第23話 やっと……
強敵の登場はまだしばらく先……の予定です。
青い鳥居の転移門を抜け、キョウマとリナはタートスの廃墟へと降り立った。昨日と変わらず瓦礫ばかりが目に映り、誰の姿もそこにはない。目を伏せ悲し気な表情を浮かばせるリナにキョウマはただ「行こう……」とだけ呟いた。リナも「うん」と小さく頷くだけで答え町の外へと向かった。
瓦礫の森と化した廃墟群を抜けようやく北の出口が見えてくる。近くには草原、ずっと先には険しくそびえたつ山々が目についた。時刻はまだ早朝。キョウマとリナは深呼吸をして朝のひんやりとした空気をその身に取り込んだ。静かに目を閉じ暗い気持ちと一緒に息を吐き出す。
「人の姿も特にない。最初からアクセル・ウイングで行こう。飛んで距離を稼ごうか。リナ、掴まって」
翼があるから背には掴まれない。お約束のお姫様抱っことなる。【指輪待機】とスキルを使わないのもこれまたお約束。
「何だか兄さん、タクシーみたい」
「そうだな。板についてきたかも……。稼ぎに困ったらそれもありかもな……」
「それって全員、この格好するの?」
「うへぇ~。リナみたいな美少女は兎も角、厳ついおっさんとかは却下だな……って、顔赤いぞ。どうした?」
腕の中で赤くなってモジモジする美少女メイドさんにキョウマは疑問で首を傾ける。「美少女……」と小さく呟くリナの声はキョウマに届いてはいない。
「兄さんのそういう不意打ち、ちょっと卑怯……。でも!」
「ちょっ、ちょっとリナ。痛いって」
突然、リナの眉が吊り上がった。キョウマの腕をつねる力は少し強め。「キッ!」と効果音がついているかの如くキョウマを睨むその目は若干潤んでいる。
「可愛い子なら誰でもいいんだ。兄さんのエッチ!」
「誰でもいいわけあるかって。例えばの話だ。リナ以外にするわけないだろ。僕の腕はリナ専用だからな」
「うっ、だからそういうの、ダメなんだってばぁ~……」
キョウマの「僕の腕はリナ専用」発言にリナの怒りは急速に静まっていく。再び赤くなって子猫のように丸くなった。可愛らし気な姿にキョウマの頬は緩む。
(大体、リナ以外にこんなことしたら、セクハラで訴えられるじゃないか……)
リナが聞いたら紅葉一枚確定の台詞をキョウマは胸中呟いた。
…………
低空飛行で進んでいくこと十数分、この日出会った最初の魔物達を仕留めたところでキョウマとリナは顔を見合わせた。
「思っていたより魔物の数が少なくないか?」
これにはリナも頷いた。見立てではタートスで活動する冒険者がいなくなったことで、街道沿いの魔物が増えると推測していたためだ。
「ここまで冒険者の人は見てないよね。退治されたわけでもないとなると……」
「単純に“まだ朝だから”、って理由だけならいいんだけどな。まあ、僕の前髪も反応ないし非常事態はまだなさそうだけど」
キョウマは自分の前髪の一部をつまむ。
スキル【ヒーロー見参!】——ピンチの人がいた場合、前髪の一部がアンテナとなって向かうべき方向を指し示す。何も反応していない自分の前髪にキョウマは楽観視を決め込んだ。一方のリナはジト目を向けて反論する。
「兄さんのヒーローアンテナ、可愛い女の子とついでで子供のピンチにしか反応しないんじゃなかった?」
ナビゲーション・リングを起動しリナはキョウマのスキル欄を表示する。
~~~~~~~~~~~~
・ヒーロー見参!
