赤い壁
「ただ、その前に一ついいですか?」
神妙な顔で、ヒノキは周囲を見渡す。
「何か気になることでもあるの?」
そうとうシェリアにヒノキはすぐさま答えた。
「以前きたときとは……何か違う」
『以前』とは当然レイジが眠っていた当時ということだろう。
「どれくらい前なの? 何が違うの?」
「三日ほどです。違いは……えっと……」
言葉に詰まる。どう説明していいのか分からないといった風に。
「そのときもこんな風に植物がたくさんあったんです。でも、今は……明らかに減ってるんです」
「誰かが、植物を刈りとったりしたとか?」
エシュロウはあごに手を当てながら言う。ヒノキは首を横に振った。
「刈ったという感じじゃない。純粋に減ってるっていう感じ。例えるなら、そう……養分を吸い取られて枯れた……とか」
そのとき、板張りが軋む音がした。
しかし、空間が音を反響し、その音の場所が特定できない。
エシュロウは構える。いつでも戦えるように。
不気味な音の反響を耳にしながらも、シェリアは冷静に口を開く。
「確かに……おかしな感じね」
よく見れば植物の一部は館の木材と色が溶け合っていて、オブジェと化しているものも見られる。
冷静な口調とは裏腹に、その顔には冷や汗が浮かび上がっているのは、気のせいではないだろう。
「ひょっとしてここって……魔物か何かのおなかの中だったりして……」
冗談なのか本気で言ってるのかわからない。
その言葉の真意を確かめる間のなく、ヒノキは叫んだ。
「上です!」
何かが上からくる。そう判断した瞬間、レイジとヒノキ、エシュロウとシェリアはそれぞれ左右に大きく動いていた。
上から来た何かは老朽化したシャンデリアだった。咄嗟に動けたから良かったものの、数秒遅れていれば全員潰されていたかもしれない。
「な、なんだってんだよ……」
レイジは呆然とする。心臓の鼓動が跳ね上がり、動揺が胸の奥でくすぶり始める。
「私の勘が正しければだけど、この館生きてる……!」
赤い何かが館の壁を這い回る。
扉が、割れた窓が、崩れた天井が赤い何かに覆われていく。
「先生! 外へ出ましょう!」
「ええ!」
その声に反応するように、赤い何かによる浸食が加速した。
このままでは閉じ込められてします。
「レイジさん! 立てますか!?」
「だ、大丈夫……!」
心臓の音が痛いくらい耳を打つ。自分の体がどう動いているのかさえよくわからない。
立ち上がり、外へ走り出した頃にはもう手遅れだった。
館の周囲は赤い何かに覆われ、シェリアが破壊した扉も完全にふさがっていた。
「なんてことだ……!」
苦虫を噛み潰したような顔でエシュロウは歯噛みする。
「まだよ! 壊せないと決まったわけじゃない!」
シェリアとエシュロウはそれぞれの刀剣を抜き放ち、かつて扉だった箇所に魔術による攻撃を叩き込む。
炎、斬激、衝撃波……それらが一つの壁目掛けて打ち重なる。
しかし……。
「傷一つないだと?」
「流石に……これは予想してなかったわね……」
笑顔こそ崩さないが、シェリアの目は明らかに笑っていない。
「一体、何が起こったのでしょうか?」
「魔術によるトラップ……というわけではなさそう。それにこの赤いの……」
シェリアは先ほど落ちてきたシャンデリアに目を向ける。既に芯がダメになっているろうそくとそれを立てるための燭台が目に付く。
燭台を一本拾い上げ、赤い何かに覆われた扉目掛けて投げつける。
グチャ、と音を立てて燭台が赤い何かに埋まった。
「まるで粘土か何かみたい……物理的な攻撃は恐らく効かないわ」
「なんだと思います?」
「多分、スライムかブロブの類だと思うけど、今まで見たこともないほど巨大だわ。これだけ大きいと生半可な炎で焼き切ることはできないでしょうね。
そして、このスライムが生き物だとしたら、明確な意図を持って私達に襲い掛かろうとしている」
「我々の知っているスライムとは何かが違うようですね」
「どの道、先に進むしかないわ」




