第39話 決着~試合と勝負、勝つならどっちがいいですか?
ようやく更新できました。
更新頻度が激減し申し訳ない限りです。
誰もが勝利を確信してやまなかった勇者が、無名の剣士に後れを取る。しかも相手は見るからに駆け出し——冒険者未満の装備の少年。前評判では妹にメイド服を着せて連れ回す“変態”呼ばわれすらされていた。極々、一部を除いて予想だにしない展開に会場は異様な空気に包まれる。
——鋼鉄の勇者、テツヒコの敗北——
それが人々に与える影響は大きい。言動にやや問題があるものの、テツヒコは召喚された勇者の中では最強格。エスリアース中の希望を一身に集めていた。彼が敗れるということは人族の敗北に等しい。それだけの影響力を有していた。
勇者テツヒコは人族最強ではなかったのか!?
あのような者に敗れるようでは魔物にいつの日か敗北してしまうのではないか?
勇者の敗北は人のそれに等しい。人族はやがて滅ぼされてしまうのではないか?
恐れや不安、閉ざされかねぬ明日への希望……。場内全ての観客の視線は仰向けのまま未だ舞台に沈む勇者テツヒコへと注がれる。舞い上がる土煙によって、その姿を伺うことは敵わぬが起き上がる気配はどこにもない。
「嘘だよなぁ……。エスリアース最強の勇者が負けるなんてよぉ……」
観客の誰かが言った。
「おい、何を言っているんだ、お前!俺達の勇者が負けるわけないだろ!」
別の誰かが口にする。
「そうだよ。勇者様が負けるわけないやい!絶対、ぜぇぇぇったい、勝つに決まってるんだい!」
小さな男の子が不安がる大人達に食ってかかかる。口元を引き結び瞳を潤ませ、握った拳は微かに震えている。その身の倍以上はある身長の者達に向かって見上げる顔はとても勇ましい。キッ、と人睨みすると舞台へと向き直り、口元に手を丸く押し当て力の限り叫んだ。
「勇者様ぁぁぁぁぁっ!負けちゃダメェェェェッ!」
その声を皮切りに場内の雰囲気は一転する。
負けるなテツヒコ!
立つんだテツヒコ!
勇者は君だ!
テツヒコを応援する人々の叫びが飛び交い会場は熱気で包まれた。
(うぐっ、何↑茶番……。僕、完全に悪者じゃないか)
手にした木刀を手放さずキョウマは地に伏すテツヒコを見据える。動く気配もないが勝利の手応えもまた、ない。研ぎ澄まされた直感は戦いがまだ終わらぬことを告げている。気を抜くことなど許さぬ状況下。その背に突き刺さるテツヒコ一色に染められた声援には流石のキョウマも辟易した。
「頼むぜぇっ、勇者!妹にメイド服着させて悦に浸るような変態ヤロー……、あんな奴なんかに負けるんじゃねぇ!」
「勇者様!お願いだぁっ!立てぇっ!立ってくれぇっ!」
「勇者様ぁっ!頑張ってぇぇぇぇぇェッ!」
「そんな変態、のしちまえぇっ!」
野次と共に飛んでくる空き缶を木刀で払い、時には避けつつキョウマは浅い思考の海へと逃避を試みる。
(オキエスにも缶ジュース、ってあるんだ。……は置いといて)
——完全自動防御壁——
使い手のおよそ半径一メートルに物理、魔法、あらゆる攻撃を防ぐ障壁を自動発動で発生させるスキル。発生する都度、術者の魔力を消費する。
術者を傷つけようとするものを感知し即座に対処する。索敵範囲は障壁展開範囲とほぼ同じ半径一メートル。
(一見、隙の無いように見えて、穴はいくらでもあるんだよな)
一つは攻撃を感知し障壁を張るまでのタイムラグ。と、いってもその差はごくごく僅か。生半可なスピードでは突破は不可能。キョウマの場合、アクセル・ウイングの使用により抜くことが可能となる。もっとも剣での決着にこだわった故、キョウマの選択肢からは除外された。
二つ目。障壁が最大限の防御力を発揮するのに対処可能な属性の種類は一つに限られること。一点に複数の属性からなる攻撃を受けた場合、強度は著しく低下する。星竜闘衣なしのキョウマでは行使可能な属性が風のみに限られる。よって、こちらの手も使えない。
