第21話 思惑
閑話的な回となります。
全てが闇色に染まりし城内をカツカツ、と音を上げ歩く一人の姿があった。
苛々し気に歩く足音は漆黒の中に響き渡っていく。
一見すると、燃えるような紅蓮の髪の女に見えるその姿。漆黒の蝙蝠の羽と鋭い爪がなければ見間違うだろう。スタイルに自信があるのか胸元は開かれ体のラインを強調した黒の戦闘衣を纏っていた。
「くっ!まさかあのタスンが殺られたとでも!」
ふいに立ち止まると拳を握り、振り払うように近くの壁に叩き付ける。瞬間、激しい衝撃音が静寂を裂いた。柱も拳もどちらも無事。八つ当たりもままならず、怒りの主の心情はより昂る一方だ。
「落ち着け、イフリル。タスンが戻らないというのは本当か?」
漆黒の外套を羽織った男がイフリルと呼ばれた女の腕を掴む。再度、柱に叩き付けようとしていた拳は寸前で止められる。
「何だ、ドルネド!この私の邪魔をする気かい!?」
「だから落ち着くんだ、イフリル。ここでお前が怒りをばら撒いても何も解決すまい」
「くっ!」
拳から力を抜きイフリルはドルネドを睨みつける。怒りの視線をぶつけられるも暴れることはないと判断したドルネドはその手に掴んだ腕を放した。
「もう一度聞く。タスンが戻らないというのは本当か?」
「ああ、本当さ。タートスに群がっていたネズミどもの始末が終わった報告は受けたんだがねぇ。それを最後に連絡がつかなくなったのさ」
「タスンは将来、我らの跡……。いや、上に立ってもおかしくない程の実力者だ。何者かに敗れることなどまずあるまい」
イフリルは静かに首を横に振る。
「タスンは私の右腕だよ。常に私と魔力で繋がっていた。だからわかる。奴は殺されたんだ!何者かにねぇ!」
「タスンを破るほどの者だと?誰だそいつは」
「そこまでは知らないねぇ。繋がっていたとは言っても、わかるのは生きているか死んでいるかだけ」
「ならば殺された、となぜ断言できる?」
詰め寄るドルネドにイフリルは忌々し気に目を光らせた。
「感じたのさ。タスンとの繋がりが切れる瞬間、大きな力の波動をねぇ」
「まさか我ら四魔将よりも上なのか?」
イフリルをして“大きな力”と言わしめる。ドルネドは自分達をも上回る未知の存在を認めたくなかった。
「ああ、間違いなくね」
否定の言葉を望んでいたドルネドをイフリルは首を縦に振ることで一蹴した。
「バカな。それが本当ならば急ぎ対策を練らねばならん。タスンはタートスに向かっていたのだな。近くにあるのは……エスリアースか」
「そうさねぇ。もし、タスンを倒したのが人間なら、そこで何か手がかりが掴めるかもねぇ……」
「少し調べてみよう」
二人は頷き闇へと消えていった。
◇
「さて、どう話せばいいのやら……」
拠点のレストルームでキョウマは唸っていた。ソファーに腰かけ天井を仰ぐ。リナの姿はここにはない。キョウマの視線はある一室へと向かう。
「少し長いかな?まあ、喜んでもらえているようで何よりだ」
待ち人は現在、お風呂タイムを満喫中だった。キョウマは約束通り拠点の“風呂”を解放しリナは早速、飛びついた。目を輝かせて大喜びする姿を思い出し自然と頬が緩む。
聞こえないはずなのにリナの鼻歌が聞こえてくるかのよう。見ていないはずなのに入浴姿が目に浮かんできて……。
「いかん、いかん!」
と、頭を振る。ゴホン、と誰も聞かぬ咳払いを一つした。
「まあ、魔物の落とした魔石があれば、僕の魔力を使わなくても拠点が稼働することがわかったから、いっか……」
この世界で手に入る魔石で拠点の各施設が動くことはキョウマにとって僥倖だ。魔力の吸われ過ぎの心配がなくなり安堵の溜息をつく。
「それにしても風呂、長いけど魔石をここで使い切るなんてことは……」
言いかけて言葉を詰まらせた。「念のため、それとなく言っておこう」と密かに決める。
「町の宿に風呂がなかったら、拠点なしで生活なんて、できなくなるんじゃないか?」
(いや、いや、いや、いくら何でもそこまではないだろう)
と、再び頭を振る。
「それにしても町、か……いつになったら入れるんだろ?」
ふと溜息をつくとキョウマはフレアと別れた後のことを思い出していた。
急な別れで涙し、落ち着くころには日は沈んでいた。夜も遅く町へ入ろうとした時、またしてもそれは叶わなかった。なぜなら門の扉は鉄格子で更に閉ざされていたからだ。どうやら夜間は完全に閉鎖されているらしく今日もまた、拠点で夜を過ごすこととなった。
「まあ、別にいいけど……」
「何が別にいいの?」
