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忘年会(4)

 大広間の近くに控室として用意された和室に入ると、先に宴会場を出ていった整備員7人が浴衣を脱ぎ捨てすっかり準備を整えていた。海パン一丁に水泳帽、そして手には原色のカラフルな傘――「自衛隊と言えばコレ」の宴会芸代表、「傘教練」をやるらしい。


 傘を小銃に見立てて携行し、号令に合わせて行進したり、「回れ右!」だの「半ば左向け左!」だの、銃を構えたり下ろしたりする執銃動作だのを大真面目にやりつつ、「開けぇ……傘ッ!」とあり得ない号令も混ぜ込み、要所要所で笑いを取る。定番だからこそセンスが問われる、ある意味難易度の高い芸だ。


「整列!」


 舞台への出陣を前に、指揮官役の古手の士長が号令をかける。他の6人がバラバラと集まり、指揮官の前に1列の縦隊で並ぶと傘を右手に不動の姿勢を取った。傘の先端を銃口に見立てて握り、体の右脇に沿わせている。


 まだ舞台裏だというのに、士長がベテラン曹長あたりの真似をして貫録たっぷりに声を張り上げる。


になえぇー、傘ッ!」――本当は「担えつつ」だが。


 酔っぱらっていてもそこは自衛官だ。入隊してすぐに叩き込まれた基本動作は揺るがない。「担え傘」の号令で傘を胸の前に控え持つと、右手でを支えて素早く右肩に乗せ、空いた左手はピタッと腿の横に戻した。当然のことながら、担いだ傘の角度は6人ともばっちり揃っている。


まいへぇー、進めぃっ!」


 教練独特の節回しをこれでもかというくらい大袈裟にした号令がかけられた。


「アッチ、アッチ、アッチオー!……」


 隊列の歩調を整えるための「イチ、イチ、イチニィ……」がもはや絶対にそうは聞こえない、古参の空曹にありがちな年季の入った掛け声をすっかり真似ている。


 傘を担いだ海パン姿の7人は真面目くさって行進しながら、控室を出て宴会場に入っていった。露出度の高い男どもの登場に、会場が拍手と歓声に沸き立つのが聞こえてくる。


 露出度ならこっちだって負けちゃいない!


「よし、俺たちも気合入れてやるぞ!」


 俺は傘教練組を見送っていた仲間たちに声をかけると、舞台衣装を入れた大きな段ボール箱を引き寄せて中のものを次々に引っ張り出した。制帽、フェイクレザーの黒ズボン、サスペンダーに編上靴。それに、女物の衣装とメイク道具数点。これは俺とアディー用だ。


 女物を揃えるのは、さすがに男の俺では売り場に足を踏み入れるだけで警察沙汰になりそうな物もあったので、モッちゃんを拝み倒してお願いした。

 真っ赤な口紅、青いアイシャドー、ピンクの頬紅、フェイクレザーのタイトスカート2着、大きい編み目のタイツ2枚、革のブラジャー2枚――買い出し用のメモに目を通したモッちゃんはひっくり返った声で叫んだ。


『革のブラジャー!? 嫌ですよ、そんなの買ってくるの! バニーちゃんが履くような網タイツだけだって十分恥ずかしいのに、お店の人になおさら変な趣味疑われるじゃないですか! そもそも革のブラジャーなんてどこに売ってるか知りませんし!』


 その一点だけは断固拒否された。仕方がないので予定を変更し、ブラジャーは黒いゴミ袋でそれらしく自作した。


 ライズとデコとボコが浴衣を脱いで上半身裸のままサスペンダー付きのズボンをはき、制帽と編上靴を身に着けている間、俺とアディーもパンツ一枚になって衣装に着替えにかかった。


 手始めに網タイツだ。


 ところが、これがなかなか難しい。くしゃっとなった網の間に足を入れる隙間をようやく見つけ、爪先を突っ込んで引っぱり上げようとすると、編み目に脛毛が一斉に絡まるのだ。ブチブチッと派手に毛が抜ける。


「イテテ……! おい、これどうやって履くんだよ!? いちいち毛が絡まって痛いんだけど!」


 焦って隣を見ると、アディーも顔をしかめながら必死になっている。これは男の手に負えるもんじゃない!