可愛い女の子、ついでに子供のピンチに駆け付ける。好感度の高い女の子の場合、転移して駆けつけることが可能。
~~~~~~~~~~~~
「何度見ても残念なスキルだよねぇ~」
「うぐっ!」
「兄さんらしいと言えば兄さんらしいよね」
「ぐぅ……」
笑っているけど笑っていない目にキョウマは言葉を詰まらせる。二人のお決まりパターン。相変わらず成す術なしと見せかけ、この日のキョウマは少し違った。
「だったら、サッサと行こうか!」
「ちょっ、ちょっとぉ~」
何の前触れもなくリナを抱きかかえキョウマは爽やかな笑みを向ける。歯を眩しく光らせる会心のスマイルに流石のリナも少し引いた。
(ううっ、ちょっと、キモイかも……)
「それじゃ~、飛ばすぞぉ~」
「だからちょっと待ってってば!どさくさに紛れて変なとこ触らないでって……」
リナの抗議を待たずしてキョウマの背は強く輝き、ジェット噴射のように光を放出する。光の翼は一度羽ばたくと猛スピードで駆け抜けていった。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
リナの悲鳴がドップラー効果となって残されたという。
…………
疾風の如く街道を駆け抜け目的地の近くへと辿り着く二人。景色も様変わりし、木々が目立つようになった。場所を違えぬようマップを見比べていたリナが前を指差し注意を促す。
「兄さん、見て!」
「見えてる。誰かが魔物と戦っているな」
鉄か何かの金属製の鎧と剣を身に付けた二人の男がキョウマの視界に入った。どちらも鍛え抜いた屈強な体つきをしている。一人は血を流して地に伏し、もう一人は魔物の攻撃に両手斧を盾にして必死に受け止めていた。と、言っても長くは持ちそうにはない。力任せに振るわれる一撃に耐え切れず膝をついている。
「少し不味いな。それに、あの魔物……、初めて見るな」
「オーガ……」
~~~~~~~~~~~~
オーガ
LV 18
HP 424
MP 12
STR 98
VIT 97
AGI 68
DEX 54
INT 13
MND 13
LUC 1
~~~~~~~~~~~~
鍛え抜かれた筋肉をした赤色の体。三メートルはする巨体。武骨な形のこん棒を叩き付けている。周囲にはいくつか、ゴブリンの屍もキョウマ達には見えてきた。「恐らくこのオーガが魔物達のボスなのだろう」と推測を漏らす。
——まもなく接敵——
敵は目の前の獲物に夢中でキョウマ達に気付く気配はない。丁度背を向けた格好となる。
これは戦い。互いの生死をかけた命のやり取り。
キョウマとリナはこのまま背後から奇襲をかけることに決めた。「正々堂々」を重んじて目の前の人を死なせる真似を二人は良しとしない。射程距離に捉えるとリナはキョウマの腕から飛び降り左右に分かれて跳ぶ。
——蒼葉光刃心月流、葉風——
空中高く跳んだままキョウマは木刀を振り払う。蒼の闘気が木の葉の手裏剣となって魔物の背へと飛来する。【葉風】は通常、広範囲を攻撃する技。傍の人達に当てないよう、キョウマは狙いを魔物の頭部と腕に絞って放ったのは言うまでもない。
「グギャァ!」
完全な不意打ちにオーガは直撃を受け悲鳴を上げる。もっとも絶命までには程遠い。
「今のうちに早く!」
着地と同時に上がるキョウマの声。オーガは後ろへ振り返る。不意打ちの割にダメージは少ない。頑丈さに自信を持つ魔物は頭を振ると口端を吊り上げて舌なめずりをする。
「そうだ!お前を攻撃したのは僕だ!」
オーガの目がカッ、と見開く。新たに沸いた獲物に心奪われ一直線に駆けだした。木刀を正眼に構えたキョウマは魔物と戦っていた者達を一瞥する。
(そうだ。今のうちに逃げるんだ)
それまで、重い一撃を受けていた一人が倒れたもう一人を引きずっていく。後退していく姿を見たキョウマは目を細めて安堵する。
(それでいい。そのままこっちに来い)