三つ目。殺傷力のないものに対して、スキルの自動発動が無効となること。これは、仲間からの回復行動までをも阻害してしまわないための措置となる。従って、スキルの発動要件を満たさぬ行為に対しては自動発動に頼らずに術者が任意で発動させる必要がある。キョウマは今回、この隙をついた。無論、そんな芸当ができるののもキョウマの技とスピードがあってこそ。
——蒼葉光刃心月流、葉撫——
全身から力を抜き、相手の攻撃に逆らわず全てを受け流し捌いていく回避特化の技。余分な力の一切を省いたこの技に攻撃力は皆無と言っても過言ではない。
キョウマがこの技を使用した狙いは攻撃を回避するためのみにあらず。最大の理由は完全自動防御壁を抜くことにあった。緩急自在の動きから撫でるように滑らせるキョウマの剣は障壁発動の感知網を見事、かいくぐったのであった。
(さてと、そろそろかな……)
目を瞑り、観客の野次を意識から遮断する。辺りに気を張り巡らせて伝わる気配に予想通りの殺気と直感通りの変化、大きく二つを察知した。最初に動きを見せたのは後者の方。
「正直、そのまま寝ていて欲しかったけど……。そう、上手くはいかないか」
テツヒコの指先がピクリと動くのをキョウマが見逃すはずもない。完全アウェーの場内に未だ仰向けに伏す対戦相手に敗北を判定する者はどこにもいない。溜息を一つつくと、振りかざした木刀の切っ先をテツヒコに向け静かに口を開く。
「もう、起きているのだろう?いつまでそうしているつもりだ?」
「ふっははははは!お前にはお見通しか。アキヅキ」
閉じられた目を見開くと地に手をつき起き上がる。首の辺りをコキコキと鳴らし両の腕を交互に回した。
——ワァァァァァァァァァァッ!!!——
ダメージを全く感じさせない勇者の健在ぶりに会場は大いに盛り上がる。湧き上がる歓声にテツヒコは両手を上げて応えると、更なる喝采が巻き起こった。
「大した人気だな」
「ふん、羨ましいのか?」
「いや、そんなことはない。そういうのは遠慮したい」
「ほう?」
目を細め小さな笑みを浮かべるテツヒコを無視して、キョウマは木刀を構え直す。
「ここまでダメージがないとは恐れ入る。それも装備のおかげか?」
キョウマの視線の先、テツヒコの鎧に嵌められた宝玉が淡く明滅を繰り返していた。装備に備えられた何らかの機能がテツヒコの窮地を救ったのだろう、と胸中で納得をする。
「さあな?だが、最初に言ったはずだ?“装備を揃えるのも実力の内”となあ?」
「別に文句はない、ただの確認だ。それじゃ、そろそろ続きを始めようか」
「その必要はない」
「?」
首を横にふり試合続行の意を否定するとテツヒコは愛用の槍をその背に担いだ。戦闘を投げ出すテツヒコの行動にキョウマのみならず観客も疑問を浮かべ、会場内にどよめきが走る。
「どういうつもりだ?」
「もう、俺達が戦う意味はない。なあに、すぐにわかる」
舞台を降りると、テツヒコは冒険者組合職員が座する場所まで歩み寄る。一人のスタッフからマイクを受け取ると、再び舞台の上へと駆け上った。その瞬間、嫌な予感に駆られたキョウマの背筋に冷たい汗が流れた。一変する空気に結末が見えてきたリナ。
「兄さん、試合に勝って勝負に負けるかも……。う~ん、寧ろ逆かなあ?」
「どういう意味です?」
「いえ、わたしも何となく言っただけですので」
「そうでしたか」
リナとスミスは決着の行方のカギたるテツヒコとキョウマを見つめる。丁度その頃、舞い戻ったテツヒコが大きく息を吸いマイクを口元に構える姿が目に映った。
「みんなぁっ!よく聞いてくれぇっ!」
キョウマを横目で一度見たテツヒコはニヤリと口の端を微かに吊り上げる。マイクを持つ手とは反対の腕をキョウマに差し向けた。狙いすましたかのように突如、スポットライトがキョウマを照らしだす。
「俺が戦ったこの男、アキヅキは俺と故郷を同じくする者……。戦ってよくわかった。偽物なんかではない。紛れもなく俺のよく知る男だ」
「一体、何を……」
「まあ、この俺に任せとけって!」
ドヤ顔でウインクするテツヒコに思わずキョウマは「うげぇ~」と漏らす。遠巻きに見ていたリナも「きもっ……」と小さく呟いた。
