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第36話 エスリアースの勇者

 会話が主となる回です。バトルは次回となります。

——斬って捨てる——


 堂々と宣言するキョウマを前にして赤髪の女は視線を逸らし、うつむき加減になる。動揺しているためでは決してない。寧ろその逆……。


(恐らく、こいつだねぇ。タスンを()った奴は!)


 その(まなこ)は怒りに血走り、ギシリと引き結んだ口元からは血が垂れる。人の姿(・・・)に化けているとはいえ、今の形相を見られては目の前の少年以外にも魔族と疑う者が出てくるかもしれない。目的が完遂していない以上はまだ正体がバレるわけにはいかない。徐々に冷静さを取り戻し、今後の算段を練る。


(そうなると確証が欲しいねぇ。となると……)


 知りたいのは実力の程、その片鱗だけでも見ておきたい。下等種族と見下す人の姿をしてまで冒険者に混じり1、探りを入れたのだ。このまま、手ぶらでは帰れない。


(おや?丁度いいところで着いたようだねぇ……)

 

 赤髪の女——イフリルの意識は入り口へと向かう。待ち人の気配を察知し、口の端をゆっくりと吊り上げた。


「何だ、何だ?静まり返って一体どうした?」


 膠着状態を破ったのはキョウマでもイフリルでもなかった。取り巻き二人を従え、通路中央を我が物顔で進む男の姿に「面倒そうな奴が来た」とキョウマは胸中で悪態をつく。一方のイフリル扮する赤髪の女は「待ってました」と言わんばかりに飛びついた。


「いいところに来てくれたよ。この子供(ガキ)が突然、有無を言わさず殴りかかって来てねぇ。どうも私の命が欲しいらしいのさ」

「これはまた。(あね)さんに手を出すとは随分と命知らずな奴だな?」


 外套の隙間から伺える所々に色とりどりの魔法石が組み込まれた金色に光り輝く鎧と槍。角刈りで実際の年齢より上に見える顔つき。


モブ(・・)か……)


 と、評したのはキョウマ。「ゆえに尚の事、面倒そうだ」と付け加える。対してリナは「あの人……」と漏らし、キョウマの背後に姿を隠す。隠れたリナに肩越しから伺おうとしたところで、キョウマの前へと男は立ちはだかっていた。


「さっきから呼んでいるのがわからんのか?」

「え?」


 取り巻き二人が「そ~だ、そ~だ」と声を揃える。心底、嫌気を覚えたキョウマは顔を顰めた。その顔には「こいつ、メンドイ」と書かれている。


「お前だ、お前。それにしてもその髪と目……。お前も俺達と同じ(・・・・・)で召喚されたクチか、ん?」

「さあな。別にどうでもいいだろ、そんなこと。用があるのは後ろの奴だ。お前に用はない」

「貴様……」


 男がキョウマの胸倉を掴もうと腕を伸ばしたところで、その手は止まる。キョウマの顔を凝視して、目を見開くと嘲笑へと変わった。


「よく見りゃお前、アキヅキじゃねぇか?」

「何だい、知り合いかい?」


 イフリルの問に男は肩を竦めて口を開いた。


「ああ。俺達と出身が同じでな。魔法をロクに使えない落ちこぼれで有名さ。反対に妹は優秀なのにな!」


 口を大きく開け「がはは」と笑う元の世界のキョウマを知る男。毒気を抜かれたようにキョウマは目を見開き、リナはフードを深くかぶり直した。


「なんだお前、まさかこの俺がわからないとでも?」


 男は両腕を広げて「そんなはずはないだろう~」と大げさに振る舞う。キョウマは無言のまま男の顔を一瞥し、静かに目を閉じた。



 ……


 …………


 ………………


「知らん。誰だ、お前?」

「はぁ~!俺を知らないだと!?そんな馬鹿な話があるか!同じ学園で優秀な俺は有名だったはずだ」

「……やはり知らんな」

(……ぷっ)


 どれだけ思考の海に身を沈めようと、キョウマに思い出す気配はない。浮かぶのは「自分で自分のことを“優秀”言うのは、どうだろうか?」といったようなことばかり。背に控えたリナに視線を送るとフードの下で、堪えきれずに笑いを漏らしている。その様子に、忘れているのが自分であることを悟る。


(仕方ないだろう?僕にとっては四年前のこと。どうでもいい奴のことなんか覚えているわけがない)


「済まない。本当に覚えにない。どうやら忘れてしまったらしい。悪いな」

「この俺を……、この俺様を忘れただと?ありえん、ふざけるな!!」

「ふざけてなんかいない。なら聞くが、一年前の今日、朝昼晩と何を食べたか覚えているか?」

「何を言いだすんだ、お前は?そんなこと覚えているわけがない」

「まあ、大抵はそうだよな。それと同じことだ」


 キョウマの言い分は男の感情を逆撫でにした。怒りと羞恥に手を震わせ、その表情はみるみるうちに赤く染まる。遠回しに『取るに足らない奴の記憶』と言われているようなもの。怒らない人間の方が珍しいだろう。


「兄さん、言い過ぎ。今のは兄さんが悪いよ」


 袖口を摘み、軽く引くリナ。


「別に本当のことだからいいだろう?」

「それがいけないの」


 何も常に本当のことを言えばいい、という訳ではない。更に、一言多いキョウマの言い回しにリナは呆れて天井を仰いだ。その仕草に男の関心はキョウマの背に隠れた外套姿のリナへと移る。