キョウマらしいと言えばらしい台詞で締めたところで透き通った声がした。振り向くと湯上りのリナがきょとん、と首を傾げて立っている。乾かしたであろう長い黒髪は少しの湿り気を残し、しっとりとしている。立ち昇る湯気の名残と十分満足したであろう故の柔らかな吐息……。ごくり、とキョウマは生唾を飲む。心音はバクバクと高鳴り、その心境を物語る。
「ふっ、何でもないさ。気にするようなことでもない」
「?……、変な兄さん」
結局、キョウマはクールぶって誤魔化すことにした。もっとも無理がたたって頬は引きつり格好がついているとはとても言えない。そのサマも見慣れているリナは小首を傾げるもスルーすることに決め込んだ。
見事に誤魔化せたと信じるキョウマは何事もなかったようにリナを手招きする。傍まで来ると勧められるがままにちょこん、と横に腰かけた。
「ところで、リナ」
「な~に?」
「なんで学園の制服、着てるの?」
やけに甘えた声を出すリナ。ドキリとするも、キョウマは目下の謎に触れることにした。
「まだ寝るには早いしね。制服も着てみたくなったの」
立ち上がりクルリと回るリナ。その短いスカートがふわりとなびく。中は見えないにしても本能の如くキョウマの視線は奪われた。
「見た?」
ブルブル首を横に振るキョウマ。「わかってます」とリナはクスリと微笑む。
「好きでしょ、兄さん。制服姿の女の子……」
「へっ?」
「だって昔、ベッドの……」
(甘いぞ、リナ!そこには何も……ん?)
「下の裏に……」
「っ~~~~~~~~~~~~!!!」
天使の微笑みが悪魔のそれに変わる瞬間をキョウマは目に焼き付けた。「そういえば兄さん、メイド服も好きだよねぇ~」と更に追いつめられる。だが、リナは知らなかった。追いつめられた鼠も時には猫に噛みつくことを……。
「ああ、そうだ。僕は好きだよ。制服姿のリナ……大好きだ!」
「っ~~~~~~~~~~~~!!!」
追いつめられたキョウマがリナに反撃を取った。自棄と本音を交えた決死の爆弾は「ドカーーンッ!」と大きくリナに投じられる。全身、沸騰しそうな程、上気し赤く染まる。
『僕は好きだよ。(制服姿の)リナ……大好きだ!』
『大好きだ!』
その言葉が何度もエコーとなってリナの胸中、木霊する。脱力しソファーにペタンと座り込む。両手で顔を隠すと俯き声を出すことができない。
(う~っ、これじゃ~上手くいきすぎて逆効果だよ~)
『いつまでも“兄さん”と呼んでいないで名前で呼んだらどうだ?誰かに取られてしまうぞ?』
去り際にフレアの残した台詞をリナは強く意識していた。流石に“キョウマ”と突然言えるわけもなく取った手段が制服姿だった。
(兄さんが、好きなのはわかっていたけど、恥ずかしすぎて何も言えないよ~)
掃除した時、偶然見つけたキョウマの夜の参考書。と、言っても可愛い女の子のアニメキャラが少々、刺激的な服装でポーズを取っているだけの本に過ぎない。されど貴重な情報には違いない。その効果はあまりにも絶大だった。
(この髪も参考にしたんだっけ……)
目を両手で隠した隙間から自らの髪を横で見る。腰までかかる長いストレートの黒髪。キョウマの好み、ストライクゾーンど真ん中のその髪型もキョウマの聖書から得た情報だ。
(う~っ、兄さん何か言ってよ~)
リナの“キョウマの気を引こう大作戦”は空振りに終わった。もっとも、そう思っているのはリナ本人だけ……。
(さっきから黙ってないで、何か言ってくれって。テンパって『大好きだ!』なんて言ってしまったじゃないか!昼間の遠回しな発言とはわけが違う!いや実際、好きだし否定もしない。それにリナ、凄く可愛いし……)
膝元で拳を握り下を見る。流れる汗が止まらない。チラリと横目で伺うと未だ赤くなってモジモジしている美少女の姿が映る。
(まさか、リナも僕のことを意識している!あの時、キスしかけて……。いや。まて、まて、まて……それはあくまで希望的観測に過ぎない。あの時は雰囲気に流されそうになっただけだ。なら今は?単純に恥ずかしかった……、違うな。僕の秘蔵を思い出して赤くなっているんだ!間違いない。落ち着けぇ~、落ち着くんだ僕……。あそこには……)
はっ、とキョウマは顔を上げる。気付いたことが頬に冷たい汗を走らせる。
(リナとそっくりの女の子キャラばっかじゃないかぁぁぁぁぁぁっ!)
リナの策がはまりにはまって動揺しまくるキョウマ……。
今宵もこの二人は平常運転だ。
お読みいただきありがとうございます。
お楽しみいただければ幸いです。




