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第8話 異世界への不安~キョウマのとっておき

ファンタジーにSFがどんどん流れ込んでいく・・・。

 いつしか日は傾き始め空は茜色に染まりつつある。夜も近いせいだろう。町へ向かって進み行く人の流れが見え始めする。一人、また二人と門へと歩を進める中、やや早足で流れに逆らう二人組の影があった。すれ違う人々、皆が訝しげな目でその二人組——少年と少女を一瞥する。俯く少女の手をそっと取り、ひたすら前だけを見据え進む黒髪の少年の姿があった。


もう間もなく日の光も届かぬ夜となる。魔物に夜盗、様々な危険が待ち構える中、町とは逆方向に急ぎ行く。『こんな時間にどうして?』と年端もゆかぬ二人に興味が湧くも少年の鋭い眼光にたじろぐと、すぐに視線を横へと逸らす。このようなやり取りは既に何度か行われていた。


「その……、もう大丈夫だよ。兄さん」


 少女——リナは立ち止まり、前を歩く少年——キョウマの背へと語りかける。言葉とは裏腹に声から覇気は感じられない。


「大丈夫、とは思えないけどな」


 震える手を気持ち強めに握り、半身を振り返させ確信をもってキョウマは答えた。




 時は少し前まで遡る。



 門番二人との一件の後、しばらくリナは黒い不機嫌オーラを立ち昇らせていた。

子供扱いされたのが不満だったのであろう。リナは“綺麗”よりも“可愛い”が当てはまる。とはいえ女性としての魅力を全否定された衝撃によるダメージは大きい。「わたし……、そんなにお子様体型じゃないもん」との呟きを漏らしたのを皮切りに背に立ち上る負の気配は消え失せ次第に落ち込んでいった。


キョウマは一つ溜息をつき、『落ち着いた』と判断する。後は門番二人の見る目の無さをネタにして、「そんなことないよ」とフォローを入れ解決——元の調子を取り戻す、と脳裏にシナリオを描いた。


「わたし達、これからどうなるの……」

「っ!」


 震える声でリナの口から漏れた言葉にキョウマは己の不甲斐なさを知る。見当違いも甚だしい。思わず声を詰まらせかける言葉を見失う。


 浅はかだった。この世界に降り立ち、いきなりの魔物との戦闘。物怖じすることなく共に戦い時には支えてくれた故の失念。本来、リナは学園に通い実戦とはかけ離れたところで過ごすのが当たり前のただの学生——“女の子”に過ぎない。見知らぬ土地での命のやり取り、最初の町での門前払い、明日どころか今日この日の暮らしもままならない状況に不安を感じないわけがない。


(僕はバカだ)


 頭を振り苦悶の表情がにじみ出る。己の迂闊さが心底嫌になる。


(僕がしっかりしないと……)

 静かに顔を上げるキョウマの瞳に強い意志からなる光が宿った。


「リナ、行こう……」

「うん……」


 迷い子のように佇むその手を取る。つないだ手から伝わる熱に気付いたリナはキョウマの顔を覗き込みコクリと小さく頷いた。キョウマはリナの頭を一撫でする。「大丈夫だよ。僕がついているから」と笑いかけると、手をつないだまま一歩前へと歩みを再開した。先へと進む足取りは次第に速くなっていく。まるで、町への未練を断ち切るかのように……。



 当てもないまま歩くこと数十分、日はすっかり沈み辺りは暗闇で覆われる。先ほどまでは見かけられたすれ違う人の流れももうない。

 野宿確定のこの状況で先刻、「大丈夫だよ」と口にしながらも事態に進展は未だない。自然と握る手は強くなる。不安を取り除くようにキョウマは握り返して口を開いた。


「もう誰もいないようだし、ちょっとあっちの方に行こうか」


 辺りを見回し街道の外れにある岩陰をチョイチョイと指を指す。「えっ!?」とリナは驚きの声を上げた。俯いたまま視線を地に落としジッと動かない。暗くてよく見えないが耳まで真っ赤になっているようにキョウマは思えた。


