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忘年会(1)

 山間やまあいに延びる高速道路を、バスは快調に走り続けていた。


 冬休暇を前に、土日を使って飛行隊全体で泊りがけの忘年会に繰り出すところだった。目指すは千葉県房総半島の南端にある、海鮮が楽しめるという温泉宿だ。


 チャーターした観光バスを数台連ねて百里を出発してから2時間ほど。俺たち飛行班員が乗ったバスの中は既に宴会場と化していた。


 積みこんできた缶ビールは既に飲みつくされ、今は誰もが日本酒の入ったプラスチックのカップを手に上機嫌だ。


 通路に無造作に置かれた数本の一升瓶に気づいた総括班長のピグモが「ゲッ!」と声を上げた。どれもことごとく封が開けられている。

 「いち、に、さん、し……」と指差しながら、車内のあちこちに散らばっている瓶を慌てて数えだしたピグモは、10本目を数え終わると髪を掻きむしって叫んだ。


「マジかっ! ウソだろーっ!? 夜の宴会用に持ってきてた分まで全部開けちゃったのかよ!?」


 前の方の座席に座っていたので、俺たちが酔った勢いで持ち込み用の日本酒にまで手を付けていたことに気づかなかったらしい。

 忘年会の幹事を務めるデコとボコが、「宿の近くに酒屋なんてあるかなぁ」と困りきった様子で酒の補充について相談している。


 そんなことにはお構いなしに、すっかり赤ら顔になったポーチが自分の席から腰を上げて、慌てふためいている総括班長を呼ばわった。


「ピグモさん、俺、しょんべん漏れそう……。次のパーキングエリアで止まってもらえますか?」


 その途端、ポーチのリクエストに便乗して我も我もと「俺もトイレ!」の声が上がる。


「またかよ! さっきも止まっただろ!? お前ら、酒の飲み過ぎなんだよ!」


 ピグモが運転席に向かいながらやけくそ気味に喚いている。


「みんな、宿に着いてからちゃんと宴会に臨める程度にしておけよ」


 一番前の席に座っている隊長が通路に顔を覗かせて苦笑混じりに忠告する。俺たちは「ウイーッス!」と調子よく返事した。


 俺は夜の宴会芸のことを考えて一応は酒の量をセーブしている――というより、隣に座っているアディーがしっかり酒量を監視していてくれるのだが、心地良くアルコールが回ってすっかりいい気分だ。やっぱりフライトのストレスから解放されている時の酒は格別に美味い。柿の種をつまみつつ日本酒を味わいながら、しみじみとそう思う。


 バスはやがて本線を外れ、サービスエリアへと向かう分岐へと入っていった。


 大型車専用スペースにバスが停まると、俺たちはわらわらと外に出た。冬の凍てついた風に体をなぶられながら一目散にトイレへと向かう。さすがに年末近くにもなれば、いくら温暖な房総とはいえそれなりに冷え込んでいる。しかしそんな寒さも酒が入って火照った体にはかえって心地いい。


 用を足してすっきりして出てきたところへ、「おい、イナゾー。ちょっとちょっと」と脇の方から呼ぶ声が聞こえた。見ると、飲料の自動販売機が幾つも並ぶスペースの脇でポーチが俺を手招きしている。そこには設置されてから長いこと経っているような古めかしさを感じさせるボックスがあった。プリクラというやつだ。


「お前、こういうのやったことあるか?」

「いえ……でもこれって女子高生とかが撮るもんじゃないんですか?」

「そんでもさ、せっかくだからやってみようぜ」


 どうやらご当地モノのようで、垂れ幕には「房総限定シールプリント」とひねりもなく書かれている。2人でおっかなびっくり覗きこんでみた。ポーチが尻のポケットを探って財布を取り出し、ごそごそと小銭を探している。


