第26話 虫、ムシ、むし?
食事中にお読みになられた場合、少々不快になるかもしれません。
少々気まずい食事を終えキョウマとリナは集落の外へと出る。特に散歩という訳でもない。コングから新たに受けた依頼完遂のためだ。
『エスリアースへの届け物だが、明日の午前に頼む。時間があるなら依頼を頼みたい。内容はこの辺り一帯の魔物の討伐だ。種類は問わない一体でも多く討伐して欲しい。最近、魔物達の動きが活発でな。普段、この辺では見ないものも出る始末だ。それから、あまり北の方にはいかない方がいい。あそこには“孤独の回廊”と呼ばれる難攻不落のダンジョンがあってな。どうもそこから魔物が溢れているようなんだ。あそこは“竜の巣”とも呼ばれて強力な竜種の魔物が出る。くれぐれも気をつけてくれ』
コングの言葉を思い出したキョウマは北の山を見上げる。考えを察したリナはキョウマの傍へと歩み寄った。
「『竜が出る』って聞いて、見てみたいと思ってるでしょ?」
「わかるか?」
「顔に書いてあるよ。でも、油断したらダメだからね」
「その辺はわきまえているつもりなんだがな」
「どうだか……。それより兄さん!」
「わかってる。どうやら敵さんのお出ましのようだ」
木の陰から現れたのは赤い体毛をした狼型の魔物が二体。口を大きく開き涎が滴り落ちた。
「グゥゥゥゥッ」
身を屈めて低く唸る。ぎらつくその目が獲物を捕らえると、一気に跳躍。烈火の弾丸の如く襲い掛かかってきた。
「なんの!」
臆することなくキョウマは蹴り上げ、顎を打ち砕く。そのまま回し蹴りの要領で払い、もう一体へと蹴りつける。
「アイスショット!」
「ワフッ」
(やっぱり、弱点みたい)
リナの撃ち放った氷の弾丸が動きを止めた狼達を捉えた。凍てついた冷気に熱を奪われ動きを鈍らせていく。
「終わりだ!」
最後はキョウマが蒼の一太刀をもって狼達を斬り捨てる。
お約束の黄金パターンは今日も健在だ。
「まだ森の中に隠れているのがいるな。それにしてもこの狼達、もしかして……」
「兄さんの考え通りだよ」
キョウマはジャケットの袖に目を向ける。言いたいことを察したリナはその後に続けた。
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レッドウルフ
LV 14
HP 124
MP 68
STR 38
VIT 31
AGI 48
DEX 35
INT 21
MND 9
LUC 1
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「やっぱりジャケットの材料だったか」
「ちょっと、複雑だね」
「そうだな。それじゃ、納得もいったところで気を引き締めようか!敵さんも痺れを切らしているみたいだしな」
「気を付けてね、兄さん。奥に結構いるみたい」
「リナの方こそ気を付けてくれ。ステータスを見るに油断はできないからな」
リナはコクリと頷き「いざとなったら【指輪待機】を使うから大丈夫」と心配するキョウマの不安を和らげる。キョウマも「わかった」と首を縦に振り二人は奥へと駆けて行った。
…………
「ふ~っ、こんなものか?」
「結構、倒したよね」
「ざっと、三十は倒したよな」
魔物退治を始めておよそ一時間と三十分。周囲に魔物の気配はない。
「やっぱり多いよね。それに聞いた話だと最近、魔物が強くなっているみたい」
「そうだな。他に何人か冒険者の人を見たけど、魔物達の動きに戸惑っている印象があったよな」
道中、キョウマ達は何組かの冒険者達とすれ違っていた。キョウマの目から、どのパーティーもベテランと見て取れた。素人の迷いとは考えられない。
「何かある……のか?」
「う~ん。日が沈むまで時間はまだ十分あるよ。もう少し先まで行ってみる?」
「やっぱり、リナには敵わないな。でも本当にいいのか?」
リナはキョウマが「もう少し先まで行ってみたい」と考えていることに気付いていた。なぜなら、先ほどからキョウマは竜が出ると言われる山の辺りを気にしていたからだ。そんな中でのリナの提案はキョウマにとって渡りに船。是非、乗りたいところ。ただ、コングから受けた忠告もある。リナを守り切る自信はキョウマにはある。それでも怖い思いをさせてしまうかもしれない。キョウマの気がかりはそこだった。
「わたしは大丈夫だよ。それに色々、やりたいこともあるしね」
「そういえば、リナ。さっきからその辺の草とか木の実を集めてるようだけど、何してるんだ? 」
丁度、リナが何かの木の実を採取したところでキョウマは疑問を尋ねた。「う~んしょ」っと爪先立ちになって腕を伸ばす美少女メイド。何かをとろうとする度に背のリボンが小さく揺れる。
