髪に裏切られたことから、すっかりと切り替えて立ち直ったことが伺える。流石は勇者とでも言うべきだろうか。僕も、ほっと胸をなで下ろす。それからリナ、『キモッ……』とか呟かないこと!兄さんには聞こえているよ。


「ちぃっ、やってくれたよ!鋼鉄の勇者(アイアンブレイバー)!!」


 苛立たし気に睨む赤髪に不敵に笑い返すテツヒコ。額に走る汗から、その笑みが強がりであることが伺えた。赤髪もそれに気付いたのだろう。舌なめずりをして、不気味に微笑み返す。


「どうやら遊びはここまでのようだねぇ。本気を出させてもらうよ!!」


 それはほんの一瞬の出来事だった。赤髪から負の魔力が溢れだす。いよいよ、本性を現すだろうことは理解するのに難くはない。懐に飛び込み、中断させてやりたいところだが、その不気味な波動に踏み込みを躊躇ってしまう。それが、いかなる結果に繋がるのかは今の僕にはわからない。が、現時点の状況がこちらに好転するものではないことは確かだ。


 吹き荒れる闇の波動が静まっていく。現れたのは黒の戦闘衣を纏い背には蝙蝠の翼、そして鋭く長く伸びた爪、その赤髪は更に紅蓮の如く燃え盛る炎の色を宿した姿であった。


(あね)さん、本当に魔族だったのか……」

「ああ、そうさ。私はイフリル、四魔将が一人、イフリル様さねぇ」

「いいのか?御大層に名乗りを上げてしまっても」


 予想はつくがこれは確認。はっきりとイフリルの口から聞く必要がある。


「別に構わないよ。ここにいるみ~んな、仲良く地獄に送ってやるからねぇ……」

「まっ、そんなとこだろうな」


 木刀を構え直す僕。傍からテツヒコの生唾を飲む音が聞こえた。


「フフフ、さっきのは上手く防いだようだけどねぇ。お前、限界なんだろう?」

「ぐぬぅ……」

「いつまでもつさねぇ……、と言いたいところだけど、こんなのはどうさねぇ?」


 クスクスと笑みを浮かべるとイフリルは左右の腕(・・・・)を水平に伸ばした。


「嘘……、だよ……な」


 テツヒコの口から零れる本音。これには僕も同感だ。想像通りのことをされては非常に不味い。


「させるか!」

「遅いよ、ツイン・ダーク・インフェルノ!!」


 左と右、同時に発射される闇の炎。会場内が阿鼻叫喚に包まれる中、僕とテツヒコは言葉を交わすことなく二手へと分かれる。


「こっちは俺様に任せろ、アキヅキ!あとで事情は聞かせてもらうからな!」

「お互い無事ならな」


 星竜闘衣(せいりゅうとうい)を纏っている時間はない。何よりこのまま、アクセル・ウイングを全開にして突っ込んだ方が速い。


 今度は間に合った。目の前に迫り来る炎を一瞥し、僕は溜息をつく。


「こういうことはガラじゃないんだけどな」


 木刀を握り直し闘気をその刀身に注ぎ込む。


(これではまだ、足りない)


 大きく息を吐き出してはまた、吸い込む。イメージするのは先のオーク戦で発動させた技。翼に意識を集中させて、その力を感じる。神経を張り巡らせて溢れ出す粒子の一つ一つに意識を集中させる。


(そうだ、この感じだ)


 一回りも二回りも大きくなる翼。溢れ出す粒子が螺旋を描いて木刀へと吸い込まれる。蒼の刀身は黄金の力を漲らせた。


「はぁああああああああああっ……、っらぁあっ!」

『あれ?』


 リナにとって最後の方はよくわからない掛け声に聞こえたのだろう。素っ頓狂な声をあとにして、僕は黄金の刃を縦一文字に振り下ろす。闇の炎をいとも容易く両断し二つに分かれた残り火は静かに霧散した。


『兄さん、どうして?』

『ん?』


 指輪越しにリナが小首をかしげたのは、僕の掛け声のためではないらしい。


『今の技、珍しく名前をつけていない……』


 ああ、そういうことか!


「ただ、魔法を斬るだけのことに名前をつけても仕方ないだろ?」


 それにオーク戦の時と違って出力は必要最低限。斬撃のエネルギーが竜の姿にもなっていないしな。


『あっ、ソユコト……』


 呆れるリナの呟きが漏れた。


「そんなことより、リナ!あれを」

『あれじゃ!!』


 僕は視線をテツヒコの方へと促した。先ほどは見事に防いだものの今の二発目は防ぎあぐねている。魔法と魔法の衝突、霧散することなく今は拮抗しているがテツヒコの方が押されている。その背には当然、逃げ遅れている観客達がまだ多くいる。


 今から動いて間に合うのか?

