1.青い海に赤一滴
「色シリーズ」三十一日目「BLUE OCEAN」を加筆修正した連載版。
青い海のRPGの話。
「長剣のトウヤ発見!!よっし!初級者拠点到着!!」
「トウヤ~、クエスト「鳥肉のから揚げ」のから揚げの差し入れだよ~」
・・・・・・様々な新参者達が今日もこの「辺境の村:ディーン」に訪れているようだ。
そして、色々な初心者たちに話しかけられている長身黒髪黒目の男が俺、こと「長剣のトウヤ」である。
5年前。
マイナーオンラインRPG「BLUE OCEAN」の事前予約プレイヤーだった俺。
あまりにもマイナー且つ、宣伝がなされていなかった所為か、初期プレイ人数は10人という異例の少なさであった。
そうなると、最初は個人で進めていたが、厄介な敵やクエストに出会うとチームを組むようになる。
そして、10人は顔見知りとなり、友人となり、オフ会まで作るようになっていった。
やはり現実世界での「顔」も知っていると何かと親しみやすく(このRPGはアバターを自由に作成出来るものだったので、如何にもアバターがプレイヤーの見た目だと思いがちだが、顔を合わせてみるとそうではないことが分かり、また楽しめるのだ)、またゲームの進行度も格段に上昇した。
1年が過ぎるころにはプレイ人数は最初10人だったころから増え、ネットの宣伝では3000万人がプレイしているとか何とかという大規模オンラインRPGとなっていた。
その頃には最初に始めていた10人はゲームの終盤まで攻略が進んでいた。
そして、ゲーム内では「始祖の10人」と噂されていたらしい。
しかし。
それから1年が過ぎても、終盤からエンディングまで進まないのである。
始祖の10人のうち何人かが諦めたので数が減り、今俺が把握しているのは5人となってしまった。
俺は地道且つ根気よくレイドボスを倒したり、武器を強化錬成したりしてなにか手がかりを掴もうとしていた。
そんな折。
原因は何かわからないが、突然ログアウトできなくなってしまったのである。
ゲーム内から運営に問い合わせる手段も無く、3000万人のプレイヤーは途方に暮れた。
「BLUE OCEAN」は俗にいうVRMMOと化してしまったのである。
ログアウトできない。
ゲームの攻略の手掛かりもない。
俺は暇になったので、こうして今NPCのフリをして初心者たちの道案内をしているのである。
どうやら始祖たちの中には俺と同じことを考えた人もいるようで、現実に会ったこともある「強弓のカイル」はギルドの副支配人NPC、「紫電のレイナ」は酒場のバーテンダーNPC、「龍晶のキドウ」は山奥の隠居青年NPCをやっているらしい。
「強弓のカイル」はちょくちょく「クエスト」と称して俺に差し入れをくれるので、この場からあまり動けない身としてはとてもありがたい。
見た感じ、ログアウトが出来なくなってもプレイヤーたちは飄々としており、それぞれが思い思いに自分の好きな時間を過ごしているようだ。
ただ、俺以外の五人の始祖の中でも、「魔神のサクヤ」「黒斧のスルガ」の行方は掴めていないし、それ以外の始祖も止めたと言いつつもまだ続けているのかもしれないし、止めようとしてもログアウトできなくなっている可能性もある。
そんなことを気にしつつも、俺はいつもの如く初心者の導き手をやっていた。
* * * * * *
そんなこんなで日々案内役を務める毎日。
最初はNPCのフリったって怪しまれるだけじゃないのか?と思っていたが、案外イケることに気が付いた。
極限まで磨いた剣士系スキルがこんな所で役に立とうとは。
大体ちょっとした移動は「瞬進歩法」でどうにか誤魔化せるし、夜は「設定」で家に帰ることになっている。
たまにふざけて飛び掛かってくるプレイヤーも居るが、そこはまだまだ初心者。「空蝉」や「月命」で避けたり相手の攻撃をずらしたり、「逆鏡」で跳ね返したりもできる。
場違いというか空気を読まないというか、明らかに初心者向けじゃないレイドボスが現れても、大抵は一人で処理できる。
