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同期の検定(1)

「――ブリーフィングは以上。何か質問」


 駐機場に面して数段高くなっている運用当直幹部(DO)席へ続く階段を上っていた俺は、聞こえてきたアディーのきびきびとした声に顔を巡らせた。


 これから開始される第2回目(セカンド)で上がる数組のパイロットたちが、オペレーションルームに並べられた卓を囲んでプリブリーフィングを行っている最中だ。


 自分のウイングマンと対抗機役のメンバーを見て確認するアディーに、ハスキーと別の2人の先輩が「なし!」と即答する。4人は椅子を鳴らして立ち上がると、「よろしくお願いします!」と互いに一礼してフライトの準備に向かっていった。


 席に着いた俺は、隣で業務のアシスタントを務めるボコからバインダーに挟まれたスケジュール表を渡された。<DO>と縫い取りされた紺の腕章を左腕に通しながら、このピリオドで上がるメンバーの編組(へんそ)にざっと目を通す。セカンドで俺は訓練状況全般の監視担当に上番となっていた。


 スケジュール表の「村上」と名前が書かれた欄には<ELP C'K>と付記してある。今日これから、アディーはいよいよ2機編隊長資格付与の検定に臨むのだった。


 先週の金曜に行われた教官(IP)会議の場で検定実施が決まったのだろう。週が明けて昨日、アディーは翌日のスケジュールに検定(チェック)が組み込まれたことを告げられていた。


 装具を整えて救命装備班から出てきたアディーと目が合う。

 昨日寝る前に言葉を交わした時には、「まあ、いつもどおりに淡々とやればいいんだと思う」と余裕のある口調で話していたこの同期も、いよいよ2機編隊長になれるかどうかが決まる最後の検定の時を迎えてさすがに少しは緊張しているのか、普段より幾分表情が硬い。


 俺はDO席から「頑張れよ!」の気合を込めて頷いて見せた。アディーは表情を緩めて頷き返すと、外へ出てゆく他の編隊の飛行班員たちに続き、ヘルメットバッグを片手に下げてアサインされた機体の元にまっすぐ向かっていった。


 その後ろ姿を張り出したガラス窓越しに見送る。


 やがて、駐機場に整然と並べられているF-15が次々にエンジンをスタートさせ、甲高い唸りを発し始めた。モニター用の無線機からは各編隊間で準備が整ったことを確認する短いやり取りと、それに続いて管制塔を呼び出す声が聞こえてくる。


『百里グラウンド、エンジョイ11。地上滑走許可願う』

『エンジョイ11、地上滑走許可する。使用滑走路03。滑走路手前で待機せよ』


 1機、また1機と列線からゆっくりと抜け出して動き始めた。数個編隊が誘導路をたどって順々に飛行場の奥へと進んでゆく。誘導路の端で待機している整備員から最終点検を受けると滑走路に入って位置を取り、耳をつんざくような爆音を轟かせて次々と離陸していった。アディーも僚機を伴って快晴の空へと飛び立ってゆく。


 俺は飛行場を見渡せるDO席に向かって無線交信をモニターしつつ、(きゃく)やフラップの上げ忘れやバードストライクになりそうな鳥の存在など、事故につながる要因がないか、上がってゆく編隊を目で追いながら監視を続けた。


 先行して訓練空域に入った機から、進出経路上や空域の天候状況についての報告がもたらされる。気象情報端末を見て確認していたとおり、特に訓練の支障となるような現況ではないということで、この後に交代でエリアを使う204飛行隊に注意喚起の情報を流す必要もなかった。


 すべての機影が彼方の空に紛れて見えなくなると、飛行場は再び落ち着きを取り戻した。今は駐機場の北の端でローターを回し始めたらしい救難ヘリの重いフラップ音だけが耳に伝わってくる。


 時折流れてくる無線交信に緊急事態(エマー)を告げるような内容がないかどうか注意を向けながらも、ふと別のことを考えてしまう――検定試験、自分はいつになるだろう……。


