第27話 続~虫、ムシ、むし
前話に引き続き、今回もお食事中にお読みになる場合は不快な思いをされるかもしれません。
「ほら、もう魔物は倒したから大丈夫だ」
——フル、フル——
リナは首を横に振るだけで何も言わない。魔物の亡骸を直視し盛大な悲鳴を上げた後から今に至るまでリナはずっとこの調子だった。
(これは少し、時間がかかりそうだ。戦利品の回収も……、無理そうだな)
キョウマはリナの頭の上に手を置き、そっと撫でる。少しだけ震えが収まったような気がした。
「ここにいたら、またさっきみたいなのが出るかもしれない。ここを離れようか」
——コク、コク——
「わかった。それじゃ……」
行こう、と言いかけてキョウマは言葉を止める。リナも何かに気付き、ビクッと身を震わせた。
——ガサ、ガサガサガサッ!——
「嘘だろ……。こんな時に……」
先ほどと同様。否、今度は複数の箇所から音がした。
——ガサガサガサ——
ついに魔物は姿を現した。先ほどのクワガタだけではない。今度はカブトムシどころかキョウマも見たことがないような虫型の魔物も混ざっていた。
(Gがいないことが唯一の救いか。でもリナには全部同じにしか見えないんだろうな。さて、どう切り抜けるか……)
脱出の糸口を探っているところで、キョウマはくいくい、と袖を引っ張られていることに気付いた。ふと横を見ると「むし……いやだよぉ~」と涙目のリナが映る。「大丈夫だよ」と微笑むと袖を握る手は強くなっていた。
——ガサ、ガサガサガサッ!——
「ひぃ!」
リナの小さな悲鳴が上がる。それもそのはず、魔物の数がまた増えたからだ。
一、二、、三、四、……。
前後左右、次々に現れる虫の魔物。数えるのもバカらしくなってくる。
「虫、ムシ、むし、むシ……。いやぁ、やぁ~。お兄ちゃん!」
(お兄ちゃん、か……呼び方が昔に戻ってる。けど!俄然、やる気がでてきた!)
リナの「お兄ちゃん」発言によくわからない気力をたぎらせるキョウマ。その目に火が灯る。
「はぁぁぁぁぁ……。はっ!!!」
キョウマの気合が波となって魔物達を襲う。その剣気にあてられ動きが止まる。
「リナ。指輪たい……」
【指輪待機】のスキルを発動させようとしたところでリナに止められる。首をフルフル横に振り必死さが伝わってくる。
「一人はいやぁ。指輪の中、暗いしいやだよぉ~」
生死がかかるこの状況下でリナのこの発言は単なる甘えと我儘に過ぎない。キョウマはリナの瞳を覗き込み伝えるべき言葉を紡ぐ。
「よし、わかった。お兄ちゃんにしっかり掴まっているんだぞ!怖かったら目を閉じていていいんだからな」
コクコクと頷きキョウマの首に腕を回すリナ。こんな時にもかかわらずキョウマはとことんリナに甘かった。
(甘え?我儘?……上等だ!!好きな女の子に頼られているんだ。男冥利に尽きるだろ!)
「それに……」
(何より!)
リナを腕に抱きかかえてキョウマは跳躍する。口端を吊り上げ、不敵に笑う。
「カッコイイ、じゃないか!!」
……少々、自分に酔っていた。困難を乗り越えお姫様を抱いてヒーローの如く帰る。キョウマの中で結末は既に描かれつつあった。とはいえ、今のキョウマは手がほとんど塞がり取れる手段は限られている。
「アクセル・ウイング!」
(少し頼りすぎな気もするけど……)
光り輝く魔法の翼をその背に宿し、キョウマは空へと飛翔——魔物達の頭上を取る。
「全開でいかせてもらう!」
光の翼は煌く粒子を放ち一回り、二回りと大きくなる。
「ストーーーム!……、ウィーーーーングッ!!」
一度、翼を大きく羽ばたかせる。舞い散らせた光の粒子は激しいまでの暴風を生んだ。
(例え殻は固くても!)
