第9話 ひざまくら
タイトルから予想できるようにイチャつきます。
膝枕したままリナはキョウマの顔を見つめ直す。
(今なら言える……かな?)
「きょっ、キョウ……マ……くん?えっと、さん?」
(う~、やっぱり名前で呼ぶのは恥ずかしいよ~)
顔から耳まで真っ赤にし、あたふたとする美少女メイドがそこにいた。
「あう~、兄さんのばかぁ……」
えいっ、と頬をつつく。最後は八つ当たりをして喜劇を締めくくった。
ゴホン、と咳払いして緩んだ表情を引き締める。改めて辺りを見回し膝元へと視線を落とす。キョウマは今も気持ちよさそうに眠りについていた。異世界に来て死闘を演じた張本人とは思えぬ寝顔——リナのよく知る義兄の顔に安堵する。と、同時に胸中では不安が募り始めた。
(こうしていると、わたしのよく知る兄さんなのに……)
今日の戦闘で見せたキョウマの力はリナの知るそれとは遠くかけ離れていた。何となく本人や女神から耳にし、ナビゲーション・リングから覗いたステータスで察してはいた。
——が、目の当たりにした戦いぶりは想像を絶するものがあった。
「女神様から力を貰わないで“アレ”なんだよね?」
——蒼葉光刃心月流——
(あれ、“おじいちゃん”から教わった剣術、それに体術が元だよね……)
もっとも、足運びや体捌きに名残を感じる程度。名前は兎も角として、磨き上げられた技はリナの知るそれとは全くの別物だった。
——アクセル・ウイング——
(綺麗だからわたしは好きだけど……)
元は加速系の風属性初級魔法、敏捷を多少底上げするだけで大幅な強化はない。飛行能力、攻撃力に補正、風属性ダメージなどはもっての外、上級魔法の性能すら凌駕しているのはリナの目からも明らかと言える。
——星竜闘衣——
(兄さんらしい、と言えばそうだけど……)
クスリと微笑み一考する。
特撮ヒーロー顔負けの戦闘力とその出で立ち。キョウマの口ぶりから、オキエスに来て進化したとは言え、以前からも行使していたらしい白銀の竜の力。キョウマの厨二はリナのよく知るところ。外見や技のネーミングに呆れを覚えるも、その力は紛れもなく人知を超えている。極めつけにこの施設、リナの知らないキョウマの四年間が重く感じられた。
「兄さん……一体、何と戦っていたの?どれだけ一人で背負っていたの?」
眠れるキョウマは何も答えない。
女神からリナを失ってからの四年間、キョウマが復讐の闘いに身を投じていたことを聞かされている。勇者召喚の間際、キョウマの年齢は十九歳。体は既にボロボロで今の十五歳の体に転生させる必要があったとも口にしていたのを覚えている。
蒼葉光刃心月流、アクセル・ウイング、星竜闘衣——どれか一つだけでも個人が手にするには十分過ぎる。これら全てを用いて戦い続けていた事実に戦慄を覚えずにはいられない。
キョウマとタスンの戦闘を改めてリナは思い出す。
(この世界でも前と同じように戦い続けたらきっとまた……)
悪い考えを振り払うように頭を振る。眠ったままのキョウマの顔が瞳に映る。
(そんなこと……させない!兄さんを独りにしないって決めたから……わたしも強くなるから!)
「心配させてゴメンね。わたしも兄さんを支えられるようになるから……」
門前払いの後、キョウマがリナのことで気張っていたことは気付いていた。お礼と決意の言葉を述べ、前髪を梳くように一撫でした。その表情に憂いはなく優しい笑みで満ちていた。
◇
「天使が……いる」
数十分ほど経過したのちキョウマの口が突然開いた。眠りから覚め、視界に入った美少女——リナの姿に我慢できず、偽りない本音の声をつい漏らす。当のリナ本人は「あわわ」とみるみるうちに顔を赤く染め上げた。
「なっ!何言ってるの!」
「いっ、いひゃいっふぇ」
瞬間湯沸かし器となったリナは咄嗟にキョウマの頬を引っ張り上げた。
「ほっ、本当にそう思ったんだ!」
引っ張る手から解放され頬をさすりながらキョウマは答える。
「それで……、いつから起きてたの?」
片目を瞑りもう片方は半眼にして次の言葉を促すリナ。
「にじゅう……」
——ギロッ!——
「さっ、三分位前です!」
(そっ、それなら、聞かれていないよね?)
