第35話 対峙
日付が変わってしまいましが、仕上がりましたので投稿します。
短いですが、キリがいいですので。
一体、何が起こったのか?
屈強な冒険者達は皆、突然の出来事に静まり返る。黒髪黒目の少年が突如として現れ、女性冒険者を殴り飛ばした。そのあまりの異常な出来事に誰もが言葉を失っていた。
「ぐっ、いきなり何するさねぇ」
「この程度ではダメージはないか……」
腹を押さえ顔を上げる赤髪にキョウマは内心舌打ちをする。
(拳ではなく、剣で腕の一本や二本、斬り飛ばすくらいでもよかったか……)
穏やかならぬ考えからもキョウマに躊躇いは皆無であることが伺える。
「くっ、この子供。頭、おかしい……」
「誰が立っていいと言った!!」
「がはっ!」
床に手をつき起き上がろうとした赤髪の頭を理不尽にもキョウマは踏み抜いた。
——立て、と言ったのはお前だろ!——
鬼気迫るキョウマの言動に、その指摘を行える者は皆無であった。十代半ばの少年の醸し出す雰囲気に誰もが圧倒され固唾を飲む。
遠巻きにキョウマの背を見つめるリナでさえも兄の振る舞いに異常を感じ取っていた。
(兄さんが女の人を相手に一方的に力を振るうなんて……)
——ありえない——
キョウマは常にリナを最優先にして行動する。自惚れながら、リナ自身にも少なからずの自覚はあった。仮に危害を加えようとする者がいれば鬼神の如き振る舞いをとることも知っている。以前、ゴブリンの集団がリナを襲おうとした時が良い例といえる。
それでも基本的にキョウマは女性に甘い。例え敵であっても不意打ちの上、頭を地に踏みつけるなど考えられない。
(もしかして、人として見ていない……?)
少なくとも怒りで我を忘れているようには見えない。多少、激情しているものの考え判断のした上で、あの言動なのだろう。
赤髪の女を見るキョウマの目は、自分たちに危害を加えようとした魔物達を見ているようにリナには映った。
(違う……。兄さんにはあの人が……)
解へと至ったリナは未だ微かな恐怖で震える足に鞭を打ち、キョウマの元へと踏み出した。
「兄さん!」
誰もが時を止め静まり返る中、透き通る少女の声が響く。舞台の主役を兄と呼ぶ主に誰もが目を奪われた。静寂はやがて喧騒に変わる。
(おい。今、『兄さん』って言ったよな)
(ああ、確かに聞いた)
(結構、可愛い声だったよなぁ)
(やめとけ。理由もなく突然、殴るような兄貴の妹だぞ。妹も禄でもないに決まっている)
(この兄にしてこの妹あり、ってか……違ぇねぇ)
少女を蔑む言葉に少年の眉がピクリと吊り上がる。赤髪の女にだけ向けられていた殺気は、水面に投じられた小石による波紋のように周囲へと広まった。再び辺りからは人々の声が失せ、視線だけが注がれる。
注目の的の一人と化したリナは観客のことなど意に介さず、キョウマへ近づく。自らの腕を今にも振りかざそうとするキョウマのそれに絡めて動きを制した。
「兄さん!みんなが見ている。今は止めて!」
先ほど、陰口を叩いた一人が『今は……』の発言に「“今”じゃなければ、いきなり殴っても問題ない、ってか。やっぱり禄でもねぇ」と悪態をつく。一字一句、余すことなく耳にしたキョウマの睨みに沈黙し背筋に冷たい汗を走らせたのは言うまでもない。
「どうして出てきた?怖いなら隠れてたままでよかったのに」
「どうしても何も突然、こんなことするからでしょ?一旦、その足をどけてあげて」
心配するキョウマに「怖がってなどいられないから」、と付け加えるリナはフードの下で苦笑を浮かべる。
「しかしだなぁ……」
「兄さん!」
めっ、と叱責するリナに応えてキョウマは渋々、言う通りにする。ようやく解放された赤髪は、埃を払いゆっくりと起き上がる。
「いきなり随分だったねぇ?どう始末つけてくれるつもりかい、えぇ!?」
