第24話 冒険者組合
バトルはもう少し先の予定です。
『戦利品の換金がしたいんだったら、奥の大きな看板のある小屋がそうだ。ギルドの出張所になっているから、そこで一度話もしておくといい』
助けた戦士に言葉に従い勧められるがまま奥へと向かうキョウマとリナ。
(ギルド?ああ、冒険者組合のことか!?そういえば、あの女神も『ギルド』って呼んでたな)
「ギルド=冒険者組合」をすっかり忘れていたキョウマは今更ながらに気付きポンと手の平を打つ。いつもならこのタイミングでリナからのツッコミがあってもおかしくないはずなのに今日、この時は何もない。チラリと横を見ると目を輝かせるリナの姿があった。
「人だ~。人が住んでるよ~」
既に落ち着いたキョウマに対しリナは未だ感動の余韻に浸っていた。
「あっ!あそこ何か売ってる!あとで見に行こうよ!」
と、いうかはしゃいでいた……。内心でキョウマは「ここに来れて良かった」と安堵する。
キョウマとリナが訪れた集落に正式な名前は存在していない。元々はこの先の山や森へ探索に行く冒険者達が開けた土地を休憩地点と利用していたに過ぎなかった。それがいつしか、儲けを狙って商売に走る者、臨時パーティーを募る者、住み着く者が現れて一種の集落にまで発展を遂げた。
グルリと周囲をキョウマは見渡した。
テントに掘っ立て小屋、急ごしらえの建物が目立つ。店にしても建物というより、祭りの出店のイメージに近い。リナのテンションが昂る要因はそこにもあった。
「お金が入ったら買い物しような」
「うん!絶対だよ。兄さんの着る服、いいのあるといいな♪」
「僕のことはいいから、リナの欲しいものを買いなよ」
自分のことを第一に考えてくれていたことを知り、キョウマの頬は緩む。
「いいの♪兄さんの装備も揃えないとね。わたしのこの服、意外に防御力高いみたいなの。だから最初は兄さんの装備から買わないと。いつも前に出るし防具はきちんとしないと、ね?」
「ありがとう、リナ。そこまで考えてくれてるなんて。でも、欲しいものがあったら買っていいんだからな」
「うん、そうするね」
(でも、わたしはもう貰っているから……)
「ん?今、何か言ったか?」
「何でもな~い。それより早く行こうよ!」
「ちょっ、ちょっと待てって……」
ウインク一つして奥へと駆けるリナ。キョウマはその後を追う。
飛び切りの笑顔を浮かべたリナは左手に嵌められた指輪を横目でチラリと見る。薬指の指輪が日の光を浴び銀の輝きを発するとリナはクスリと再び微笑んだ。
(兄さん……、ありがとう)
小さく呟くリナの心はイタズラな風の揺らす木々の囁きにより掻き消えた。「一体、何なんだ?」とついていけぬキョウマをリナは「な~いしょ」とスルーする。そうこうしている間に目的の場所は目前に迫っていた。看板を掲げた丸太の小さなログハウスが目についた。
「ここがそうだよね」
「そうみたいだな。それにしてもこの看板の紋章、見覚えがあるな」
大きなブーツを背に杖と剣をX字に交差させたマーク。どこか見覚えのあるキョウマは思考の梅へとダイブする。記憶の引き出しをひっくり返して思い出した時、「おおっ!」と手の平を打った。
「これ、女神がリナを召喚した時に浮かんだ魔法陣の模様とほとんど同じだ」
「そうなの?」
「リナが目を覚ました時には消えていたからな。まあ、知らないのも無理ないか」
「そういえば、女神様は『冒険者組合で行うパートナー召喚のスペシャル版』って言ってたよね」
「あの時は特に気にしなかったけどこういう意味だったんだな」
納得、納得、とキョウマは目を閉じ二度首を縦に振る。一方のリナは「魔法陣にギルドマークを使うなんて、魔力の無駄使いじゃないのかな?」と現実的な感想を漏らしていた。
「納得もできたことだし中に入ろうか?」
「そだね。さっきから見られてるし」