 同期に先を越され、落ち着かない焦りがくすぶっているのを自覚する。


 素直に認めるのは悔しいが、アディーは何事も俺より飲み込みは早く器用で、フライトのセンスにも恵まれていると思う。だから先に2機編隊長のチェックを受けることになったのも頷けるのだが――同期の検定合格を願う気持ちと同じくらい、負けたくないという思いが当然あった。同期だからこそなおさら強くそう意識するのかもしれない。気心の知れた最高の同志であると同時に、一番のライバルでもあるのだ。


 だが、ふと我に返って自分に言い聞かせるように思い直す――いや、焦ったところでいい結果につながることはない。とにかく何に対しても、ひとつひとつ、地道に確実に、だ。


 それはベイルアウトして入院していたリバーから諭すように言われたことでもあった。


『気張ったってしょうがない。今すぐに自分が理想とすることができないからといって焦るな。ひとつひとつ地道に確実に積み上げていけばいい』


 穏やかに説かれたその言葉を改めて思い返し、(はや)る気持ちを抑える。


 誰かと比べて相手を羨んだところで何の進歩もない。だから脇目を振ることなく、雑念に気持ちを乱すことなく、自分が今やるべきことにひたすら取り組む。たとえ相手と同じペースで進むことができないとしても、学び取ることを諦めなければ、その過程で得たものはどんな小さなことであってもいつか必ず自分の(かて)となってゆくはずだから――。


 数十分にわたる訓練時間が過ぎ、洋上の空域から帰投に入る編隊の交信がDO席に置かれた無線機からぽつぽつと聞こえるようになっていた。現在位置を告げる各機と、使用滑走路や風速などの飛行場現況を知らせる管制塔とやり取りの中に、アディーの声も入ってくる。


 しばらくしてエンジンの轟きが遠くの方から微かに聞こえてきたかと思うと、みるみるその音は大きさを増し、飛行場上空に到達して旋回を始めるF-15の爆音で辺りは再び騒々しくなり始めた。


 滑走路上空に差しかかった編隊は、リーダー機、ウイングマンと、順に翼を素早く傾けて広い背中を見せながら速度と高度を落とし、次々に着陸してゆく。


 張り出し窓から不時の事象がないかどうか注意深く監視を続けていると、南側の滑走路延長線上に2機の機影がごく小さく現れた。下ろされた前脚についた着陸灯が青空の中で瞬いている。単機に分かれることなく編隊(フォーメーション)の隊形を保ったまままっすぐに滑走路に進入してくるのはアディーの編隊だ。


 ハスキーをウイングマンとして伴ったアディーは機首を上げ機体背部のスピードブレーキを開いて降下してくると、少しの問題もなく滑走路上に接地した。


 排気ノズルから陽炎を立ち昇らせ、着陸したF-15が連なって駐機場に戻ってくる。機付員の誘導に従って機を定位置に着けた各パイロットは、整備員とハンドサインでやり取りしながらエンジンをカットした。


 DO席からは、列線整備員が翼の下を行き来し、まだ熱を帯びた機体に取り付いてフライト後の整備作業に入る様子が見えていた。

 パイロットたちは機上でヘルメットを脱ぎ、部隊識別帽を被りなおすと、キャノピーを開いたコクピットから梯子を伝って下りてくる。


 円錐形の長い鼻先を向かい合わせにして左右の列に整然と停められたF-15。その間を通ってオペレーションルームに戻ってくる面々の中に、ハスキーの姿を見つけた。

 アディーは――と見れば、まだ搭乗機のところで整備記録に記入しているようだった。


 アディーのことだから、そつなくこなせただろうとは思うものの――果たして検定はうまくいったのだろうか……。


 合否を決めるのは、検定操縦者の資格を持つベテランのパイロットだ。今回はウイングマンで飛んだハスキーがその任に当たっていた。


 俺は駐機場に面したDO席の窓越しに、飛行隊の隊舎に向かって歩いてくる先輩の姿を目で追った。




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