守る者守られる者
むっちゃ久しぶりですみません。再開していきます。
スライム男は自らの腕を突きだしてきた。
その腕は肉食の水棲生物のような形を取り、レイジ達を食らおうとする。
「ヒノキちゃん! クロガネ君をお願い!」
「はい!」
レイジとヒノキ、シェリア、エシュロウ。それぞれ三手に別れる。
ヒノキはレイジの盾となる形で、レイジの前に立つ。
「ヒノキ!」
「レイジさん! 見ていて下さい! 今度こそ、あなたを守って見せる!」
その言葉はきっと今のレイジに対するものではないのだろう。
自分自身か、遠い過去のなかにいる、もう一人のレイジ。そうでなければ、記憶のないレイジに、そんな台詞は出ないだろう。
ーーヒノキ……君は……誰を見てるんだ?
シェリアは居合いの如く、素早く刀を引き抜き、同時に魔術を発動させた。
レイジから聞いている。あの男の弱点は氷の属性であると。
「烈凍断!」
地面に降り下ろされた凍刃は瞬時に膨らみ、巨大化する。空気共々巻き込まれたものは全身を凍らされることだろう。
「ハハァ!」
男は笑う。腕の形は水棲生物の口から、花びらのように開いた。開かれた先端の一本一本が鋭いトゲとなり、シェリアを突き刺そうと向かってくる。
「ッチィ!」
帯剣ベルトにセットされた小瓶を投げつけつつ、シェリアはその場から離れる。小瓶は爆発を起こし、冷たい粉塵と強烈な冷気を発生させた。
「その命、貰った!」
スライム男はエシュロウを見ていない。これを好機と、エシュロウがその横から迫る。
すれ違う刹那、エシュロウの刃は男の脇腹を両断しようとしていた。
「氷閃刃!」
刀が凍てつく空気を放出する。脇腹にズブリと刃が通っていく。その肉体は両断され、切り口から冷気が男の肉体を蝕み始める。
「ぐ、くくっく……」
それでも、男は死なない。スライムなのだから、肉体が分かたれた位では絶命しないだろうが、十分なダメージはあったと見える。
「クロガネェ……クゥロガネェー!」
上半身と下半身が別れているにも関わらず、怨念のような声をあげる。
恐ろしい形相と相まって、怖気が走る光景であると言えた。
「なんだよ……なに見てんだよ……」
この男はレイジに封印されたといっているが、レイジには記憶にすらない話だし、それが本当かどうかもわからない。
だからこの男が何を言おうと、レイジにとっては自分の身を脅かすナニカでしかない。
「お前は俺のなんなんだよ……俺の命を奪って何をするつもりなんだよ!」
『フフフフフフフク、シュウシュウウウウウゥウ……』
男の肉体は人としての姿を保てなくなってきたのか、その全身がゲル状に変わり始める。
男の様子を見て、シェリアが口を開く。
「これで終わり?」
「だとしたらあっけないものですが……」
エシュロウの言う通り、これで終わりなら呆気ないものだ。
「スライムはスライムってことかしら?」
「……!」
なにかに気づいたかのように、ヒノキは自分達が降りてきた階段に視線を走らせた。
「なにか来る……! 階段から離れて!」
『マ、マダ、ママママママ……!』
全員一斉に階段から可能な限り離れる。
その直後、赤い液体が津波のごとく地下室に流れ込んできた。
「さっきの赤い壁か!」
「あの壁、コイツの肉体だったのね」
赤い液体は男を飲み込む。肉体の形を失った。
「なにか来る……! エシュロウ、ヒノキちゃん! 私に続いて!」
『はい!』
二人の大きく頷き、シェリアは魔術を発動させた。
「球形・防御結界!」
『防御結界!』
淡く光る球体が四人を包み込む。
眼前のスライムは結界ごと四人を飲み込もうと大口を開けている。そこに飲まれたらどうなってしまうのだろう。という想像をするまもなく、呆気なく四人は飲み込まれた。
視界が赤く染まる。戦闘能力がないレイジはただその光景をみていることしかできない。
波間をたゆたうように、球状結界がスライムの上で揺れ動き、脳を揺さぶってくる。
――くそ、気持ち悪い……。
吐き気が込み上げてくる。その様子を見て、ヒノキがレイジを抱き締める。
「大丈夫……あなたは私が守る!」
――そうは言ってもよ……。この状況、どうするってんだ……?