 俺はタイツを放り出すと、浴衣を引っ掛けて宴会場に駆け戻った。舞台で披露されている傘教練に沸く野郎どもの中からショートヘアの頭を見つけ出して助けを求める。


「モッちゃん、モッちゃん! タイツがうまく履けないんだけど、ちょっと来て教えてよ!」

「ええっ!?」


 途惑う助っ人を急かして控室に戻ると、アディーが畳の上で人生初の網タイツとまだ根気よく格闘していた。ブリーフ1枚の格好で、くっきりと腹の割れた上半身や鍛えられて引き締まった長い脚を惜しげもなく晒している。セクシーなタイツに片足を突っ込んでいるという変態ちっくな状況を除けば、女からしたらそれこそ目の保養になりそうだ。


 しかしモッちゃんは顔を赤らめることもなく、恥じらいに尻込みする素振りさえ見せなかった。タイツを掴んで力任せに引き上げようとしているアディーを見るなり、わっと叫んで座敷に駆け上がってゆく。


「アディーさん、ダメダメ! 駄目です、そんなに無理やり引っ張ったら! 爪先の方から少しずつ上げていかないと! 指を立てないで! あっという間に穴が開いちゃいますから! 勢いつけて引っ張り上げるんじゃなくて、そっと被せていくような感じで――指の腹を使って慎重に持ち上げて!」

「ああ、なるほど! こうやればいいのか」


 モッちゃんの懇切丁寧な指南を受けて、俺とアディーはやっとのことで網タイツを克服し、達成感に満ちた笑顔で顔を見合わせた。

 下半身タイツ姿で立ち上がって胸を張る俺たちを見て、モッちゃんが引き攣り笑いを浮かべている。


「何か……見てはいけないものを見てる気がする……。私、もう戻りますよ」


 そそくさと控室を出てゆくモッちゃんに礼を言いつつスカートをはき、布を詰めこんで膨らませたゴミ袋製手作りブラジャーを胸に括りつけた。そうしてアディーと向き合ってお互いの顔に青いアイシャドーとピンクの頬紅を塗りつけ、真っ赤な口紅で唇をぐいぐいとなぞる。


 ここまで来ると、ためらいだとか気恥ずかしさだとかは気持ちいいほど吹っ切れてくる。こういう時は、先輩こそが率先して羽目を外さないといけない。そうでなければ後輩たちも思い切り弾け飛ぶことができないからだ。これぞまさしく幹部自衛官の心得、「率先垂範」だ!


 後は編上靴を履き、仕上げに制帽を傾け気味に被って完成だ。


「おい、お前らちょっと並んでみろよ」


 俺は身支度を終えていた後輩3人を立たせて出来栄えをチェックした。頭に制帽、裸の上半身にサスペンダーとぴっちりしたフェイクレザーの黒ズボン、そして黒い編上靴――どうも今ひとつ地味だ――という訳で、アディーと手分けして後輩たちにも有無を言わせずアイシャドーやら口紅やらを塗りたくってやった。


 準備万端整えて宴会場の外で待機していると、通りすがりの仲居さんや他の宿泊客が目を剥いて俺たちのことを上から下まで眺め回していく。遠巻きにして携帯で写真を撮ろうとする客まで見えたので、すかさずカメラ目線でセクシーポーズを決めてやった。


 やがて、閉じられた襖の向こうからマイクを通したハスキーのがなり声が聞こえてきた。呂律の怪しくなった威勢のいい喋りで会場にアナウンスしている。


「えー、皆さま大変たいっへんお待たせいたしました! いよいよ最後の出し物! 宴会芸の超目玉! 今年もヒヨッコリーダー見習いと下っ端ボンバーズが力の限り踊ります! 梅組ファイター・ダンサーズ、どうぞッ!!」




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