「ん?何って、見ての通りだよ。この辺りで取れる植物は回復薬や毒消し、他にも色々な薬に使えるみたいだよ。依頼板に貼ってあったのを思い出したから、ついでに取ってるの」
「依頼は受けていないんだよな?」
「そうだね。持って帰って依頼がまだ残っていれば、そのまま受けてしまえばいいし。なかったらなかったで売ればいいしね」
「そういうことか。あの集落には店もあったし売るのも手だよな」
キョウマが感心し納得したところで、リナが呆れ顔になる。理解ができず「あれ?何か変な事、言った?」と戸惑いの声を漏らした。
「あのね、兄さん。売るには間違いないけど、売るならエスリアースだと思うの。昨日、話したでしょ。タートスがなくなったことでエスリアースから集落までの人や物の流れが滞っているんじゃないか、って……」
「あっ!そういうことか」
キョウマはポン、と手の平を打つ。リナも「そう、そう」と頷いた。
「集落からエスリアースに物が入らなくて値上がりしているかもしれない、ってことか」
「うん!正解」
リナはキョウマの傍まで歩み寄ると背伸びをして「エライ、エライ」と言わんばかりに頭を撫でた。
「たまにはいいよね」
「そうかもな」
そう漏らすとキョウマは穏やかな笑みを浮かべ、気付いたことを口にした。
「けど、依頼も誰かが達成していて、値上がりもしていなかったらどうするんだ?」
「その時は“まじかる・ばすけっと”に入れて食材に変えてしまいます」
キョウマは感嘆し「例の女神道具だな」と口にすると、リナは「その略し方だと女神様が丸くて青いロボットみたいだよ……」と苦笑した。
——カサッ——
「ん?今何か変な音、しなかったか?」
「えっ?」
——ガサガサガサッ——
「気のせいじゃ……ないな」
「うん、わたしも聞こえた」
——カサッ、ガサガサガサッ——
「兄さん!魔物の反応……、正面!」
「わかった、任せろ!」
木刀を構え、音の聞こえた茂みの方へとキョウマは駆け抜ける。
——ガサガサッ——
(来るか!?)
それは不意に現れた。まるで大砲か何かの砲弾の如き勢いで黒い塊が襲う。
——ガッ!——
「こいつは……」
魔物の攻撃は当たらない。キョウマは木刀で受け止め黒い魔物を一瞥する。大きさはレッドウルフと同程度。加えて硬い甲殻、六本の足、そして太く猛々しい顎。
「なんだ、でっかい“クワガタ”か……」
拍子抜けしたキョウマは木刀を押し込みクワガタの姿をした魔物を押し返す。仰向けにひっくり返った魔物は自分で起き上がることができず、地につかぬ足をジタバタと動かした。
「昔、よく採ったよなぁ~。持ち帰ったらダメかな」
(ん?リナの様子が変だな)
いつもならこのタイミングで来るはずの援護射撃がない。不審に思い、リナの方へと振り返る。
「……だめ」
(りな?)
「そんなの持ち帰るなんて絶っ対、イヤッ!」
「っ~~!」
今しがた述べた言葉をキョウマは後悔した。「しまった~」と悔やんでも既に遅い。
(リナ、虫が大の苦手だったんだ)
子供の頃、リナの虫嫌いがきっかけで昆虫採取を止めたことを今更ながらに思い出す。
「虫……、嫌だよ~」
(げっ、ちょっと泣いてる!?)
「ごめんな。あいつはここで僕がやっつける。それでいいね」
——コク、コク——
いつもより柔らかい口調で話しかけるキョウマ。何も言わずにリナは首を縦に振った。
「よし、それじゃ……って!?」
違和感に気付いたキョウマがリナを見る。ちょん、と震える手でリナがジャケットの端をつまんでいた。
「もしかして……、「離れるな」ってこと?」
——コク、コク——
「了~解。傍にいるからそれでいいね」
——コク、コク——
「それなら!」
——蒼葉光刃心月流、葉走——
木刀に闘気を込め蒼く輝く刀身を一気に振り払う。刃から放たれたオーラは地を這い衝撃波となって突き進む。
(外は固くても腹は違うだろ!)
幸い魔物はまだ仰向けにひっくり返ったまま。狙うには好都合。
——ドッゴォォォォォン——
爆裂音と同時に蒼の木の葉が舞い散った。もっともこの日、散ったのはそれだけじゃなく……。
——ボトッ!——
(『ボトッ』?)
それはバラバラとなった戦利品が地に落ちる音。大きなクワガタムシの顎が不幸にもリナの前に転がった。虚ろな死骸の目とリナの目が合う。
「……」
リナの顔はみるみる青ざめていく。歯をカチカチと震わせ体全体は氷のように冷たく固まる。
「いっ、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっー!!!」
リナの叫びが辺り一面へと響き渡るのであった。
お読みいただきありがとうございます。