リナは胸中で安堵の溜息をつくも油断はまだできない。
「ねぇ~、お兄様……、寝たフリをして何をしてたのかな?」
「ひぃっ!てっ、天使の笑顔をこう、チラリと……」
「ふ~ん……で?」
他にははないか、とリナの目は言っている。キョウマの緊張は続く。
「膝枕、気持ち良かったです」
「そっか……。だから、まだ膝枕なの?」
「え~と、あと五分?」
「に・い・さ・ん……」
「はい、なんでしょうか?」
笑っているけど笑っていない目に覚悟を決め、畏まって答えるキョウマ……。
「めっ!!!」
怒る顔もまた「可愛いなあ」と考えるキョウマに反省の色はない。密かにステータスの【むっつり???】が明滅したのには誰も気づかなかった。
◇
膝枕効果である程度回復したキョウマは拠点内を改めて案内した。シャワールームは特に好評でリナの機嫌を大きく上方修正させた。
もっとも……。
「覗いたら絶対、許さないから!」
リナがシャワーを浴びる間、キョウマはどこからか取り出したロープでグルグル巻きにされた挙句、目隠しの上、耳栓までされる始末。シャワーの音はもちろん、衣擦れの音すら聞かせぬ徹底ぶり。
キョウマとしては脱出は十分可能。それでも、あえて甘んじて受け入れることにした。
(これ以上、怒らせるとマズイ)
膝枕の一件で悪ふざけが過ぎたことを反省するミノムシが一つあった。
(リナと会えて、やっぱり浮かれすぎていたかな……)
ミノムシ姿のままゴロリと転がりキョウマは天井を仰ぐ。
(機嫌……直るといいな……)
…………
「~♪」
シャワー効果は抜群でリナはすっかり上機嫌。鼻歌交じりに今はベッドを整えている。女神が気を利かせていたらしく召喚前のリナの所持品は一通りナビゲーション・リングの収納空間に保管されていた。制服や下着を始めとして、当面の着替えを確保できたことは大きい。寝間着姿も何だか懐かしくキョウマの目に湿り気が帯びる。女神のところで一泊した時、キョウマは早々に眠りについていたので見逃していたのだった。
「兄さん……泣いているの?」
「そっ、そんなことないぞ」
「ほんと~?」
「うぐっ!」
リナの上目使いを前にしてキョウマが勝てる見込みは一つもない。一歩後ろに下がりクルリと背を向ける。
「それじゃ、僕は別の部屋で眠るから……」
ベッドルームは二つある。二部屋とも飾り気はないが眠るには十分な二段ベッドが二つずつあった。「一緒に寝よう」と口にする度胸はキョウマにはない。
「まっ、待って!」
自動ドアが開いたところでリナは立ち去るキョウマを引き留めた。裾を軽く摘む姿は捨てられた子犬のよう。
「兄さんの話、もっと聞きたいから……」
それだけ口にして反対のベッドを指差した。
「わかった」
「でも、ここから先に入ってきたら絶対、ダメなんだから!」
互いのベッドの中間辺りを指差すリナにキョウマは「わかってるって」と笑みを浮かべる。
それからベッドに横になると二人はすぐに眠りに落ちた。異世界に来て二人の心労は想像以上に疲弊していた。色々と話したいことはあったはずなのに瞼は重く睡魔に勝てなかった。朝までグッスリと眠る程の深い眠りにつき二人の異世界初日を終えることとなった。
やましいことは当然ない。
お読みいただきありがとうございます。
もう少ししてからバトル回が続く予定です。




