表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/106

聖夜の焼肉(閑話~第204飛行隊のパフェ部)

 結局、焼肉コンパをセッティングしての俺のもくろみは、素直にならないマダムキラーによって強固に阻止されあえなく失敗に終わった。

 アディーとモッちゃんはお互いを意識した色っぽい目線を交わして頬を染めることもなく、座卓の陰で手を握り合うこともなく、いつもどおりの調子で会話をし、髪と歳のネタで応酬し合っていた。


 同じ職場のパイロットと飛行管理員という関係から一向に進展する気配のない2人に俺はがっかりしたが、それでも3人で大いに飲み、たらふく食べ、楽しく笑い、クリスマス・イブの夜のひとときを愉快に過ごした。

 こういう場でワイワイやるのは楽しいものだ。宿舎に籠ってテレビを見ながら缶ビールを開けるような、ひとり寂しく過ごすイブよりはずっと張り合いがある――という訳で、コンパの目的は達成できなかったが、今回はまあ良しとすることにした。また次のチャンスを見つけるまでだ!


 せっかくだから2次会に場所を移そうという話になり、とりあえず焼肉屋を出る。


 酒に火照った頬に感じる、師走の夜の凍てついた空気が心地いい。通りに並ぶ民家の庭先や店舗の軒先などのところどころでイルミネーションが瞬き、クリスマスの雰囲気をささやかに演出していた。


 どこに行こうかと3人で相談しながら狭い歩道をそぞろ歩いていると、少し先の交差点のところで信号待ちをしている5、6人の一団が見えた。

 街灯の明かりの下で、それぞれに白い息を吐きながら時折どっと笑い声をあげている。親しげに肩を組んだり殴る真似をしたりしてじゃれ合っている短髪の男ばかりの集団は、どう見ても酔っぱらった自衛官たちだ。


 近づいてゆくと、こちらに気付いたひとりが手を振って呼びかけてきた。


「稲津先輩、村上先輩! お疲れさまです!」


 聞き覚えのある声に呼ばれてよくよく見てみると、1期下の後輩の笹岡だった。隣の第204飛行隊のパイロットだ。笹岡の声に、他の面々も口々に挨拶を寄越す。

 見回してみると、集まっているのは204(ニヒャクヨン)の若手パイロットたちばかりだった。


 笹岡は俺とアディーとモッちゃんに順に目を当ててから、快活な口調で言った。


「クリスマス・イブにこんなところで村上先輩の姿を見るなんて珍しいですね!」


 アディーは笑みを見せて軽く頷くと、笹岡に訊ねた。


「お前たちはどこ行くの?」

「204のパフェ部の集いで、すぐそこの<エトワール>に。今日は独り身の寂しい野郎限定の特別集会なんです」

「『204にはパフェ部がある』って噂には聞いてましたけど、本当にあるんだ……!」


 毛糸の手袋をはめた両手をポスッと叩き合わせ、モッちゃんが目を丸くして感動したように呟いた。


 飛行班の宴会の後には有志で行きつけの喫茶店に寄って必ずパフェを食べるという、通称「パフェ部」。洒落た店でパフェを食すなんていうお上品な感じが、さすが204だと感心する。305(サンマルゴ)なら日本酒をかっくらって頭突きと怒号の応酬で大騒ぎした後、みんなで酔いつぶれて伸びているというのが宴会のお決まりな流れだ。


 面白いことに戦闘機部隊にもそれぞれのカラーがあって、荒くれ野武士に例えられる305に対して、隣の第204飛行隊は紳士的ジェントルマンな部隊と言われている。飛行隊によって雰囲気はずいぶん違うのだ。


「せっかくだから先輩方も一緒にどうです? 去年のクリスマスに行った時には、マスターが俺たちを哀れに思ってか全員のスペシャルパフェにイチゴ2つずつおまけしてくれたんですよ!」


 笹岡の発案に、他の若手たちも口々に「行きましょうよ!」と誘いの声を上げる。

 俺は隣にいるモッちゃんを振り返った。


「どうする? モッちゃん、こいつらと一緒でもいい?」

「はい! 焼肉の後に甘いもの、食べたくなってきました」


 彼女が大きく頷いてそう言うと、204の男たちのテンションが更に上がった。


「決定! ようこそパフェ部へ! みんなで行きましょう!」


 信号が青に変わった横断歩道を皆で連れ立ってぞろぞろと渡る。204の「寂しい野郎たち」も既にいい調子に酔っぱらって上機嫌だ。「俺たち男だけだってクリスマス楽しいぜ!」という開き直った妙な陽気さで、冷たい木枯らしに首を竦めることもなく賑やかに歩いてゆく。


 笹岡が思い出したようにアディーを振り返った。アルコールと寒風のために赤くなった顔に好奇心を覗かせて訊く。


「村上先輩、そういえば前に基地の中で女がらみのひと騒動があったっていう噂を聞いたんですけど」

「まあね」


 苦笑して頷くアディーの横で、俺はしかめっ面を作って口を挟んだ。


「ほんっと大変だったんだよ、あの時は! なあ、モッちゃん」


 彼女も深く頷きながら、「それはもう大変な騒ぎでした」としみじみと実感のこもった調子で答える。

 それを聞いた後輩たちは一気に沸きたった。誰も彼も興奮して一斉に喋りたてる。


「うわっ、さすが村上先輩!」

「ぜひ聞きたいです、その話!」

「何か、救急車(アンビ)まで来たって話ですけど!?」

「エトワールでじっくり聞かせてくださいよ!」


 店に向かう道すがらも、ワイワイとお喋りが途切れることなく続く。


 クリスマスに焼肉もどうかと思うが、この日に野郎ばかりでパフェを食べに喫茶店に押し掛けるのも同じくらいどうかとは思う。

 でも、楽しい夜なのは確かだ。

 来年もまたモッちゃんとアディーを誘って焼肉を食べに行って、その後でパフェ部に合流でもするか――そんなことを考えて、ついウキウキしてしまう――もちろん、2人がその時まだ付き合っていなければ、の話だけれど。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