 

 不安を覚える中、イフリルと目が合う。ニタリと笑い、これから起こる惨劇に喜々としているように見えた。


(くっ、どこまでも……)

『兄さん!』

「これは!?」


 リナが僕の変化に気が付いた。前髪の一部がピンと張りクイクイと前方を指し示す。


(【ヒーロー見参!】のスキルが発動している!?これなら)



 僕は自らを信じて駆け出した。



「ぬぐぅぉおおおおおおおおおおおおおっ!」


全身に力を込め必死に抵抗を続けるテツヒコ。体力、魔力ともに限界は当の昔に迎えている。今、支えているのは勇者として、一人の男としての矜持。


(俺はアキヅキに“任せろ”と言ったんだ!!)


「ちっ、ちきしょぉぉおおおおおお!!」


 支えきれずジリジリと後ろへと押し込まれるテツヒコ。その背にはキョウマとの戦闘中、熱心に応援してくれた少年の姿がある。勇者に憧れ、勇者を信じる純粋な瞳。涙で目元を濡らしながらも、その視線はテツヒコを真っ直ぐに見つめている。


「負けられないんだぁぁあああああっ!」

「勇者の底力、大したものだな」


 テツヒコが膝をつきかけたところで、隣にキョウマが駆け付け持ち直す。

 キョウマが瞬時に駆け付けたカラクリ、それは……。


~~~~~~~~~~~~

・ヒーロー見参!

可愛い女の子(・・・・・・)、ついでに子供のピンチに駆け付ける。好感度の高い女の子(・・・)の場合、転移して駆けつけることが可能。

パーティー内の最も好感度の高い女の子(・・・)がピンチの場合、MP消費なしで【変身系スキル】の発動が可能となる。


~~~~~~~~~~~~


 テツヒコの背に隠れた一人の少年。キョウマの【ヒーロー見参!】のスキル、“ついでに子供のピンチに駆け付ける”の発動によるもの。


 バツの悪いキョウマは“ついで”と言えるわけもなく、しれっと真顔でテツヒコの隣へと並び立ったのだ。真剣なキョウマの眼差しの元、前に突き出された木刀の輝きが、まるで希望の光のようにテツヒコ達の目に映る。そのことが一層、キョウマに居心地の悪さを与えたのはここだけの話。


「アキヅキ、遅ぇぞ!」

「……任せろ、と言ったのはそっちだろ」

「うるせぇよ!それよりいくぞ!」

「言われなくとも」


 キョウマの剣とテツヒコの盾が合わさり、一気に押し返す。闇の炎は二つの光によって刻まれ消失していった。


「やったな、アキヅキ!」

「いや……」


 勝利の笑みを浮かべるテツヒコとは対照的にキョウマ表情は固い。それもそのはず、(イフリル)は未だ健在だからだ。


「よく防いだ、と褒めてやりたいところだけど……。まだまだ、甘いねぇ」


 それまで舞台の傍に立ち尽くしていたイフリルが、すぐ傍に迫っていた。蝙蝠の如き翼を広げ、宙で佇んでいる。


「二発で終わりだなんて、誰が言ったさねぇ?」


 イフリルの腕がキョウマとテツヒコの前に掲げられる。詠唱も終了し、魔法は発動寸前のところまで来ている。


——逃げられない——


 覚悟を決めたキョウマが前へと出る。指輪越しにリナの叫びが届くが考えるよりも前にキョウマは動いていた。


(“ついで”なんて悪かったな)



 テツヒコの背後で震える少年に一瞬、目をやりイフリルへと向き直る。


「終わりだよ!ダーク・インフェルノ!!」

「ストーム・ウイング!全開(フルパワー)!!」


 膨大なエネルギーの衝突にキョウマとイフリル、両者の体が吹き飛ばされた。翼の安定性を欠いたイフリルは螺旋を描いて舞台場へと叩き付けられる。一方のキョウマはテツヒコが受け止め、壁との激突だけは辛うじて回避していた。


(アキヅキの奴、爆発の瞬間、風を上向きにずらして直撃を避け……。いや、俺達みんなを守ったのか?)


 キョウマの目は閉じられたまま開く気配はない。木刀を握りしめて放さぬ様子から闘志だけは消えていないことが見て取れる。


「おい、アキヅキ!しっかりしろ!」

「兄さん!」


 【指輪待機】を解除したリナがキョウマをテツヒコから奪う様に抱き寄せる。手の平を頬に添え、回復魔法(ヒール)をすかさず施した。


「アキヅキ妹!一体、どこから現れた。どうなっていやがる!?」

「少し黙って!」

「おっ、おう(やっぱり、おっかねぇぜ)」


 キッ、と睨むリナにテツヒコは口をつぐんだ。「兄さん!兄さん!」と介抱する仕草と比べると、まるで正反対。少しばかりキョウマのことが羨ましくなる気持ちを押さえて、口を開いた。


