第二話
幼子毎飛んだ先は、神聖な気に満ちていた。
白き壁で囲まれた部屋には、祭壇が在り、其処に神々の創る輝石が輝いている。
良く良く観察すると、白き壁も神の輝石…光の其れと判る。
神聖な気に囲まれながら、幼子の様子を窺うと、怯えている様だった。
無理も無い、銀蛇達の人型は、かなり迫力が有るからな…。
然う思っていると、人の気配がその部屋に訪れた。
一つは光の精霊。
一つは我と同じ、神龍王に仕える為に生まれた聖獣。
そして…もう一つは…木々の精霊…?
否、違う、此の精霊から龍の気配がする。我と共鳴する神龍王の龍玉が、其の精霊の体内に在る事が判る。
主様が目覚められた…だが、何故、精霊の姿なのか、疑問に思う。
主様の姿は、光の神と同じ特徴と為る筈……然うか、主様は、木々の精霊の中で育ったんだな。
己が身を護る為、主様は自らの姿を、変える事を定められた御方。
未だ其の姿なのは、主様が真の姿を知らぬ為。
知らがぬ故に、戻り様が無いのだ。
我を抱いている幼子に、気付いた木々の精霊が近付いて来た。
頼り無い足取りは、其の精霊が弱っている証。
血の臭いがした為、怪我をしている事に気付く。
弱っている原因と、主様の姿を確認し、辺りの様子を見る。
主様は、幼子に話し掛けているらしい。
我を無断で持ち出した事に、謝罪をする幼子と目線を合わせ、主様は優しい言葉を掛けている。主様の声は柔かく、透明な響きを持つ…美しい声とは、此の事なのだろうか?
主様の言葉で漸く幼子は、場所が変わっている事に気付き、不思議そうな顔で辺りを見回している。
少し、可愛そうな事をしたかもしれない……。
我の都合で、此の幼子が行くべき場所とは、違う処へ追いやったかもしれぬ。
……おや、主様の視線が、我に向かっている?幼子に我の事を尋ね、答えを聞き出している様だが…此の童が、我の事を知っているとは思えぬな。
其の証拠に、先程我が聞いた事と同じ言葉を、主様に話している。
……ん?…もう、銀蛇達が追い着いたのか………。
もう少しで、主様の手に渡る筈だったのに、此れでは元の結界に戻ってしまう。銀蛇の一人が幼子から我を奪うが、我は其の手を拒絶する。
折角主様の傍に来れたのに、元の結界に戻りたくはない!!
我に拒絶された銀蛇の一人は、もう一人に叱咤されていたが、関係無い。主様の許へ、我は行きたいのだから。
言い合っている銀蛇達を余所に、主様の目は我に向いている。
見入っている様な主様の姿に、我も見入る…否、魅了される。
早く、其の手に取って欲しいと望むが、主様の行動に気が付いた銀蛇が、事もあろうか、主様を突き飛ばしたのだ。主様は運良く、光の精霊に受け止められたが、血の臭いが一層増した。
何て事をするのだ!
主様に何か有ったら、守り人で在ろうが、我が許さん。
然も、主様を、今蔓延っている邪気と混同する等、以ての外!!
銀蛇達の言い草に怒りを覚えていると、急に体が浮いた。何事かと思えば、聖獣が我を運んでいた。この聖獣が主様の前に、我を差出し、告げる。
「オルガ様。これを。」
聖獣の声に応じ、主様が我に近付き…我を受け取る。
やっと、やっと、主様に会えた。
やっと、やっと、主様に使って頂ける。
我の心に、歓喜が湧き上がっている内に、主様が我を鞘から解放する。そして…我は力を解き放ち、主様の御姿を元に戻す為に、其れを使う。
辺りには、光が満ちた様に見えるだろう、力の解放に、主様が目を見張った…が、我の力が主様の中に入った途端、主様は其の場に倒れ込んだ。
正か、未だ神龍王として、御目覚めになって居られなかったのか?!
