自分なき自分
女性ばかりのエルマ修道院を管理する責任者、エミリアス最高司祭は、困ったような笑みを浮かべながらレイジとヒノキを見比べた。
柔和な笑みこそ浮かべてはいるが、歓迎しているといった感じではない。
そのエミリアス最高司祭が書斎として利用しているのがこの部屋だった。
机と本棚。それくらいしかない質素な部屋で、今この場には4人の人間がいる。
目の前の司祭、レイジとヒノキ。その後ろにいる、セミロングの女の4人だ。
目を覚まし、話が出来る状態になったのでヒノキと共に今後について話す。それが今の状況だ。
ヒノキに聞いた話では、エルマ修道院は女性の地位向上を目的とした修道院だとのこと。
病院としての機能も持っているが、それは生活に最低限必要だからあるだけに過ぎず、本来病院と呼べる施設は別にある。
「あの、どうしてもレイジさんを置いておくことはできないでしょうか?」
「ええ、出来ません。しかしながら、記憶のない少年をほっぽりだすわけにもいきませんし……困ったものですね……」
記憶のない少年をほっぽり出すわけにもいかない。しかし、生活の場を提供するにはこの修道院は性別的な理由で受け入れがたい。
だから目の前の司祭殿も困っているのだろう。恐らく今までにない事態だから。
「貴方はどうしたいの? レイジ君」
レイジにとって、ヒノキと目覚めてからの記憶が全てだ。現状この修道院を出たところでいく当てなんかない。だから何も言えないし、何の意見もでてこない。ただ一つの目的を除いては。
「俺は、自分の記憶を取り戻したい。今のところ、俺の目的と言えるのはそれだけです」
「そうよねぇ、そうでしょうねぇ……」
「あの、司祭様……!」
ヒノキは身を乗り出す。
「私が責任を持ちます。ですから、レイジさんのことは、私に任せてくれませんか?」
「却下です。大体責任とはどのような責任のことを指すのですか?」
「う……」
なぜヒノキがここまで自分に肩入れしてくれているのかもレイジにはわからない。顔が生き別れた兄に似ていると言うだけなのに。
――あるいは……それを確かめるためなのか?
「あの、司祭様。意見をよろしいでしょうか?」
背後の声に耳を傾ける。
金髪のセミロングに青い瞳。細いスレンダーなラインをもつ女だ。
彼女もレイジより背が高い。
言葉の一つ一つがハキハキしていて、ややきつい印象を受ける。
「彼の目的もはっきりしています。同時に焦っても仕方がないことも事実。まずは、自分自身の立ち位置や環境を整えることが先決かと」
「そうですね。私としても、まずは住む場所や環境を整えることを優先するべきと考えます。アーネスカ。もし良ければその当たりのことをお任せしても大丈夫ですか?」
「構いません」
「それで、レイジ君」
「はい」
名前を呼ばれ、気を引き締める。
「貴方を信用できるかどうかの判断はまだ私には出来ません。しかし、ヒノキは貴方のことを知っているという。私はヒノキという存在を通して貴方のことを信用します。よろしいですね?」
異論はない。自分自身が明らかに怪しげな存在なのだから。
「ではレイジ君。貴方が住む場所の手配から始めましょう。アーネスカ、ヒノキ。彼のことを任せます。もし住む場所が決まったら私に連絡を頂戴。紹介状を書かせていただきますから」
『かしこまりました』
修道院の廊下を歩きながら、自分より身長が高い女子二人がなにやら会話している。
さっきから完全に蚊帳の外だ。周りに流されている。そんな気がする。
「なぁ?」
二人がレイジに振り向き、次の言葉を待つ。
「アーネスカさんに、ヒノキさん」
『ん?』
「俺は、これからどここへ向かえばいいんだろう?」
「これから説明するわ。でも、まずは貴方にこの国のこと、町のこと、色々説明しなきゃね。そういうことも含めて、わからないんでしょ?」
レイジは頷く。自分が置かれた状況も立場も、まだ何もわからない。
「だから、まずは話をしましょう。貴方が自分を知るために」
「私達は貴方が自分を取り戻すお手伝いをしますから」
思わず笑みを浮かべる。
――ありがとう
次あたりからもう少し行進量増えるかな?