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最終検定(2)

 風が吹きすさぶ曇天の下、十数機のF-15がきっちりと鼻先を揃えて駐機場に並び、整備員たちとともにパイロットの到着を待っていた。


 アサインされた搭乗機の元に向かい、機付整備員たちと挨拶を交わしてから外部点検を済ませてコクピットに乗り込む。

 ハーネスを締め、ヘルメットとマスクをしっかりと装着すると、機体にインターコムの長いコードを繋いで正面に立った整備員にエンジン始動を告げた。


 機体が震え、スタータの回転音に被さるように掠れたエンジン音が高まってゆく。計器パネルに並んだメーターの数値ひとつひとつに目を当てて確認する。左右のエンジンの始動を完了させると、ハンドサインも使って整備員とやり取りしながらフラップやラダーなどの作動点検までを終えた。


 顔を上げ、駐機場に並んだ機体を見渡す。

 ウイングマンのパール、対抗機のジッパーとフック……メンバーそれぞれの様子を機上から窺い、無線で準備完了の確認を取ると管制塔を呼び出した。


「百里グラウンド、エンジョイ15。地上滑走許可願う」

『エンジョイ15、地上滑走を許可する。使用滑走路21。滑走路手前で待機せよ』

「15、了解」


 こちらを見上げる整備員に発進のサインを示し、ブレーキを緩めてスロットルをわずかに進める。何機ものF-15が整然と並ぶ列線からゆっくりと抜け出し、敬礼を向ける整備員たちに答礼して誘導路へと向かった。風防(キャノピー)の枠に取り付けられたバックミラーで後続のウイングマンの動きを確認しながら北側滑走路を目指す。


 滑走路脇の吹き流し(ウインドソック)はめいっぱい風を孕んで激しくはためきながらほぼ水平に伸びていた。その向こうで、翼を大きく広げたトンビがバランスを崩しながら風下の方へと流されてゆく。しかし、ウインドソックの(なび)く方向からするに、こんな強風であっても滑走路に対しての横風成分は少なく、風向はほぼ向かい風に近い。離陸に支障はないだろう。


 滑走路手前で待機している整備員から最終チェックを受け、管制塔からの許可(クリアランス)を得て滑走路の奥側へと進み、ウイングマンの場所を空けて位置を取った。パールが機体を進めて横に並ぶ。

 順にエンジン出力のチェックをした後、再び管制塔を呼び出した。


「管制塔、エンジョイ15、離陸準備完了」

『エンジョイ15、風は220度より23ノット、最大瞬間風速28ノット。離陸許可する』

「離陸許可、了解」


 ウイングマンに向けてキャノピー越しに手で合図を送り、強く踏み込んでいたブレーキを離す。背が座席に押し付けられ、響き渡る轟音とともに機体が加速を始める。やがて車輪が浮き上がり、後方へと流れる地上の景色が次第に眼下へと移ってゆく。隣についた僚機の挙動を確認しつつ脚上げを指示、更にパワーを加えて高度を上げてゆく。


 風の息――風がふとその勢いを弱める()を意識してスロットルを微妙に調整する。乱れる風に揉まれて急激にパワーを足し引きすると、隣のウイングマンが遅れたり、その逆に勢い余って前に飛び出してしまったりするのだ。そうならないよう一定のスピードを保つように気を配りながら緩い角度で上昇を続け、低い雲を突き抜けた。管制官から指示された高度を取り、北東へと流れてゆく雲塊の波を横切って洋上へと向かう。


 訓練空域(エリア)が近付くにつれ、わずかに(もや)がかったようになってくるのが分かった。視程が若干落ちてきている。


 この後更に状況が悪くなる可能性が高い。そうなると目視に頼る格闘戦を行うのは厳しくなってくるだろう――。


 そう判断し、キャノピーの外を広く見渡しながら、メンバーと防空指令所(DC)の担当要撃管制官に訓練課目の実施順序を入れ替えることを告げた。初めに格闘戦、次に対領空侵犯措置、そして要撃の順に変更する。


 エリアに到達してGウォーミングアップを終えると、訓練の状況開始を受けてジッパーとフックは順に翼を傾け、腹を見せて雲海の彼方へと遠ざかっていった。俺もウイングマンのパールを引き連れて対抗機とは反対方向に針路を取った。DCの誘導で十分な距離を取ったところで今度は機首を返す。対抗機の編隊と向き合う形となってマッハに近いスピードで進み始める。


