第2話 奇跡と再会と
主人公視点です。
「僕にとって大切な人――理奈を生き返らせて見せろ!!僕が何より欲しいのは彼女と共に生きていく平和な未来――それだけだ!!!」
心からの叫びに対し女神は黙ったままでいた。若干うつむき加減のせいか、前髪で隠れて表情を伺うことはできない。
(やっぱり、“無理”だよな。わかっていたはずなのに何を言っているんだ僕は……)
何も答えぬ女神の姿に冷静さを取り戻す。人を生き返らせるなど簡単にできるはずはない。「望みを何でも叶える」といってもできること、そうでないことがある。
最愛の人を失ったのは、当時の僕に彼女を守るだけの力がなかったせい。それを棚に上げ、八つ当たりをしているようだ。そんな自分に嫌気がさしてくる。
それでも……
(心のどこかで少しは期待していたんだ。もしかしたらって……)
「その、ごめ……」と言い過ぎたことの詫びを入れようとする。瞬間、遮るように透き通る声が届き始めた。黄金の髪を揺らしながら微笑みを浮かばせ、ただ一言の言葉を紡ぐ。
「できるわよ」
「なっ……!」
あっけらかんと、さも何も問題ないように応えて見せる女神の姿に衝撃を隠せず声をあげてしまう。でも、確かに言った。そう耳にした「できるわよ」と……。
「本当か!本当にできるんだな!いいんだな!やっぱり冗談、なんて言わないよな!」
「ちょっ、ちょっと!落ち着いて!」
こみ上げてくる感情に突き動かされるように、女神の両肩を掴みガクガクと揺らす。血眼な形相で美女に襲い掛かるサマは場所が場所なら犯罪者として見られても文句は言えなかっただろう。
黄金の髪の女神はそんな僕をあやすように「大丈夫だから、ねっ」と語りかける。ハッとし、こみ上げてきた気恥ずかしさも手伝って落ち着きを取り戻す。黄金の女神は僕の顔を覗き込んだ。「嬉しいのはわかるけど、まだ早いわよ」と僕の目元をそっと柔らかな指で振り払う。おかげで、いつの間にか涙を流していたことを自覚した。
「そっ、それより本当に僕の願いは大丈夫なん……ですよね?」
「ええ、大丈夫よ」
恥ずかしさに対する照れ隠し、そして急に言葉遣いを正した僕の姿にクスリと微笑みあっさり即答を返された。僕の中の期待は高まる一方だ。
「流石に生き返らせるのは無理だけど……」
「そんな!」
女神の言葉が終わるのを待たずに悲観したところで「あせらないで、ねっ?」と窘められる。乱れる僕の心が微かに静まった。どうやら完全に主導権を握られている。
「重要なのは目的に至る過程が一つではないこと。恭真、あなたの望むものは“大切な人を生き返らせる”の先――“共に生きていくこと”……、ただ、生き返らせればいい、というわけでもないのでしょ?」
確かにそうだ。理奈が仮に生き返ったとしても別の世界、異なる時間や場所であっては意味がない。
「だから……」
「だから?」
「いっそ、ここに召喚してしまえばいいの!恭真の彼女さんが命を落とす前に、ね!」
「なっ!?本当にそんなことが……」
「できないなら、始めから言いません♪」
満面の笑みで得意げに語る姿に言葉を詰まらせる。「彼女さん」という言葉が僕を火照らせ更に追い打ちをかけていた。戸惑う僕にはお構いなし。終始、女神のペースで事が進んでいくようだ。右手を天に掲げて虚空より神々しいまでの輝きを放つ杖を取り出した。
先端には空色の丸い宝珠を宿している。持ち主の髪と同じ色のきれいな黄金の杖。女神がその手に掴んだ瞬間、圧倒的な魔力を解き放つ。
「早速、始めましょう。その前にこれを……」
「指輪?これは一体……」
女神に渡されたのは宝石などは一切ないシンプルなデザインをした銀の指輪だった。よく見ると文字が彫られ、手にした瞬間に淡く明滅した。あの女神が用意した品、何かしらの魔法道具であることは間違いない。
「細かい説明は後。兎に角、その指輪を握って、彼女さんのことを強く想うの!」
「わっ、わかった」
ぐいっと強く迫られ一歩後退するもかろうじてうなずき返した。拳を握り、理奈と過ごしたこれまでの日々を思い浮かべる。
何気ない会話で笑いあっていた時のこと。