まあ、初心に帰った気持ちで、というか初心忘れず、な感じでエンディングとログアウトへの手掛かりを探しながら日々を穏やかに過ごしていた。
そんな、矢先。
「・・・・・・レギオン間の抗争が頻発してる?」
始祖の中でも連絡の取れる人たちとの会合にて。
皆俺の「役柄」を配慮してくれており、時間は夜中、場所は「龍晶のキドウ」が居る山奥という徹底っぷりである。
初心者用の村から動けず、このVRMMO全体の様子が分からない俺のために、そして皆で集めたエンディングとログアウトへの情報を交換・共有するために月一回程度で開かれるこの会合は結構重宝していた。
俺たちが「NPCのフリ」を始めた時からこの会合は開かれているが、今までそんな物騒な話を聞いたことがない。
「おうよ。一応全てのプレイヤーは俺のところに来てクエスト依頼を受けて、依頼を完遂しようがしまいがまた俺のところに報告に来なきゃならないっていう義務が有るんだが」
「強弓のカイル」が酒を片手に話し出す。
「・・・どうも最近クエストをレギオンで受けた奴が他のレギオンに襲撃されるっていう報告が多いんだよな~」
「強弓のカイル」からの不穏な話題を聞いてか、「紫電のレイナ」も口を開く。
「・・・私も中級~上級者向けの街の、「商業都市:テールセニア」でバーテンダーやってんだけど、初心者を狙った物取りやら何やらが多いらしいわよ?あと、女性プレイヤーを狙った暴行事件とか」
全く、ヤになっちゃうよね~。
そう言いながら、彼女はその手に持つ愛用の武器:死蝶扇でバタバタと扇いだ。
「「商業都市:テールセニア」でもそんなことが・・・・・・。ってか、お前は大丈夫なのかよ、レイナ?」
「強弓のカイル」が「紫電のレイナ」に心配そうな目を向ける。
「だあいじょうぶよ。いっぺん襲い掛かってきたサルが居たけど、「紫電一閃」で黒焦げにしちゃったから❤」
楽しそうに言うが、俺はその犯罪未遂者を少し哀れに思った。・・・・・・まあ、自業自得と言えばそうなんだが。
「まさか「辺境の村:ディーン」でそんなことが起こっているとはな・・・。うん、俺も気を付けて見張るようにしよう」
俺は深く頷き、自作の酒のつまみを食べた。
「あ!!これ1年半前のオフ会で持って来てくれたヤツだよね!!」
酒好きが功を奏してバーテンダーキャラとなった「紫電のレイナ」がはしゃぐ。
こう見えても俺は現実では料理人をやっていた。このオンラインRPGでは料理が好きに作れる、とか手工業品を売ってお金に出来るなど無駄にやり込み要素が多かったので、そっちの方も試していたのである。
「どうぞ」
「わ~い♪」
レイナが俺の作ったつまみを美味しそうに食べる。
・・・やっぱり人が美味しそうに食べてくれる姿を見るのは嬉しい。
「・・・トウヤのつまみが旨いことは置いといて、だ」
「龍晶のキドウ」が口を開く。
「一週間前に、「魔神のサクヤ」に会った」
「「「!!!」」」
俺たち三人の驚愕。
俺は酒を飲んでいなかったが、飲んでいた二人は一気に酔いが醒めたようだ。
「・・・いきなり俺の籠っている「龍嶮山」に現れたんだ」
元々現実でも口数の少ない「龍晶のキドウ」がいつになく喋っている。
「彼奴はいつも思わせぶりな態度ではっきりしない奴だったが、一週間前に会った時、「魔神のサクヤ」は「黒斧のスルガ」、「空鎧のガラン」、「鮮血のジョウ」と本人がレギオン抗争の首謀者だと言っていた」
レギオンというのは、いわば恒常的なチームである。難敵や難クエストに直面した時に共に助け合う仲間である。
チームがその場限りのものであるのに対し、レギオンはそのレギオンに登録している限り仲間関係が続く。レギオンにも様々な種類のものがあり、専ら攻略のみを行うレギオンや、趣味の話を語り合うレギオンなど、創立者の多種多様な意向が反映されている。
「な・・・・・・!!「空鎧のガラン」と「鮮血のジョウ」は止めたんじゃなかったのかよ!!」
「強弓のカイル」が声を上げる。
「・・・どうやら地下に潜って様子を見ていたらしいな。そこで何かエンディングへの手がかりを見つけたのかもしれん」
