ミッションギルド
「レイジさん? 入ってもよろしいですか?」
ヒノキの声だ。了承すると、扉を開けて、ヒノキが姿を現した。
あの廃墟から帰ってくるまで、彼女は純白の修道服を着ていた。
が、今は修道服とは違う別の服を着ている。半袖のワンピースのようで、上から下まで白く、腹部には革製のコルセットが巻き付けてある。
それほど、身体のラインが出ているわけでもないのに、美しく見えるのは、身長が高いからだろうか。
「修道服じゃないんだ……」
「流石に汚れがたくさんついてたので、洗濯しました」
「帰ってきてからそれほど時間経ってない気がするけど……」
「シェリアさんがやってくれたんです。あの人、意外に自分から色々率先してやる人で、私は遠慮するよう言ったんですけどね」
シェリアは常にニコニコしていて、どことなく自由奔放なイメージをもっていたが、それはレイジの勝手な思い込みだったらしい。
「疲れましたね。大丈夫ですか? 痛いところとかありませんか?」
「大丈夫。ヒノキが守ってくれたから」
ヒノキは朗らかな笑みを浮かべる。おそらく照れも混じっているのだろう。
「ところで、ずっと疑問に思っていたことがあるんだけど……」
「は、はい……?」
急に真剣な顔で問いかけたからか、緊張しているようだ。何とも言えない硬い空気を感じる。
「そんなに緊張されても困るけど……んっとさ、ヒノキちょっと無理してないか? 俺と話す時」
「え? そんな、ことは……ない、と思いますけど……」
しかしその声に自信はなさげだ。本人にもよくわからないのかもしれない。
ずっと感じていたことだった。ヒノキの話し方にはどことなく硬さを感じるのだ。敬語だからとかそういうことじゃない。言葉の端々が緊張しているようなそんな感覚があったのだ。
「無理をしていた……わけではないんです。えっと、笑わないですか?」
「笑わない」
はっきり言いきった。
きっとヒノキは曖昧な答えなんて望まないだろうから。
「私がレイジさんと暮らしていた頃、私はレイジさんのことを、お兄さんと呼んでいたんです」
「うん」
「それは、ある意味今も変わらない。でも、いきなりお兄さんなんて呼ばれたって迷惑なだけかな? って思ったんですだから、せめて心の中だけでも、お兄さんって呼んでました。私にとって、お兄さんは常に見上げる人なんです」
――そのちぐはぐさが、妙な硬さにつながっていたのか……。
レイジは納得した。きっとヒノキの中でも葛藤があったのだろう。
――なら……俺がすべきことは……
「なら、そう呼んでくれても、別に構わない」
「え?」
「ヒノキが俺に気を使ってくれてるのはわかる。俺がヒノキのことを呼び捨てで構わないのも、それが理由だろ? でも、俺ばかり気を使われるのも、気が引けるよ」
「レイジ……さん」
「だから、ヒノキにとって呼びやすいように呼んでくれても、俺は構わない。いや、むしろそうしてほしい」
「ありがとう、お兄さん」
穏やかな笑みだった。緊張が解けたのか、その笑みは自然な笑顔だった。
「お兄さんは、やっぱり私の知ってるお兄さんなんですね。それじゃあ、お兄さんって呼ばせてもらいますね?」
「うん」
レイジにとっても、ヒノキにとっても、そう呼ぶことが普通である気がした。
「そうだヒノキ、一つお願いがあるんだけど」
「私にですか? いったい何を?」
「単刀直入に言って、仕事がほしい」
「お仕事ですか?」
レイジは頷く。そしてヒノキの目を見て続ける。
「俺は記憶喪失で、今もなにも思い出せていない。シェリアさんのおかげでこうして住むところはあるけれど、自分でなにか仕事をしているわけではない。さすがに、いつまでもその状態って訳にはいかないからな。自分の食い扶持ぐらいは、自分で確保したいと思うんだ」
「う~ん……」
ヒノキの顔には「困った」と書いてあった。
ーー検討違いだったかな?
