第34話 いざエスリアースへ
第34話にして、ようやくエスリアースに辿り着く主人公達。
「う~ん、それにしても暇だ……」
今、僕はやることがなくて隅の方で大人しく突っ立っている。断っておくが別に立たされているわけではない。リナにエッチなことをして怒らせた、なんて勘違いだけはやめてもらおうか。
それに暇とはいえ、考え事もしている。
「夢の中にでてきた僕と瓜二つの男は何者だったのだろう?」
所詮は夢の中、素性の知れない人物については偶々、僕自身が配役されたのだろう、というのがリナの見解。果たして本当にそうなのだろうか。リナは五年の時を超えて異世界召喚されている。あながち未来の僕だとしても不思議はないような気もする。
「やれやれ、それにしても無理があるか……」
「兄さん、さっきから何をブツブツ言っているの?」
壁相手に話しかけて頭を振る僕はひどく滑稽に見えたのかもしれない。呆れたように半眼でリナは僕に声をかけた。
「ん?いや、何でもない。それよりもう済んだのか?」
「うん、こっちは終わったよ」
リナは金貨の詰まった革袋を掲げてみせる。ジャリッ、と金属のこすれる音がした。
「随分、稼いだな。それって昨日、魔物を狩っている間に採取した植物だろ?」
「そうだよ。最近、この辺りの魔物が増えて納品が減っていたみたい。報酬もいくらか上乗せしてくれたの」
「でも良かったのか?エスリアースで売るのも一つの手だっただろう?」
エスリアースから集落にかけての中間地点にあるタートスが滅んだことで、様々な流れに支障をきたす。集落近辺で採れる素材は高値で取引できるはず、というのがリナの当初の見解だった。
「あ~、それなんだけど……」
「何か不味いことでもあったのか?」
「不味いことはないけど、『そうなる前に防いだ』ってことになるのかな?」
「どういうことだ?」
リナの話によると、冒険者組合に非協力的過ぎると、【反組合冒険者】の称号を取得する可能性がある、とのことだ。この称号を得るまでに至ると、冒険者組合での評価が上がりにくくなり、報酬や依頼を受ける際に不遇を受けるようになるらしい。何気なく、ナビゲーション・リングを操作していたら偶然、気が付いたそうだ。
「初めて魔物の討伐報告をした時、コングさんから『どうしてもっと早く報告しに来ない』って言われているでしょ?」
「これ以上、マイナスとなる振る舞いは避けた方がいいということか。けど、あの時は不可抗力だったはずだろ?」
「う~ん、それでも結果的には冒険者組合に反したことになるよね」
「知らなかった、では済まされない……、か」
「そうだね。事情はどうあれ、冒険者なら知っておかないといけないことだからね」
「責任……、というやつだな」
リナは小さく頷き報酬を指輪の収納空間にしまうと、僕の手を取った。突然の出来事に僕の心拍数は急上昇する。
「そっ、そんなことより、そろそろ行こうよ」
僕の手を引くリナは耳まで赤い。照れるなら、手を繋ぐなんてことしなければいいのに。なら、今すぐ手を離せって?そんなもの、お断りに決まっている。
「どうした?急に慌てて」
「みんな、見ている……」
そういうことか。たしかに「あれが例の……」と僕達を横目に噂をしている者達がいる。別に危害を加えるわけではないので放って置いたが、言われてみると確かに居心地は悪い。
(手を繋いでから余計に視線が集まったことは黙っておこう)
リナの柔らかな手の感触を堪能しつつ、冒険者組合を後にした。
…………
転移門を潜り抜け、エスリアース近くに出た僕達は即座に門へと向かった。以前、門前払いされた経験からか僕達二人の表情は固い。それでも一歩、また一歩と大きな門へと近づいていく。幸か不幸か門の前に並ぶ人は少なく、程なくして僕達の番を迎える。どうやら、門番は前回の二人とは異なるようだ。
「そこで止まって下さい。通行証をお持ちでしたら、見せてもらえないでしょうか」
「「えっ!」」
最初に訪れた時とは雲泥の差の対応に僕達は驚きの声を漏らす。声をかけた門番も僕らの反応に目を見開くも、すぐにそれを正した。
「何かございましたか?」
「いえ。以前、訪れた時の門番の方と印象が違い過ぎて驚いてしまいました。不快な思いをさせてしまったようでしたら申し訳ありません」
ペコリと垂れるリナ。丁寧な口調で謝りながら毒を混ぜるところは恐れ入る。相手の方も思うところがあるのか苦笑を浮かべて「そうでしたか」とだけ答えた。
「通行証ですが、指輪でよろしいでしょうか?」
「これは……!」
左手薬指のナビゲーション・リングを見せるリナに今度は相手が驚くと、もう一人の門番と何かの確認を始める。ほんの数秒で終えるところを見ると、“指輪持ち”が単に珍しいだけなのかもしれない。
「失礼ですが、お二人はキョウマ様とリナ様ではないでしょうか?」
「そうですが、どうしましたか?」
「おお!やはりそうでしたか」
様付けされて背中が痒くなるが、指輪を調べてもらえば直にわかることなので正直に答えるリナ。門番の反応には安堵と何故だかわからないが喜びの色も伺えた。
「お二人のことは冒険者組合から知らされております。いらっしゃったら、お連れするようにとも……。すぐにご案内いたしますので少々お待ちください。先日は大変、失礼いたしました。代わりに私共からお詫びさせていただきます」
門番二人が深々と頭を下げる。僕とリナは両手を前に出して顔を上げるように促した。気持ちは有り難いが少々気恥ずかしい。
(この扱いの違い、スミスさんのおかげかな?)