 その時ちょうど、手を拭きながらトイレから出てきた班長の姿が見えたので、俺はついでに声をかけてみた。


「班長、班長! 一緒にこれやってみませんか?」

「おう、プリクラか。そういえば嫁と娘に付き合わされて何度か撮ったなぁ」


 弁慶入道のような厳つい雰囲気のパールがいったいどんな顔で家族とプリクラを撮ったんだろうと頭の隅で想像しつつ、たどたどしく選択ボタンを押して背景を選ぶ。房総限定というだけあって、枝にたわわに実った特産の枇杷びわの写真や、観光名所になっている鋸山のこぎりやまとロープウェイの写真など、なかなか渋い画像ばかりだ。


 どれにしようか迷っているうちに、トイレを終えた仲間たちが目ざとくこちらに気づいて次から次へと飛び込んできたせいで、ついには画面に収まりきらないほどの大人数にまでなってしまった。せっかく南房総に来たんだからと菜の花やポピーと海が映る背景を選んでみたのに、人が多すぎて肝心のご当地風景がほとんど見えない。


「これ、定員あるんですか?」


 ぎゅうぎゅうと後ろから押されながら一応班長に確認してみたが、パールは「何人だって入りゃいいだろ」と頓着せずに撮影手順を進めていく。人混みの一番後ろでは、ハスキーが自分のポジションを探して頭を左右に振りながら、「おい、詰めろ詰めろ! 入りきらねぇぞ!」と喚いている。


 突如人口密度の高くなった狭い空間で押し合いへし合いしていると、いきなりぱっと背後の垂れ幕が持ち上げられた。モッちゃんが呆れ顔で立っている。


「やっぱりうちのメンバーだった……! 大の男が揃って頭突っ込んで何してるんですか、もうすぐバス出ますよ!」

「モッちゃん、ちょっと待って、もうちょい! ほら、みんな撮るぞー! はいチーズッ!」


 ポーチの合図に合わせてフラッシュが焚かれる。俺は次の画面に出た指示にまごついて声を上げた。


「コメント!? 何か文字書くんですか??」

「ここはやっぱ『強・速・美・誠実』だろ!」

「いやいや、こんな時はもっと弾けようぜ」


 口々にああだのこうだの言う後ろから、モッちゃんが腕時計を見て大声で急かす。


「集合時間まであと3分!」


 結局、『305 LOVE』という、公衆トイレでよく見かける落書きのようなフレーズをミミズの這ったような字で入れてしまった。プリントされて出てきた写真をみんなで頭を突き合わせて覗きこむ。


「おぉー……」


 円陣から満足そうなどよめきが上がった。宴会恒例の頭突きポーズをしていたり、2人で向き合ってキスする真似をしていたり、わざわざ腕まくりして自慢の筋肉を見せつけていたり――10人近くが小さな画面に無理やり納まって好き勝手なポーズを決めている。完全に酔っ払いの悪ノリだが、「なかなかいいんじゃねぇ?」と皆ご満悦だ。


「これ、あとでみんなのヘルメットの後ろに貼り付けとこ」


 ウシシ……と笑いながら、ポーチは小さなシールになった写真を大切そうに長財布に挟んでポケットにしまった。


 モッちゃんに追い立てられながらバスに戻ると、既に集合完了時刻から5分もオーバーしていた。車内で痺れを切らせて待っていたピグモにぶつくさ言われながらそれぞれが席に着き、バスは再び発車した。どこからかまた缶ビールが出てきて皆に回される。


 パーキングエリアが来るたびにトイレ休憩を取っていたせいで、俺たち飛行班員を乗せた1号車だけは予定よりずいぶん遅れて目的地に到着する羽目になってしまった。


 夕方と呼ぶにはまだ少し早い時間帯だったが、日暮れが早いこの季節、辺りは薄暗くなりかけていた。旅館の玄関先に吊るされた1対の大きな提灯には既に灯が入っている。整備小隊の隊員たちは今頃もう部屋に通されて、思い思いに寛いだり温泉を楽しんでいたりするのだろう。


 恰幅のいい女将さんが「お疲れさまでございました。ご到着をお待ちしておりましたよ」と気さくな調子で言いながら出迎えにきた。

 誰も彼も酒のにおいをプンプンさせて千鳥足でバスから降りてゆくと、「まあまあ! 皆様ずいぶんお酒をお召しになったようで……!」と目を丸くして驚いていた。




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