『対抗機との距離、20マイル――15マイル――』


 晴れ渡った空ならもう機影が見えているはずだが、うっすらと霞んだ視界では発見が遅くなる――集中力を高めつつ目を凝らしたその正面に灰色の点が2つ、白っぽい空から抜け出すように現れた。小さな点は一呼吸置く間にも加速度的にその大きさを増して迫ってくる。

 そしてすれ違う瞬間――。


戦闘開始(ファイツ・オン)!」


 素早く対抗機側に操縦桿を倒し、急激な旋回に入った。体に重くGがのしかかり歯を食いしばる。俺の後ろを取ろうとする対抗機ジッパーとドッグファイトに突入した。逆方向の機動でパールとフックが回り始める。


 2対2の格闘戦――自分の相手を追って撃墜を狙いつつ、それと同時進行で味方どうし連携して旋回軌道の内と外から互いの相手を追い込む態勢を作ってゆく。


 強烈なGに呻きながらHUDヘッドアップディスプレイにジッパーの機影を捉え、しかしすぐに顔を上げてウイングマンとその対抗機の位置を見て取り、攻守の状況を確認する。コンマ数秒で状況が一変する中で、対する相手の動きを読み、遷移してゆくその先の先を見越して機体をコントロールしてゆく。Gに抗って首を回し、必死に見開いた目で戦況を把握し、予測する。


 ジッパーは巧みにこちらの追尾を外しながら全力で背後を取ろうと追ってきていた。

 そうはさせるか――俺は精一杯息を詰めて頭に血を押し上げ、きつい旋回を続けた。ジリジリと内側に食い込んでゆく。

 数マイル向こうで同様に追いつ追われつしている2つの機影を目の端に入れる――ウイングマンの動きが重い――瞬間的にそう感じたのと同時に、経験の浅い若手という設定で動いているパールから守勢に転じたことを知らせる無線が入った。


『こちらパール、内を取られた』


 息を継ぐ一瞬で、俺はすぐさま応答した。


「切り返して310へ抜けろ。フォローする」


 パールが即座に機体を反転させて旋回軌道から離脱する。フックが追撃しようと機首を返せば、俺の照準域に入るはずだ。

 案の定、フックは急旋回しパールを追い始めた。俺はジッパーの機動に対抗しつつフックに狙いを向けた。HUDに示された照準円に灰色の機影が近付く。こちらの意図に気づいたフックが急激に高度を落として素早く回避機動に入る。


 だが――いける!


「パール、ジッパーを追え!」


 フックから逃れたパールにジッパーの牽制を指示し、俺は一気に撃ちに向かった。息を殺し、操縦桿を倒して下降に移る。風に流される雲の波がみるみる近づいてくる。雲海の上に機体の影を走らせ、フックが猛然と逃げる。追尾を振り切ろうとするその動きに食いつきながら、HUDの上の照準円とその中に捕らえられかけている機影を見据える。あと少し――あと少しだ――。


 ミサイルの発射ボタンに掛けた指に力を込めようとした時――。


 ピィーリリリリリ……!


 不意に、ロックオンされたことを知らせる警報音がコクピットに鳴り響いた。俺は弾かれるように操縦桿を横に押し込み、反射的に機体を翻した。頭上の空と眼下の雲海が視界の中で目まぐるしく逆転する。


 どこだ――首を回して空の中に視線を走らせ、自分を狙う相手の姿を必死に求める。


 しかし、時は既に遅かった。


『こちらジッパー――イナゾーを撃墜』


 淡々とした低い声が耳元で無情に響く。

 パールの追尾を振り切ったジッパーが俺の斜め後方に滑り込み、一瞬のタイミングでミサイルを撃ち放ったのだった。


 僅か1秒にも満たない間を突かれての敗北。


 俺は深く息をつき、操縦桿を握りしめていた手を緩めた。手袋の中で手のひらがじっとりと汗ばんでいた。


 詰めが甘い――マスクの下で歯噛みする――若いウイングマンが対抗機に巻かれる可能性は容易に想像できたはずだ。最後の最後で僚機の技量に応じた注意を払うことを疎かにしてしまった……。


 見上げると、薄い(もや)を透かして輝く太陽の前をジッパーの機が黒い影になって悠然と横切っていった。


「イナゾーより各機へ。格闘戦の状況終了。集合せよ」


 自分のウイングマンと対抗機の編隊に対して努めて冷静な声でそう告げる。

 そして己の力量の足りなさをこれ以上ないほど苦々しく味わいながら、噛みしめた歯の間からもう一度大きく息を吐きだした。




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