第20話 姉妹
全20話位で終わらせるつもりでしたが、もう少し長くなりそうです。
——翼の勇者——
この世界に来てすぐに僕はそう呼ばれた。雰囲気や扱いから救世主的立場なのは何となく理解していた。そして、フレアさんは確かに言った。リナそっくりのお姉さんが“翼の勇者”と……。偶然にしてはあまりにも出来過ぎている。何者かの意図が介入しているようにも思える。
(まさかな……)
僕の脳裏に一人の姿が浮かんだ。魔力を解く前のフレアさんと同じ黄金の髪に深紅の瞳……。
「どうした?」
「いや、なんでもない。お姉さんが“翼の勇者”ということにも驚いたけど、一緒にいたら僕もそうだって、どうして言い切れるんだ?」
フレアさんに問いかけられ思考から帰還した僕は頭を振る。今一つ要領を得ない僕は率直な疑問を投げかけた。
「うむ。姉さまが前に言っていたのだ。『片翼だけでは空を飛ぶことはできないの。翼の勇者はもう一人いるはずなの』って……」
「なるほど。それで探して見つけたもう一人の勇者が僕……。そう思った、ということか」
「うむ。間違いない!これで四年前、封印するだけで精一杯だった魔神竜も今度こそ……」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。また話がどこか進んでないか!?」
「そうだね。少し、整理させて欲しいかも……」
それに「魔神竜」とか物騒な単語も聞こえた気がする。その単語が出た時、スミスさんはビクついていた、何か知っているのかもしれない。それにしても話が見えてきたと思ったら次へ次へと飛んでいく。この人、猪突猛進タイプだ。
(僕も人のこといえないけど……)
呆れと驚き、疑問で頭上の「?」が爆発寸前になっている。見かねたリナが助け舟を出してくれた。今はリナ主導で話を進めている。
「つまり、こういうこと……かな?」
「うむ……」
力なく頭を垂れるフレアさん。リナの舵取りは万全で、暴走して話を飛ばしたがるところを何度も制した。笑っているけど笑っていない目で「ちょっと待ってくれるカナ?勝手に話を進めたらダメなんダヨ」と圧力をかけ、「いや、しかし……」と反論があると「めっ!」の一声で片付ける。横で見ているだけでも冷や汗ものだった。直に受けた方としてはそれ以上だっただろう。
「えっと、今から四年前、魔神竜という恐ろしい存在が現れた。人々が恐怖に包まれる中、立ち上がったのが翼の勇者——フレアさんのお姉さん、ってことだよね?」
「うむ」
「それからお姉さんは勇猛果敢に魔神竜に挑むも、翼の勇者は二人揃わなくては真の力を発揮できない。一人では倒すことが不可能と判断したお姉さんは魔神竜を封印することに切り替えた。フレアさんが最後に見たのは魔神竜の吐く炎の中、勇者の力を振り絞り光と共に消えていくお姉さんの姿だった……ここまではいいのかな?」
「うむ」
ほっ、と安堵の溜息をつくリナ。フレアさんはすっかり大人しくなった。
「その後、『お姉さんがどこかで生きていて、もう一人の翼の勇者を探している』、と信じたフレアさんはこの四年間、旅を続けていた。そして見つけたのが兄さんとわたし、ってことだよね?」
「うむ。完璧だ。流石は姉さま!」
あはは、と苦笑するリナ。ホント、お疲れさま。
「少し、いいですか?」
話がひと段落したところでスミスさんが遠慮がちに手を上げる。聞かない理由もないので「どうぞ」と僕は促した。少しでも多く情報が欲しい以上、拒むわけにもいかない。まあ、面倒事は遠慮したいけど。
「実は先程お話に出た魔神竜が復活するという噂があるんです」
「噂ですか?」
「ええ、この町から北にずっと進んだ山脈に竜種の魔物がいるのですが最近、動きが活発になっておりまして……。普段は麓まで降りてくることも滅多にないはずが頻繁に来るようになったのです」
(竜……、ね。面倒事の匂いがする)
「それで実際に竜種と戦った冒険者の方々から冒険者組合に報告があったんですよ。『まもなく魔神竜様が蘇る、と魔物が口にした』、とそれも多数……」
「うむ。それなら私も聞いたぞ。それで姉さまがこの町に来るかもと思い、しばらくここに留まることにしたな」
「フレアさんは少し黙ってくださいね。スミスさん、続きをどうぞ」
リナはフレアさんには喋らせないつもりだ。「姉さま、ヒドイ……」に対して「フ・レ・アさ・ん」と微笑むリナの背後に黒いオーラが立ち上っていた。フレアさんもそろそろ学習するべきだ。僕がずっと黙っているのはそのためなのに。
「えっ、ええ……。事態を重く見た冒険者組合は各地の組合支部を通して、この情報を広めました。もちろん、魔神竜復活に備え猛者達をここに集めるためです。ここから近いエスリアースでは勇者召喚を行った、という話も聞いております。その数は三十を超えているとか……」
「「っ!」」
「どうかしましたか?」
「いえ、すみませんでした。続けてください」
僕達二人の反応にスミスさんは首を傾ける。リナは小声で「まずは話を全部聞こうよ」と僕に伝えて話の続きを促した。
