プロローグ -勇者、この地に散る-
『俺は二度目の人生を体験している---。』
人間誰しもに“特別な力”が宿る。
それは戦乱の世で生き抜く術として、自然と備わるモノ。
「戦う力」「守る力」、中には「無駄としか思えない力」も。
しかし、彼にその能力が備わる事はついに無かった。
そう・・・・・・彼は死んでしまったのだ。
いわゆる「勇者」と呼ばれていた彼、ロードという青年は、
パーティであるレオン、ユズ、トムニカと共に戦場を駆けていた。
戦場と言っても、兵士と兵士がせめぎ合っているのではない。
兵士の属する「防衛軍」とは無関係の冒険者と、魔物との死闘である。
しかも、冒険者はたったの四人に対して、魔物は数えるのも億劫になる程の数。
彼らも意図してこの戦場に赴いたのではない。
勇者を抱えた一行でさえ、この戦いは無謀であったのだ。
最初に息絶えたのはヒーラーであるトムニカという男。
四面楚歌であるこの状況では、後方で回復魔法を唱える暇などなく、
あっという間にその身を鋭利なトゲに貫かれたのである。
死を迎えても、一定時間内であれば、蘇生魔法なりアイテムなりで復活できる。
それはこの魔法世界においても同じだ。
その瞬間を目撃したガンナーのレオンは、サソリ型の魔物を魔法弾でぶち抜いた。
数多の死線を潜り抜けてきた彼らにとって、トムニカの死は初めてではない。
しかし、驚くべきは、魔物たちの不可解な行動にあった。
・・・・・・トムニカの死体に大勢の魔物が群がり始めたのである。
魔物が人間を捕食するという例は今までに一度たりともない。
勿論、それらはトムニカを食べていた訳ではない。
ならば何故、このような行動を取っているのか・・・・・・。
その光景を横目で捉えていたロードはこう思った。
(黒幕がいる・・・・・・。)
魔物に思考能力など無いに等しい。
あるとすれば、魔物を束ねる〝魔神〟による命令によるものか、
〝魔物使い〟と呼ばれる、魔物を使役する少数民族によるものか。
この戦場に自分たちを呼び寄せたのも、その黒幕によるものだ、と。
勇者といえども、多くの敵を一斉に屠ることは不可能。
せいぜい一太刀あたり四体が限度だろう。
それでも次々と湧いて出る魔物の群れに、
ロードもユズもレオンも、身動きが取れずにいた。
完全前衛タイプである剣士ロード、武闘家のユズ。
後衛ではあるが、後衛だからこそ、眼前の敵に苦戦を強いられるガンナーのレオン。
回復役など、今この場所には存在しなかった。
蘇生アイテムは辛うじてレオンが持っているが、
取り出し、接近し、使用する事はほぼ不可能。
無事に復活させたとしても、無数に魔物が出るこの状況の前では、
トムニカは完全にお荷物となるだろう。
(撤退しかない・・・・・・!)
残る三人は目で合図を送った。
このままではトムニカどころか、全員が死んでしまう。
その前に彼を救出し、この場をなんとか脱出しなければならない。
この〝魔神の森〟から、なんとしても・・・・・・!
三人は同時に地を蹴った。
少数精鋭で、幾つもの死線を潜り抜けた彼らの呼吸はピッタリだった。
三人が一塊となるため、合流地点へ駆け抜ける。
・・・・・・が、一人の足は、違う方向を向いていた。
「レオン!?」
ロードが声を荒げた先には、トムニカを目指す彼の姿があった。
事実、救出には数秒も無駄に出来ない状況ではあったのだが。
しかし・・・・・・これが大きな間違いであった。
孤立した後衛が攻撃する間も惜しんで駆けつける。
そんな様子を、魔物たちが黙って見ている訳がない。
次の瞬間、巨体の掌がレオンを側面から吹き飛ばしたのである。
即死・・・・・・である。
ユズは驚愕に顔を歪ませた。
唯一の女性である彼女だが、別に死体に対して免疫が無いわけではない。
ゴーレムに吹き飛ばされた彼を見ても「助けなきゃ」と思うだけだ。
そんな彼女が驚いた理由は、ロードの発言にあった。
「・・・・・・このまま脱出だ・・・・・・二人は、救えない・・・・・・!」
的確な判断であった事は、第三者であるなら分かる事だ。
自分の命すらも次の瞬間には消え去るようなこの状況。
大の男二人を抱えて逃げる、なんて芸当は彼にも、ましてや彼女にも出来ない。
しかし、ユズの顔は不服に顔を歪めている。
長年同じパーティだった人間を、簡単に切り捨てられる程、ユズは冷酷にはなれなかった。
ふと気付くと、目の端にトムニカの武器が転がっていた。
無双の杖「一芯」・・・・・・せめて形見にと、彼女はそれを拾おうとした。
危ない!・・・・・・と言う間もなく、魔物の攻撃がユズに向かっていた。
しかし、その攻撃がユズを襲う事はなかった。
「ロード・・・・・・?」
言うまでもなく、ユズをかばったのである。
ただ、即死、という訳ではない。辛うじて二本の足で立っている。
その事でユズは泣き喚いたりはしない。
大きな後悔とロードの血まみれになった身体を抱え、ユズは文字通り、死ぬ気で逃走を図った。
(彼を死なせてはならない・・・・・・彼は、彼は・・・・・・!)
パーティ中、一番の防御力を誇る彼女であっても、この数を前にしては無意味。
絶望感をなんとか振り切り、足の覚束無い彼を背負って走る。
トムニカは死んだ。レオンも死んだ。
私だって、次の瞬間にはどうなるかわからない。
・・・・・・だけど彼は、彼だけはどうにか・・・・・・。
彼は・・・・・・この世界の〝勇者〟なのだから・・・・・・。