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prologue・るん
翳された手が頬に触れたその瞬間、そっか、行くんだって悟った。
エンは、事前に言葉で何かを僕に伝えた訳じゃない。だけど、分かった。エンはこれから、ここを出ていく。
喉に閊えることもなく、事実が胃の腑に落ちていく。
背を向けた気配に従い、目を薄く開けると、肩に大きな鞄を提げたエンの背中が見えた。
正しい。
その背中を見て、そう思う。
この感覚が揺らぐことはきっとない。
断言する。止めることは、できた。
がばり起き上がって、驚いたようにこちらを振り返ったエンをあっという間に捕まえて、行っちゃだめだって耳打ちする。
聞く耳を持たないようなら音を立てるか、声をあげて、両親を叩き起こしてしまえば、彼女の計画はあっという間に頓挫する。
自分がラストラインだって言う自覚が、意識をはっきりさせた。だけど、僕は動くことすらせず、自分にそっくりな姉の背中を見送った。