第五話
…そんな事を思っていた、私もいました。
今、絶賛後悔している最中です。
目の前には、見た事のある神が立っています。あの方にそっくりで、彩は忘れてましたが、緑の髪で紫の瞳だった神です。
はい、この方も、あの方の神子でした。しかも、主の兄上でございます。
…どの面を下げて、会えば良いのでしょうか?
主と認めなくて、普通の音しか鳴らさなかった私を目にして、あの時の神は、微笑むだけでしたが…その心の奥に何が隠されているか、判りません。
主の話では、知の神という方らしいのですが、はい、そうですね、知的なお顔をされていますよ。心の中では何を思われているか、判ったもんでは無いのですが。
ん?主?ああ、そうですか、この方に竪琴と詠を習うのですか。納得しました。
ふ~ん、この方も中々な腕をお持ちですね。
まあ、主の才能より劣りますが…あの方の技量と同じ位ですかね。
何時も思うのですが、血筋とは、これ程不思議な物なのですね。
…そう言えば、主もそうでした。…忘れてました。
………しかし、この方は、絆を持つ竪琴を、持たれないのですか?
何だか、少し、勿体無い気もします。
主の様に絆を持たれたら、この才能はもっと伸びるのに…。
……そう言えば、あの時も、普通の竪琴で十分だと、おっしゃってましたね。
負け惜しみと思っていましたが…違っていたようです。
本当に、興味無かったようです。
父親の竪琴だから、試してみたって感じでしたね。
私の送る視線も、あの時と変わりま…ってますね。何だか、褒められているような視線を感じるのですが…き・気の所為ですよね。
私、何か、褒められるような事、しましたか?覚え有りません!
う~ん、主に弾いて貰いたいのですけど、只今、主の兄上殿に止められているので、私は目下、主の部屋で絶賛待機です。
先日のあの視線…何故でしょうね…本人である兄上殿に聞きたいのですが…人型を晒したくありませんので、却下にしています。
おや?また見知った気配が……よりによって、対の奴が主を連れて来ましたか。
傍には、風の精霊騎士ですね。対の主を連れて来たって、所ですか。
…主に、あの対の主が近付いています。……傍に行けないのが、もどかしいです。
………はっ、主から呼び出しが!今行きます。
という訳で、私は今、主と共に兄上殿の部屋で、対とご対面です。
相変わらず、黒尽くめの精霊に抱かれている対ですが、私の主が誰だか、知らなかったようです。私が知らせなかったから、当~然ですよね。
主と私を交互に確認しながら、対は話し掛けて来ます。
『…お前…あの精霊を、主にしなかったのか?』
『貴方の目は、節穴ですか?我が主は、あの精霊ですよ。
まあ、実際は神子で、神にお成りになられましたが。』
『………そうだったのか、まあ、何はともあれ、おめでとう。』
『一応、お礼は言っておきます。有難うございます。』
祝いの言葉を、弦の響と共に聞き、私も同じ様に返します。それが何か、判ったかのように、主と同じ気配を持つ神…主の双子のご兄弟殿が、反応されました。
私達の音に喜びを感じた、かの神へ、兄上殿が声を掛けられます。
「光の竪琴は、永い間、主を選ばなかったからね。
…まあ、父上から離されて、不貞腐れ、拗ねていた所為だろうけど。」
…何故、お判りで?
確かに私は、今までそうでしたよ。あの方から離され、随分腹を立てていましたよ。
『そうだな、お前はあの方から離されて、物凄く、機嫌が悪かったな。
…今は、機嫌が直っている様で、結構だ。』
『私の機嫌が直っているですか?本当に、そう思われるのですか?!』
『ああ、お前の口調と言うか、思案のそれが、ですます調になっている。
機嫌が悪いと、かなり乱暴だからな。』
言われて気付く、己の癖。
そう言えば、新しい絆を持って、主のお姿が変わってから、あの方の事を考える時以外、前の口調になっていないですね。
目の前にいるのが、神子と神々だから、つい、丁寧な言葉になるだけでは?
…その前に、私ってば、対との繋がりを、制限していませんでしたね。近くに居れば、余計に私の考えがダダ漏れって、忘れてました。
これ以上、考えを知られても面倒なので、一時的に切った方が…あ、演奏するみたいなので、切るのを止めて、閉じておきましょう。
『…お前、閉じたな。』
『当たり前です。
切っても良かったのですが、主達が演奏を始めるので、止めておきます。』
『…懸命だな。切ったら、共演は出来無くなる。
制限すれば良いが、それだと、終わるまで、時間が掛るからな。』
納得して貰えて、結構です。
あ…主達が演奏するみたいなので、其方に集中しましょう。
演奏が終わって、周りから絶賛されました。当たり前です、私の主の演奏ですよ。
対も当然の様に思っているみたいで、態度に現れています。まあ、それは私も同じなので、対を諌める事は出来ませんが。
主達も、もう、演奏をしないみたいなので、良い機会でしょう、繋がりを制限しておきましょうか。先程の演奏を聞きつけた方々が、また共演を頼みそうなので、切るのは止めておきましょうね。
『……制限をし始めたか……。』
『当たり前です、私の主が見つかったのですから、もう、必要がありません…って事じゃあ無く、私が今まで、気付かなかっただけです。』
『それ程、機嫌が悪かったんだろう。
お前はあの方から離されて、気も狂わんばかりに混乱していたし、嘆き悲しんだ上に腹も立てていた。…違うか?』
『………そうだったかもしれません。思い出しても、判りませんから。』
痛い所を付いてくる対に、私は、否定の言葉を返せませんでした。
当時の事を思い出そうとしても、全く思い出せませんので、あの時、自分が何をしたのか、はっきりと判りません。
只…嘆き続けた事だけは、覚えています。
それに疲れて、気付いた時は、ルシフの宝物庫に居た事も。
この時から、沢山の担い手が私を弾こうとして、無視し続けるか、普通の音しか出さなかったかの、何れかでした。
音は、担い手の腕に反応して出るだけで、私自身が出していない。
そうして、今まで、主を認めなかった…今の主を求めるまで……。
感慨に耽っていると、対が無言になってます。
当時の私を思い出したようで、何も言えなくなったらしいですね。
狂う寸前まで行った気もしますが、自分では判りません。恐らく、正気に戻ったのは…目の前の主の兄上殿に、お逢いした頃とだ思います。
あの方に似た眼差しに気が付き、閉じていた心と目を開けた。似ているが、違う彩に落胆して、再び瞳を閉じる。
出たのは普通の音。
この担い手の腕が、確かな物と知らしめる物だったが、私は主と認めない。
あの方に似ている担い手は、欲しくなかった。
あの方の様に、別れの時が来る人間など、主に欲しくなかった。
………そうか、そうでした。
私は、あの方と別れたから、新しくなる主とは、別れたくなかったのです。
でも、兄上殿が神と判っても、主と認めなかったと思っています。声も、弦を爪弾く癖も、今の主の方が魅力的ですから…。