第33話 夢の終わり
ここ最近、一話辺りの量が短いですがご容赦ください。
——……——
——……にい……ん——
——にい……ん、ってば!——
「うっ……うう。リ……ナ?」
「そうだよ!リナだよ!」
(あれ?まだ夢の中……?)
涙を見せる姿に先程までの光景が重なる。「大丈夫だよ」と頬に流れる筋を振り払おうと手を伸ばしたところで、その手を掴まれる。
「兄さん!よかった、気が付いたんだね!」
「あれ、夢じゃ……ない?」
リナの手から伝わる温もりが、現実に帰還したことを僕に教えてくれた。
「ひざ……まくら?」
「ひょっとして、寝ぼけてるの?ほんとに仕方ない兄さん……」
僕はリナに膝枕をされていた。僕の言葉に涙を拭い、笑みを浮かべる。
「ごめん。心配……かけたよな」
「当たり前だよ。あんな気の失い方したら誰だってそうだよ。もう目が覚めないかも、って本当に心配したんだから」
「悪かった、だから泣くなって。それにあのくらいの傷、大したことないさ。ケガをするのは慣れているからな」
「そう……なんだ」
一瞬、リナの表情に影を落としたような気がしたのは気のせいだろうか。もっとも今は少々、口を尖らせて説教タイムに突入している。
(考えすぎ……か?)
「……って、ちょっと兄さん聞いているの!?」
「悪い。少し考え事をしていた」
「もう、どこか痛むのかと心配したじゃない」
頬をぷくーっ、と膨らませるリナに僕は苦笑を浮かべる。リナのジト目の視線を気付かなかったことにして先を促すことにした。
「それで何の話だ?」
「だから、急に兄さんの体が光り出したと思ったら、傷が治り始めたの。それはどうして、って聞きたいの!」
リナの膝から起き上がって、腕を上下させては腰回りを捻ってみる。傷もなければ痛みもない。
「そういえば、傷が全部治っている。凄いな僕!」
「に・い・さ・ん?」
僕がふざけているように見えたリナは、笑っているけど笑ってはいない視線で僕を射貫く。たまらず僕は両腕を前に出して待ったをかけた。
「待てって、リナ。多分それは新たに習得したスキルのおかげだと思う。気を失っている時に、そんな声が聞こえた……ような気がする」
ジー、としたリナのジト目が収まらない。慌てて僕は次の言葉を重ねる。
「それなら僕に【解析】をかけてみてくれないか?僕も正直、気になっているからさ」
「……そっ、了~解。嘘ついていたら、ご飯抜きね!」
「ヒドイ……」
「心配させた罰です」
片目を瞑って微笑むリナに涙の色は既にない。調子を取り戻したようで僕も少し嬉しくなる。
「それじゃ始めるね。えっと……」
指輪の機能を使った解析による結果の表示に僕とリナは揃って覗き込んだ。
~~~~~~~~~~~~
・超竜再生 LV6 NEW! (スキルポイント 200消費して取得)
HP・MP自動回復
任意で一日に一度だけ体力を全快することが可能
???
・経験値増加 NEW! (スキルポイント 100消費して取得)
任意で発動可能
消費したMP量に応じて取得経験値量が増加
???