「仕方ないわね。使わずにすめばと思っていたけど、そうもいかないか」
シェリアはまたもやゴソゴソとバッグの中をあさり始める。
「二人とも、もう一度私に続いて!」
エシュロウとヒノキが頷き、シェリアはさらに言葉を重ねた。
「結界、解除!」
三重に張られた結界が一瞬で消え去る刹那、シェリアはコルク栓がされた試験管をスライムの海に放り投げた。
「発動、フリージング・ヴァイラス!」
赤い波が一瞬にしてアイスブルーの結晶に変わる。
おぞましいほどの熱気と憎悪は凍り付き、四人は固い氷のベッドの上に降り立った。
目まぐるしくも、ほんのわずかな時間だった
この古い館に入って、地下に降りて、スライム男と再開して、戦った。
ーーもし俺一人でこんなところに来ていたら……どうなっていたことだろう……。
きっとなす統べなく殺されていたに違いない。なぜ自分が命を狙われるのかすら分からないままに。
「みんな大丈夫?」
シェリアが言う。レイジ自身は特に戦ったわけではないので、これと言ってダメージはない。
ヒノキとエシュロウも怪我らしい怪我は無さそうだ。
「みんな強いな」
レイジは本心でそう言った。本当にみんな強いと思う。
炎を操るヒノキ。剣を握るエシュロウとシェリア。羨ましい限りだ。
「俺達が強いというより……」
エシュロウがシェリアの背中を眺めながら言う。
「あの人が強いのだ。俺達は、あの人の指示の下で動いていたにすぎない」
――言われてみれば……。
あの凶悪なスライムを相手に、一歩も引くどころか余裕すら感じさせた。
単純に戦いなれているのだろう。そして、その場数も大いに違いない。
「それにしても先生。この魔術は一体……?」
どうやらエシュロウも、シェリアが発動した魔術を見たことがないようだった。巨大なスライムを一瞬で凍結させた魔術を。
シェリアは戦闘開始前と変わらない笑みを浮かべた。
「開発したばっかりの凍結魔術よ。正直強すぎるから出来れば使いたくはなかったんだけどね。強力すぎる魔術は、協会から封印命令がかかることもあるから」
「封印命令?」
聞いたことがない言葉にレイジは首をかしげる。
その様子をみてヒノキが説明役をかって出る。
「この国では、強力すぎる魔術は使ってはいけない魔術として、魔術兵団から封印するようお達しがくるんです。今回のように、屋内に隠れて使う分にはなんの問題もないけれど、どんな魔術が封印指定されるかは兵団のさじ加減なので、使わないに越したことはないんです」
――なるほどね。
レイジは頷き、シェリアに向き直る。
「魔術師としても、強いんだ……」
レイジが目を覚ましてから、そんなに時間は経っていない。この世界のことも、まだ分からないことだらけだ。
だけどこれだけはわかる。シェリアはとてつもなく強い存在であることが。
――力……か。
シェリアはレイジの視線に気付き、ゆっくりと近づいてきた
「クロガネくん、私みたいになっちゃダメよ」
「え……?」
「あなたが考えていることはわかるわ……何となくね」
憂いを帯びた横顔からは、彼女が考えていることは読み取れない。ただ寂しそうな、そんな感じがする顔だ。
「ごめんなさい、つまらないことを言ったわ。さぁ、目的を果たしましょう」
――……あの人どんな人生を歩んできたんだろう……。
レイジは心のなかで呟いた。