「何か回復道具は持っていないのか?冒険者をやっていれば少しはあるだろ?生憎、俺は使い切っちまった」


 首を横に振りリナは手持ちがないことを示す。テツヒコは舌打ちして舞台へと視線を移した。よろよろと起き上がり頭を振っているのが分かる。


(あね)さん……いや、魔族がすぐに来るぞ」


 イフリルの一番の標的はリナ。無言のまま、テツヒコは視線だけで語る。


「兄さんは……、絶対に目を覚まします。そういう人なんです。それにいざとなったら、わたしだって戦います」

「そうかよ」


 気だるそうに頭をボリボリと掻いてテツヒコは一歩前へと進む。


「正直、あんまりもたねぇ。後、一、二回が限界だ」

「えっ」

「俺様が時間を稼ぐ、って言ってんだ。その間に王子様の目を覚ましてやれ。そういうのはお姫様の仕事だろ?」

「えっと、その……。う~っ」


 “王子様”、そして“お姫様”に反応してリナの顔はみるみるうちに赤く染まる。してやったり、とテツヒコは会心の笑みを浮かべた。


「何それ、それでカッコつけたつもり?だからモテないのよ」

「うぐっ」


 またしても“引き分け”に終わるテツヒコ。その表情には諦めの色が浮かぶ。リナとはどうしても相性が悪いらしい。


「うるせぇよ。それより、早くしてくれよ!」


 捨て台詞に気味に言葉を残して、テツヒコは舞台へと降り立った。リナは「ありがとう」と聞こえないように、そっと呟いてテツヒコを見送った。今、この場にはキョウマとリナの二人だけが残されている。

 周囲の人は、と言うと少しでもこの場を離れようと避難を始め出したのだ。イフリルが密かに仕込んだ結界により外に出ることが敵わぬとも知らずに……。

 もっとも、二人だけの世界に突入したリナとキョウマにとって、それはどうでもいいことなのかもしれない。


「兄さん……」


 キョウマの頭を膝に置き、そっと前髪を撫でる。いわゆる膝枕。


「早く起きないと“膝枕”やめちゃうよ?」


——それは困る——


 起きても膝枕が終了することを指摘するツッコミ役はどこにもいない。


「ねぇ、兄さん!早く起きたら今晩のご飯、いつもより頑張っちゃうよ」


——それは魅力的な提案だな。リナの手料理、本当に美味しいから——


「買い物にも行こうよ。この前、買った兄さんの服、破けちゃったから」


——リナの服も買いたいな。可愛いのがいい——


「ねぇ……、だから起きてよぉっ。目を開けてよ、兄さん!」


 リナの瞳から熱を帯びた滴が零れ落ちる。キョウマの頬に一つ、二つと次々に降り注いだ。


——分かっている。今、起きる。だから、泣くなって……——


 キョウマの指先が微かに動く。徐々に意識が覚醒しつつあるが嗚咽の声を上げるリナはそのことに気付かない。ゴシゴシと目元をこすり笑顔を作る。キョウマが「いい」と言ってくれる笑みを浮かべられるように気を強く持つ。


「そうだ、お背中!早く目を覚まして、あの魔族をやっつけたらお風呂でお背中流してあげる!」


——~~~~~~っ!!——


 ガバッ、と効果音のつきそうな勢いで突然キョウマは起き上がる。お約束の額をぶつけることがなかったのは奇跡かもしれない。


「兄さん、目が覚めたの?」


 喜びの声を上げ、リナはキョウマの顔を覗き込む。その目はどこか虚ろで焦点が定まっていないようにも見えた。それに先程から何か呟いているようで、不安の色が再びリナの心を占め始める。


「……ん……く……」

「兄さん、どうしたの?」

「……よ……」

「えっ、今なんて」

「こん……よく」

「ふへ?」


 キョウマの口にしている単語を聞き取ったリナは間抜けな声を上げてしまう。その言葉が聞き間違いであることを微かに願うが、あっさりと裏切られた。


「こん、よく」

「いや兄さん、わたしはそんなこと……」

「コン・ヨク」

「だからね、お背中を流すだけで一緒に入るなんて……」

「おせなか……、リナ一緒……こん、よく!」

(どうして、片言!!)


 キョウマの中で“お背中を流す” (プラス)リナ(イコール)“混浴”の方程式が密かに出来上がってしまっていた。そんな方程式、書かれている本があれば燃やし尽くしてやりたい、とリナは考えてしまう。


「こんよく、コンヨク、混浴、こんヨク、コンよく……」

「いやぁ~っ!正気に戻ってよぉ」


——こ・ん・よ・く——


「おっしゃぁあああああああああああああああああああああああっ!!!」


 立ち上がり拳を高く突き上げるキョウマ。魂の叫びは竜の如き咆哮のよう。白銀のオーラが全身から溢れだし竜の姿を形作ると天へと昇った。キョウマの完全復活である。


「兄さんのバカァ~」


 キョウマが目を覚ましたというのに腑に落ちず、うな垂れるリナであった。


お読みいただきありがとうございます。

 

「こ・ん・よ・く」このネタは作品を考えた初期の頃から温めていたネタです。シリアス?なところからの展開に良し悪しの意見が分かれるかもしれませんが、お楽しみいただけたなら嬉しい限りです。

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