扉は最初から開いている。入り口付近で話をしていれば目立つのも無理はない。他の冒険者も特に見当たらず受付の視線がキョウマ達へと注がれるのも仕方がない。「悪いことしたな」とリナを後ろにキョウマは中へと足を踏み入れた。
建物はそんなに大きくない。入ってすぐ奥にカウンター、横を見れば依頼書らしきものが貼られている。
受付には口ひげを生やした角刈りの男性と若い女性がついていた。特に考えもなく、キョウマは女性の方へ向かおうとする。リナは後ろからキョウマの肩をがっしり掴み歩むのを制した。恐る恐るキョウマは後ろを振り返ると「なんで女の人の方に行っちゃうのかな」とニッコリ笑うリナの姿があった。その背に不機嫌オーラが漂っているのは言うまでもない。
「いや、こういう時って大抵、そうするもんじゃないのか?」
「女性スタッフの方が手慣れているだろうし」、とキョウマは付け加える。
「あのね、兄さん。わたし達には換金以外にも目的があるでしょう?どう見ても男の人は女の人の上司だよね。大事なお話しは決定権のある人と直接した方がいいと思うの。間に人を通さないで直に話せるなんて、これはチャンスなんだよ」
「そこのところわかっているの」、と返すリナにキョウマは何も言えなくなる。
「兄さん、ここは任せて」
トン、とカウンターへの前へと躍り出るリナ。フードを脱ぎ長い黒髪がサラリと揺れる。現れるは年端も行かぬ少女の姿。自然、注目はリナへと集まる。この年頃の冒険者が全くいないわけでもない。他の冒険者がいないということも理由にはある。——が、それらを差し引いても惹きつけられる何かが今のリナにあった。
(リナ……何か考えがあるのか?)
「ふむ。よく来てくれた。ここは冒険者組合タートス支部の主張所だ。君達、見ない顔だね。ここは初めてだろう?」
「はい!まずはナビゲーション・リングをお見せすればよろしいですか?」
「ほう?指輪持ちとは珍しい」
「ええ、少々縁がありまして……」
リナが左手をかざすと受付の男性は目を細めた。リナを品定めする視線にキョウマの眉が吊り上がる。男性はキョウマの変化に気付き表情を崩した。
「そうか、そうか。これは失礼した。俺の名はコング。よろしく頼む」
「はいこちらこそ。わたしはリナ、後ろにいるのが兄のキョウマといいます」
リナが後ろに控えていたキョウマを紹介する。コングと目の合ったキョウマは一礼をした。
「兄妹で冒険者をしているのか。お兄さんも指輪持ちかい?」
「いえ、冒険者なのは兄だけです。わたしは兄のナビゲーション・パートナーですから」
「なっ、なにぃーーーーーーーっ!」
ナビゲーション・パートナー、その一言にコングは目を見開き驚きの声を上げる。カウンターを両手で勢いよく叩いて身を乗り出した。
「精霊……なわけないよな?人口生命体もまだ研究段階だ。君は一体……」
「わたしはそのどちらでもありません。兄さんの義妹です。血は繋がっていませんけど……」
「な……に?『血は繋がっていない』となると『兄』と呼んでるだけ……。まさか!精霊の上の高位の存在!?」
「えっと、何のことでしょう?それより素材の換金、お願いしてもいいですか?」
「うっ、うむ。済まない。それではこの水晶にリングをかざしてくれ」
受付のコングは台座の上に乗せられた水晶を取り出した。台座からは線が伸び、ディスプレイへと繋がっている。「ナビゲーション・リングからデータを読み取る装置なのだろう」とキョウマとリナは推測した。 読み取るまでの少しの間にキョウマはリナの耳元で囁く。
(わざと『自分は人間です』って言わなかったろ?あの人、完全にリナのこと誤解してるぞ)
(わたし、嘘は言ってないよ。それよりわたしに任せて兄さんはそのまま静かにしていてね)
(……わかった)
しれっと言いのけるリナにキョウマは何も言えなくなる。「リナ、本当に年齢十五か?」と心中で呟いた。
「こっ、これは……」
「どうかしましたか?」
(もしかして、『登録されてなかった』なんてことないよな)
