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第3話 再会の余韻と旅立ち前のひと時

ぐだぐだな異世界召喚……。


 一体、どれだけの時間が過ぎたのだろう。

 念願の再会の末、今も尚共に抱き合ったままでいた。

 互いに落ち着きを取り戻し、理奈がポツポツと言葉を紡ぎ始める。恭真は震える義妹の頭を撫でながら耳を傾けていた。


「飛行機がね。突然爆発して、みんなパニックになって……、そうしたら知らない人が前にいて、わたしを刺して……」

「大丈夫だ。もう、大丈夫だ。僕が傍にいるから」

「……うん」


 背をさすり安心させようとする恭真に、理奈は彼の胸元から控えめに顔をあげ上目遣いで覗き込む。その瞳はまだ濡れているも、恭真の優し気な眼差しに気付くとわずかばかりに微笑んだ。再び、恭真の胸にその身を預け心中を語りだす。


「その後、視界が赤くなったらすぐに意識が薄れて……、気付いたら暗闇の中だった。『このまま消えてしまうんだ』と思ったら、すごく悲しくなった。(だって、兄さんに会えなくなるから……)」

 最後の方はか細く聞き取ることが出来なかった。それでも震える声を耳にし、思わず恭真の抱きしめる手は強くなる。

「僕はどこにも行かない。ここにいる」

「……うん、うん!あのね、聞こえたんだ。暗闇の中、ずっと一人で泣いていたら、わたしを呼ぶ兄さんの声が!それでね、声がする方を向いたら、温かい光がわたしを包んだの。『やっぱり兄さんだ』って、すぐに分かった。助けに来てくれたんだって……」


 その後、目が覚めた時にはこの場所にいて今に至っている。「小さい時から、わたしが困っている時には必ず兄さんは駆けつけてくれた」と付け加えられ照れが半分、悔しさ半分を恭真は抱いた。前者は純粋な嬉しさで後者は守れず、一度は失ったからであることは言うまでもなかった。


(もう、絶対に失わない。必ず、守り抜く)


 新たな誓いを胸に二人だけの時間はしばらく続いた。



「あの~、いつまでそうしているつもり~?」


 永遠に続くかに見えた時間はその一言で終わりを迎える。半眼で笑みを浮かべながらも引きつる、といった器用な表情で黄金の女神は生温かい視線を僕達二人に注いだ。

 理奈の流れるような黒髪から漂う柑橘系の香りや女の子特有の柔らかさを感じるまでに余裕を取り戻していたので余計にバツが悪い。堪能すらしていたので尚更だった。そのためからか、甘いひと時が終わりを告げるとともに背筋を冷たい汗が走る。


 ギシ──


 静寂の中、不釣り合いな音を誰もが耳にした。


「えっと、理奈……さん?少し腕が痛いのですが……」


 理奈の抱きしめる腕の力が少しずつ強まっていた。未だ顔を伏せているので表情はわからない。——が背後から漂う不穏なオーラに気圧され不自然な敬語が思わず出る。全身が警鐘を鳴らし始めているにも関わらず、締め付けられる痛みとは別に押しつけれられるこの柔らかさ。“役得”を迂闊にも味わってしまったのが僕の運の尽きとでも言うのだろうか。


 ギシ!ギシシシ――


 “痛い”よりも、むしろ“怖い”。これでも数々の死闘を繰り広げてきた身。それなのに世界征服を企む秘密結社の怪物達など霞んでしまう程の“何か”を悟り「ひぃっ!」と小さな悲鳴が漏れてしまった。最愛の人に幽鬼の如きオーラが重なる。断罪の時間はすぐそこまで迫っていた。


「ところでお兄様(・・・)……。どうして、わたしはこんな格好(・・・・・)しているのカナ?」


 それは正直、僕も知りたい。理奈がここに召喚された時、確かに学園の制服姿だった。なのに今は異なる服装をしている。

 背に大きなリボンを備えた白のエプロンとヘッドドレス、さらに藍色のブラウスとスカート――いわゆるメイド服姿だった。召喚の儀の最後の部分で光に包まれた時に服装が変わったことには確かに気付いていた。が、それよりも再会できた喜びの方が圧倒的に勝っていたため、触れることは後回しになっていた。そのしわ寄せが正に今、やって来ている。恐らく女神の口にしていた「新たな使命と力」が関係しているのは想像がついた。助け船を求めて女神の方に視線を向けると、ニンマリと笑みを浮かべるだけで何もしようとする気配はない。


(ちぃっ!絶対に楽しんでいるだろ!年齢詐称の腹黒アラフォーなんちゃって女神め!)