「どうかしたのか?」

「えっと……、あっちに行ってどうする……の?」


 不安げな眼差しとともに紡がれた疑問にキョウマは己の説明不足を知る。


「ああ、悪い。出来れば使いたくはなかったけど、“とっておき”を出そうかなって……。お風呂はちょっとまだ(・・)無理だけど、見たらきっと驚くよ」

「???」


 やや得意げに語るキョウマにリナはついて行けず頭上に大量の「?」マークを浮かべる。「宿がなくても平気」と続けてようやくリナは自身の思い違いに気が付いた。


「そっか、エッチなこと……じゃないんだ……」


 安堵の溜息と同時にもれた言葉にキョウマは「あ~それで」と胸中で合点がいった。誰がどう見てもキョウマの言動は人気のない暗がりにいたいけな美少女を連れ込もうとしているようにしか映らない。理解と同時にみるみる顔は赤く染まっていった。


「何かそのゴメン」

「い、いいよ、別に……。それより見せたいものがあるんでしょ?」

「あっ、ああ。まあ見ててくれ」


 多少、ギクシャクしながらも岩陰まで歩く二人。再度、誰もいないことを確認する。虚空に向かって右腕を突き出し、手の平を広げるキョウマをリナは後ろから静かに見守った。


転移門(ゲート)!」


 おもむろにキョウマが呟くと目の前にこぶし大の暗闇が現れると徐々に広がっていった。人、一人簡単に潜れる位のトンネル程の大きさにまで膨れ上がると外側に朱色の何かが浮かび上がる。


「えっと、“鳥居”……だよね?」

「まあ、ただの鳥居じゃないけどな」


 何が起こっているのかまるでわからない、と言わんばかりに戸惑いを隠さずリナはキョウマへ尋ねる。無意識にキョウマの外套をチョンと摘む仕草が可愛らしい。キョウマの心はそれだけで癒された。


「見せたいものはこの先なんだ。さっ、行くよ」

「まっ、待って兄さん」


 戸惑うリナに「大丈夫だから」と告げ、手を引き鳥居の先へキョウマは促す。何事もないように暗闇の先へと踏み出すキョウマの姿にリナも覚悟を決める。ゴクリと生唾を飲むと「えいっ」と手をつないだまま駆け込んだ。二人が暗闇の向こうへ完全にいなくなると、鳥居は瞬く間に消失していく。辺りには何事もなかったように夜の静寂さだけが残されていた。


…………


「これって、一体……」

「なっ、凄いだろ?」


 鳥居を潜り抜けた先には別世界が広がっていた。異世界(ファンタジー)とは思えない光景が二人の前にある。最低限の照明のみが灯る薄暗い室内の中、巨大なモニター、そして立ち並ぶ何かのコンソール群。壁一つとっても見慣れぬ金属からなっていることが伺える。大部分が休眠状態とはいえ高度な科学技術によるものであることは素人であっても理解できるだろう。未来都市を思わせる雰囲気にリナの心は擽られる。リナは元々、機械類に目がない。将来、魔導技工士になるべく勉学に励んでいた。魔導と機械を融合した技術を磨き人の暮らしを豊かにする道を夢見ていたのはキョウマもよく知るところである。押してはいけないボタンの山を前にして、それまで抱えていた不安は全て吹き飛び好奇心へと置き換わる。


「ねえ、兄さん……」

「触るの禁止。特に“分解”はダメだからな」

「う~、まだ何も言ってないのに」


 調子を取り戻したリナの姿にキョウマは軽口で釘を刺した。その姿を見た安堵から頬が若干緩んでいることは言うまでもない。


「酸素はまだある、っと……」

「へっ?」


 物騒な発言を耳にし非難を交えた声を上げるリナをスルーしキョウマは部屋の中央へと歩み寄る。コンソール群の中に白色の野球ボール大の球体を見つけると右手をかざして考えるように天井を仰いだ。


