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第1話 運命が動き出した日

 お読みいただければ幸いです。

 ガラガラと音を立てながら崩壊していく城内。

 今、また一つ漆黒の石柱が目の前で崩れていった。


 後、数分……いや、数十秒もすれば建物としての機能を失い瓦礫の山となるのは明白だ。


 見渡せば周囲には、魔法で動く機械兵士だったものの残骸、昆虫や獣の顔をした人造兵士の骸が血と体液にまみれ、そこら中に転がっている。数えるのも馬鹿馬鹿しくなる程の量の屍で広間は溢れ辺りは死の気配で充満している。


(終わった。全てが終わった……)


 崩れゆく城の壁面に背を預け蹲る一人の青年――秋月(あきづき)恭真(きょうま)は真正面を見据え心中で呟いた。視線の先にあるのは主を失った玉座。更に奥の壁には宿敵だったものの影だけが黒く焼き焦げ刻まれている。血肉どころか毛の一本も残すことなどなかった。恭真の手によって消滅させられた憐れな支配者は影しかこの世に残せなかった。


 世界に破滅と不幸をまき散らした秘密結社は、たった一人の青年の手によって壊滅させられた。

 数多の人々の未来を守り救世主と呼べる存在となった恭真。にも関わらずその瞳に輝きはなく、興味なさげな眼差しが虚しさで空っぽとなった彼の心を物語る。


(あの日始まった僕の復讐もこれで終わり……、終わったんだ)


 あの日――忘れたくても忘れることなど決してできない。


 恭真が全てを失い、そして代償に復讐の力を得た日……。



 約四年前――


 当時の恭真は地元の魔法学校に通う一介の学生だった。魔法の成績は芳しくなく、風当りは決して良いものではなかった。それでも、恭真にとって日常に苦はなく、それなりの学生生活を満喫していた。

 

 始まりは学園の研修旅行の出発の日。

 目的地まで向かう旅客機内の中は学生たちの期待と興奮で満ち溢れていた。

 

 もっとも恭真の場合はそれに“不安”も入り混じる。原因は視線の先――通路を挟んで丁度一つ、左斜め前の席で友人と談笑する少女にあった。


 腰までかかる艶やかな黒髪に透き通るような瞳。それでいて若干、幼さを感じさせる顔立ちが少女の可愛らしさを引き立てている。華奢なようで出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいるスタイルもあって彼女のファンも多い。


(この旅行中に、絶対に「好きだ」って告白するんだ。そして……)

 

 頬は若干赤く染まってしまい眼差しにも自然と熱がこめられる。それは例え背後からとはいえ相手が気付くには十分すぎるほどであった。


「どうしたの?ぼーっとして……、昨日は眠れなかったの?」

「いっ!いや!何でもない、じゃなくて……、そうなんだ。今日があまりにも楽しみで昨日は眠れなくて……、ははは、まいったな」


 不意に振り返って気兼ねなく話しかけてくる少女の声によって一人の世界から覚醒する。動揺を紛らわすかのように半分正解な回答をして誤魔化しを図る恭真。ある意味、いつも通りのやりとりに少女からは自然と笑みがこぼれた。恭真は少女の仕草に見とれてしまいそうになるのを必死になってこらえる。最早お約束のパターンだった。


「今のうちに少しでも寝ておいたほうがいいよ。兄さん(・・・)

「あっ、ああ、そうするよ。ありがとう。理奈(りな)


 はにかみながら「それじゃあね」と小さく手を振る理奈に「ああ」と応える恭真、再び友人との談笑を始める姿を視線で追いながら決意を新たにする。握られる拳には自然と力が入る。


(「兄さん」……か、このまま義兄妹(・・・)の関係で終わるなんて絶対に嫌だ!この旅行で僕は……)


 この願いが踏みにじられることをその時の恭真はまだ知らない。そして、ささやかな幸せは理不尽な暴力によって、いとも簡単に崩れ去る。その瞬間は誰の断るわけでもなく突然訪れた。


 ドゴッオオオオオオオン!


 爆撃音と共に機内は大きく揺れる。つい先ほどまで楽し気な雰囲気だったのが嘘のように悲鳴が飛び交った。追い打ちをかけるように機体が三六〇度一回転し途端に地獄絵図へと移り変わる。


「理奈ーーーー!!」


 必死になって、大切な人を探すも恭真の声は恐怖でパニックを起こした者達の叫びでかき消されてしまう。たった一つ、通路を挟んで左前の席——それだけの距離がとてつもなく遠く感じられてしまう。人と散乱した荷物の波をかき分けて探そうとするも上手くはいかない。


 ドゴッオオオオオオオン!


 再び起こる爆発音が更なる絶望へと誘う。飛行機の船体は折れ曲がると同時に得体のしれない刃物によって切り刻まれ、空中分解を始めた。爆発に巻き込まれた者、機体と一緒に切り裂かれた者、辺りは血飛沫が飛び交い死傷者の数は計り知れない。

 

 そして、ついに恭真も、その身を大空に投げ出されることとなる。重力に抗うことなく落下する己の体、魔法を使える、といってもこの窮地を脱することは不可能であった。


(このまま、僕は死んでしまうのか?)