仕切り直しとばかりに咳払いをしてテツヒコのマイクパフォーマンスは続く。場内は静まり返り、勇者の次なる言葉を待ちわびた。
「みなも今、見てくれた通りこの男はエスリアース最強の勇者と謳われたこの俺と戦えるだけの力を持っている。この意味がわかるな?」
(何だろう?凄く嫌な予感がする)
力強く演説するテツヒコの傍でキョウマの頬は引きつる一方。
(テツヒコを今すぐ、ぶっ飛ばした方がいい気がするけど……)
場の空気を読んだキョウマは自重することに決めた。考えたことを行動に起こせば事態が余計にややこしくなる予感もある。そんなことになってしまえば恐らく、一番の目的が果たせなくなる。それでは意味がない。キョウマは大人しく事の成り行きを見守ることにした。胸中、「なるようになれ!」と半ばやけ気味になっているのはここだけの話。
「この俺に勝るとも劣らない力を持った男が現れたんだ……。喜べ!みんなぁっ!俺達、人族の勝利がこれでまた一歩近づいたぞ!魔物なんかに負けることはない!!括目せよ、新たな勇者の誕生だ!!!」
——オォォォォォォォォォォッ!——
“新たな勇者”の宣言に興奮の渦が巻き起こる。会場内の興奮が盛り上がるにつれ、キョウマの気分は逆に急降下していった。
「いや、僕は勇者じゃ……」
「何も言うな。俺にはわかる。“敵を欺くにはまず味方から”としたいのだろう?隠しておきたい気はわからなくもないが、見ろ!」
キョウマの肩にガシッ、と手を置き観客先へと腕を広げるテツヒコ。
「みんなの嬉しそうな姿を!皆、お前のことを知ったからこそ、だ。あの笑顔は紛れもなくお前がもたらしたものだ!」
キラン、と歯を光らせ極上のスマイルを浮かばせるテツヒコ。むさ苦しくも、正論なのでキョウマは反論できない。「あの変態が、新たな勇者……」と漏らす観客の声に額に手を当て俯いてしまう。そんなキョウマの心境を知ってか知らずか追い打ちはさらに続いた。
「“変態”か……」
マイクを持ち直し、観客の声にテツヒコが答える。
「ちょっ、今度は何……」
静止の言葉も一足遅く賽は投げられることになる。
「確かにこいつは変態かもしれん。女性にとっては特に不安だろう……、だが!!」
マイクを力強く握る手が微かに震える。力強い声音とともにキョウマとリナにとってダメ押しの言葉が放たれた。
「安心してくれぇっ!こいつの変態は“妹”限定だ!!そして!!!」
騒めく観客、テツヒコの口撃は止むことを知らない。
「妹の方も、それを喜々として受け入れる兄に劣らずの変態だ!!」
——オォォォォォォォォォォッ!——
「変態……いや、シスコン勇者か!」
「なら、妹はブラコンか?」
「まっ、どちらにしろ性格はなんであれ、魔物を倒してくれる強い勇者様なら歓迎だぜ!!」
キョウマを受け入れてくれる声にも関わらず、手放しで喜ぶことはできない。
「ほんと、もう好きにしてくれ」
どんな魔法の呪文よりも遥かに勝るダメージにキョウマは遂にサジを投げた。はたや、もう一人の被害者は、というと……。
「スミスさん、放してクレナイカナ?」
「いえいえ、そういう……わけには」
「ふっ、ふふふ。わたしを“変態”呼ばわりするなんて……いい度胸。あの口、二度と開けないように吹き飛ばさなきゃ……。何もかも全部、ぜ~んぶ……、ふふっ」
(怖い、怖いですよ。キョウマさん、何とかしてくださいよ!)
黒リナ様がご降臨なされていた。
“てっぽう”片手に狙いを定めるリナと体を張って止めにかかるスミスの姿がキョウマの横目に映る。
リナの予感は見事に的中し、キョウマに加えてリナまで予期せぬ敗北感をテツヒコの手……いや、口によって与えられたのであった。
お読みいただきありがとうございます。
実はテツヒコには早々に消えてもらい、更に強いイケメン勇者とキョウマを戦わせようとする展開も考えましたが止めにしました。書いているうちに、ただの噛ませ犬にするには少々、惜しくなってしまいました。
称号の【むっつり???】の「???」について、テツヒコの心境なども次話以降で描きたいところです。
次話もまたお読みいただければ幸いです。




