第五話
主様が、あの邪気を迎え撃つ準備を、本格的に行って居られる。
神としての使命だけでは無く、神龍王の本能が御強いので在ろう。その事を竪琴殿へ伝えると、納得された。
そして、主様が戦に出られる。
勿論、我も一緒だが、光の神龍殿が主様の傍に居る
他の方々は、結界の外側…ルシフの四方八方に散らばり、闇の神龍殿が、ルシフの国の内部に居られる。神龍の中でも邪気に弱い方故に、仕方の無い事ではあるが……剣技の方は、神龍の中で一・二を争言われる方でも在るからな…。
主様の、この人選は正しい。
少しでも可笑しな動きが有れば、直ぐに気が付かれる方だ、敵の動きを見るには最高の適任者で在る。
勿論我は、主様と共に、このルシフの街道に続く草原で、敵で在る黒き髪の王とやらを、待つ事と為る。主様の傍には、光の神龍殿が控えておる。
邪気に対して、特に強い神龍の方で在る故に、心強い従者でも在る。
其の姿は敵を油断させるかの様に、可憐な少女の姿で在るが、剣技は闇の神龍殿に次ぐ、実力の持ち主…だったと思う。
如何せん神龍の方々は、精霊騎士より御強いのだから、並大抵の者では、歯が立た無いのが事実だ。
と、如何やら件の王が、此処へ来たらしい。
…成程…闇色の髪と瞳の、邪気を纏う者では在るが、此れは…神龍王として目覚められなかった者の、熟れの果てか…。通りで、強い邪気を感じる筈だ。
主様が光の御姿で無いのは、此の者に己が以前対峙した者と、判り易くする為だとおっしゃっていたが…成程、主様が何者で在るか、気付けないのだな。
ん?我に目が向いている…まあ、神龍王に為れ無かった脱落者故、当たり前だが……全く、我が己の物と、戯言を言って居る。
我は既に、此の方の物…光の神子であり、戦の神で在るリシェアオーガ様の物であるのだが…如何せん、諦めの悪い童よのう。
主様以上に、我を使い熟せる御人はいない。我の正統なる主故に、目の前の邪気の童では、到底此の方には及ばない。
ほれ、言わん事じゃあない、主様によって、大地に縫い止められたではないか。然も、主様は我を使い、自らの力で童の力を失くされた。
未だ生きて居るのは、主様が我を邪気だけを葬る様に、使われたからじゃ。
ほんに主様は、我の力を上手く使われて居る。
此の先、主様は、我の力の全てを、使い熟せる方と為ろう。
何せ、神で在らせられる故、永遠の時を持たれて居られるのだからな。
…まあ、神龍王と成られた御御方は、永遠の時を持たれるのだが…其れを退けても、神である以上、主様は、永き時を歩まれるのだ。
今は未熟でも時を重ね、我を使って良く程、主様の腕は上がって行くであろうな。
おっと、主様が言霊を綴られる…然うか、姿有りし神々を御呼びに為られるか…其の方が良い、此の童には、あの方々の裁きを受ける事が、最適で有ろう。
程無くして、七神の方々が降臨された。
大いなる神の許で、一目だけ拝見出来た御姿であったが、既に御夫婦となられていた方々も、御健在の様だ。
主様の御両親も、もう一方の御夫婦も仲睦まじそうで、何よりじゃ。
じゃが……主様、自らの名を告げずに、神龍王として対応されるか…。まあ、御姿が変わっておられるし、気付かれない…いや、御両親は、気付いておられる。
光輝ける御方と命を育む御方は、主様を構いたがっておられるな。特に、御父君である輝ける方は、対応しながらも、主様から目を離していない様子だ。
おや?天と地を繋ぐ御方は、気付かれていない様だな。
御父君に何か、言っておられるようだが…光輝ける御方…幾等何でも、急に主様を抱き上げるとは…余程、主様が無事だった事が、嬉しい御様子じゃ。我が子を抱き上げ、御満悦な御顔をされておる。
…黄龍殿が敬礼を崩して、我を抱えてくれる。