「え~と……、生命維持を最優先にして……居住区エリアを解放、っと……それから……」

「ねえ、兄さん。ここは何なの?」


 何かの操作を始めたキョウマの背に向かいリナは核心を問いただす。説明不足なまま一人、納得して事を進める様に少々不満げだ。


「何というかここは僕の拠点だった場所、ってところかな」

「拠点?」

「そうだ。名付けて“ドラグ・ベース”!」

「……その名前、今考えたでしょ?」

「……よくわかったな」


 ジト目の視線に耐え兼ねキョウマは茶化すのをやめる。ゴホン、と咳払いして姿勢を正した。


「元の世界で戦っていた時、ここを拠点にしていたんだ。まあ、“秘密基地”、って言った方が早いかな」

「秘密基地、って……」


 秘密基地——そう言われてリナは咀嚼した。差し詰めここは指令室か何かなのだろうと、色々ツッコミしたい衝動を抑えて自らを納得させる。キョウマの口調に嘘は感じられない。幼いころから共に育ったリナにはそれが理解できた。

 驚きと期待、その他多数を抱え複雑な胸中のリナを置き去りにして、キョウマは拠点の案内図らしきものをモニターに映し出す。球体に念じると現在地からのルートが表示された。急ぎ足でどこか焦っているようにも見えるキョウマの様子に一抹の不安を覚えるもリナはその説明に耳を傾けた。


「で、ここがシャワールームで……、そっちがベッドルーム、っと……。そして、ここが食糧庫……、水も含めて一週間くらいはまあ、大丈夫だろう。あとは……」


「ねえ、この通路の向こう、何かあるの?」

(うっ!?)

「そっ、そこは扉があるだけで行き止まり。その先は何も……ない、ヨ」

「ふ~ん……」

「そっ、そうだ、そんなことより!この拠点なんだけど、僕の収納空間と同じ感覚で自由に出入りが出来るんだ。違う点は時間の流れがあるってことかな。原理は僕もわかっていない!!」


 案内図の黒くなっているある部分(・・・・)を指さすリナに、キョウマは一瞬目を泳がせて答えた。 語尾が棒読みになったせいかリナの視線はジト目となるも、話題を逸らし不格好なドヤ顔を浮かべたキョウマにこれ以上の説明は期待できないと諦める。

 リナの視線が案内図へ戻ったところでキョウマは安堵から胸をなで下ろした。


(できれば、あの場所(・・・・)は知られないままにしないとな)


 キョウマは案内図へと向き直り心中で漏らした。


……


「ふぅ、大体こんなとこ……か」

「兄さん、顔色悪いけど平気なの?」


 一通りの説明を終えたところで、額に汗を走らせるキョウマの様子に気付いたリナが問いかける。


「ちょっと熱もあるみたい」

(そっちは多分、リナのせい……顔が近い……)


 不意に額に当てられたリナの手の柔らかな感触と、顔を近づけ上目使いで覗き込む視線にキョウマの体温が上昇したのは言うまでもない。


「最後に一つ重要なこと……」

「重要なこと?」

(だから、顔が近いって!)


 照れてることを悟られぬようキョウマは視線を天井へと一度外す。キョウマの目を覗き込むリナはその視線を追って爪先立ちとなって近づいた。気を紛らわせるべくキョウマは咳ばらいを一つする。


「あ~ゴホン。ここの維持には魔力が必要なんだ。魔道具なんかがあれば、それで機能するんだけど……ない場合は……」

「ない場合は?」

「僕の魔力や生命力を持っていかれる。結構、“ごっそり”」

「それって、つまり?」

「まもなく僕は気絶する……と」

「ちょっと!大丈夫なの!」


 足元をふらつかせたキョウマへリナは駆け寄り肩を支える。


「あ~……、もう、だめ」

「えっ!兄さん!兄さんってば!」


 それだけ言い残してキョウマの意識は深い眠りへと誘われる。もたれかかるキョウマを支えきれずリナもペタンと座り込む格好となった。何とか体制を整えスヤスヤ眠るキョウマの頭を膝に置き前髪をそっと一撫でする。


「仕方のない兄さん……。でもね、ありがとう」


 頬を撫でてチョンとつつくと「ううっ」と漏らして年相応の寝顔を浮かべる。湧き上がる温かい感情にリナは顔を赤らめ「今だけだよ」と膝枕を続けた。


「嘘……、もう少しだけこのまま……」


 誰にも届かぬ声が静寂の中に響いた。

お読みいただきありがとうございました。

次回もお読みいただければ嬉しいです。

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