つまらないことでケンカをして最後は二人同時に謝って仲直りをした時のこと。
顔すら知らぬ両親を想い互いに涙した幼い日々のこと。
血の繋がりはなくとも、それ以上の絆で結ばれた家族になる、と誓い合った日のこと。
初めて、一人の女の子として恋している自分を自覚した日のこと。
かけがえのなかった日々一つ一つの思い出が重なり合い大きな想いへと昇華する。心臓の鼓動が高鳴る一方で心の中が澄み渡っていった。目を閉じ静かに息を吐く僕を黄金の女神は優しく見つめている。やがて小さく微笑むと、満を持したようにその手の杖を「えい!」と地に一突きした。杖から放たれる黄金の波動は地を伝い円を描くと魔法陣が浮かび上がる。
大きなブーツの上に剣と杖をX字にした紋章を形作った。この場に似つかわしくもないように思えたが、願いが叶うのであれば正直どうでもいい。僕はスルーを決め込んだ。
女神と魔法陣に通う魔力が最高潮を迎える。
「冒険者、恭真を助け付き従う者……、彼の者が願いし従者を今ここに!」
何かの詠唱をした後、女神が再び杖を地にめがけて一突きした。魔法陣は激しく輝くと黄金の光で覆われる。“従者”、と少々物騒な単語も耳にするも目の前の光景に目を奪われ思考を遮断した。光は徐々に人型へと収束する。中から現れたのは――
「理奈!」
僕にとって、最も大切な人だった。目頭が熱くなり、感情が体を突き破って爆発しそうな程の感覚を覚える。今にも強く抱きしめようと一歩踏み出したところで、ある事実が全てを鎮静化させる。この場であってはならない望まぬ異物が僕のあらゆる熱を奪い取った。
彼女——理奈は約四年前の旅客機襲撃の日と同じ格好だった。学園の制服――いわゆるセーラー服姿で魔法陣の中心に仰向けになって横たわっている。瞳は閉じたまま流れるような長い黒髪が乱れる。その表情からは血の気が感じられない。命を落とす前の状態で召喚されたのだ。生きていることは間違いないはず。——が正直、疑いたくなる光景が広がっていた。
「何だよこれは?一体どういうことだ?!」
異物の正体――理奈の腹部を一振りの短剣が貫いていた。紫紺の刃に紅のラインが走る。金縁に漆黒の宝石をあつらえ不必要なまでに禍々しい装飾。漂うオーラから呪われた魔剣だということは一目瞭然で感じ取れる。白地の制服は赤く染まり凄惨さを際立たせる。
「折角、会えたとおも……」
「大丈夫よ!ちょっと違うけど、この展開も想定済み!」
僕の絶望を振り払うかのように言葉を遮り希望を紡ぐ。黄金の女神がその手を天に掲げると世界樹らしき大樹から生命のエネルギーが放たれ球体を形作る。十分に力が集まったことを感じたのか、そのか細い腕を一気に振り下ろした。
癒しの力が理奈の体に流れ込み全身を優しい光で覆い始める。呪われた魔剣は神秘の力に屈し粒子となって消滅していく。いつしか腹部の傷は跡一つ残らず癒えていった。どういう原理か血で赤く染め上げられた制服は仕立て上げの新品同様にまで修復されたどころか、汚れ一つなく綺麗に仕上げられている。そっと顔を覗き込むと血色は戻り穏やかな寝息を立てているのに気付き、安堵の息を漏らした。
「まだよ。召喚の儀はまだ終わっていないの」
「えっ、そうなのか?」
安心しきったところでもたらされた言葉に疑問を呈するも、「このままだと儀式は失敗に終わって彼女はここから消えてしまうけど、いいの?」と言われてしまうと途端に気が引き締まる。「次はどうすればいい?」と視線で聞き返した。
「その指輪を彼女さんの指に嵌めてあげて……、左手の薬指に想いを込めて、ね?」
「さっき渡された指輪を嵌めればいいんだな?」と了解の意を頷き返して示すと「左手の薬指よ!絶対に間違えないで!重要だから二度言うわ!」と強く念押しされてしまった。「“左手の薬指”、ってそんなに重要なのか?」と呟くとキッと睨まれてしまった。何も言い返すことを許さぬ圧力に負け、言われるがまま理奈の指に銀の指輪を嵌めていく。白くて細い手をとり寝息を立てる姿を見た時、心臓が高鳴り顔に熱を感じたのはここだけの話だ。