 自問と同時に、己と同様に投げ出された人――いや、“人だった”ものが視界に入る。


(理奈……)


 恐怖と絶望が体を心を、魂までをも支配する。


(死ぬ?このまま何もしないで、何もできないまま僕は死んでしまう?)


 「ケケッ、ケケケ!」


 そんな自分たちをあざ笑う者達の姿が一瞬だけ見えた。鳥の顔と翼を持った人型の何か。コウモリみたいな者もいる。まるで虫けらか何かを甚振っているように見えた。


 悔しさがこみ上げる。こんな奴らに自分も大切な人も、何もかもが踏みにじられる現実。


(絶対に許せない!許さない!許してたまるか!!)


 理不尽な暴力に対する激しい怒りがこみ上げる。悔しさ、悲しさ、絶望、それらを糧により一層燃え上がる。



【……にアクセス……をロード、……封印……解除……】


 何かが一瞬聞こえた気もするが、感情の高ぶりがそれを忘却の彼方に追い立てる。


(こんなところで、死んで、死んでたまるか!!!)


 怒りが最高潮へと達した瞬間、右腕が熱くなり白銀のオーラが全身を包み込む。体中から力が満ち溢れ、自分が自分でなくなるかのような感覚を覚えたところで意識が途絶える。


 その後、何が起こったのか誰も知る由はない。恭真が再び意識を取り戻したのは病院のベッドの上。どうやって助かったのかはわからない。助かったものは自分を含めてごく少数、魔法に長けた者、運が良かった者、様々だが唯一言えることは、その中に最も大切な人――理奈の姿がなかったことだった。


 彼女の最後を見たものは誰もいない。記録上は行方不明、ということではあるが気休めにもならない。彼女がどこにもいない、という事実のみを突き付けられ喪失のみが残された。


 もう、触れることはできない。

 もう、笑顔を見ることはできない。

 もう、「兄さん」といつものように呼ぶこともない。

 もう、一緒に食卓を囲むこともできない。登校することもできない。

 

 もう……


 もう、理奈はどこにもいない。


 どこにもいない。


 そして―― 


 元々、恭真は自分を引き取ってくれた義父と理奈の三人暮らし。義父については元々高齢でもあったが、理奈を失ったショックもあって、後を追うようにこの世を去った。


 恭真は一人となってしまった。


「もう、誰もいない。全て……全てが奪われた。あいつらに!」


 激しい怒りの感情が渦巻き白銀の闘気が吹き荒れる。


「絶対に叩き潰してやる!絶対!絶対にだ!!」


 台風の如き吹き荒れた光はやがて凝縮する。頭、腕、体……全身に纏わり恭真を戦士の姿に変貌させた。

 人知を超えた力が恭真に湧き上がる。


「理奈を奪った全てを僕は許さない!!!」


 復讐を決意し、戦いの日々へと身を投じた瞬間だった。


……


 忘れられぬ過去が走馬灯のように脳裏を走りすぎたところで、再び意識は現実へと回帰する。


(戦い……、復讐……、そして僕の命も……)


 もう終わり。何もかも全てが終わり。


 恭真はそう悟っていた。


 決して小さくはない傷を体中に負い、出血の跡が痛々しい。

 数多の激戦を共にくぐり抜けてきた白銀の装甲は大破している。生命を使い果たしたかの如く、かつての輝きは失われていた。少し触れるだけで灰となって今にも崩れ去ってしまいそうな程、儚げだった。

 体はおろか指先一つすらピクリとも動かない。まだ残っている手持ちの回復魔法具を全て使っても——いや、あらゆる治療手段を用いても助からないだろう。


 もっとも、仮に助かったところで恭真にとっては何もない日々が待っているだけなのは明白だ。

 例え、世界が平和になろうとも共に、喜びを分かち合う人はもういない。


 かけがえのない人を失った恭真にとって、未来は孤独なものにしか感じられない。心残りがあるといっても、宿敵と同じ墓に入ることへの微かな嫌悪感くらいのもの。


(もう、いい)


 瞼が重くなるにつれ生命の灯火が消えようとしていることを実感し、些細なことはどうでもよくなる。


(僕も今からそっちに行く……会いに行くから……)


(待って……いて……)


「……」


 最後に誰かの名前を口にしたのと同時に天井が崩れ、恭真の姿は崩れゆく瓦礫により見えなくなっていく。彼の最後の声は魔城の崩落によって掻き消え、誰の耳にも届くことはなかった。




 ?