内心、落ち着かずにいるキョウマに対しリナはいたって冷静に振る舞う。
「いや、なんでもない。記録を見るに討伐報告をするのは今回が初めてだな?」
リナはコクリと首を縦に振る。その反応にコングは顔を顰めた。
「五十体以上の魔物を倒してからの初報告……、大抵の冒険者はもっとこまめに報告するんだがな」
「どういうことです」
「うん、知らないのか?冒険者組合では素材や魔石の換金の他に、リングに記録された魔物の討伐数とその種類に応じて別途、報酬を支払っている。討伐した魔物の中に危険種がいれば更に報酬は上がる。ここまではいいな?」
「はい。……、何か問題でもありましたか?」
「うむ。その前にだがリングのデータを読み取ったところ魔族の討伐記録が確認された。そしてそのステータスも……。本当に君達が倒したのか?」
キョウマとリナは顔を見合わせる。ここでもリナは「わたしに任せて」とキョウマに合図した。
「わたし達、というか兄が一人で倒しました」
「そうか、やはり……」
(いいのか?言ってしまって)
(これでいいの。そうでないとタートスのこと、話せないでしょ)
(そういうことか)
「君たちは異世界から来た勇者なのだな」
「勇者かどうかはわかりませんけど他の世界から来たのは確かです。どうしてそれを?」
「エスリアースで勇者召喚を行った話があってな。君達みたいな黒髪黒目が多いと聞く。ならばこの戦果も頷けよう……だが!」
コングは眉を吊り上げる。怪訝に感じたキョウマとリナは次の言葉を待つ。
「魔族程の危険な存在と遭遇したのに冒険者組合へすぐ報告に来ないのは頂けん。他の冒険者への注意喚起もある。肝に銘じてほしい」
「そのことなんですが……」
その一瞬、リナの口端が僅かに吊り上がるのをキョウマは見逃さなかった。
(リナ、何か仕掛ける気だ)
「報告をしようしたのですが、エスリアースの町に通してもらえませんでしたので、冒険者組合に直接お伝えすることができませんでした。門番の方にはお話ししたのですが信じてもらえなくて……。これがその時の証拠です」
『はん!魔族ってそいつはどんな“ゴブリン”だ?』
『お嬢ちゃんは大げさだな~。まあ、無理もないか。子供にはどんな魔物でも恐ろしく見えるからなあ』 …………
リナはナビゲーション・リングを起動し当時の会話記録を再生させた。その最中、俯いて表情は伺えないがキョウマにだけはわかった。「黒リナが降臨している」と。
「なんてことだ!一体どいつだ!他に魔族がいて大惨事になったらどうするつもりだ!」
「ベアードさんとジンベさんです(♪)」
「くっ、そいつらには厳重に注意をしてもらわなければならん。君達も災難だったね。ナビゲーション・リングがあれば無償で町に入れるというのに……。指輪なばっかりに無知な門番から冒険者として見てもらえなかったのだろう。会話記録を聞くとリングのチェックもしてないようだしな」
「「へっ?」」
リングがあれば無償で町に入れる——その事実にキョウマとリナから間抜けな声が上がる。
「どうかしたのか?」
「「いえいえ」」
「そうか?ならいいだが……。それよりも急がなければ!まずはタートス支部に戻ってこのことを……」
何かに気付いたのかコングは言葉を口に出すのを止めてキョウマとリナを見る。
「そういえば、ここまで来る途中にタートスがあっただろう。あそこは通行料などはないはず。どうしてそこで報告しなかったのだ?」
「そのことなんですが……」
ナビゲーション・リングを作動させリナはタートスに起こった出来事を説明した。
…………
「なにぃーーーーーーーっ!タートスが……滅んだ……」
あまりのショックからか驚きの叫びを上げる。力が抜けガタリと崩れる倒れていくところを近くの女性スタッフが傍へと駆け寄った。
「そっ……そんな。バカな……」
膝をつくコングの傍らには廃墟と化したタートスの記録映像が寂しげに明滅していた。
お読みいただきありがとうございました。