敵はすぐ傍まで来ている。にも拘わらずキョウマは動こうとしない。恐れを成したと捉えたオーガは勝利を確信した笑みを浮かべる。
魔物は気付いていない。不敵に笑った者が他に二人いたことに。
オーガがその手にしたこん棒を高く振り上げる。その膂力にかかれば大半の人間が一撃の元に屈するであろう。その渾身の一撃を打ち下ろそうとした瞬間、透き通る声が木々を揺らす風と共に届いた。
「魔物さん。よそ見しちゃダメだよ」
——アイスショット——
氷の弾丸が背後目掛けて吸い込まれていく。頭、腕、足、と三本の軌跡をなぞり射貫いた。
キョウマとリナが最初に左右へ跳んで二手に分かれたのは背後を取るためだ。
「グギャァ!」
再び訪れた不意の奇襲にオーガはこん棒を振り落とす。忌々し気に、後ろを振り返ると“てっぽう”を構えたリナの姿が映った。
「よそ見しちゃダメって、さっき言ったよ?」
「グギャァァァァァッ!」
背を向けたオーガにキョウマは何の躊躇いもなく蒼の斬撃を滑り込ませた。最後に蹴りのオマケ付きで。
流石のオーガも度重なる攻撃に膝をつく。それでも眼光鋭く「グゥゥ」と唸り戦意に衰えは感じられない。
「リナ!」 「兄さん!」
二人同時に駆け出した。互いの手に蒼の刀身が煌いている。
——蒼葉光刃心月流、蒼刃烈牙斬・双——
左右対称、寸分の狂いもなく同じ技が同時に繰り出される。斬り上げから斬り下ろしの連続攻撃は頑強なオーガの体を易々と切り裂いた。
二人は蒼の刀身を揃って振り払う。闘気の葉が舞い散りオーガの巨体を埋め尽くした。木の葉が風に舞い霧散していく。ガクリと崩れる魔物の亡骸があとに残った
…………
「ありがとう、お嬢ちゃん」
「二人とも若いのにやるじゃないか!おかげで助かったよ」
リナの回復魔法で傷の癒えた二人の男が礼の言葉を述べる。リナは両手を前に出して「気にしないでください」と手を振った。
「手下は何とか片付けたんだが、後ろのが魔力切れでな。本当に危ないとこだったよ」
男の一人が親指を立て後ろを指し示す。向かう先には地に膝をつき肩で大きく息をする若い女性の姿があった。
「そんなこと……言ったって……あれだけ撃てば……魔力切れだって……起こすわ、よ!」
二人の男は肩をすくめて笑みを浮かべる。
「魔物には魔法による攻撃が一番だからな。火力がなければどうにも打つ手がねえ」
(そういえばどの魔物もMND、魔法防御力が低かったよな)
男の一言にキョウマはこれまでの戦闘を納得する。同時にこの世界に関する情報不足を認識した。
「兄ちゃん達もこの先に用があるんだろう?俺たちはそこの守りを担ってる。どうだい、一緒に来ないか?」
「わたし達、通行証ないですけど大丈夫ですか?戦利品や魔石はありますけど通行料を払うお金もなくて……」
リナはエスリアースでの門番との一件を未だに引きずっている。大丈夫だろうとは思っていても確信がない以上は不安もある。
二人の男性と後ろの女性の目が見開いた。揃って固まった後に「何だそんなこと」と小さく笑う。
「通行料、取っているのはこの辺じゃエスリアースくらいだ。心配いらねぇよ。それに二人とも冒険者だろ?しかも腕の立つ。今は人手不足でな腕利きの冒険者は大歓迎だ」
今度はキョウマとリナの目が見開く。嬉しさのあまりリナの目は涙目だ。
「リナ!」「兄さん!」
ガシッ!と二人は抱き合う。
「「やっと、町にはいれるな(ね)」」
「そっ、そうか……良かったな。二人とも……」
「「はい!!!」」
目の前に繰り広げられる兄妹コントに観衆はただ唖然とし、かける言葉を見失う。
「町、っていうか村未満なんだけどな」
「あなた達、どんな暮らししてきたの?」
「俺にはわかるぜぇ……苦労しなんだなぁ。ぐすん」
突っ込む者、呆れる者、そして同情する者……三者三様の言葉が漏れた。
お読みいただきありがとうございます。
ラストまで頑張りますのでよろしくお願いします。




