日傘の修道女
「レイジ……あんた本当になにも知らないの?」
自分でも自分の記憶の正体がよくわからない。そんな最中、アーネスカが問うてくる。
「さぁ……なんでだろう? 気がつけば閃いて……いた?」
「それで納得できると思う?」
できねぇよな……と思う。自分だってアーネスカの立場なら同じことを口にしていたかもしれないから。
「だけど俺は嘘を言ってない。閃いたかのように、対処法が思い浮かんだ。それを俺は咄嗟に叫んでいた。たとえ信じてもらえなかったとしてもそれが真実だ」
「私は信じるよ」
レイジはヒノキを見る。その穏やかな笑顔に、お思わずこちらまでほころびそうになる。
「私もあなたも、お互いに知らないことだらけだし、疑心ばかり募らせても、きっといいことにはならない」
アーネスカが続く。
「できるならあたしも、出会ったばかりの人間を悪し様に言いたくないけどね。
だけどレイジ。行動を共にする機会が増えるなら、監視の意味も含めて行動させてもらう。それだけは忘れないで」
頷くしかない。何も知らない今の自分が行動を起こすためにはまだまだ誰かの力が必要なのだから。
自分を信じてくれるヒノキ。
自分を監視するアーネスカ。
きっとどちらも大切なものだ。今の自分が、地に足をつけて行動するために。
「そういえば……」
ふと思い出した。
「二人とも、あのスライム野郎を知っていたみたいだけど。以前にも戦っているのか?」
アーネスカが「一応ね……」と答える。
妙に歯切れの悪い言い方だ。
「改めて確認するけど、レイジは本当に、今日目が覚めてからの記憶しかないのよね?」
「そのはずだ」
――自信ないけど。
「なら当然知らないわけだ。自分がどこにいて、どういう経緯で見つけられたのか」
「そういえば……」
視線をヒノキに向ける。確かに彼女は、自分がどういう発見のされ方をしたのかについては話さなかった。
「話す気がなかったわけじゃないの。落ち着いた頃にちゃんと話すつもり、でした」
目が覚めたばかりで、記憶がない。そんな状態で色々質問をしてしまえば、混乱した可能性もある。
そうならないようにヒノキなりに気を使ったのかもしれない。
「そのことについて、話してくれないかな? 俺がどこにいたのか」
二人は了承した。断る理由などないのだろう。
「そのまえにアレを片付けないとね」
アレとは氷付けになっスライム男のことだろう。熱い季節はまだ先だが、氷が常温で形を保てる気温でもない。
「あの状態じゃ、氷が溶けたときにまた動き出す可能性があるからね。ちゃんと止めを刺しておかないと」
「どうするんだ?」
そのとき聞いたことのない声が聞こえた。
「来ましたわよ」
日傘を差した修道服の女。
ヒノキが白、アーネスカが青。そして今度は赤ときた。
ウィンプル《頭巾》をちゃんと被って、髪の毛をきちんと覆っている。如何にもシスターという感じだ。
背丈は二人と比べて小さく、どちらかというと、レイジより少し大きいくらい。
それでもレイジが女の子三人と比べて小さいことに変わりはないが。
「紹介するね、レイジさん。この人はクレス=リーシェイト。修道服が赤いのは、戦闘要因であることを示してる」
「ヒノキのお気に入りの男の子というのは、あなたのことですか?」
「えっと、まぁそういうことらしい。一応、クロガネ=レイジってことになってる」
クレスは日傘を射したまま頭を下げた。
「クレス=リーシェイトと申します。先ほどアーネスカとヒノキが放った魔力を感知、何かしら戦闘行為が行われたと判断して来たのですが……」
状況がいまいちの見込めないクレスに、アーネスカが経緯を説明する。
「なるほど……ではあの氷像と化したスライムに完全なる止めを刺せばいいわけですね。早速仕事に移らせてもらいましょう」
言いながら、クレスは氷像と化したスライム男に近づいていく。
――なんだ……あの日傘?
よく見るとクレスが持っている日傘の持ち手部分は日傘の形をしていない。
どちらかというと、刀剣の持ち手のようになっている。
さらに奇妙なことに、引き金がついている。しかも二つも。クレスは人差し指と中指をそれぞれその引き金にかけていた。
日傘を閉じ、その先端をスライム男に向ける。
直後、日傘の先端が発射された。先端は銛のように返しのついた槍になっており、氷像に深々と突き刺さる。
「何をやってるんだ、あれは?」
「魔力の吸収よ。人間にも魔物にも目に見えないエネルギーの流れが存在していて、私達はそれを魔力とか生命エネルギーとか呼んでいる。あの子の仕事は、物理的な力では倒せない存在から直接魔力を吸い上げ、枯渇させること。
そうすることで、物理的な力の及ばない存在を倒すことが可能になるのよ」
「なるほどね」
ものの十秒ほどでその仕事は終わった。槍が日傘に戻っていく。
「妙ですね……炎の通じないスライム……の割には魔力が少ない」
アーネスカが続けて口を開く。
「元々死ぬ寸前だったんじゃないの? 酷く弱っているみたいだったし」
「それだけならいいのですが……」
「まぁ、スライムが死にかけだったとして……レイジとスライム男の因縁については気になるところね」
レイジが顔を上げる。
「その謎は……これからか」