「地下」というのは、「地下迷宮:アビスグレイブ」という終盤に登場する自動生成ダンジョンである。
ここは入るたびにダンジョンの地形が変わるという代物で、中に入ったままずっと生活していると、地形変化のカラクリがわかる、というのが当時の噂であった。
「空鎧のガラン」は簡単に言うと死霊術士であり、「地下」には自分が使う「人形」の調達でちょくちょく入っていた。
「鮮血のジョウ」は奇術師であり、彼もまた「地下」の仕組みに興味を持っていた。
・・・この二人が「地下」に居たのはまあ当然の帰結かもしれない。
「・・・「黒斧のスルガ」はどうしてそんなことを?」
「紫電のレイナ」が問う。
「・・・・・・スルガは「黒士無双」というレギオンのリーダーだろう。レギオンが他のレギオンと抗争して金品を得ようとするのはこのゲーム内では認められているからな」
「龍晶のキドウ」が茶を啜った。
「BLUE OCEAN」では「闘技場」でレギオン同士の抗争が認められている。「黒士無双」は「闘技場」の上位常連だった。
「「闘技場」の中だけで留めておけばよかったものの・・・」
俺はため息を吐いた。現実世界では体育会系のノリを持った大学生だったのに。
「ちなみに、「操繰のリシェ」と「無謬のヨルダ」は?」
俺の問いに、「龍晶のキドウ」は首を横に振る。
「止めたと思っていたあいつらが居たんだ。もしかしたら二人も・・・」
「その可能性は無きにしも非ず、だね」
「強弓のカイル」と「紫電のレイナ」の言葉に、俺も同意を示す。
「取り敢えず、プレイヤーたちには注意を呼びかけようぜ」
「そうだな」
「強弓のカイル」の言葉に同意する。
「カイルや私やトウヤは注意がしやすいからね」
「で、キドウは済まないがもう少し調査を頼む」
「分かった」
「龍晶のキドウ」が頷いた。
「・・・もしもさ、俺たちと、彼奴らが事の首謀者だった場合に戦わざるを得なくなったら・・・」
「強弓のカイル」の言葉に、全員が黙りこくる。
「強弓のカイル」は、名前の如く「弓術使」だ。遠距離攻撃や罠を得意とする。
「紫電のレイナ」は「魔道師」。広範囲攻撃を得意とする職業だ。
逆に、「龍晶のキドウ」は「拳掌士」。近距離白兵戦を得意とする他に、「龍極拳」という拳術も使う。
そして俺、「長剣のトウヤ」は「戦剣士」。武器は片手剣+盾という組み合わせが主だが、スキルを極めたために双剣も使えるようになっている。そして、戦士系で唯一魔道が使える職業である。・・・とはいっても本職の魔道師には負けるが。
対する「魔神のサクヤ」は「召喚士」。魔道師系で唯一召喚術が使える職業だ。召喚陣さえ書かせなければ何の問題もない。
「黒斧のスルガ」は「狂戦士」。防御は捨てて、攻撃のみに特化した職業で、何度か手合せしたことがあるが、正直キツイ相手である。
「空鎧のガラン」は「死霊術士」なので、使役する「人形」の性質によって戦闘能力が大きく変化する。
「鮮血のジョウ」は「奇術師」。暗器の使用から毒や幻覚といった魔道まで何でもこなし、俊敏性も「忍者」や「盗賊」並である。ただ、体力はそこまで高くないはずだ。根っからの変わり者で捻くれ者だった印象がある。
「操繰のリシェ」は「奏者」。「死霊術士」が死んだ者を操るのに対し、こちらは生きている者を操る。これでレイドボスでも操られた日にはたまったもんじゃない。
「無謬のヨルダ」は「忍者」。刀を装備できる点では「侍」と同じだが、「忍術」という全職業中唯一この職業しか使えないスキルを持っており、また能力も未知数。「無謬」と言われるくらいだから、きっと完璧主義者なんだろう。会ったことは一回か二回しかないので、よくわからない。
・・・・・・と、俺の脳内で今後出会いそうな始祖の人々をリストアップし終わったところで、「強弓のカイル」が言う。
「ま、取り敢えずヤバいと思ったらこれ使おうぜ」
そう言って手渡したのが、「弓術使」お得意の罠の一種である「救難罠」である。