(多分……ね。それにしても、想像より絶大だったかな)
(リナ。お前、スミスさんにどんな根回しをした?)
(……サテ、ナンノコトカナ)
リナは片言の口調のまま目を逸らし、それ以上は何も言わなかった。僕は肩を竦めて苦笑を浮かべる。二人だけの内緒話が終わる頃、門番とは別の男性が僕達の前へと歩み寄ってきた。深々とお辞儀をする姿に顔を引きつらせてしまうのを我慢するのが結構きつい。
「お待たせ致しました。それではご案内いたします」
「「おっ……お願いします」」
二人揃っての同じ反応に「お噂通り、仲がよろしいのですね」と告げられる。その言葉に僕とリナの顔が赤くなり、「失礼しました。お噂以上ですね」と更なる追い打ちをかけられた。
その後の道中も僕とリナの言動をネタに弄られてしまいエスリアースの街並みを堪能するどころではなくなってしまった。
「それではこちらが、冒険者組合となります」
「やっと、着いたな(ね)」
「どうかされましたか?」
「いえ、ここに辿り着くまで色々ありましたから……」
リナが僕の脇を肘で小突いて「そうだよね」と目で合図をする。意図に気付いた僕は慌てて頷き同意を示した。流石に「あなたに弄られるのから解放される」とは言えない。案内役の男性は首を傾げて「私の役目はここまで」と言い残し立ち去っていく。てっきり、中まで同行するものだと考えていた僕とリナは互いに顔を見合わせ不思議に思う。どこか腑に落ちないまま、遠ざかる背を見送る僕達二人。入れ代わるように後ろから声をかけてきたのは僕達の知る人物だった。
「みなさん!よく来てくれました。ここからは私が案内しますね」
「「スミスさん!」」
一昨日ぶりに再会したスミスさんはタートスで出会った時より体調を取り戻しているように見え、僕達二人は安堵の溜息をつく。
「立ち話もなんですし歩きながら話しましょうか」
奥まで通される間、スミスさんからは簡単にこの一日で何が起こったのかを伺った。
始めは誰もタートスが滅んだことを信じようとはしなかった、とのこと。リナから渡されたナビゲーション・リングの記録についても改ざんの可能性を疑われたらしい。「改ざんなどできるはずがないのに……」と語るスミスさん。偽りの濡れ衣にリナは額に青筋を走らせながら微笑みを浮かばせる、といった器用な真似を見せている。
話しを戻そう。状況が変わったのはタートスから冒険者やエスリアースの勇者達の生き残りが逃げ延びてきたことにある。彼らの証言により、スミスさんからもたらされた情報は一気に信憑性を増すことになったそうだ。
余談だが依頼を受けた際、コングさんからも警告を促す書状を預かったが必要なかったかもしれない。かと言って届けるのを止めるような真似はしない。なぜなら、それも依頼の範囲だからだ。
「それで今はエスリアースの冒険者組合で働いているのですか?」
「ええ、このような事態で人手も足りていないですしね」
新天地での暮らしを案じていたリナの問いに、「おかげさまで働き口が見つかりました」と語るスミスさん。今ではリナから預かった記録をもたらした功績を高く評価されて十二分な対応を受けている、とのこと。
「そういえば、ここの門番の人達の対応が最初に来た時と随分変わっていましたが何かありましたか?」
ふと思い出したので聞いてみたところスミスさんは苦笑しながらも教えてくれた。リナからの会話記録より例の門番二人は糾弾を受け、現在は謹慎中なのだとか。その影響で他の門番たちの身も引き締まったそうだ。
「それにしても僕達のこと、どういう風に話したのですか?」
案内役の男性に弄られたことが脳裏に浮かぶ。
「どういう風にと言われましても……。見た通りのことをあるがままに話しただけですが……」