「あ、いえいえ、そんな検討違いだなんて。そんなことないですよ」
「心を読まれた?」
「えっとですね……」
レイジの突っ込みを無視して、ヒノキは続ける。口調がたどたどしいのは、まだレイジのことどう呼ぶべきなのか、頭の中で整理がついていないからだろう。
「私のこと、そこまで信用してくれるんですか?」
恐る恐るといった感じで、問うてくる。背はヒノキの方が大きいのに、年下の女の子を相手にしている気分だ。
ヒノキにとっては元々そうなのかもしれないが。
「私でよければ、お手伝いさせていただきます」
少し嬉しそうな、それでいてどこか晴れやかな笑みを浮かべてヒノキは言った。
ネレイアス広場。
目を覚ました直後にも連れていかれた場所。
広大で美しい広場を中心に無数の商店が軒を連ねている。
記憶が正しければ、初めてここに来たときは公営ギルドにつれていってもらった。自分の住む場所を探すために。
レイジとヒノキはその広場を歩いていた。
「またギルドに行くのか?」
「はい、今回は総合依頼ギルドに」
「またギルドなんだ」
「お仕事をしてお金をもらうなら、まずはギルドにお話を通さないと始まりませんから」
さらにヒノキは総合依頼について説明を始める。
「まず、依頼というのは、様々な任務やお仕事をいただくためのギルドです。そしてこの依頼は複数のジャンルに別れているんです。数が多くて全部は把握しきれてないですけど」
「そんなに多いのか……」
「依頼ギルドは一般市民に仕事を提供するためのギルドなんですけど、そのジャンルと数は多種多様で、一つのギルドだけでは捌ききれないんです。そこで、無数のギルドを一つにまとめる総合ギルドができたんですよ」
「そこに行って、仕事を受注して、仕事をするっていうことか?」
「今回の目的だけ言えばそうです」
「っていうことはそれ以外にも仕事の受注の仕方があるっていうことか?」
「はい。そうなります。お兄さんはこの国ではまだ無名ですが、いくつもの依頼をこなして名前が知られれば、逆に依頼されることもあります。それで生計をたてている人もいるくらいです」
「なるほど、今の俺にできそうな仕事の取り方ってわけか」
「お兄さんなら、きっとできますよ」
レイジは頷いた。どのような依頼があるのかはわからないが、まずはやってみるしかないだろう。
ーーそれにしても……。
ヒノキはナチュラルにレイジのことを『お兄さん』と呼ぶようになったが、いざこうして町中で言われてみると気恥ずかしいものを感じる。
この身長差の女子からお兄さんと呼ばれるのを、回りの人間はどう思うだろう?
自意識過剰かもしれないがそんなことを考えてしまう。
きっとヒノキも同じような気持ちなのかもしれない。
ーーなんだ? 俺は他人の目が気になっているのか?
総合依頼ギルドはギルドの名を関してはいるがその空間の半分はレストランの様相を呈していた。
空間の半分にテーブル席が設置されていて、ウェイトレスが忙しそうに料理を運んでいる。
それでも、静かな空間が保たれているのは、アルコールが全面禁止されていることと、大声で騒ぐことをギルド側が禁止しているからだ。
もう半分はなにかというと、そちらもテーブルが並んでいた。ただし、こちらには人がほとんどおらず、椅子も用意されていない。食事のためのテーブルでないことは明らかだった。何より異彩を放つのが、壁一面を覆い尽くす巨大なコルク掲示板だ。そこにはいくつもの張り紙が所せましと貼られている。まるで手配書か何かのようだが、ほとんどは何かしらの文章がかかれていて、そういったものとは趣が違う。
「公営ギルドとはえらい違いだ」
「あっちは、住居の手配をする場所で、頻繁に人が来るような場所じゃないから、一人でも回るんですよ」
「でもここ、ギルドっていうよりレストランだよな?」
「受注した仕事に関しての熟考や、会議とかをするための空間を提供してるんだそうです。あと、ギルドの運営費を賄うのにも一役買っているとか」
「なるほど。それで、仕事はどうやって受注するんだ?」
ーー何となく想像はつくけど。
「それはですね……」
ヒノキはギルドの一点を指差した。謎の張り紙がたくさん貼られたコルク掲示板を。
「あの掲示板に貼られている依頼書、または嘆願書を受け付けに持っていくんです。その後、必要事項を記入して受注して、お仕事が完了すればお金が払われるってわけです」
早速掲示板の前まで足を運んでみる。びっしり壁一面に貼られた紙の数々は、かなり圧巻だ。
「これ全部依頼書なんだ……」
「初めてだから、最新の依頼書から探してみるといいと思いますよ? 古いとそれだけ依頼をこなすのが難しくなりますし」
「え~っと何々……」
二人で依頼書を上から順に見ていく。依頼の数や種類は実に様々だ。
「犬の捜索に浮気調査、皿洗いに警備員……なんか節操がないな……」
「得意分野がある人は他の依頼ギルド行って探しますからね。とりあえずペットの捜索なんてどうですか?」
「ペットの捜索はシンプルなのか?」
「えっと……」
ヒノキは人差し指同士をツンツンとつつく。
「私が得意……じゃ、ダメですか?」
ーーそういうことか。
「いや、それでいいよ。でもいいのか? 時間使わせて」
「はい。構わないですよ」
ヒノキは掲示板からその依頼書を剥がして、受け付けに持っていく。
「すいません、この依頼を受けたいんですけど……」
受け付けにいる恰幅のいい事務員がヒノキの声を聞き、別の用紙を渡してくる。
「それでは、こちらの受け付け用紙に必要事項を記入してください」
そしてズラッと並んでいるテーブルにその用紙を持っていく。大量に並んでいるテーブルはこのためにあるようだ。今は空いているからいいものの、人がたくさんいる場合は
テーブルで現住所と名前、そして拇印を押して、再び受け付けに持っていく。
現住所はレイジのものを。受注者の名前はレイジとヒノキの二人組ということにして。
成功報酬で、捜索対象は子犬のムッド。期限は一週間以内でそれを過ぎて報告がない場合は契約不履行となり、再び依頼書は掲示板に貼られることになる。
「はい、承りました。よい報告をお待ちしています」
受け付けの青年はニコヤカな笑顔で二人を見送った。