「くっ、どこまでもバカにしやがって……。ん?まてよ。今、『兄さん』って言ったよな?」


 小さく「あっ!」と口元に手を当てるが既に遅い。もっとも、その前からキョウマを『兄さん』と呼んでいたので、遅かれ早かれ気付かれただろう。キョウマは一歩前に出て、その背のリナを隠すように立つ。


「庇ったな?つまりは“当たり”ってことか?」

「そうさねぇ。さっきから『兄さん』って呼んでいたしねぇ」


 これにはキョウマも舌打ちせざるを得ない。リナを殺そうとした相手を前にして、注意を引くような真似は正直したくはなかった。


「別に今はいいだろ?」

「ふん、そんなことはないな。同じく異世界(こっち)に召喚された者同士、どうでもいいことはない」

「へぇ~。あんたが気に掛ける、ってことはデキるのかい、そいつは?」

「ああ、このダメな兄貴と違ってな」


 顎を上下しリナを指すイフリル。男は静かに首を縦に振る。


「魔法に関して、周りからは一目置かれていたさ。なにせ、三種類の属性を扱えたからな。もっとも、暇を見つけては机の上で機械いじりに明け暮れる変人だったがな」

「ちっ、それ以上は……」

「狼狽えたな。さては図星か」

「くっ」


 キョウマの狼狽えた理由——それは男が指摘したようにリナのことがバレたからではない。「変人」扱いされたリナが拳をプルプルと震わせ、今にもその怒りを爆発させそうな雰囲気を背中越しに感じているからだ。


「大体、何だ?ずっと顔を隠してよ。学園にいた時はチヤホヤされていたが、どこかケガでもしたか?それが恥ずかしくって顔は見せられない、ってか?」

「フフッ。そうだねぇ。顔に自信がない(・・・・・・・)から見せられない、ってことさねぇ……」

「少し黙れ!それ以上は……」

(ああ、ダメだ。もう遅い……)


 語気を強めた言葉とは裏腹に胸中、諦めの色が漂うキョウマ。それまでは控えめにしていたリナが前へと躍り出たからだ。


「誰が顔に自信がないですって!この年増(・・)!!」


 フードに手をかけ一気に姿をさらす。顔部分どころか外套全てを脱ぎ捨てた。長い黒髪が流れるようにさらりと揺れる。漂う香り、小さく漏らす微かな吐息。周囲の誰もが突如現れた美少女メイドに視線ばかりか心までをも奪われる。

 男衆のゴクリと生唾を飲む音が聞こえた。


「さぁ、これで文句はないでしょ!!」

「お前は……いや、何でもない。それより、“年増”とは随分だねぇ、この小娘。それで、どうなんだい?」

「ああ、間違いない。妹の方だ」


 辺りの静寂は破られ、全ての関心がリナへと注がれる。あちらこちらで様々な憶測が流れた。


(オイ、あの子。凄く可愛いぞ)

(誰だ。『禄でもない』なんて言った阿呆は!)

(お前だ、お前。それより何であの子、メイド服なんて着てるんだ)

(別に可愛いからいいだろ。それより、一度でいいからあんな可愛いメイドさんに奉仕してもらいたいぜ)

(全くだ。あの子供(ガキ)には勿体ないぜ)

(だがよ。あの子、『兄さん』って呼んでいたよな?)

(だったら何だ。自分の妹にメイド服着させて連れ回しているのかアイツは……)

(((なんて!)))

(けしからん!)

(羨ましい!)

(変態だ!)


 周囲を一瞥すると様々な思惑を秘めた視線がキョウマとリナに向けられている。何故、こうなったのかを一考する。


(リナが悪い) (兄さんが悪い)


 どこまでも息ぴったりの二人。収拾つかなくなるこの現状を打破する切り口は二人を知る数少ない理解者によりもたらされる。


「一体、何の騒ぎですか!?」

「「スミスさん!」」


 準備の整ったスミスが奥からやって来て、キョウマとリナ、そして周囲を交互に見る。ある程度、事情を察したのか大きく溜息をつく。


「早速、何かしてしまったのですね」

「面目ない」

「すみません」

「いえ、目を離した私にも責任があります」

「「サラリとヒドイな(ね)」」

「何か?」

「「イエ、ナニモ……」」


 ジト目の奥にキラリと光るスミスの眼光。キョウマとリナは片言に返した。


「おいおい。冒険者組合(ギルド)には関係ないだろが。これは俺達の問題だ」

「そうさねぇ。こっちもこれでお開きにはしたくないねぇ」


 今度は二人とキョウマ達を交互に見比べ「ふぅ~、仕方がないですね」と漏らす。


「だったら、冒険者らしく決闘(デュエル)で決着をつけたらどうです?幸い、闘技場なら今は空いているはずですよ」

「そいつは面白い!」


 男は口元を緩めて不敵に笑い。イフリルは望み通りの展開に気をよくした。


「このエスリアースが誇る最強の勇者!鋼鉄の勇者(アイアン・ブレイバー)こと、鉄壁のテツヒコ様が直々に相手をしてやる。覚悟しろ!」


 槍をキョウマに突き付け名乗りを上げる勇者、テツヒコ。勇者の威を借る取り巻き(ザコ)二人は「お前、終わり~」と浮かれている。


(あ~。やっぱり面倒な展開になった……)


 声を高々にして、テンションが高くなる一方のテツヒコ。対してキョウマは気が滅入るだけだった。


(面倒だな。ホント……)

 お読みいただきありがとうございます。


 本来、ラストに向けて“アイアン・ブレイバー”は登場させずに話を進める予定でしたが、削るのを取りやめました。

 次話でその戦闘力が明らかになるハズ……です。

 お楽しみいただければ幸いです。次話もまたよろしくお願いします。

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