戸惑うヒノキ
ペットの捜索というのはヒノキ曰く、以外に簡単なものであるらしい。
魔術を持たない一般人がまともに探そうと思ったら、その手段は限られるが、魔術をそれなりに学んだ人間にとってはそうでもないのだそうだ。
今日はもう夕方で、捜索するには時間的に難しいから、本格的に捜索を開始するのは明日ということになる。
だが、その前に今回の依頼主の話を聞いておかなければならない。
ヒノキのペット探しのためには必要なものがあるそうだからだ。
「あなたたちが、私のムッドを探してくれるのですね」
以来主は、酪農を営むアルブンという名の農夫だった。
乳絞りで生計を立てて20年以上の人で、今回捜索を依頼してきたムッドは、番犬として飼っていたという。
乳牛の独特な臭いが漂う、木造建築の家屋の後ろには、広大な草原が広がっていて、20頭以上の乳牛が放牧されている。見ている分にはのどかな光景だ。
「はい、それでムッド君の捜索のためには、ムッド君の臭いや、体液といったの手がかりが必要になります。なにか、そういったものはありませんか? 」
ヒノキは淡々と農夫に伝える。犬が臭いで捜索するために、特定の臭いがついたアイテムが必要なのは理解できる。しかし、ヒノキはどう見ても普通の人間で、探しているのは犬だ。どのような手段で探し出そうというのか、レイジにはさっぱり想像がつかない。
「それって、どういったものなんですかね? 首輪とか、エサをやるのに使っていた皿とかですか?」
「はい、まさにそういったものです」
「ちょっと待ってください」
アルブンはきびすを返して、台所の方へ向かっていく。数秒で、人間が使う用途ではないとわかる皿を持って戻ってきた。
「こいつなんですがね。こんなもので、本当にアイツの行方がわかるんですかね?」
「はい、生きてさえいれば十分行方を追うことができます」
「わかりました。それじゃあ、持っていってください。アイツのこと、お願いします」
明日に向けての準備。ということで、ヒノキとレイジは一度、シェリアの屋敷に戻ってきた。
「おや? 二人揃っておでかけかな?」
廊下を歩いていると、エシュロウと顔を会わせた。
「ヒノキ殿、それに……」
エシュロウとレイジの目線が重なる。エシュロウの瞳の奥は相変わらず暑苦しく見える。
「レイジ……と呼べばよいかな?」
「あ、ああ……そんな感じ……です……エシュロウ……さん」
「エシュロウでいい。それにそう固くなることもないだろう」
「すまない……何となく慣れなくてさ……」
「アッハッハッハッハッ! なに、少しずつ慣れていけばいいさ」
エシュロウは礼儀正しすぎて、言葉を交わしている側が姿勢を正したくなる。
だが、今の豪快な笑い声のお陰で、すこしばかり緊張が薄れたような感じがした。
「それで、屋敷から帰ってきて早々、デートでもしていたのかな?」
言われてヒノキの顔が赤くなり、無言と化した。否定しろよと言いたいが、どうにもヒノキの耳には蓋がされてしまっているようだった。
「仕事を探していたんだ」
なぜか否定しないヒノキに変わってレイジが口を開く。
「仕事?」
「ああ、ほら……えっと、働かざる者ぉ……なんとかっていうだろ?」
「働かざる者食うべからずかな?」
「そう! それ!」
これまでの経緯を軽く説明する。エシュロウは何度かうなずきながら、黙ってレイジの話を聞いていた。
「なるほど、よい心がけだな。だが、あまり焦ることはないぞ? シェリア殿は寛容な方だし、背伸びをして我が身を滅ぼすこともあるからな」
「背伸びをしているつもりはないよ。最初はヒノキの助けを借りながら少しずついくさ」
「それがいい。どうやらヒノキ殿は、貴公にホの字のようだしな」
「チ、チチチチチ違います!」
ようやくヒノキが否定の意を示した。
「アッハッハッハッハッハッ! まぁ、いいんじゃないか? ヒノキ殿も年頃だし、ボーイフレンドくらいいても」
「チチチチチ違うんです。そういう関係じゃぁ……いん……す」
最後の辺りが何やらゴニョゴニョとしていて聞き取れなかった。
ーーそりゃあ、そういうことを考えなかった訳じゃなかったけど……。
「あ……ぁ……ぁ……ぅ~……」
ヒノキは酸素を求めて水面に顔を出す魚のように口をパクパクさせている。
「わ、私、今日は帰ります……お兄さん、明日迎えに行きますから!」
「え」
ヒノキが男二人に背を向けて立ち去っていった。
気まずい沈黙が漂うなか、エシュロウが真顔で口を開いた。
「すまない……冗談が過ぎたようだ。しかし、どうやらヒノキ殿、レイジのことをそういう風に見ているらしいな」
「どういうことだ?」
「自分でわかるだろう? 大衆向け《ジュブナイル》小説の鈍感主人公じゃないんだから、それくらいは察することだ」
ーーそりゃ、そういうことを考えなかった訳じゃないけどさ……。
「邪魔をしたな。まぁうまくやることだ」
ーーなにを?
その疑問を問うより早く、エシュロウは歩いていった。
「なんだかなぁ……」