我を手にした儘、意識を失った主様に、焦りを覚えた。
此の儘主様を失ったら…と思っていると、主様の体が動き、其の瞳が開けられた。
先程の緑の眼が…澄んだ空の色に変っている…
主様の御姿を戻す事に、成功したのだ…。
ゆっくりと、体を起こす主様に安堵し、改めて主様の御姿を確認する。
金色の長い髪と青い瞳……正しく、我が主様の御姿。
変られた主様の姿に、周りの者達は驚いている。…仕方無いか。
おや?主様は律儀に、我をあ奴等へ返そうと為さる…
止めて下され。我は、主様の手から離れたく無い…。っと、銀蛇達が我を受け取らず、主様に跪きおったな…主様への謝罪か…当たり前だ。
己等は依りによって、主様を邪悪扱いし、尚且つ我が主様を裁いたのだと、ほざいて居ったからな……。
………主様……若しかして、やっと、御自分の姿の変化に、御気付きに為られたのか…。まあ、御自分を映す物が無い故、判らなかったのは当たり前だが…そんなに驚く事なのか?
精霊と聖獣の方へ向き直る主様に、彼等が言葉を掛ける。
「御父君に、良く似て御出でです。貴方は正真正銘、あの方々の御子様ですよ。」
「オルガ様…やっぱり、私の主です。
その姿は間違いなく、求めていた主の姿です。」
然うか…主様は、御父君に似ているのか……
おや?光の特徴を持つ御父君とな?然も、其れを告げているのは、光の精霊…否、あの服装は、精霊騎士殿か…ん?
……そう言えば、主様の気配が、精霊の気配で無くなっている…?
此れは……あの七神の方々に、似た気配…?
先程の、精霊騎士殿の言葉と言い、此の気配と言い……此れ等を考慮すると…………な・何と、主様は、神子様か?!
目覚められた主様は、光の神子様か!!!
我の思案を余所に、再び己が体が主様から離される。
聖獣に預けられた様だが、主様は何をする御心算なのだろうか?
姿を元の木々の精霊に戻し、この神殿の、祈りの場へ進む主様の後ろ姿を見ながら、我は再び思案に耽る。主様の怪我は治っているし、御姿も元に戻っている…銀蛇達が主様に尋ねているが、其の返答に納得した。
「捧げるのでは無い。神龍達を呼び出すのだ。」
成程、今蔓延っている邪気を失くすのには、神龍殿達が主様の許に集うのが妥当だ…が、確か…神龍殿達は其々、異なった神々の許に居る筈。
幾ら主様が神子でも、神々に無断で、神龍殿を集める事は出来無いのでは…と思っていると、銀蛇達が神龍殿達の居場所と、主様の行動を諌めていた。
破壊神・リシェアオーガの下に、神龍殿達がいると言うが、其れは可笑しい。
彼等は、邪悪を滅ぼす為の存在故に、其の様な者へ従う事はしない筈。例え、神々の御一人だとしても…無理が有る。
然う考えていると、主様から、彼等が光の神の預かりになっている事と、あの邪気が事もあろうか、神の御名を騙っている事を聞く。
大それた事を仕出かしたものだ…だが、如何遣って、神龍殿達を呼ぶのだろう?
嗚呼、然うか、主様は光の神子様なのだった。
ならば、呼び寄せる事は可能だな………。
こんな事を考えていると、主様が言霊を綴る。
『ジェスク神の下に集いし、神龍達よ。
我、ファムエリシル・リュージェ・ルシム・リシェアオーガの名に於いて、此処に集う事を望む。』
………な…今、何と申された?!主様!!
其の御名前は、先程の神の御名…然も、破壊の神の物では無く、其の御名の示す物は…戦の神!!
剣を振るうべくして、生まれると言われていた、戦の神…其れが…主様?!
主様の言霊に応じた神龍の方々が集まるが、一人足り無い様だ。其の事を主様は、光の神龍殿に尋ねられて居られる。
闇の神龍殿か…あの方程、警戒心の強い方は居られないからな……。
おや?風の神龍殿の視線が、我に向いている。聖獣と会話している様だが、主様が神龍王だと、気付かれた様だ。
其れを知った光の神龍殿が、主様に、究極の呼び寄せ方を伝えられている。
神龍王の名での招集…主様だけに出来る、強制的な呼び方。
神龍王は龍の頂点に座し、龍に取って其の命は絶対で有る故に、目覚められた主様が、邪気に侵される事は無い。
其の為の目覚めの過程、覚醒後の御姿なのだ。