第17話 上がったLUCは伊達じゃない?
今回も”おまけ”あります。
重厚な作りの鉄の扉を持ち上げる。開いた先に地下への階段が見つかった。薄暗く前はよく見えない。通路は狭く、人が一人やっと通れるくらい。
「この先に人がいるかもしれない。もう少し奥に行ってみよう」
そう考えた末、僕を先頭にリナが後ろにつく編成で進むことにした。恥ずかしさで流石に今は手を繋いではいない。されど僕のジャケットの裾をリナは小さく摘んでいる。遠慮がちに僕を伺う仕草はとても可愛らしい。先ほどまでの件がなければ頬が緩んでいたところだ。互いの気まずい雰囲気に何か損した気分になる。
お互い無言のまま奥へと進んだ。
…………
「扉……だね……」
「扉……だな……」
一本道を少し歩いてすぐにそれはあった。木製で簡素な作りのそれは籠城するには不釣り合いだ。元々、何かの倉庫として使われていたのかもしれない。
「人の気配がする。僕が開けるからリナは少し下がっていて」
「うん、気をつけてね」
念のために、武器を取り出す僕とリナ。コクリと頷きドアノブへとゆっくり近づく。
扉越しに伝わるこの気配、僕の予想通りなら……。
バッダッァーーン!
ドアがいきなり蹴破られる。ある程度、予測していた僕とリナはすかさず後ろへ下がる。
先ほどから人の気配に加えて僅かばかりの殺気もあった。想定の範囲とはいえ内心、舌打ちをしてしまう。
「はぁぁぁぁぁぁっ!」
(くっ、槍!?)
ガシッ!
暗がりに外套で隠れていて相手の姿はわからない。槍の先端が闇を裂くように一瞬煌いた。威勢のいい声と共に突きが繰り出される。重い一撃を木刀で弾き飛ばすと、狭い場所をもお構いなしに長物を振り払ってくる。壁に引っ掛けようともお構いなしに強引に振る舞うところは僕と同じなのかもしれない。
「僕達は敵じゃない!話を聞けって!」
「その流暢な言葉遣い……魔族か!?」
聞く耳持たずとはこのことだ。「追いつめられた者の意地、思い知れ」と激昂している。全くもって取り付く島もない。そちらがその気なら、話を聞いてもらえるようにするまでだ。
「兄さん、まっ……」
「いい加減にしろっ!」
槍を叩き落しがら空きになった胴に目掛けて蹴りを放つ。リナが止めようとしていたが少しばかり遅かった。言いかけた時点で既に僕の足が相手に突き刺さっている。
(……この感じは?)
「きゃぁっ!!」
(『きゃぁっ』?)
外套が剥がれ落ち、扉の向こうまで吹き飛ばされる相手を一瞥する。あれ程の攻撃をしていたのが嘘のように思えるほど華奢だった。蹴りを入れた時の手応え、そして可愛らしい悲鳴に戦意を削がれ追撃を止め立ち尽くす。
(もしかして……)
「兄さん、何やっているの!あの人、女の人だよ!」
「!?」
駆け寄るリナの「やりすぎ!」とジト目で睨む視線がとても痛い。
「とっ、とにかく行こう」
「そだね。お仕置きはあとだね……」
「……」
この後行われるだろう“お仕置き”に頭を垂れる僕。後ろからリナに「ほら、サッサと行く!」と背中を押されて奥へと向かう。扉の向こうはどうやら倉庫のようだ。タルやツボが並んでいる。僕が蹴り飛ばした人もすぐに見つかった。お腹の辺りをさすり、反対の腕は何かを庇う様に横に広げている。
「僕達は敵じゃない。後ろに怪我人がいるんだろう?早くここを出よう」
「騙されるものか!外には魔物がたくさんいたはず……、女子供がここに来れる訳がない!」
その鋭い剣幕に『いや、いや、いや、あなたも女子供でしょう!?』とツッコミし損ねる。女性の割に随分言葉が乱暴だ。早く明るいところで顔を拝んでみたい。
「その黒ずくめの格好……、魔族だな?変装していても騙されないぞ!」
カッ、と目を見開き僕を睨んでいるのだろう。敵意むき出しの視線にちょっと傷つく僕。
それからリナ、後ろで笑わない!
口元を手で押さえお腹を押さえて必死に笑いをこらえる美少女メイドさん。「黒い服、着るのいい加減に止めればいいのに……」と呟き、クスクスと笑いが漏れだした。こっそり付け加えられた「厨二クサイ」は余計だ。だって黒は“カッコイイ”じゃないか。
「頼むから落ち着いて聞いて欲しい。外の魔物は全て倒した。この服も僕の趣味だ」
「ぷっ!」
(だからリナ、笑うなって。兄さん、傷つくよ!)
「そんな話、信じられるか!かくなる上は……」
目の前の女の人は両手を僕達に向けて突き出し、何かを呟き始めた。
「あの人、魔法を撃つ気だよ!」
魔力をいち早く察知したリナの声が上がる。それもかなり大きいらしい。そんな魔法、ここで撃ったらどうなるか……、わかっていて撃つ気だ。大きな魔力が収束する。空気は震え周囲の壁がミシミシと軋む音を立てる。
「やめるんだ!ここで撃ったら後ろの人達も巻き添えを食うぞ!」
「お前達魔族に弄ばれるくらいなら、ここで果てた方がマシだ!」
「くっ!」
——ガシャッ——
「「「?」」」
——ガタガタガタガタッ——
「兄さん、これってひょっとして……」
「崩れるな……ここ」
天井は激しく揺れ、壁に亀裂が走る。ふと上を見ると、石やら木の破片が降り始めた。
この場をどう切り抜けるのか?