「この付近は北の山脈などの危険地帯を除けば、ゴブリンやスライムなど比較的弱い部類に入る魔物が生息しています。それ故、ここは“始まりの町、タートス”と呼ばれていました……」
廃墟を見回し町だったものを見回すスミスさんの目は悲しげだった。活気づいていたころ日々を思い出しているのかもしれない。
「召喚されたばかりの勇者様方もこの辺りで経験を積んでいたようです。なんにせよ、ベテラン冒険者に加え勇者様方も参戦することになったのです。戦力は着実に集まりつつありました。そんな矢先に魔物の大群がこの町に押し寄せてきて、くぅぅ……」
「ありがとうございます。スミスさん、辛いのに話していただいて」
「いえ……。もしかして、お二人も召喚された勇者様方なのではないですか?」
僕とリナは互いを見つめ頷き合う。
「実は……」
…………
「何と!やはりお二人とも召喚された勇者様でしたか!?」
「いいえ、少し違います。お話しした通り、僕は召喚には応じましたけど勇者の力は受け取ってはいません。僕には勇者よりも欲しいものがありましたから」
「兄さん……」
リナを見つめる。勇者の力なんかよりずっと欲しかったもの。そのために僕は……。
「僕は皆のため、世界のため、平和のため……そういうもののためには戦えないんです。僕が戦う理由はいつも自分の欲のため。だから……」
「だから僕は勇者じゃない、でしょ。兄さん?」
「うぐっ……先を越されてしまった」
「それでも、あなた方は私達を助けてくれました。紛れもなく勇者様です。エスリアースは実に素晴らしい方を召喚いたしました」
互いに笑い合う僕とリナ。興奮し始めるスミスさん、奥さんは子供を膝の上で寝かせている。フレアさんは何か考えるように口元に指を当て俯いていた。
「スミス殿、この二人はエスリアースの勇者召喚とは無関係だ」
「どういうこと?フレアさん」
フレアさんは頭のしっぽを揺らし、またしても爆弾を投下した。手慣れたリナがそれに驚くことなく対処する。
「私には召喚した人物が誰なのか、今の話でわかってな。心当たりが一人だけいる」
「それは?」
「勿体ぶらずに言って」とリナは視線で射貫くもフレアさんは動じない。両目を閉じ、静かに開く。
「それは私からは答えられない。話してもいいなら既に聞かされているはずだ」
「答えは自分たちで探すもの、と?」
「うむ」
「わかりました。リナとこの地を旅して探したいと思います」
「それがよかろう。それでこの後、どうするつもりだ?」
「すぐ旅に出るか?」ということを聞きたいのだろう。フレアさんの目は町の外に向けられている。
「いえ、まずはスミスさん達を安全な町までお送りしようかと……」
「そうだね。それから、わたし達が持ってる魔石をいくつかお譲りします。新たな場所で何かと物入りでしょうから。いいよね、兄さん?」
もちろん僕の答えは「イエス」だ。
(だって色々、壊しちゃったからな)
(そだね。天井、飛ばした時に色々壊しちゃったしね)
僕とリナは一瞬、顔を見合わせて目だけで合図した。流石に口にはできない。
「おお!ありがとうございます。勇者様。何から何までありがとうございます」
「あまり、気にしなくてもよいのでないか?」
フレアさんが片目を瞑り瓦礫群へと視線を向ける。そこにあるのは地下室の天井が抜け、衣服、食料、家財道具、その他諸々一切が吹き飛んだ元スミスさん宅……。
(うぐっ、余計な事を……。それにしてもこうなる原因を作ったのは誰なのか忘れているんじゃないか、この人は……)
「はっ、ははは。まあ、命には代えられませんから」
「「……」」
(スミスさんがいい人で良かった~)
(そだね)
僕達二人はスミスさんの寛容さにただひたすら感謝した。
「それでは何かお困りのことがありましたら尋ねてください。私にできることであればお力になりますので」
「その時は是非、お願いします。冒険者組合で働いていたのでしたなら色々ご存知でしょうから」
「ええ、もちろんですとも!」
僕らは互いに握手をした。スミスさんの目に嘘も偽りもなく、ただ純粋な感謝のみが込められていた。
ちなみに送り先について「エスリアースでよろしいですか」と尋ねた時、リナが「あの門番か」と舌打ちしたけど見なかったことにした。
…………
「それでは早速、送りますのでこちらへ」
「む?町の出口とは反対ではないか?」
「あっ、兄さん何かする気だ」
フレアさんとリナの声を背に僕は広場の中央へと数歩歩く。腕を前に突き出し両目を閉じて念じる。
「転移門」
「っ~~~~~~!」
「今度は青い鳥居?」
リナの言葉通り、僕の前には青色の鳥居が出現している。例の如く中央部分は暗くなっている。
「これを潜ればエスリアースはすぐです。行きましょう」
絶句するスミスさん一家を引きずり、僕らは転移門を通り抜けた。着いた先はエスリアースの入り口より少し離れた場所。その現実にリナは小声で僕に話しかける。
(ちょっと、兄さん!どういうこと?)