「何を言っている?公衆の面前で自ら正体をさらけ出しておいて始末もなにもない。あえて言うなら『斬って捨てる』、それだけだ」
話の噛みあわぬキョウマの反応に誰もが口を開き言葉を失った。キョウマと心当たりのあるリナを除くと例外は一人に絞られる。
当の本人、赤髪の女——その人だ。
一見、キョウマを馬鹿にした目で見るも、ほんの一瞬だけ口の端を微かに吊り上げ、すぐに戻した。
「やっぱり……」
キョウマの言葉と赤髪の女、双方の反応にリナは確信を得る。騒ぎの中心でありながら、リナの呟きに今一つ要領を得ないキョウマは「何のことだ?」と首を傾げる。
「ねえ、兄さん。わたしには……ううん、わたし以外にもここにいる人達みんながそう。兄さんが突然、女の人に暴力を振るったようにしか見えないのだけれど……」
「はぁっ!?」
と、リナの言葉を待たずして、キョウマは素っ頓狂な声を上げる。
「女の人?少なくとも、人なんて僕は殴ってないぞ?」
「はぁ~、やっぱりそう」
「???」
「それなら兄さんは今、何と戦おうとしているの?」
「『何と』ってコイツのことか?」
ぞんざいに扱う仕草に、より確信を強めたリナはただ、首を小さく縦に振り肯定する。
つい先ほど殴り倒した相手を人差し指で差した挙句、“コイツ”呼ばわり。誰もがキョウマの行いを無礼と感じるであろう。その証拠に周囲は『この子供、相当頭がおかしいぞ』と言わんばかりの視線を注いでいる。
(兄さん、ちょっと……)
(小声でどうした?)
小さく袖をクイクイ引き、リナはキョウマの耳元で囁いた。フードから漏れる黒髪が頬を掠める。微かにかかる吐息と合わさって、くすぐったさと気恥ずかしさを同時に覚えキョウマの顔はほんのりと赤らめた。先ほどまでの剣幕が嘘のよう。
(それで、さっきの質問の答え。わたしにだけ聞こえるように教えてくれるかな?)
(べつにいいけど、聞くまでのことか?誰がどう見てもコイツは魔族だろ?長い爪にツノ、コウモリみたいな羽だってある。雰囲気もタスンにソックリだ。纏っている“気”が人とは明らかに違うしな」
ある程度予測していた答えにリナは目を瞑り溜息を洩らした。
(あのね、兄さん。そう見えているのは兄さんだけだよ)
「何だって!」
(しっ!声が大きい)
周囲の視線が二人を射貫く。居心地の悪さを覚えるも予想だにしていない答えにキョウマはリナの言葉を待った。
(でもね。多分、兄さんが正しいと思うの。今の兄さんは変身をしなくても、少しだけ竜技を使えるの。原因は昨日、取得した超竜再生のおかげ。今は竜眼の一部が発動しているみたい。だから、本当の姿が見えているのは兄さんだけ)
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・超竜再生 LV6
HP・MP自動回復
任意で一日に一度だけ体力を全快することが可能
竜の如き力を得る。星竜闘衣なしで補助系竜技の一部を行使可能
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(ということは……)
(ご想像通りだよ)
——白昼堂々と女性を問答無用で殴り飛ばす暴漢魔——
周囲から自分がどう見えているのか理解したキョウマは軽い頭痛を覚える。動揺する姿にリナは片目を瞑って「それで、どうするの?」と呆れを含めた声で事態の収拾を迫った。
「ふぅ。まっ、別に構いはしないさ」
大きく息を吐き出したキョウマは赤髪の女を一瞥する。
「お前からは血の匂いがする。いや、死の匂いだな。どれだけの人を手にかけたのかは知らないが……」
キョウマの指摘に目を見開き、微かに口元を緩める赤髪の女。そのわずかな動きに気付いたのはキョウマとリナの二人だけ。
「最初に言った通りだ。『斬って捨てる』、それだけだ!」
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