名前からは救ってくれるのかくれないのか微妙な所だが、緊急の際にこの罠を張ると、相手を捕らえた上で予め登録しておいた場所に仲間も同時に転送してくれるという優れものだ。
「いちおー場所は「龍嶮山」の頂上、つまり俺たちが今いる場所にしてっから」
ニッカリと笑う「強弓のカイル」。
俺たちは礼を言ってそれを受け取った。
「まあトウヤやキドウはそのまんま相手できるかもしんねーが、俺やレイナは十中八九呼ぶよ?呼び出すよ?」
そうドヤ顔で言う「強弓のカイル」。
「・・・まあ、何も悪いことが起きなければよいのだが、な」
ぽつりと呟かれた「龍晶のキドウ」の言葉に、全員が同意した。
* * * * * *
会合から数日後。
初心者拠点である「辺境の村:ディーン」で初心者たちの様子を見張っていたが、大した異変はないように思えた。
しかし、明らかにボロボロな様子の初心者が増えている。
俺は「役柄」上彼らに訳を聞くことが出来ないので、彼らの質問に答えながら、その様子を見るしかない。
日がな一日ぼーっと突っ立っているだけである。・・・まあ、たまには椅子に座ったり、初心者を訓練場に連れていったりはするが。
すると。
「・・・?」
明らかに初心者っぽい女の子が、複数の男に絡まれていた。
「戦剣士」も習得可能な「忍者」系スキル「長耳」で、彼らの会話を聞く。
「だから、俺らはそんなもんが欲しい訳じゃねえっつーの!」
「カネか宝珠が無いなら体で払ってくれてもいいんだぜ?」
「ったく、折角レギオンに入れてやったのに、ちょっとは働いてほしいもんだぜ」
・・・「騎士」「僧正」「槍術師」か。
「騎士」と「僧正」は聞いて呆れるような傍若無人さだな。
対する女の子は「探検家」の新米。
恐らくは探索系スキルをアテにされたんだろう。
周りの初心者も遠巻きに彼らの様子を見ている。
が、誰も助けに行かない。否、助けに行けない。
明らかに三人の男の方がランクが上であるからである。
「黙ってねえで何とか言えよ!!」
「ここじゃナンだし、適当に痛めつけてからやっちまおうぜ」
「んじゃ、ま、軽~く喰らっとけよ!!」
「騎士」の男が持っていた大剣を振り下ろす。
女の子に防御系スキルは、ない。
咄嗟に「速度順応」「瞬進歩法」を使って女の子を庇い、左手の剣で男の剣を受け、右手の剣で奴の鎧を破壊した後、また「瞬進歩法」でもと居た場所に戻る――――――――――――――――――――
はずだった。
「・・・かかった」
全く別の男の声がして、それと同時に上腕を浅く切られたと理解した。
直感的に身を屈め、「空蝉」で俺の居る場所をずらす。
数瞬後には、件の三人の男は斬殺され、初心者たちは蜘蛛の子を散らしたように逃げていった。
「あっは~!やっぱトウヤ君掠っちゃっただけだったか~!!!」
やっぱ強いね~!!
そう場違いなほど明るい声で話すのは、「鮮血のジョウ」。
手品師の様なシルクハットにステッキという格好である。
その隣には、「無謬のヨルダ」が影のように立っていた。
「・・・やっぱり、お前らやめたとか言いながら続けてたのか!!」
女の子を背に庇いながら、剣を構える。
「やめたのはやめたさ~。「攻略」をね~」
ま、手がかりが何も見つからなかったからだけど~♪
何をそんなに上機嫌になることがあるのか、「鮮血のジョウ」はハイテンションに揚々と言ってのける。
「それが最近になってエンディングに行く方法が分かっちゃったんだよね~」
・・・・・・何だと?
俺が不審そうな顔をしているのに気付き、「鮮血のジョウ」は増々上機嫌になる。
「信じられないって顔してるね、トウヤ君。まーでもこれで正解だと思うよ?タイトルの意味から考えれば」
タイトル・・・・・・「BLUE OCEAN」??
このゲームのタイトルの意味を考え黙りこくる俺。
「・・・要は、青い海を赤く染まらせれば良いだけの話。ジョウ、喋りすぎだ、一気に仕留めるぞ」
ぼそりと呟かれた「無謬のヨルダ」による死刑宣告に、俺は「救難罠」で応えた。
ここから、このVRMMOは赤く染まり始める。
・・・詳細は活動報告で。