 と、密かに舌打ちし適当な悪態をつく。女神はそんな僕の考えを見通したのか頬杖をつき口元を更に吊り上げた。笑っているのに明らかに笑っていない目をして冷たい視線を向けている。ついやってしまった、と数秒前を後悔するがすでに遅い。こうなると自分の力で何とかするしかない。


「いや、その……、似合っている。可愛いと思うぞ」

「そう、アリガト。それで、どうしてわたしはメイド服を着ているのカナ?これ、去年の学園祭で着ていた衣装だヨネ?」


 苦し紛れの言葉を懸命に絞り出すと、理奈はゆらりと静かに顔を上げ笑みを浮かべる。と、言ってもこちらもまた笑っているのに笑ってはいない。

 どもったのもそれが理由——理奈の言う通り学園祭の時、クラスでコスプレ喫茶をした際に着用していたメイド服。知っているのは理奈本人を除けば僕しかいない。実際に心当たりがある故、罪悪感がにじみ出る。

 あくまで推測だが、理奈をここに召喚する(呼ぶ)際に強く想った“初めて一人の女の子として恋している自分を自覚した日のこと”が原因として考えられる。


 あの日、周囲の連中に理奈との関係を揶揄され、「理奈はあくまで妹」だって反論した時のことだ。否定の言葉に重なって胸の奥がチクリと傷む。その時になってようやく自分の本当の気持ちを知った。気付けば僕の視線は理奈を追っていた。それが学園祭でたまたま理奈がメイド服姿だった時、というだけの話。もっとも、確信があるわけではないので口には出さない。確信があっても出せないが……。


「僕もよく、わかってはいないんだ。本当だ」

「でも、心当たりはある、と……」

(うっ、するどい)


 苦し紛れの言い訳にジト目で睨んで核心に触れる理奈。崖っぷちに追いやられる姿に見かねたのか静観していた女神がゆっくりと近づいてくる。この現象を一番理解しているであろうことは間違いない。ほっ、と安堵しかけるが、前髪で隠れて表情が見えないことに一抹の不安を覚えゴクリと生唾を飲んだ。

 女神は理奈の後ろに座り込み……。


「あら?変わったのは服だけじゃないわよ」


 こともあろうか理奈のスカートをたくし上げた。ガバッと藍色のスカートがめくれ上がった合間に、年不相応なレースの生地が僕の視界に飛び込んでくる。その光景に見とれてしまい思わず僕は――


「黒!?」


と、呟いてしまった。理奈の顔が見る見るうちに羞恥でゆでだこのように赤く染まる。女神は手元で口元を覆い涙目で必死に笑いをこらえ、面白そうに事の成り行きを見守っている。

 言い逃れなど決してできない状況で「似合っているよ」、「可愛いと思う」、「綺麗だ」と意味不明な身振り手振りを加えて力説するも火に油を注ぐだけ。いっそう、赤くなり体を震わせ涙目でキッと睨まれてしまい今度は全身に冷たい汗が走った。


「兄さんの……、兄さんの!バカーーーーーーーーーーーッ!!!」


 バチーーーーーーンッ!と僕の頬に赤い紅葉が刻まれた。「エッチ」やら「スケベ」だのを付け加えられ刑は執行されたのだった。


……


「それで……、どういうことか説明してもらえるんだろうな!」


 赤くなった頬をさすり、むすっとした表情で女神を睨んだ。悪びれた様子もなく手をヒラヒラさせて「人のことを無視して目の前でイチャイチャした罰」と口にする。理奈は両手で顔を覆い「イチャイチャ」と呟くと恥ずかしそうに小さくなってしまった。同様にバツの悪い僕としても大きな溜息とともに怒気を吐き出した。女神は理奈に自己紹介を簡単に済ませると何が起きたのかを語り始めた。


「まず、理奈ちゃんをここに呼び出した術はね……、私のいる世界の冒険者組合(ギルド)で行うパートナー召喚のスペシャル版といったところなの」


 本来、召喚の対象となるのは低級の精霊や使い魔なのだそうだが、勇者召喚の効果と女神の力技によって人の召喚をも可能にしたらしい。えっへん、とばかりに女神は胸を張るが僕と理奈にとっては今一つ理解が追い付かず頭上に大きな「?」マークを浮かべる。


