第一話
章タイトルの通り、光の竪琴が主人公(?)となります。
私は…新しい主を迎えたくなかった…。私を創られたあの方から離され、人々に安らぎを与える役目を頂いても、あの方以外を主として、認めたくないと思っていた。
あの方に似ている、竪琴の担い手もいたが…あの方じゃあない。
そんな想いが心を支配し、普通の音しか出さなかった。それから幾多の担い手が、私を手に演奏をしたが、誰一人として私は、主と認めなかった。
あれから、どの位経っただろうか、私の対である者が、ある奏者の演奏を伝えて来た。
拙い演奏にまたかと、うんざりしながら、対の伝える音を聞く。誰かに習っているような演奏と声に、重い溜息を吐く。
これの何処が、対の心を捉えたのか、判らない。もう良いと思い、聞くのを止めようとした時、奏者が自発的に演奏した。
その音色、詩声…今までとは、数段に違うそれに、心が魅かれる。
まだ幼い声だが、美しい響きを持つ、透明な声。
普通の竪琴で爪弾かれる音も、満更では無かった。
これが自分だったら、もっと美しい音色を、かの声に添えられるのに。
そう思うと、前の主の事を忘れてしまいそうだった。これ程の担い手が、如何して此処へ来ないのか、不思議だった。
私の心を知った対は、その姿と気配を教えてくれた。
緑の髪と瞳の、木々の精霊の幼き少年。
彼に出会う事が、私の中で唯一の望みとなった。
私を創ってくれたあの方とは、もう会えないのだから………。
あれから数年、未だ私はこの神殿の宝物庫で、一人佇んでいる。その間、何度か、私に挑んだ担い手がいたが、音すら鳴らしていない。
あの少年以外に演奏されたくない一心で、弦を震わす事すら許さない。神官達の落胆の声をも無視して、未だ此処にいる。
対からは、彼の主が少年を心配している事を聞くが、行方が判らないらしく、それ以上の答えが無い。仕方無く、このままで待つ事にした。
幾年掛ろうと此処にいる限り、少年が訪れるだろうと思っている。
此処は、あの方の聖地を持つ、最も聖なる国。
初めの七神の御方々が、御護りになる国。
木々の精霊なら、彼等の神の夫君に当る、あの方の聖地を巡礼する筈。
その時が良い機会だと、自分に言い聞かせていた。
この後も、何人かが邪気を払うという私を求め、此処へやって来た。
しかし、誰も私を、手に出来無い。
私が求めるのは、あの木々の精霊のみ。
何時しか、あの者を新しい主にと、求めるようになっている。
あの声に、自分の音色を添えたい、あの声と共に音を奏でたい、望みばかりが心を支配し、かの精霊以外は無視していた。
そうする内に、一つの邪気は形を潜めたらしかったが、もう一つ、別の邪気が暴れらしたらしい。
私は、かの精霊以外の事には、気にも留めていない。
誰が何をしようと、関係無かった…筈だった。
此処の神官が、幾度と無く聖地へ───直接神々へ言葉が伝えられる場所、聖地の祈りの間へと足を運ぶ。護衛の騎士を連れ、大神官やその補佐達が向かうが、成果は無いらしい。
何度目かであろう、嘗(かつて私に挑んだ大神官補佐らしい気配が、聖地に向かい、誰かを連れて帰って来た。
一人は聖獣、もう一人は………何て事だろう、あの精霊の気配がしたのだ。
まさかと思い、心の瞳を開け、その姿を確認する。
前よりは暗く、濃くなっているが、緑の髪と瞳…そして、変らない顔立ちと年齢、木々の精霊の気配。少し、人間の気配も感じるが、あの精霊に間違い無い。
私の心は嬉しさの余り震え、その精霊がこの王宮の部屋へ入ると同時に、呼び掛けた。それは、かの精霊に届いたらしく、周りの者達と会話をしている。
そして、その精霊は、私を呼んでくれた。
『我を呼ぶものよ。我の前に、姿を現せ。』
あの時聞いた、澄んだ声での言霊に応じ、私はかの精霊の前に姿を現す。彼は勿論、周りの者も驚くが、私には関係無い。
今、やっと、恋い焦がれた精霊の腕に、抱かれているのだから。
「…我を、呼んだのは…そなたか…。」
再びその精霊から声が聞こえ、私は答える。
この姿では、人型の者と話す事が出来無い為、己の弦で応じる。
私が意思を持っている事を知ると、彼は周りから、私の正体を説明されていたが、私は既に、彼の手を欲していた。
その手で弾いて、音を出して貰いたくて、その意思を示す。話せないのがもどかしくて、音を、光を、奏で、訴える。
それに周りが気付き、精霊に弾く様に、促してくれた。
私を弾ける様に持ち替え、初めの音を爪弾かれる。
その嬉しさが出てしまった音は、震える様に響いてしまう。やっと、出会えた精霊は、私の欲するままに曲を弾いてくれた。
しかし、彼の声が無い為、物足り無い。
詠って欲しくて、せがむと、何故か無視をされた。
理由は、周りの人間が聞いてくれた。
彼は、私が主と選んだ事に、納得していないのが理由だった。弾き手としては拙い自分が、如何して選ばれたのかと。
彼自身が、認める事が出来無いのでは、詠ってくれそうに無い。
神官達が説得しているが、精霊は納得しない。そして、最後に、この国の王が言った言葉が、心に残った。
「竪琴がオルガ殿を気に入った、それで良いのではないのか?
オルガ殿は、他人を気に入るのに、確かな理由が必用なのか?」
この言葉は、私にも言える事だった。
今までの担い手候補は、私が気に入らなかったから、無視をしたが、この精霊だけは気に入った。主になって欲しいと懇願する程、かの精霊を気に入り、その手で無ければ、音を出したくないまでに至っていたのだ。
納得して欲しいと願う中、あの精霊は昔、私を試した者の名を尋ねていた。
カーシェイクと名乗った、あの方に似た者…。
顔や体格は似ていたが、その色は違い、纏う気も違っていた。
あの人間の事を聞いて、如何するのだと思った。
そのまま神官達の話を聞いていると、その名に敬称が付いている……という事は……あの人間は、神々の御一人だったのか?!
まさか、七神の他に、大いなる神から生まれた神々が、存在するとでもいうのか?…?そう言えば、大地の女神の彩りだったような…?
あの方に似ているとは思ったが、髪の色や瞳の色まで覚えていない。そう言えば、あの神も私を欲していなかった。
試しに弾いてみただけだとか、言っていたような………?
…でも、選ばなくて良かったと思う。
私は今、この身体を手にしている精霊を、欲しているのだから。
この精霊の方が、断然良い。声も、弦の爪弾き方も、あの方とは似ても似つかないが、私好みであり、この腕の温もりから離れたくなかった。
只…まだ絆も無く、詠ってくれない事にだけは、不満だった。