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忘年会(5)

 目の前のふすまがさっと左右に開かれる。照明が落とされた宴会場の中で、数段高くなった舞台だけが眩く照らし出されている。天井ではレトロなミラーボールが回り、虹色の細かい光が会場いっぱいに踊っている。


 流れ出したイントロに合わせて、ライズとデコとボコが胸を張って順に舞台に上がってゆく。続いて俺とアディーも舞台に足を踏み出す。

 ファッションモデルがステージのランウェイを闊歩するように。腰に手を当て、堂々と大股で。右に左に尻を振りながら、肩をそびやかして歩く。ステージ中央でつんと気取った無表情でポーズ。


 SMクラブの女王様のような出で立ちをした俺たちの登場に、男どもが酒に血走った眼を輝かせ、力いっぱい歓声を上げる。早くも甲高い指笛の音が景気よく飛び交う。


 流れる曲が一転、アップテンポに変わり――同時に俺たち5人は一斉に体を弾ませステップを踏み出した。右に、左に、リズムに乗りながら体をくねらせ、振り上げた両腕を宙で艶めかしく交差させる。

 ビートに合わせてボディービルダーよろしく雄々しいポーズを取るライズとデコとボコを背後に、俺とアディーはタイトスカートをはいた腰を振りながらセンターに進み出た。両手で体のラインを色っぽくなぞりつつ、自作した胸を見せつける。


「いいぞーッ!」

「Fカップ!!」


 いっそう沸き立つギャラリーを前に、くるりと踵を返す。腰を回しながら今度は尻をアピール。セクハラになるか? いやいや、305うちの女性陣はふところが深い。モッちゃんも磯貝士長も笑い転げているから問題なし!


 それにしても急速に酔いが回ってくる。結構飲んだ状態で前後左右に跳びはねているのだから当然だ。胃の中はシェイク状態、オエェ……と逆流してきそうになる。

 しかしとにかくここは気合いだ! ひたすら気力で踊りきれ!


 練習の時には「吐くかも」なんて弱気を見せていたデコは予想外にノリノリだ。酒が入った方がエンジン全開の絶好調になるタイプらしい。すっかり状況に入っている。

 ライズは忠実に振り付け動作をこなし、ボコはヤケクソになったのか突き抜けたような切れの良さで跳ねまわっている。


 隣で踊るアディーの腰つきはやけに艶っぽい。ハードな格好も妙に似合う。顔はきっちりと無表情を保ちながらも挑発的で堂にっている。何だかんだ言って、やっぱりこいつも航学だ。10分にも満たない宴会芸に全力を賭けている。


 ターン、ステップ、ターン!

 腕を掲げて腰を振れ! セクシーに! 煽りまくれ!


 立ち上がって手を叩く者、指笛を吹き鳴らす者、訳の分からない掛け声を叫ぶ者。

 ポーチは真っ赤な顔で両手をメガホンにして囃したて、ハスキーはマイクと一升瓶を手に掲げて千鳥足で一緒にリズムに乗っている。座敷に下りた傘教練組も海パン一丁の格好のまま、胡坐をかいている酔っ払いたちの間で踊り回っている。


 もはや会場は騒然としたカオス状態。その中で酔いにふらつきながらも一心不乱に踊り続ける俺たち5人。


 後ろの壁際に仲居さんたちが集まって手拍子し、笑い合いながら見物しているのが見える。

 大音量の音楽と男どもの野太い歓声に、他の宿泊客までが後ろの襖の隙間から顔を出して覗きこんでいる。


 音楽もラストに近づいてきた。さあ、そろそろ最後のキメだ。


 それぞれが舞台の端から渾身の連続ターンでセンターを目指す。


 アディーと舞台中央で向き合った瞬間、俺はぐっとその腰に腕を回して抱きとめた。引き寄せた体を片腕で支えたまま勢いよく仰向けに倒す。マッチョポーズを決めた後輩3人をバックに、仰け反るような格好のアディーにキスせんばかりに顔を近づけビシッと止める。


 フィニッシュ!


「ウオォーッ!」


 曲の盛り上がりも手伝って、観衆が熱のこもった雄叫びを上げる。


「イナゾー! そのままブチュッといけーっ!」

「男だったらためらうな! ひと思いにやっちまえーっ!!」

「航学の意地を見せろーっ!!」


 酒と絶叫で潰れたようなガラガラ声で、熱狂した先輩たちが容赦ない注文を飛ばしてくる。


『やめろ! 絶対にやるな! 頼むからよせ!』


 俺の顔のすぐ前で口を真横に固く引き結んだアディーは、必死の形相になって断固拒否を訴えている。


 いや、しかし!

 ここまで盛り上がっているからには、もうこれはやるしかないだろ! 腹を括れ、アディー!


 俺は踏ん張り、長身の同期の体をがっちり抱え直すとその唇に向かって勢いよく――。


 ブッチューッ!!


「むぐううぅぅっ!!」


 押しつけた唇の下で、アディーが猛烈な抗議と絶望感たっぷりの呻き声を漏らす。だがその声は割れんばかりの拍手と盛大な歓声、ヒュウヒュウとあちこちで甲高く吹き鳴らされる指笛に虚しく掻き消された。


 見事、俺たち航学独身宿舎組の宴会芸は大盛況のうちに幕を閉じたのだった。





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