「弱点はそこだ!!」
狙うは腹、そして体の接合部。吹き荒れる嵐が魔物達を巻き上げ。光り輝く風の刃はピンポイントに弱点を攻め立てた。頭、胸、腹、三つの部位をバラバラに切断し次々と魔物達を葬り去っていく。
「これで!」
翼にキョウマは力を込める。渦を巻く風はやがて一点に収束し魔物達とその死骸を地へと叩き付けた。
——ガッガガガガガ!——
土を抉り、未だ地上に残る魔物を轟音と共に吹き飛ばす。
「やった……のか!?」
肩で大きく息をしたキョウマからそんな言葉が漏れた。フラグを立てたことにも気付かずに地上の惨状を一瞥し、ゆっくりと降下する。今のキョウマでは【アクセル・ウイング】で長い時間、高く飛ぶことはできない。光の翼は明滅し薄っすらと消えていく。
「リナ、もうだい……!?」
フルフル、と首を横に振るリナ。キョウマにしがみつく力はより強くなる。
「リナ、ちょっと痛いって」
「ぃやぁ~」
(あっ、でも柔らかくてこっちは気持ちいい……)
ぎゅ~っ、と首を絞められ流石のキョウマも苦しくなる。その一方で押し付けられるリナの柔らかい感触に心地よさも覚えた。
(いかん、いかん!)
頭を振って向き直ると、リナの反応の意味するところを理解した。
「嘘……だろ?」
確かに魔物は葬った。手ごたえも十分あった。倒した数は三十や四十じゃ済まないはず。——にも関わらず、それが夢であったようにワラワラと虫の姿をした魔物が現れる。キョウマ達の周りを取り囲むとシャカシャカと羽を開き震わせた。
(赤くなった?怒っているのか、それとも……)
——シャーッ!——
魔物達の威勢は強くなる。全身に帯びた赤みは頭の方へと集中し頭上に魔力の塊を成した。
(これは……、火の魔法!!)
四方八方を塞がれ、更には火属性魔法による飽和攻撃、そして戦闘不能状態のリナ……、絶体絶命の状況下において、キョウマの闘争心は一欠けらも消えてはいなかった。否、より一層の強い光がその瞳に宿る。
(お前も同じ気持ちか)
キョウマは自身の右腕を一瞥する。白銀の光に包まれ静かに明滅している。「早く使え」と訴えるかのように脈を打つ。
(僕も同じだ。頼むぞ)
心に念じると、薄っすらとした光は次第に輝きを増していった。それが最高潮に達すると眩いばかりの閃光を解き放つ。
「変身!星竜闘衣!!」
キョウマが内なる竜の力を解放したのとほぼ同時に魔物達は魔法を打ち放った。キョウマ達を包む白銀の光と灼熱の炎がぶつかり合いどちらも弾け飛ぶ。
——キシャッ!——
キョウマの姿はどこにもない。圧倒的な勝利の確信に虫の魔物達は羽を震わせた。
「どこを見ている!」
その声は頭上から届く。魔物達が見上げるとそこには日の光を背に、白銀の戦士が佇んでいた。
剣の如き二本の角飾りが煌く頭部を完全に覆ったヘルム、動きを阻害することのないようシンプルな作りの洗練された装甲。右肩の水、左肩に火、頭部には風、右足首に雷、そして左足首の土、各部に宿した宝珠が光り輝やく。
「とぅあ!」
美少女メイドを抱えたまま白銀の戦士——キョウマが今、戦場へと降り立った。
◇
レベル補正プラス「50」の力が溢れ上がる。体の内に宿る竜の力が僕の昂る力と重なり合って咆哮を上げる。
「リナを泣かせる奴は僕が許さない!絶対、絶対だ!!」
「お兄……ちゃん?」
魔物にそんな感情があるとは思っていない。これが僕の勝手な理由に過ぎないことも知っている。だが、それがどうした?
そんなものと恐怖に震える声で僕を「お兄ちゃん」と呼ぶこの世で一番大切な女の子……、天秤にかけるまでもない!!
そう、僕の答えはただ一つ……。
——リナと共に暮らす今この時、そして幸せに過ごす未来——
僕が真に望むのはそれだけだ!今もそしてこれからも!!