指輪を嵌め終えたのを見届けたところで、口元が吊り上がったのを僕は見逃さなかった。目元が笑っていることにも気付き嫌な予感が冷たい汗を走らせる。こういう時の感はよく当たる方だ。今、この瞬間だけ女神の背に小さな悪魔の翼が生えているように見えた。
「それじゃ、次は契約の“キス”ね。ほら、早く!」
「きっ……キスーーーーーーーー!」
僕に身構える時間など与えず、あっさりと爆弾は投下された。その威力は絶大で思わず固まってしまった。
「そっ。彼女さんを失いたくなければ覚悟を決めてさっさとする!」
クスクスと笑いながら背中の悪魔の羽をパタパタさせ(実際にはないけど……)動揺する僕を促した。「失う」と言われれば抵抗するなど決してできない。覚悟を決めて理奈の顔を覗き込む。
改めて、可愛いな、と思う。
同時に柔らかな唇とか唇とか唇とかに目が行ってしまい今にも心臓が爆発してしまいそうだ。眠っている隙に口づけすることに罪悪感を覚えるが「これは必要なこと。人工呼吸と同じ」と心の中で何度も言い聞かせ、己を納得させる。
後、一センチ……。
今にも触れそうな位置まで顔を近づける。先ほどから心臓の音が鳴りやまない。少し風が吹く位の衝撃で今にも触れてしまいそうになる距離……。
「あの~。別に手の甲とかおでこでも大丈夫なんですけど~」
「~~~~~~~~~っ!!!」
口元に手を当てニヤニヤ笑みを浮かべ、茶化すように声が届いた。僕の熱は急速に冷めていく。
(絶対!わざとだろ~~~~~~~~~~っ!!!)
心中で盛大な悪態をついた。
この女神の手にかかればクールぶっていた僕の仮面を剥がすことなど造作もなかった。
……
黄金の女神は最後の仕上げに取り掛かり始めた。両手で杖を握り直し、先端の宝珠を理奈に向けて詠唱を開始する。ちなみに僕がキスをしたのは手の甲だ。最初はおでこにするつもりだったけれど、色々な恥ずかしさで顔を直視できなかったのが原因であることは言うまでもない。
兎も角、儀式の邪魔をしてはいけないので、女神の後ろに立ち静かに見守る。今、できることは成功を祈ることだけだ。
「契約をもって汝に新たな使命と力を!」
黄金の杖から放たれる魔力が理奈の体を包み浸透していった。全身に行き届いたところで淡く輝き始め呼応するように魔法陣から光が解き放たれる。目を開けていられない程の光量が視界を遮ると横で「良かったわね。成功よ」と囁く声が聞こえた。
光が収まるのを感じ取り恐る恐る瞼を開く。魔法陣も消え失せ一切の魔力も感じられない――が、ペタンと座り込み視線を宙に彷徨わせながら、きょとんとしている少女の姿が視界に映る。現状が理解できないのか、左右を見渡して何やら呟いている。その仕草、聞き覚えのある懐かしい声、間違いない。間違えるはずがない。
(理奈だ。生きている!目の前で今、こうして!)
はやる気を必死に抑えながら歩を進める。理奈の前に立ったところで腰を落として彼女の視線に合わせる。パチクリと瞬きすると同時に目が合った。時が支配し、ほんの一瞬のはずが随分長い間、見つめ合っていたような気がする。最初に口を開いたのは僕だった。
「理奈、僕が誰だか分かる?」
「兄……さん?」
久しぶりに間近で耳にする声に目頭が熱くなる。
「そうだよ。恭真だ。兄さんだ」
「兄……さん、兄さんだ!兄さん、兄さん!すごく怖かったの!会いたかったんだよ!お兄ちゃん!!!」
「僕も!僕もだ!」
理奈が僕の胸に飛び込み、押し倒されるように座り込んだまま抱き合う姿勢となる。互いの涙腺は既に決壊し大洪水。僕は嗚咽を漏らし続け、理奈はえぐえぐと泣きじゃくる。
触れ合うことで知る。“生きている”、という温もりがこんなにも“かけがえのないもの”であることを四年前の僕……、僕達は知らなかった。些細な事、どんなに小さな一つ一つにでさえ“幸せ”がある。僕は絶対に忘れない。今日、この瞬間の“幸せ”を……。
二人の抱擁する姿に女神も頬を伝わる一滴をそっと振り払う。その表情は慈愛に満ちていた。
お読みいただきありがとうございます。
主人公のステータスは次の次辺りで公開予定です。