 

(意識がある?僕は確かにあの時……)

 

 その先の言葉は続けなかった。あれだけ重かったはずの自身の体が軽く感じられ瞼が自然と開く。手や足も問題なく動く。


「森の中?ここはあの世?」


 うつ伏せになっていた我が身を起こし、額に手を当てながら辺りを見回す。

 緑溢れる木々に囲まれた中心には鏡のような水面の泉が清らかな水を湛えている。

 夜のような暗闇にも関わらず視界がはっきりしていることには違和感を感じずにはいられない。

 これだけの森にも関わらず、動物の気配がないことも不自然さに拍車をかける。


 ——が、それら一切が些細なものに感じられる程の光景が恭真の前に広がっていた。


「まさか……、あれは世界樹!?」


 山とも見間違いそうになる太い幹。見上げると天を突き、その頂を視界に入れることは敵わない。その雄大とも言える生命力に満ちたオーラからも疑う余地は感じられない。存在すると伝えられながらも人の目に触れることは決してないはずの命の象徴が目の前に存在していた。


「はっ、ははは……」


 乾いた笑みが思わず零れると同時に、悔しさも湧きあがる。もっと早く、この場に来ることができていたら、と。フラフラとした足取りで二歩、三歩と前に歩み寄る。動揺からか喉の渇きを覚え、潤いを求めて泉に向かい、自然としゃがみ込む姿勢になる。


「若返っている?」


 恭真の年齢は十九を迎えたばかり。一方、水面に映る自身の姿は十代半ばのそれであった。不思議なことが重なったせいで、むしろ思考はクリアになっていく。想定外の事態に巻き込まれていることは明白だった。


「そろそろ出てきて説明してくれないか?」


 顔を上げて誰もいないはずの虚空に呼び掛ける。他に誰かいることは先ほどから何者かからの視線を感じていたことで察していたが恭真としては確信が欲しい。口調に若干の棘を含ませながら「早く出て来い」と視線は物語る。


「やっぱり、気付いていましたか」


 眼前の空間が歪むと同時に透き通る声と共に、その主は現れた。

 黄金の長い髪を頭頂部で丸く結い上げて後ろに垂らし腰の辺りで静かに揺れる。全体的に細身ではあるが出る所は出ていて引っ込むところは引っ込んでいる。見た目の年齢は十代後半から二十代前半といったところの美女、肩や胸元は比較的肌の露出が多く纏っている如何にもな純白のドレスから彼女が何者であるかの想像がついた。


 女神、またはそれに準ずる類の存在であろうと……。


 女神?は聖なる泉の水面上にその身を静かに浮かばせた。深紅の瞳が恭真を正面に捉える。柔らかな唇から言葉が紡がれた。


「私は勇者召喚によって、あなたをここに招いた者——まあ、女神みたいな者だと思ってください。早速ですが、私のいる世界で新たな人生を送ってみませんか?」


 「名前は内緒ね」の会心の笑みに対して恭真は俯き無反応のまま聞き入り、静かに口を開いた。


「そう……か、折角だけど遠慮したい。僕をこのまま死なせて欲しい」


「えっ、嘘……、ですよね?今、何て……」


「このまま死なせて欲しいって言ったんだ」


 女神の頼みに対する恭真の答えはあまりにも意外であったのだろう。茫然としている美女に再度、恭真は己の意志を口にする。だからといって女神の方もこれで引く訳にはいかない。数秒の硬直から脱すると、改めて微笑みながら交渉を再開した。


「無論、無償(タダ)でとは言いませんよ。勇者としての身体能力は当然として、制限はありますが強力な(スキル)や魔法、武器に防具、何でも一つだけ用意します。それを聞いても考えは変わりませんか?」


「変わらない。そんなもの(・・・・・)、僕はいらない」


 特典(エサ)をならべても恭真の答えは変わらなかった。あまりのそっけなさに女神は額にシワを寄せ盛大な溜息をつく。美人が台無し、と言ってくれる人は誰もいない。そのせいという訳ではないが、その顔は余計に不満げとなった。やがて一呼吸した後、恭真の瞳を覗き込み、再び尋ねる。全てを見透かさんとする眼差しに当てられたのか辺り一帯の空気が引き締まる。


「“そんなもの”ですか……、そう言い切ってしまえる程、あなたにとって価値あるものが別にあるのですね?つまり、それがあなたの“望むもの”なのではないのですか?」


 “図星”だった。女神の言い回しに恭真は苛立ちを覚える。この四年間余り“たら、れば”と幾度となく思考を過り都度、押し殺していた想いを見透かされたような気がしたからだ。燻っていた感情に火がつき始める。虚ろでいた瞳に光が戻る。


「ああ、確かに僕にはどうしても叶えたい願いがある。そうだ、そうだとも……、だったら言ってやる!そんなに言うなら叶えて見せてみろ!(スキル)に魔法、武器だろうがなんだろうが興味ない!!勇者なんてものも僕はいらない!!僕の望みはただ一つ!!」


 それまで心の奥底に押し込まれていた感情がついにあふれ出した。目尻に悲しみと怒りの滴を貯め右腕を横に振り払い語気を荒げる。女神の視線に負けじと正面から見据える。これまで誰に打ち明けることもなく、ただ一人抱えてきた奥に眠りし悲しみと願いが解き放たれる。


「僕にとって大切な人——理奈を生き返らせて見せろ!!僕が何より欲しいのは彼女と共に生きていく平和な未来(あした)――それだけだ!!!」


 お読みいただきありがとうございます。

 ヒロインは次話登場予定です。

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