リナと目が合う。小さく首を縦に振る。僕に全てを任せてくれるようだ。
「リナ、ちょっと失礼するよ」
「変なところ触らないで」と抗議する声をスルーしてリナを小脇に抱える。「そこはだめぇ」とか言っているけどそれどころではない。
「魔族め!何をする気だ!」
「みんなまとめて助けてやる、ってことだよ」
僕はニヤリと口端を吊り上げる。こういう展開、嫌いじゃない。
「アクセル・ウイング!」
僕の背に光り輝く魔法の翼が現れる。放たれる光に薄暗い地下室が照らされる。
相対するは、どこかで見覚えのある黄金の髪に深紅の瞳。その長い髪は後ろで括りサラリと垂らして肩の辺りで揺れている。いわゆる“ぽにーてーる”って名前だったはずだ。年も若く、僕達と変わらなそうだ。その整った顔立ちは紛れもなく美少女に分類される。
その後ろには傷ついた男性を支える女性、どちらも三十代前半くらい。その女性にすがる子供は男の子みたいだ。泣くのを我慢しているように見えた。皆が皆、驚くように僕を見ている。
リナと僕を除いて全部で四人、することは決まった。
——ガラガラガラガラッ!——
天井が崩れ落ち、全てが埋め尽くされようとした時、僕の背から眩い光が発せられる。瞬時に僕は“ぽにーてーる”の少女の傍に行き木刀で降りかかる瓦礫を粉砕した。
戸惑いを隠せぬ深紅の瞳が上目遣いで僕を見つめる。横腹に突き刺さるリナの肘が少し痛い。何とかスルーして木刀をしまい、金色の少女も抱える。
右手にメイドさん、左手に“ぽにて”っ娘。どちらも美少女だ。これを誰かに見られたら呪い殺されるかもしれない。
両手に花のまま僕は即座に残りの三人の傍に駆け寄る。天井を一瞥すると光の翼は大きく広がり、激しく光の粒子を放出させた。
「ウィーーングッ!ストォーーーーム!」
光を纏いし暴風が吹き荒れる。安全地帯の外は風の領域。危害となるもの全てが砕かれる。渦巻く光の風は降り注ぐ瓦礫、何もかもを舞い上げ天井を突き破った。
風が止む時にはもう、天井はどこにもない。日の光が差し込み何もなかったように静寂が訪れる。
「もう、大丈夫だな」
「っ~~~!そっ、その助けていただいて感謝する」
“ぽにて”っ娘の顔が何やら赤い。大立ち回りをしたせいで具合でも悪いのかな?
「う~っ!」
リナの唸る声がする。何故だか顔を見るのが今は怖い。うん?“ぽにて”っ娘の様子が少し変だ。「あ……れ?」と漏らした瞬間、目が虚ろになった気がしたのは気のせいだろうか?
「あのだな。そろそろこの手を放してくれないか?」
「そだね。いつまで触ってイルノカナ?」
「へっ?」
両手を同時に動かすと柔らかくて心地よい感触が伝わってきた。むにむにと堪能していると左右から艶めかしい声が聞こえる。
(あれ?そもそもこの柔らかいの……何だろう?どちらも大きさは同じくらいで……)
そう思って鷲掴みにしているその手を見ると、そこには聖域が……。悟りを開いた僕に最早、言葉は何もいらなかった。
「ごめんなさい」
「「ならすぐ放して(せ)!!!」」
僕はその後、しばらくリナに正座させられた。「LUCが上がった傍から“らっきーすけべ”って、どういうつもりなのでしょうか?オ・ニ・イ・サ・マ」とおっしゃるリナはかつてない程恐ろしかった。
脳内に今の感触を焼き付けていると思わず鼻血がでてしまった。更なるオシオキを受けたことは言うまでもなかった。
~おまけ~
「あれ、本当に効き目があったみたい」
キョウマに“オシオキ”をする傍らリナはナビゲーション・リングを起動させていた。注視する項目はリナによって【隠蔽】されたキョウマには見えないあの状態異常。
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【リナの加護/呪い】(キョウマには見えない)
・戦闘中にランダムでプラスの効果を得る。
・不幸体質の改善。
・異性にモテなくなる。
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「あの子の顔が赤くなった瞬間、すぐ発動していたみたい」
“ぽにて”っ娘の瞳が虚ろになったことにリナも気付いていた。キョウマの状態異常欄が明滅していたことも………。
「う~っ、これじゃ、わたし魔性の女だよ~」
「それもこれも兄さんが悪い。わたしの気も知らないから……」
ひとしきり唸った末に「そんだ。兄さんが悪い」とリナは決めこむ。
そして……。
「兄さんの……ばかぁ~」
定番の決め台詞をもって締めくくるのであった。
~おしまい~
お読みいただきありがとうございます。
ようやく新キャラ、登場です。