~~~~~~~~~~~~
「兄さん……、何したの?」
「う~ん、どうなんだろう。まあ、何にせよケガも完全に治ったから別にいいじゃないか!」
リナは溜息を一つつくと、表示された僕の新スキルを指でなぞる。
「兄さんのケガが完治したのは【超竜再生】のおかげだよね。それにしても、兄さん。本当に心当たりはないの?」
夢のこと、ハクのこと。それらを話すべきかどうか、言いあぐねていたところをリナに見透かされる。僕が一度、視線を外したことをリナは見逃していなかった。正面に立つリナの表情は真剣で、その瞳に僕の姿が映る。
「なくは……、ない」
「やっぱり、あるんだ」
「そうだな。少し、いいか?」
「どうしたの?改まって」
夢での出来事、ハクとの思い出、そして微かに聞こえた謎の声のこと。僕は包み隠さず話すことにした。
以前、何かあるときはリナに相談する約束していたこともある。何より、こちらの一方的な気遣いによる隠し事はかえってリナを傷つける。僕はそんなのは望まない。
「実は……」
…………
僕の話にリナは静かに耳を傾けた。時折、僕の発する言葉を咀嚼して終始、理解に努めていた。
「今の話、わたしは信じるよ。まだわからないこともあるけど、兄さんの力の源に関係していると思うの」
「僕もそう思う。ずっと、星竜闘衣の正体が気になっていたけど、あの夢が事実なら確かにそう考えるのが自然だよな」
「夢を見たのは、やっぱりスキルを習得するためなのかな?【超竜再生】、って“竜”の力と関係あるみたいだしね」
僕はリナの言葉に頷いて見せた。少し記憶が曖昧だけど一度、スキルの習得に失敗したような気がする。恐らく再習得を試みた時に、何らかの理由で失われた記憶が夢として蘇った。あるいはその必要があったのだと思う。
「ところでリナはハクのこと覚えているのか?」
リナは俯き静かに首を横に振る。覚えていないことを気にしているのか表情は少し寂しげだった。
「ハク……ちゃん?兄さん、ごめんなさい。わたしにはやっぱり……」
「そうでもないさ」
「えっ?」
記憶にない——リナのその言葉を遮り、僕は自分の頬にトンッ、と指をあてる。リナは僕に倣い自らの頬に触れると、そこには一滴の筋が流れていた。
「どうしてだろう、記憶にないはずなのに……止まらないよ」
「『ハクちゃん』か……、夢の中でリナはそう呼んでいた。記憶にはなくても一緒に過ごした思い出はリナの心に残っている証拠だよ、きっと」
「うん……、うん」
しゃくりあげるリナの頭に手を置き、そっと撫でた。リナは黙って受け入れ僕の胸に顔を埋める。
「今日は昔のこと、いっぱい話そうか」
「……うん」
その後、僕らは幼い頃の話題に花を咲かせる。リナの瞳からも湿り気は完全に去り、笑顔を見せてくれた。途中、過去の恥ずかしい話を互いに暴露しあった場面もしばしばあったが、有意義な時を過ごした。
◇
翌日、コングさんの依頼を受けるため約束通り午前には集落へと入った。冒険者組合までに移動する間、すれ違う人々から好奇の目で見られていたのは気のせいだろうか。
「なんか僕達、見られていないか?」
「わたしも、そう思う。さっきの人なんか、手で口を押えて笑うのを我慢してたよ」
顔に何かついていないのか。または服装におかしなところがないのか。僕らは互いに身だしなみを確認するも特別変わりはない。リナもメイド服の上に外套を羽織っている。笑われる根拠が見当たらない。
「特に悪意はないみたいだ。今は放っておこうか」
「そうだね。まずは依頼からだね」
気にならないと言えば嘘にはなるが特別、害はなさそうなので放置を決め込んだ。注がれる視線をスルーして奥まで進むと冒険者組合の看板が見えてきた。これでようやく解放される。僕達二人の歩みは気持ち早くなった。
「よう!よく来たな二人とも。今日も仲がよろしいようで結構だ」
入り口を通り抜けたところで、僕達二人に早速声をかけたのはコングさんだった。カウンターの向こうで、にやけた顔を浮かべているのが気にかかる。
「わたし達に何かあるのでしょうか?外の皆さんもそうでしたけど、コングさんも何か言いたそうですし……」
意を決したリナがコングさんに切り出した。「待ってました」と言わんばかりに口の端を吊り上げ笑みを浮かべる。
「悪い、悪い。気に障ったなら謝るさ。だがな~」
カウンターからドンッ、とテーブルを叩き、身を乗り出すと拳を握りワナワナと震わせた。
「それはお前たちが悪い」
「「はぁ~」」
「昨日、散々イチャついているところを周りに見せつけたのだろう?ここは狭い。みんな噂していたぞ。聞いた話では集落だけでなく、外でもしてたとか。戻ってきた冒険者が言ってたぞ。『若い凄腕のカップル冒険者に助けられた。魔物のいるところでも平気でイチャイチャしだして、有り難いはずなのに素直に喜べなかった』とな」
「「っ~!」」
「まあ、若いから仕方ないのかもしれないが、冒険者には独り身も多い。適齢期を過ぎた連中なんてゴロゴロいる。仲がいいのは結構だが、少しは自重した方がいいぞ」
僕達二人は揃って茹蛸のように顔を赤くし固まってしまう。
その後、コングさんから 依頼 の説明を受けられるようになるまで、少々の時間を要したのは言うまでもない。
お読みいただきありがとうございます。
不定期ですが次話もでき次第、更新いたします。