主様は今、御父君に抱えられておるからな…主様が、我を拾うことは出来ぬ。っと、黄龍殿が、主様に我を渡してくれた。
主様は、其の儘、我を腰へと収められた。
主様は御父君に抱えられた状態で、ルシフへと帰還されるようじゃ。
ほんに…御父君の溺愛振りは、凄い物じゃな…。他の七神の御方々も、其の事を話しておられるが、他の御方々も、我が子の溺愛振りは、御父君と同じ様じゃのう。
主様と七神の方々、光の神龍殿と共に、ルシフに帰還すると、其処にはルシフの民人は元より、神龍の方々から、何と、精霊騎士の方々までもが、揃っておられる。
然うか…ルシフを護る為に神々は、己に従っている精霊騎士達を派遣されたのか…。通りで、結界の周りの気配に、強い属性を感じられたのだな。
して、皆が此処に揃っておるという事は、ルシフの周りを囲んで居ったあの軍勢は、正気に戻ったのだな。黒き髪の王との戦いは、終わりを告げたのか……。
此れでやっと、我が主様も、安らぎの一時を過ごせるのだな。
主様は戦う為に生まれた御方、故に、心休まる一時が一番短く、大切な物。
そんな感慨に耽っていると、精霊騎士殿の驚きの声が聞こえた。
…主様の知己の精霊騎士殿達が、主様の変られた御姿に気付けなかったらしい。無論、神龍の方々も、其の事を教えないでいた様だ。
彼等の驚く顔が見たいと言う、悪戯心とは言え、余り感心しない…おや?御一人だけ、驚いておられぬ。
緑の精霊騎士殿か…主様の元の姿を知っておられたのか…成程。
主様を育てた精霊達と同じ種族で、彼等から主様を託された集落の者だったのか…。
其れなら、主様と一緒だった精霊達から、聞き及んでいるよな。
……主様に皆が見惚れておる…
然うか、主様の嬉しそうな微笑が、周りの方々を魅了されたか……。
主様の魅力に勝てる者など、神々以外には居られないからな。
しかし…主様、己の血筋以外の属性の精霊まで、魅了するとは…
属性の偏らない、謂わば、全ての属性を持つ、神龍の王である性質とは言え、此れ程までとは…いやはや、主様の微笑には、完敗ですな。
っと、七神の御方々が、労いの御言葉を掛けておられる。
此の度は、彼等も大変だったからな…色々と大事が続いて、安心する事は、出来無かった様だしな。
ん?主様と同じ気配??然うか、主様は、双子で御生まれじゃったな。
主様と同じ御姿…気配は、神子の物と神の物。
神子の気配は主様と同じじゃが、神の気配は全く違うのじゃな。
役目が違えば、其の気配も違うし、主様は、我等が王の気配をも御持ちだからな。
違って当たり前だ。
只…主様は、神の気配だけを、意識的に纏えない様じゃな。
神龍王としての、擬態の所為であろうが、此の先ちゃんと出来るのであろうか、心配であるが…大丈夫かのう。
まあ、他の神々が一緒なら、此の心配も無用の物か。
嗚呼、神々の気配が、辺りに広がっておる。
神々の祝福が、この世界に満ちる様じゃ。
此れで一旦は、邪気の存在が大人しく為るであろうな。再び奴等が動き出すまで、神龍の方々と主様、そして、神々の休息の時が訪れるのだな。
…ルシフの宿舎へ主様が向かわれるが…嗚呼、成程、光の竪琴殿を迎えに行かれたのか。という事は、此れから神々の住まわれる場所へ、戻られるのだな。
光と大地の館…だったかな?主様の帰られる場所は、あの御夫婦の住まわれている場所だと、思うが…ん?別の気配がする?
光と大地の神子の気配と、此方は…時の神子の気配?
其れと同時に、神々の気配…御一人は、主様の御兄弟と判るのだが、何故故、時の神子の気配が…?
ん?義姉上とな?然うか、主様の兄君の細君なのか…。
此方も仲睦まじそうで、何よりじゃ。早く御子が授かると良いな。