「竜眼!」
(何か他の……虫の魔物の弱点はどこだ)
僕はヘルムの竜眼を起動し解析を始める。今のリナに頼むのは酷だ。例えそれが甘いと言われようと僕はそれを貫く。
(風では駄目だ。消耗がデカい)
先ほどやってみせたようにアクセル・ウイングの風では効率が悪い。腹を狙うために吹き上げ、ピンポイントを攻撃するために神経を研ぎ澄ませなければならない。周りには百を超える魔物の軍勢。一体一体に気を使っていては効率が悪すぎる。事実、一度技を放っただけで翼の効果時間が切れてしまった。ステータスが上がった今の状態ならゴリ押しもできなくはない。が、既に異常事態に遭遇している以上、不要な消耗は避けたい。
余談だが実は今回、MP消費なしで変身に成功している。僕が知らない何かが【白銀の星竜】にはあるのかもしれない。
「!」
(解析結果が出たか!魔物達全員【火属性】!?)
そういえば今日遭遇したレッドウルフ……、そして最初に会ったオーガ、どれも体は赤く【火属性】を思わせる。
(こいつは何かあるかもしれない。だが今は!)
虫たちも野生の本能で力の差を感じ取っている。勝てないことも逃げられないことも。
——シャカシャカシャカ!——
戦う以外に道はない。魔物は羽を震わせ再び炎を撃つもの、僕に向かって突撃するもの、二通りに分かれた。
「そう、戦うしかないんだ。僕もお前達も!!」
僕は右腕を前へと突き出す。
僕のやろうとしていることを理解したリナは落ちないようにしがみついてきた。
力が、闘志がわいてくる。この温もりを僕は失いたくない!
右肩の水を司る青い宝珠が輝いた。呼応するかのように胸部に宿した透明色のそれは明滅し青色へと変わる。
「ドラグ・ブリザァーーーーーーードッ!!」
右手に集まる闘気が竜の咢へ姿を変える。魔物を見据え大きく口を開くと巨大な冷気の塊を吐き出した。全てを凍てつかせる吹雪の息は暴風雪となってあらゆるものを氷の棺へ閉じ込める。
「終わりだ」
パチン、と指を鳴らすと虫の氷像は木っ端微塵に砕け散った。
「さあ、次はどいつだ」
僕は後ろに向き直り、冷気を免れた集団を一瞥する。相変わらず——シャカシャカ、カサカサ——としていて気持ちが悪い。少しリナの気持ちがわかってきた。「持ち帰ろう」なんて冗談でも言った僕がバカだったようだ。
(ん?)
僕にしがみついていたリナの様子が何だか変だ。震えも収まりピクリとも動かない。冷気の影響はないはずだけど。
「クスッ、クスクスクス……」
「リ……ナ?」
あ~、これは悪い兆候だ。例の如く黒いオーラを出してらしくない笑い声を上げている。とうとうリナの恐怖メーターが振り切ったようだ。アレを向けられたことのある僕にはわかる。虫君たち……サラバだ。合掌!
「虫、ムシ、むし、ムし、むシ、虫、ムシ、むし、ムし、むシ……!!!」
僕にしがみ付いたままリナは“てっぽう”を取り出す。
(あれ?“てっぽう”の形が変わっていく?)
元の形はBB弾を発射する玩具のような形だったはず。それなのに今はSFの人型機動兵器が手にするビームとかを発射しそうな凶悪な姿へ変貌している。
「フフ、クスクスクス……。み~んなまとめて滅んじゃえばいいのに……」
——ガシャッ——
(あっ、構えた)
リナは僕の体に顔を埋めたまま魔物の姿を見ることなく銃口を向ける。
「消えて!!ストーム・ブリザーーーーード!」
——ゴゴゴゴゴッ——嵐が吹き荒れる
——カチカチカチ——虫君たちが凍っていく
——パリンッ——あっ、割れちゃった
——サラサラサラ——何も言うまい
簡単に表すとそういうことだった。
(これ、僕の【ストーム・ウイング】と【ドラグ・ブリザード】の合体技だよね。【ラーニング】で取得しちゃったんだ。ははは)
「怖かったよぉ~」
「よしよし」
後には文字通り虫一匹と残っていなかったとさ。
お読みいただきありがとうございます。
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次話もお読みいただければ幸いです。