(拠点の制御で僕が行ったことのある場所なら行き来することができるんだ。原理は不明だ)
(ねえ、兄さん。やっぱり、……)
(分解はダメだからな)
(う~っ、何も言っていないのに……)
「それではみなさん、お元気で」
「勇者様達は寄られないのですか?」
「ええ、少し用がありますので」
「そうでしたか。本当にありがとうございました」
僕達に一礼して町へと歩むスミスさん一家。見送る僕の横腹にリナは肘を入れる。
(兄さん、用って何?)
(大事なことなんだ)
(……わかった)
「それで、勇者様……いや、キョウマ殿。用とやらは何だ?」
「フレアさんのことです」
「ほう?」
この人、こうなることをわかってて僕に尋ねたな。クスリと笑ったのが証拠だ。
「あと、どのくらいです?」
「そこまでわかるのか?」
「ええ」
「ちょっと兄さん、どういうこと!」
フレアさんは静かに目を閉じ息を吐く。リナも僕に詰め寄るがその目は少し湿り気を帯びている。
「リナも本当は気付いているんだろう?」
「それは……」
リナには【情報解析】がある。気付かない方に無理がある。
「姉さまにもバレていたか……。誤魔化せたと思っていたのに。いつから気付いていた?」
「最初に槍で襲われて蹴りを入れた時かな。あの時に違和感を感じた。その後……その、色々スキンシップがあった時に……」
「お~!私の胸を掴んだ時だな!」
フレアさんが「こう、わしゃっ、とな」と余計な効果音を付けて手の平を動かす。その間僕はリナに足を踏まれていた。結構、痛い。
「茶化さないでください。時間もそんなにないのでしょう?」
「「逸らしたね(な)」」
ハモらんくていい!!仲いいな!ホント!!!
「うむ。もう気付いているようだが、魔物達に襲われた時に命を落としてな。死ぬ間際に魔力を暴走させてこの身もろとも魔物達を何体か消滅させたのだ。そのせいかはわからぬが、気付いたらこのように幽霊のようになっていた。これも運命だろう」
「フレアさん……」
姿が薄れていくフレアさんを見てリナが涙ぐむ。「涙もろいのも姉さまそっくりだ」とフレアさんは笑う。
「キョウマ殿、まじん……いや、何でもない。忘れてくれ」
「今、何を?」
「何でもない、と言っただろう?それより姉さまを……いえ、リナ殿を頼みます」
「当然!」
「うむ。いつも誰より前に出て、何よりも強く戦う姉さまが人知れず漏らしたことを耳にしたことがあってな。『わたしと同じかそれ以上に強い人が助けに来てくれたら』っとな……」
トンッ、と僕のすぐ前まで来て上目遣いで僕を見るフレアさん。リナと姉妹と言われて納得できるくらい似ている。僕が言葉を探しあぐねていると僕の耳元で「それと」と小さく囁いた。
(それと、『助けに来てくれた人が素敵な王子様でその人と結婚できたらいいのに』とも姉さまは言っていたぞ)
「っ~!」
「うむ。その顔を見ると、やはり大いに脈ありなのだな」
「兄さん!何話したの!」
リナが目くじらを立てると今度はリナの耳元で何かを囁いた。みるみるうちに顔が赤くなっていく。
「もう時間だ。二人に会えて良かった」
そう言い残してフレアさんの姿は光に包まれ霧散していく。フレアさんだった光は僕とリナの頬を伝わる一滴を拭うように優しく照らしていた。
◇
『いつまでも“兄さん”と呼んでいないで名前で呼んだらどうだ?誰かに取られてしまうぞ?』
「少々お節介だったかな。セレスティナ姉さまではないのかもしれないけど、最後に姉さまに会えて嬉しかった」
フレアの声がどこともしれず風に乗っていく。
「母さま、ありがとう。それにキョウマ殿がいれば大丈夫だ。だから……」
最後まで告げられることなくフレアの想いは空へと溶けていった。
お読みいただきありがとうございます。
折角の新キャラですが、ここでお別れです。
彼女をメインヒロインに据えたお話も考えてはいるのですが……。機会があれば描いてみたいと思います。