冒険者組合(ギルド)?パートナー?」

「それはね……」


 話をまとめるとこうだった。


 女神のいるオキエスという世界には冒険者組合(ギルド)という組織が存在する。

 主な役目は魔物の討伐、素材の採取、未開地の探索などを生業とした冒険者の支援や仲介等。

 冒険者となる者は誰でも最初は冒険者組合(ギルド)に登録手続きを行わなければならず、登録の際に特殊な道具(アイテム)が支給される。女神が僕に渡し、今は理奈の指に嵌められている指輪もその一つ。

 ゲーム世界のような機能を実現させるこの道具(アイテム)は使いこなせれば大変優秀。が、機能の大半を活かせない冒険者が多数を占めるのが現状であった。

 そこで冒険者組合(ギルド)は精霊や低級の使い魔を呼び出し、召喚の際に指輪の機能を使いこなす(スキル)を習得させる術を編み出した。

 パートナーとしての彼らの存在は道具(アイテム)の運用のみならず戦闘支援もこなす程の優秀さ。有料ながらも大変好評なのだそうだ。余談とはなるが、召喚を行わず人工生命体(ホムンクルス)(スキル)を付与する術の開発も進んでいるらしい。

 理奈の服装の変化は(スキル)習得の際にパートナーとして転職(ジョブチェンジ)した証拠、とのことだ。


 理奈の立ち位置としては、冒険者=恭真()のナビゲーション・パートナーに該当する。勇者召喚は召喚された者に対し望むものを何か一つを与えることで召喚成立となる。召喚された者=恭真()、望むもの=理奈。理奈を僕に授ける流れで進めたとのことだ。


(ん?何か引っかかる)


 魚の骨がのどに引っかかったような違和感はすぐに解消されることになる。


「ほら……こうすると、……が表示されるでしょ……」


 女神が理奈の横に立ち指輪の使い方を説明している。理奈は咀嚼するように呟き、宙に指輪から表示された画面を操作している。気になった僕も映し出された表示を覗き込んだ。


~~~~~~~~~~


≪所持品・だいじなもの≫

【リナ・アキヅキ】

 キョウマにとって最も大切な人。勇者召喚された際、勇者としての力、(スキル)、魔法等を得る権利を放棄してまで手に入れた(・・・・・)駆け出しのサポートメイド。

 譲渡不能。バインド属性。

 仮に奪おうとするような愚か者はキョウマの逆鱗に触れ滅ぼされることになるだろう。


~~~~~~~~~~


「良かったわね!理奈ちゃん、“だいじなもの”だって!」

「「……」」

 カラカラと笑みを浮かべる女神に対し目を丸くする僕と理奈。フリーズしていることなど構わずに情け容赦なく爆弾は投下される。

「それにしても……、いたいけな少女にメイド服とイヤらしい下着を身に付けさせた挙句、自分のもの(・・)扱い。譲渡不能、バインド属性のオマケ付き……。恭真君、鬼畜~♪」


「「~~~~~~~っ!」」


 理奈は完全にオーバーヒートで俯いたまま固まってしまっている。僕は僕で「その大半を実行したのは、そっちだろ!」と反論し睨むも、「望んだのはあなたでしょ」と微笑み返されグウの音も出なくなる。

 何だか疲れてしまった。


「何かもういいや。異世界でもなんでも連れて行ってくれ」

「そ~だね……、兄さん」


 二人してやる気なさげの遠い目をして明後日の方向を見つめる。感動の再会のはずが色々と台無しになってしまったのが残念でならない。それでも僕は――僕たちはこの奇跡をもたらしてくれた黄金の女神への感謝を忘れることはないだろう。グダグダになってしまったが、僕達にとってはこれでよいのかもしれない。理奈も同じ考えのようだ。目が合い気を取り直して互いにクスリと笑みを浮かべると、二人で肩を並べて歩き出した。


 一人ならできないことでも二人なら乗り越えられる。たとえ異世界だろうと理奈と一緒ならどこまでも行ける。新たな人生の始まりを確かに感じたのだった。


 …………


「二人とも~今日はもう遅いから一晩泊まっていきなさい。私も理奈ちゃんともう少しお喋りしたいし、ね?」

「今、転移しても向こうは真夜中よ~」の声に二人で思わずこけそうになった。ぷっ、と吹き出した後、女神の元までUターンする。

 ちなみにその後、三人で鍋をつつき疲労が積み重なっていた僕は早々に眠りについた。理奈と女神は遅くまで話し込んでいたようだ。


(召喚の間で一泊する、ってどうなんだろう?)


 まどろみの中、僕はそんなことを考えていた。

 

お読みいただきありがとうございました。

シリアスもあればダダ甘なところも今後あります。


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