首を傾げ「何か間違いがありましたでしょうか?」と話すスミスさんに僕とリナは何も言い返すことは出来なかった。コングさんから注意を受けたこともある。僕達二人としては普通であっても、周りからはそう見えないらしい。以後、気を付けよう。多分、無理だけど……。
「それではこちらで少々、お待ちいただけませんか」
「わかりました。それではお願いしますね」
受付のロビーを通り抜けた通路のところで、スミスさんを待つことになった。リナの収納空間にはコングさんから依頼された納品物が大量にあるらしく、その保管場所の手配を済ませてしまうのだそうだ。その後で、ナビゲーション・リングの記録を確認する段取りになっている。
てっきり強面のギルドマスターがお出ましかとも考えたが、そのイベントについてはコングさんと出会ったことで既に終えていたらしい。魔族の討伐依頼が来るのでは、という心配も懸念で終わることが分かった。
もっとも、その理由も僕から見れば下らない。なぜなら、僕とリナがエスリアースの勇者召喚とは別口であるためだからだ。情報提供には感謝するものの要は国の威信にかけて、どこの馬の骨とも知れない輩に任せず自国で解決したいそうだ。
では何故、丁重にここまで案内されたのか?
タートスを崩壊させた魔族をほぼ単独で撃破した僕を危険視する見方がエスリアース内であるそうだ。そのため、冒険者組合が手綱を握っていることのアピール、ということになる。「みなさんには、ご迷惑かもしれませんが他に方法がなかったのです」とスミスさん。そういうことなら、ということで僕達は受け入れることにした。
「まあ、どちらにせよ面倒事には巻き込まれないように気を付けないとな」
「そんなこと言っていいの?いつも自分から首を出すクセに……」
「うぐっ。まあ、それは置いといてスミスさん、元気そうで良かったな」
「そうだね。わたしも……」
「リナ、どうした?顔色が悪いぞ」
元気そうに話していたリナの顔から突然血の気が失せる。フードを深くかぶり直して僕の背に隠れると、何かを恐れるように震え出した。
(兄さん、視線はそのまま……、受付の前にいる赤い髪の女の人……)
(確かにいるな。赤い軽鎧の派手なのが)
リナの手前、「露出が多い」とは言わないようにした。黒のインナーの上に最低限の部分を保護した鎧。所々が尖っていてことから“派手”と僕は称した。
(あの人、異世界に来る前……、飛行機の中でわたしを刺した人に凄く似ている……。ううん、他人の空似にしてはあまりにも……)
(なっ!)
視線をそのままに、リナの言う赤い髪の女を一瞥する。
(あれ?)
突然、視界がグニャリとして世界が歪む。目を閉じ、ただの眩暈と思い頭を振り、瞼を開くと、どこにも異常は見当たらなかった。ただ、一点だけを除けば。
(あいつなんだな?)
コクリと小さく頷くリナ。僕は「わかった」と頷いて見せる。
(兄さん?)
——アクセル・ウイング——
一瞬の間だけ、魔法の翼を背に宿す。瞬間的加速性能を得た僕は迷うことなく踏み出した。
「ごふっ!」
冒険者達の喧騒に包まれる中、僕の拳は赤髪の女の鳩尾に突き刺さる。体をくの字に曲げたまま壁に激突し、蹲る姿を蔑むように僕は一瞥した。
「この程度、なんともないだろう?さっさと立て!」
騒がしかったロビーは突然の出来事に静まり返る。静寂に包まれる中、そうしたのも僕であれば打ち破ったのもまた僕であった。
お読みいただきありがとうございます。
作中、主人公が女性であろうと問答無用で拳を叩きこみました。不快な思いをされた場合はご容赦ください。察しはつくかと存じますが、理由については次話となります。




